第138話 誤算 本当の狙いは?
御前試合当日の闘技場にて、入場の際のあれこれについてキシンさんとナルちゃ
んの無言のプレッシャーに冷や汗を流す。
そう言えば、元々告げていた人数より一名増えたことは、部屋の椅子に余裕があっ
たため無事に済んだ。
とりあえず問題を先送りにする事にして、僕は観戦前に用を足しにと席を立った。
「ん? おぉ、アルじゃねーかよ」
すると、途中の通路でかけられた声は、とても気安い少し前に聞いた覚えのある
女性のもので。
「レイベルさんじゃないですか!? あれっ? どうしてここに?」
女性のみで構成された傭兵団『雪華』副団長のレイベルさんだった、でも……。
「仕事だよ、シ・ゴ・ト」
「えっと、確かドゥノーエルで会った時に道中の行き帰りだけで、オューでは自由
時間って言ってなかったですか?」
そう、あの時はそう言ってたんだよな。
「それがよ、お前も聞いてんだろ? ここ着いた途端いきなり襲われたこと」
「ええ」
「いくらなんでも二度も続けて襲われて、しかも犯人が少なくとも実行犯じゃねえ
背後に居る奴が捕まってねえときてる。そんな状況だからよ、急遽契約変更でこの
オューに於いても警護を継続するって事になったんだ」
なるほど、言われてみれば警護の手は多いほどいいもんな。
「すると、団員の皆さん全員で警護に当たってるんですか?」
「いんや、残念ながらチョサシャ村での襲撃でこっちにも怪我人が出てな。そいつ
らは無理させてもなんだから、今回は不参加なんで全員って訳じゃねえよ。お前ら
の知ってる中だと、マリがちっと怪我してな、今日は大事をとって宿屋のベッドで
寝てんよ」
「それは……、あのお見舞いとかって行って大丈夫なんですかね?」
「気持ちはありがてえけど、今回は遠慮してくれや、ちっと事情があってよ」
「……そうですか、お大事にって伝えて下さい」
「ああ、ありがとよ」
そっか、詳しい事聴いて無いからわからなかったけど、結構な襲撃だったって事
だから怪我したヒトがいてもおかしく無いか。
「そんで、お前はここで何してんだ? この階には貴賓席しかねーぞ? ん? そ
ーいや聞いた話じゃイァイの王族関係者が来るっつってたな」
「えっと、はい、多分それです」
「? どういうこった?」
これなんて説明しよう? 部屋の中も外もこれじゃあ……、もうあきらめて全部
話しちゃおうかな。
「あっ、団長」
「おはようございます、パルフィーナさん」
丁度というかなんというか、『雪華』団長のパルフィーナさんが歩いてきた。
「ああ、おはよう、アルベルト君、今日はどうし……」
突然、会話の途中で何かに気づいたらしく、猛ダッシュで僕の目の前にパルフィ
ーナさんが移動してきた。
「きっ君がここに居るって事は、もしや、アっアーセちゃんもこっここに来ている
のか?」
「はい、アーセなら向こうの部屋に居ますけ……どって、あれっ?」
またも、話の途中でパルフィーナさんは僕が居た部屋に向かって突進して行って
しまった。
ってあれっ? 中に居るアリーと鉢合わせするともしかして不味いか?
僕は思わずレイベルさんと顔を見合わせて、急いで一緒にその後を追って部屋に戻
った。
案の定というか、そこには仁王立ちのパルフィーナさんと両手を広げて通せんぼ
をするアリーが、火花を散らして睨み合っていた。
「何しに来たんですか怪力女、私のアーセちゃんには指一本触れさせませんよ!」
「お前になど用は無い、そこをどいてもらおうか」
ああやっぱり、ここは観戦する場所だっていうのに、下手したら開始前に熱い戦
いを繰り広げそうになってんよ。
もう面倒だから、いっそ一度やり合わせたいとこだけど、襲撃続きで警戒してる中
でそんなんしたら迷惑だから、ここは矛を収めてもらわないと。
「アリー、わかってるよね? 今度揉めたら?」
「! ……そっそれは」
そう、ドゥノーエルでパルフィーナさんと揉めた際に、今度同じことがあったら
一時的にだけど、アーセを『雪華』に預けるって言ってあるのだ。
「アーセ、おいで」
僕に言われて、アリーの後ろからアーセがとことことこちらに歩いてくる。
パルフィーナさんは当然満面の笑みで、しゃがんでアーセと向かい合う。
「こんにちは、パルフィーナさん」
「こっこんにちは、アーセちゃん」
……パルフィーナさんがしゃべった。
ってまあ、普通に他のヒトとは話せるのに何故かアーセの前では何もしゃべれなか
ったパルフィーナさん。
もしかして、パルフィーナさんがアーセを目の前にして話が出来たのって、初めて
じゃなかろうか?
「団長、仕事中だぜ、そん位にしておけよ」
半ばあきれたレイベルさんが、名残惜しそうなパルフィーナさんの手を掴んで、
強引に連れ去っていった。
部屋の中では憮然とした表情のアリーが、アーセの無事を確認している。
挨拶しただけなんだから何ともある訳無いんだが、っとそうそうトイレ行く途中だ
ったんだ。
無事に用を足して部屋に戻ろうと通路を歩いていると、今度は護衛をひきつれた
男性に呼び止められた。
「よぉ、息子よ、今日は楽しんでいけよ」
「……おはようございます、国王様、僕の様な赤の他人に席を用意していただきま
して、誠にありがとうございます」
「くっくっくっく、またな、息子よ」
「さようなら、国王様」
イァイのレンドルト国王だった、ちゃんと拒否したのに全然聞く耳持たないって
感じだ。
……確かに龍は出たけど、それとこれとは別問題っていうか、とにかく僕は王族に
なんて絶対に「アル」って、キっキシンさん? いつからそこに?
そんな事を考えながら歩いていたら、キシンさんに呼び止められてしまった。
「……今の国王様だよな? あの会話ってなあ、その、どういう……」
これはもう誤魔化すのは無理か……、僕は観念してキシンさんに昨日の事を説明
した。
「お前が……、いや、もうそんな風にゃあ呼べねーか」
「いやいや、僕はその気は無いんで今まで通りでいいですよ」
「っつってもな……、けじめってもんがあんだろ」
「勘弁して下さいよ、僕はもう傭兵として生きていくって決めてるんですから」
その後通路で押し問答の様になりつつ、なんとか構えないで接してもらうって事
に落ち着いた。
キシンさんも傍若無人な見た目とは裏腹に、かなりキッチリしたヒトなので、こう
いうとこ頑固でまいる。
なんだか試合開始前に気疲れしてしまったが、まあ僕が出る訳じゃ無しのんびり
と観戦モードといきますか。
◇◇◇◇◇◇
「なんですか、レンドルト、そんなに締まりのない顔をして」
そう母親であるイァイ国皇太后ローラースーに指摘されたのは、国王であるレン
ドルトだ。
貴賓席に同席しているミガ国の王族も、これには苦笑を禁じ得ない。
一国の国王ともあろう者がいい歳をしてというよりも、相変わらずだなという微笑
ましさをもってその様を見つめていた。
本来、家族以外の者が居るところでは、例え母親といえど国王に対しては立場を
慮ってその様な事は言わないのだが、この場はほぼ身内ともいうべきものしかいな
いという気安さも手伝って、ついいつもの口調が口をついてしまっていた。
両王族が御前試合の観戦に訪れた『グラシーズ円形闘技場』には、北と西と東に
一つずつ貴賓席という名の部屋が用意されている。
南北に長い楕円形をしている闘技場では、選手は北側と南側から入場し闘いを始め
る。
其の闘いを横から見る事が出来る東側の貴賓席が最上で、同じく横から見る事は
出来るものの、開催時間の関係から日差しに悩まされる東側が二番目。
そして、両者の闘いを一方の背中側から見ることになる北側が三番目と、同じ貴賓
席といえどその観戦のし易さには順列がついていた。
今回、ミガ国の王族及びイァイ国の王族は東側から、アル達一行は西側から観戦
しており、北側は空席となっている。
南側には貴賓席は無いが、席の無いスペースが設置されており、通常ここは護衛の
兵が待機する場所として使われていた。
本日は、警護をする者達の総括として、警護総責任者であるフェリディオ=ヌイエ
スがこの場に詰めてにらみを利かせていた。
この貴賓席は、闘技場での競技をより良い環境で見る為というよりも、警護がし
やすいという理由で造られている。
最上層には貴賓席以外に席は無く、他に洗面所と手洗い場があるだけで、一般の者
は立ち入りが禁止されていた。
貴賓席を利用しているのが誰かに因るが、ここへ続く階段付近や通路並びに各部
屋への入口に、それぞれ大勢の警護の者が立ち並び目を光らせている。
そこには、ミガ国の軍の兵士や警ら隊員及びイァイ国の近衛隊に加えて、イァイ国
の王族の警護を依頼された傭兵団『雪華』の姿もあった。
このように、警護が複数の所属の者達で構成されている場合、それぞれで勝手に
動かれては無駄が多くいざという時に統制がとれない。
他国という事で、イァイの近衛隊と『雪華』は一歩引いた立場をとっているが、自
国内という事でミガ国の軍と警ら隊は、そのどちらが警護を総合的に司るかを主張
しあって、少し前までは収拾がつかなくなっていた。
本来であれば、要人警護は警ら隊の仕事であり、事実これまではそうしてきた。
だが、今回ばかりは襲撃が続いている事に加えて、それが苛烈を極め警ら隊のみで
は手が足りないであろうと軍が投入されている。
これにより、互い組織を率いる立場でもある事から双方とも引けない状況となり、
かえって警護に支障が出る恐れが出てきてしまったのだ。
この事から、統一した指示の元に協力して警護体制をとる為に、警護総責任者と
して開催国であるミガ国から軍や警ら隊のどちらにも属さない、文官トップのフェ
リディオ=ヌイエスが抜擢されその任に就いていた。
ミガ国の宰相は、イァイ国の王族を迎えての一連のイベントの立案・実行におけ
る、総指揮を執っている。
本来、彼もその下で辣腕を振るう予定であったが、軍と警ら隊のどちらから責任者
を出しても禍根を残すとして、各組織の調整も問題無く行えるであろう卓越した事
務処理能力を見込み、自らの懐刀である文官トップのフェリディオを警護総責任者
に任命したのだ。
ミガ国の者は誰一人として知らなかった、そのフェリディオの忠誠が他の国にあ
る事を。




