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第13話 茫然 どうにもならない事もある

 旅に出て初日の夜。


 ニケロ村で一泊するのに、スファル家に泊めてもらう事になっている。

ここは、アルの次兄のモンブルトが、娘ばかりで農地を継ぐ者がいないということで、婿養子に入った先である。

あらかじめ、行商のギースノが先月イセイ村に来た時に、伝言を頼んでおいたので、ちゃんと待っていてくれた。

役場で家の場所を聞き、初めて行くのにあまりにも汚れていてはと、来る前に精霊魔術で水を出して服を洗い、さらに風の精霊にお願いして大急ぎで風を送って乾かして、なんとか身だしなみを整えてお邪魔している。


「よぉ、来たなアル! 久しぶり」

「モン兄ごぶさた、元気だった?」


 久しぶりに会ったモンブルトは、以前は痩せていたが少しふっくらしてみえた。


「あらあら、まあまあ、あなたがアルくんね、いらっしゃい、遠かったでしょ、どうぞあがってちょうだいな」


もの凄い早口で捲し立ててきたこの人は?


「お義母さん、紹介がおくれました、弟のアルです、アル、こちらがこの家のおかあさんだ」

「初めまして、アルベルトと言います、兄がお世話になっています」

「あらあら、まあまあ、礼儀正しいのね、はい、初めまして、お世話なんてしてないわよ、モンちゃんはうちの家族なんですからね」


 いかにも世話焼きおばさんといった感じだ、ちょっとロンド家の隣のロマさんに似ている。

家の中に入ると、親父さんっぽい人と女の人が3人に、男の子が2人いる。

女の人の内の一人がアルの元へ近づいてきた。

再び、モンブルトが紹介した。


「これが弟のアル、アル、あーっと俺の嫁さんのメルベイユだ」

「初めまして、主人に話は聞いてるわ、小さい頃から害獣駆除してるんだって?」

「初めまして、アルベルトです、今日はお世話になります」


 一通り挨拶を済ませて、夕食をごちそうになった。

女の人は奥さんの妹さんで、男の子二人はモンブルトとメルベイユの子供だった。

アルにとっては、甥にあたるのか?

いや、この間、アルがフィンとマージの子供じゃ無くて、フィンの妹の子供だって打ち明けられたって言ってたな。

って事は、モンブルトが従妹だからいとこの子供か、従妹の子供ってなんていうんだ?、まあ親戚って事でいいのか。


 この世界の農家の結婚は、嫁に行くまたは婿になる者が、身一つで相手の家の一員になるというだけで、家と家の結びつきという感覚は薄い。

その為、結婚式というものも特に無い、結婚は領主の所へ当人同士が報告に行き、それが終わったら役場で住民登録して終わりである。

披露宴的なものはあるが、あくまでも迎えた側の家が知り合いを呼んで、これから二人をよろしくお願いしますと紹介するといったもので、

送り出した側の家は呼ばれない。


 だから、アルベルトもモンブルトの奥さんは勿論、スファル家の者とは全員初対面であった。

だからといって、特別仲たがいをしているわけでも、嫌い合っているわけでも無く、ただ単に行き来では無く行くだけなので、相手方の事を知らないだけなのだ。

というのも昔ながらの風習で、魔物がいる街道を家族や親戚一同で往復するというリスクを恐れたからであり、本人のそれだけの覚悟をして来ているという、本気度を見せるという意味も込められているのである。

そして、これもまた一般的に、縁戚であろうとなかろうと、相手の如何にかかわらず、向かい入れる相手はもてなすというのがごく当たり前の感覚である。

これはまた、魔物という人に対する共通の敵がいるという事に、人同士は協力し合って生きていくという事が、昔から受け継がれている事の表れでもあった。


 子どもたちは、まだ赤ん坊と言ってもいいくらいの1歳と2歳で、初めて見るアルを警戒して中々寄ってこなかったが、しばらくすると害が無いとわかったのか、それとも好奇心がまさったのか近づいてくるようになったので、アルもくすぐったりしてあやしていた。

モンブルトの奥さんの妹二人は、アルの3~4歳年上らしくお年頃ということで、「アルくんは結婚しないの?」とか「旅ってどこまで行くの?」など質問攻めにしていた。

家の人達は終始明るくて、モンブルトが幸せそうだったのが、印象的だった。


 楽しい語らいが終わり、本日泊めてもらう客間のような部屋に通された、もう布団が敷いてあって疲れたのもあり、服を脱いで早速横になる。

エイジが本日2度目の休眠に入った後、アルは今日の事を考えていた。


 ちょっと失敗しちゃったなー、まあでもなんの被害も出して無いんだし、いいって事にしよう!

とりあえず明日だな明日! 雨降ってたから調子出なかっただけかもしれないし、明日晴れればバッチリやれるはず!


◇◇◇◇◇◇


 翌朝、すっかり雨があがって、朝から陽の光がまぶしく辺りを照らしている。


 アルは、昨日エイジを休眠状態から無理やり覚醒させた反動か、頭がぼーっとしてる気がしている。

朝寝起きだからというには、深い靄がかかっているような、重苦しい感覚を体のだるさと共に感じていた。

イカンなこんな事じゃと気合いを入れる為、両手で両頬をパンッパンッと二度叩いて、覚醒を試みる。

いまいち効果は無かったが、ごはん食べれば良くなるかもと思い直し、部屋を出て昨日夕食をごちそうになった居間へ向かった。


「おはようございます」

「あらあら、おはよう、早いのね、もう少ししたら呼びに行かせようと思ったのよ、ちょっと待っててね、すぐだからね」


と朝から元気いっぱいの返しをされて、面食らいながらも、なんか一晩過ごしただけなのに妙に落ち着くなと、昨夜と同じ場所に座った。

女性陣が全員で朝食の用意をしている中、親父さんは先に出てきた漬物をバリバリ食べている。

モンブルトは、奥さんが食事の用意の手伝いをしているので、子供たちの面倒を見ていた。


 朝食をごちそうになり、さらに「これ、お昼に食べてね」と塩漬けの肉をパンにはさんだのを弁当として持たせてくれる。

スファル家も、皆で畑仕事に出るだろうから、あまり遅くならない内にと、食後直ぐではあったが「それじゃあ、出発します」と出る事にした。


「泊めていただいただけじゃなく、お昼までいただいて、なにからなにまでありがとうございました」

「あらあら、まあまあ、いいのよそんなこと、全然いいのよ、遠くまで行くんでしょ? 大変ね、なんだったらまだ娘2人いるからどっちか貰ってくれてもいいのよ?」


 朝からぶっ込んでくるおかあさんに圧倒されつつ、別れの挨拶をして家をでた。

見送りに出てきた、モンブルトと軽く会話をかわす。


「じゃあなアル、元気でな! どうせならここにまで名前が響いてくるような、でっかい事しろよ!」

「あははは、頑張るよ、ありがとモン兄、元気でね、じゃあ行ってきます」


こうして、ニケロ村を出発した、次の目的地はサーロン村、この辺りでは一番大きい村である。


◇◇◇◇◇◇


 ニケロ村を出発して半日ほど、昨日と違いぽかぽかと温かい日差しを浴びて、本日も足早に街道を進んでいく。

昨日の影響か、いつもならば、朝アルの起床からそれほどかからない時間に覚醒するエイジが、ようやく活動を始めた。


【ん? あれっ、もしかしてもうニケロ村でてる?】

【おはよエイジ、たぶんもうお昼近いよ、ずいぶん遅かったね】

【ああ、おはよ、もうそんなか、やっぱ昨日の再覚醒の影響かな、あの後も結構長く覚醒してたからなー】

【もしかして、二度目に覚醒した時間の分だけ、次の日に遅くなるのかな?】

【その可能性もあると思うけど、たぶんもっと燃費悪いぞこれ、おそらく倍ってとこだ】

【倍って、二時間多く覚醒すると、次の日は四時間覚醒するのが遅くなるってこと?】

【そのくらいじゃないか? 失敗したな、アルの体に悪影響が出ると思ってやらなかったけど、一度因果関係を検証してみるべきだった】

【まあそんなこと言ってもしょうがないよ、今度時間ある時にでもやってみればいいよ】

【それはそうなんだが・・、なんかえらい前向きだな、なんかあったのか?】

【別に何にもないよ、心配性だなー、さっ今日も一日じゃ無かった半日頑張ろう!】

【おっおぅ・・】


こりゃ、まだあの妙なハイテンション続いてるっぽいな、変な事しでかさないといいけど。



 しばらく進むと三叉路があり、俺たちが来たニケロ村では無い、西側の道からロバに馬車を引かせた一家らしき三人がやってくる。

こちらと同じ、サーロン村へ進路をとっており、自然と並走する形で一緒に歩く事になる。

ロバということで、足が遅い上に引いてる馬車の重量がそれなりにあるらしく、結構つらそうに見えた。

20代の男女と4~5歳くらいの女の子の三人、家族かな?

それはいいとしてこの結構強烈な臭いは・・。

そんな事を考えていると、アルが声をかけた。


「こんにちは、サーロン村ですか?」

「はいそうです、商売の関係で、そちらは・・」

「ちゃんと決めてはいないんですが王都まで! あっ僕はアルベルトといいます、イセイ村から来ました、アルと呼んでください」

「これはご丁寧に、私はファライアードと申します、これが家内のソーニャで、こっちが娘のナスターシャです」

「こんにちは、ほらご挨拶なさい」

「・・こっ・・こん・・にちわ」


 奥さんに促されて、娘のナスターシャがぎこちない挨拶をしてくれたこの一家は、海沿いの漁村であるイジニールからきたメイセンという一家だそうだ。

メイセン一家は行商をはじめたばかりで、なんでも漁師をしていたのが船が壊れてしまい、思い切って行商に転職したばかりらしい。

本来、行商で街や村を巡る商会では、道中の安全に配慮して傭兵ギルドに依頼を出して、護衛を配して旅をしている。

しかし、メイセン一家はこれが初めての事で、かなり無理して仕入したのでこれを売り切らないと、お金が無いらしく護衛を雇っている余裕がないらしい。

それを聞いたアルが、いい考えが浮かんだとでもいわんばかりに、エイジに提案してきた。


【エイジ、どうせ行先途中まで一緒なんだから、僕が護衛するってのはどうかな?】

【・・やめておいた方がいい、護衛なんてしたことないだろ? 一度でも経験があればともかく、なにするかわかってないだろ?】

【だって、困ってるんじゃないかな? だったら助けてあげたい! いいでしょ?】

【自分だけならともかく、なにかあったら相手に迷惑かける事になる、すくなくとも事前にこういう時はこう対処するといった、あらゆる状況を想定しシュミレートしておいて、万全の用意をしてというならまだしも、思い付きや行き当たりばったりで請け負うような事じゃ無い】

【そんな堅っ苦しく考えなくてもさー】

【他人の命を預かる仕事には、責任が求められる、その覚悟が無いなら手を出さない事だ】


 俺と魂話かいわするので、急に押し黙ったアルが、機嫌が悪いのかと思ったナスターシャが、ちょっとおびえた目をして見ている。

それに気づいたアルが、笑顔で手を振るも、ビクッとして母親のソーニャの影に隠れてしまう。


 それにしてもと、馬車の中をアルに覗かせると、積んでるのは海の幸、魚・貝類・海老などの甲殻類など、だからこんな磯臭かったのか。

一家揃って馬車に乗らずに歩いているのは、やっぱりあまりに臭いからじゃないだろうか。

確かに、内陸は干物や塩漬けのものばかりで、生のものは珍しいから売れそうではあるけど、それにはそうなるだけの理由ってのがある訳で・・。


【アル】

【うん、わかってる、来てるみたいだね】


 『ウルフファグ』が、前方の茂みからこちらに近づいてくるのが見てとれる。

おそらくは、この臭いを嗅ぎつけてきたのだろう。

このところは雨続きだったから、これまで襲われずに済んだんだろうけど、こんな臭いさせながらゆっくり歩いてたら、そりゃあ感づかれる。


【アル、ファライアードに警戒するように声かけて】

【わかった】


「ファライアードさん、前方に注意を、おそらく魔物です」

「えっ、あっ、はい」


ファライアードは、ロバを停めて慌てて槍を構えた。

すると、前方からゆっくり一匹の『ウルフファグ』が近づいてくる。

なんであんなにゆっくりなんだろう? もしかし・・


【アル! 後ろはどうなってる?】


急いで振り向いたアルの目に、馬車の後方から一直線に向かってくる、『ウルフファグ』5匹が映った。

やっぱり、陽動か。


【アル、正面一匹頼んだ、残りは俺がやる!】

【わかった!】


 アルが、向かってくる群れに『嵐』を携えて、まっすぐ突っ込んだ。

正面に構えられた『嵐』を避けるように、アルの左脇へすり抜ける一匹に向かって、体を捻りながら柄で『ウルフファグ』の左目辺りを強打。

吹き飛んだのを追って、そのまま首をはねた。

残りの四匹は、『阿』『吽』の乱れ打ちで、瞬く間に殲滅。

よしっ! と振り向いた時に見えたのは、前方の一匹とやりあっているファライアードと、両脇から母娘を狙って襲ってきている二匹だった。


 母親のソーニャは、自分の左側から襲ってくる『ウルフファグ』では無く、娘ナスターシャの右側から襲ってくる個体に向けて、操魔術で鎖分銅をはなつ。

なんとか娘を守りきり、『ウルフファグ』を撃退したまでは良かったが、ソーニャ自身は左側からきた個体に首を噛みつかれ、血を流して倒れてしまう。

急いで『吽』を飛ばし、ソーニャに噛みついている『ウルフファグ』の頭を打ちぬいたが、彼女はそのまま動かなかった。


 アルが馬車の所まで移動して、ソーニャの首に噛みついたままの『ウルフファグ』の死体を引きはがして、状態を確認するも、すでにこと切れていた。

ファライアードは、妻の遺体の前で膝をつき呆然としている、ナスターシャはただただ泣きじゃくっている。

アルはそんな二人を見て放心して立ちすくんでいた。


◇◇◇◇◇◇


 その後は、道中アルもファライアードも口を開かず、ナスターシャは馬車に乗せたソーニャの遺体に覆いかぶさったまま、鼻を鳴らしていた。


 サーロン村に到着し、門の所に居る警ら隊の隊員に事情を説明し、ファライアードとナスターシャはソーニャの死に事件性が無いかの説明で詰所へ。

アルは、襲われた時の『ウルフファグ』の死体を証拠として見せるために、警ら隊員一人とともに死体の回収・運搬用に馬が引いた荷車を借りて、襲われた所へ戻っていった。


 アルが改めて村へ入り、『ウルフファグ』の死体を提出しに警ら隊の詰所へ行くと、ファライアード親子が出てきた。

自宅が無いので葬儀は行えないが、遺体をそのままにはしておけないので、詰所でもらった証明書を役場に提出し、死亡届を提出するとそれが受理され、火葬許可証が発行された、そのまま役場の敷地内にある火葬場で、遺体と最後の別れを済ませて荼毘にふされる。

役場の職員が、精霊魔術で一人が火の精霊の力を借りて遺体を焼き、もう一人が風の精霊の力を借りて煙と臭いを上空へ送っている。


 待合室で待っている間、何度目になるかわからない涙を流して、遺体と最後の別れを済ませたナスターシャは、泣き疲れて眠ってしまっている。

そんな娘を抱きかかえながら、ファライアードは力なく一点を見つめて、身動きひとつせず終わるのをだた待っている。

アルも、その場に控えていたが、どう声をかけていいのか、慰めの言葉も励ましの言葉もなにも思いつかず、同じようにただ黙って座っていた。


 其の後、遺骨を専用の容器に入れて、滞りなくすべてが終了する。

ファライアードは、重い口を開いてアルに話しかけた。


「ご迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした」

「いえ、そんな、迷惑なんて・・」

「娘が無事だったのは、アルさんのおかげです、お礼が遅れて申し訳ありません、ありがとうございました」

「・・・・・・・・た」


ナスターシャも、泣きはらした目でアルを見ながら、感謝をあらわしていた。


「あの、これからイジニールに戻るんですか?」

「はい、でもなんとか商品を売りさばかないと、家に帰っても食べるものも無いんで、売り切るまではここに滞在するつもりです」

「そう・・ですか」


アルは、何かを言いよどみ、口ごもった。


「私どもは、このまま役場の施設に宿泊させてもらうつもりです、アルさんはどうなさるんですか?」

「・・あっと、僕は宿屋に泊まろうと思っています」

「そうですか、それではここでお別れですね、本当にお世話になりました、ありがとうございました」

「・・ございました」

「いえ、そんな、あのげん、あっいや売れるといいですね」

「はい、頑張ります」

「あの、それじゃ、失礼します」


アルは、そのまま振り返らずに、どこに向かっているかわからないまま、闇雲にただ真っ直ぐに歩いていた。


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