第132話 手綱 女性上位なのは同じか
申し訳ありません。
投降手続するのを忘れていました。
「あたし達は馬車で待ってていいでしょ?」
ホーエル商会へと走らせている馬車の中、シャルがこう話しかけてきた。
「うん、あーっと、苦手なんだっけか? ジェニファーさんのこと」
「まあね、出来たら顔合わせたくは無いくらいにはね」
「別に構わないよ、延期するって伝えるだけだし、もしダメって言われたら断るだ
けだしね」
そうは言っても、ただ馬車の中で待つのも退屈だろうからと、前回お茶してたの
と同じ甘味処で三人を降ろして、セルと二人でホーエル商会へ向かった。
さほど離れていないので、その後すぐに到着し馬車を柵に繋いで中に入る。
「ごめんくださーい」
「はーい」
お店のヒトに、ジェニファーさんに会いに来た依頼を受けた傭兵だと告げると、
呼びに行ってくれた。
待つことしばし、現れたジェニファーさんは、少し驚いた様子で小走りに近づいて
くる。
「こんなに早くになんて、もう依頼を達成したの?」
挨拶も無しに、こう切り出された。
「いえ違います、実はですね・・・・」
事のあらましを説明し、一連のイベントが終わるまで延期してほしい旨話してみ
た。
これには彼女も困ったらしく、自分だけで判断するのは不味いと思ったようで、少
し相談させてくれと奥へと引っ込んでしまった。
「どうなるかな?」
「向こうがこちらをどの程度評価しているかによるな、何とかして取り込みたいと
思っていれば継続だろうし、特に執着していなければお払い箱ってとこだろうよ」
僕らにアプローチしてるのはビンチャーさんだ、でもヨルグに居るはずだから、
ジェニファーさんが聞きにいってるのは別のヒトってことだよね。
だとすると、僕らに興味も無いだろうから、ここまでってオチかな?
・・意外にも時間がかかっている、こういうケースは想定していなかったんだろ
うか。
どっちにしても、責任者のヒトがいれば判断はすぐだと思ってたんだけど。
それからしばらくして、出されたお茶が冷たくなってさらにそれを飲み干した頃に
なって、ようやくジェニファーさんが戻ってきた。
「ごめんなさい、お待たせして。お願いしている件はそちらの言う通りでかまわな
いわ。また何かあったら知らせてもらえると助かります。急がないので、無理しな
いで下さいね」
それだけ告げると、ジェニファーさんは「じゃあ」と戻ってしまった。
僕とセルは顔を見合わせて、どうにも腑に落ちない居心地の悪さを感じている。
「なんだったんだろう? 意味わかんないね」
「ああ、なんの説明もなかったからな。断られた訳じゃ無いから、特に話す必要無
いって思ったのかね」
馬車に乗り込みながら、そんな会話をしていた。
確かに断れたんならどうしてかとか聞けるけど、現状維持なのはどうしてですかと
はどうにも聞きづらいもんな。
女性陣の元へ着いて結果を報告すると、「ふーん」とシャルの冷めた返事をもら
っただけだった。
気にならないのか聞いてみたけど、「なんで?」と逆に聞き返されてしまった。
僕が気にし過ぎなのかな? でもセルも不思議そうだったけど・・。
【エイジは気にならない?】
【なんで依頼が継続になったかか?】
【うん】
【そらその方がいいと判断されたんだろ、それに忙しいからそれどこじゃないって
とこじゃないのか?】
忙しいって・・、まあでもそんなもんかな、大手の商会にとっては沢山出してる
依頼の一つってだけで、それより優先される物が沢山あるってだけか。
【・・わかったよ、仕事が忙しくて僕らどころじゃ無いって訳だね】
【まあ間違ってはいないけど。おそらく忙しいというか忙しくなったのは、アル達
が行ったからだと思うぞ】
【? どゆこと?】
【さっき彼女に説明した時に、ヒョウル村からヒトが居なくなってたって話しした
ろ?】
【うん】
【あの情報は知らなかったんだろうよ、結果、あそこから仕入れてたものは今後し
ばらくは入ってこない。となると、其の辺りのモノが品薄になって値が上がるかも
しれない。だったら、他から大量に仕入れておけばかなりな利益が見込める。その
辺の事で、色々と指示を受けてたかなんかで忙しくなったんじゃないか?】
そーゆー事か・・、ん? でも。
【あのさ、忙しくしてた理由は分かったけど、なんで依頼が継続になったかはわか
んないんだけど】
【今回の情報だって、依頼を受けてたから分かったんだし、だからこそホーエル商
会に教えたんだろ? だったらこのままにしておけば、またなんか情報掴んでくる
かも知れないって思ったんじゃないか? そもそも、期限も無いんだし取り下げる
理由もないだろうよ】
言われてみれば、そっか、あんま難しく考える事も無かったな。
「アル、今日こそお願いね」
と、ここで突然のシャルからの問いかけ。
待てよ・・、シャルが話しかけてくるって事は・・。
「・・えっと、もしかして・・」
「行くわよ、テェジクへ」
「えー」
「えーじゃないわよ、ガウマウさんに紹介してくれるって約束したでしょー」
「出来たらってだけで約束はして無いんじゃ・・」
「いいから! 最後のチャンスなんだからね、頑張ってよ!」
そうは言われても、僕の頑張りでどうにかなる事だとは思えないんだけどなー。
という僕の言葉はむなしく響くのみ、馬車は無情にも『望楼閣 テェジク』へと進
んで行く。
◇◇◇◇◇◇
ミガ国王都オュー、公共機関の建物が立ち並ぶ中央庁舎の一つである法務省庁舎
2号館、ここに警ら隊本部がある。
そして今そこには、国賓を害する凶悪事件としてチョサシャ村での事件とオューで
起きた事件の合同捜査本部が置かれていた。
捜査本部長には、警ら隊総隊長であるジムニード=ファマスが就いている。
彼は偉丈夫の警ら隊員の中では珍しく細身で物静か、一見文官上がりかと思われが
ちだが、印象に反してガチガチの武闘派としてその名を広く知られていた。
普段は常に微笑みをたたえるジムニードだが、一旦動くとなると集団の先頭に立ち
最も多くの返り血を浴びる。
警ら隊員たちには、陰で『紅笑将軍』とあだ名されるジムニードの捜査本部長就
任、これは宰相フェザード=ワイズナーを通じてだが、国王であるジャートル・グ
ラシーズ=ミガからの要請であった。
これまでに無い手口、実際に犯行を行っている者達の常軌を逸した行動、他国と
はいえ王族を標的にする事の重大さ、これらを考慮し早期解決と一連の動きから、
流血沙汰は免れないであろうとの判断から、彼に白羽の矢が立ったのである。
現在捜査本部に残っているのは二名、他は全員取り調べや捜査で出払っていた。
「現状で予測しうる相手の出方としては、何が考えられますか?」
ジムニードが問いかけた相手は、副官の役目を担うシャリファ=サンドルフ、旧
姓シャリファ=エニエスタという女性。
彼女は、ジムニードの訓練学校時代の同期であり、主席を争ったライバルでもあっ
た。
結婚を機に警ら隊を除隊したが、優秀な彼女を惜しむ声が多く、子供が手を離れた
十年前に嘱託の形で復職していた。
その為、副官とはいえ捜査本部のナンバー2という訳では無く、あくまでもジム
ニードの補佐というか秘書の様な役割を任されている。
「チョサシャ村では到着日に、ここオューに於いても到着してすぐの式典で仕掛け
てきています。次に民衆の前、公の場に出るのは明日の御前試合ですから、これま
での経緯からそこが一つ目安になるでしょうね」
答えながらシャリファは、不味いと感じ始め別の話題を提供する。
「眉間にしわが寄ってるわよ、最近ノルンちゃんには会えているの?」
脳内検索でヒットしたのは、これまでに一番多く用いてきた為有効なのは実証済
みながら、少々使用頻度が高く効果の程が怪しくなってきた話題。
彼の一人娘であるメルエットが産んだ孫娘であるノルン2歳、世間一般同様に彼も
またこの孫娘を大層可愛がっていた。
「むっ、もう二日会っていない」
少しムスくれた調子で彼が答える、良かったまだまだ効果絶大だなと思いつつ、
シャリファは少し力を抜いた。
「今夜は一旦自宅へ戻ってね、これは副官命令よ」
「副官が上司に命令するのか?」
「そうよ、ファマス君は自己管理がへたなんだから、ここは従っていただきます」
「・・わかった、そうさせてもらうよ」
ジムニードには悪い癖がある、力こそ正義であり全てだとは考えていない。
だが、力による解決が最も優れているとは信じているのだ。
線路を外れることは無いが、一度動くとなると暴走列車と化すのである。
具体的には、捕縛よりも犯罪者の殺害を第一目的にするのだ。
この彼の行動には当然批判も多い、そういう時の彼の言い分は決まっていた。
「ならばあなたは、刑期を終えた殺人犯が隣に越してきても、心穏やかに生活する
事が出来るのですか?」
彼は座学の成績自体は上位であった、なので考え無しに動く訳では無い
地道な捜査を続け証拠を固め、全てが整った時に初めて動くのである。
勘や思い込みで勝手な判断をするのであれば処罰も出来る、しかし犯人である事は
明白であり、ましてや相手が抵抗してくるとなると彼の対応も苛烈ではあっても、
一概に否定できないというのが大方の見識であった。
本来、ジムニードとシャリファは同期であり気の置けない仲でもある。
当然普段の会話はフランクに交わされる、但し例外として敬語を使う場合がある。
それは、公の場であったり部下や上司などの二人以外がいる仕事の場。
しかし、それ以外に一つだけそれもジムニードにだけ現れる、癖の様なモノがあ
る。
それは、自身が激情に駆られ暴発するのを防ぐ役割として、言葉遣いがことさら丁
寧になるのだ。
彼は自分の膝元ともいうべき王都で起きた事件について、耐えがたいほどの恥辱を
感じ、今にも走りだしそうになるのを耐えに耐えていた。
長い付き合いでその事を察知したシャリファが、彼の心を落ち着かせる為にあえ
て、この場に関係の無い孫の話題を振ったのだ。
この様に、彼女は彼の手綱を握る事の出来る唯一の存在として、期待されてこの場
に配属されていた。
彼女が現場復帰を望まれたのは、主にジムニードの部下たちの懇願に因るものだ
ったのは言うまでも無い。




