第12話 油断 テンションたかっ
アルベルト15歳、旅立ちの朝。
このところ、連日雨が続いており、旅立ちの日の今日も、残念ながらいいお天気とはいかなかった。
外はあいにくの雨模様だったが、アルの心は晴れ渡っている。
別に、家で何か強制されてたわけでは無いし、束縛されてたわけでも無い、当然虐げられていたわけでも無い。
それなのに、今日この家を出て行くにあたって、寂しさよりも期待が大きすぎて、沸き立つ心を押さえられずにいる。
雨の降る中、外に出ようとする家族を押し止め、ここでいいからと室内で別れの挨拶を受けていた。
「アルよ、慢心せず稽古を続けてな、歩みを止めてはならんぞ」
「アル、いつでも戻ってきていいのよ、無理だけはしないでね」
祖父母からの温かい言葉に励まされ、お別れの握手をしていく。
「お前の操魔術の腕があれば、そうそう危ないことは無いと思うけど、一人きりなんだから、あまり無茶な事はするなよ」
「アル、今までありがとうね、でもさよならは言わないわよ、私たちはずっとここに居るから、いつか帰って来るのを待ってるわ」
「お兄ちゃん、行ってらっしゃい」
「にいちゃ、バイバイ」
長男一家のお見送り、さすがに15歳になったアルにはナタリアも、抱きしめるようなことはしなかった、残念ながら。
子どもたちは、5歳と3歳なのでよくわかってないらしく、おそらくいつものパトロールくらいに思ってるのか、ニコニコして手を振っていた。
「にぃ、手紙書いてね待ってる、アーセも書くから」
アーセも、いたって普通のいつも通りな感じで、言葉少ない見送りだった。
前に買ってあげた、バレッタで長くなった髪を纏めていた、おめかししてるんだろうか?
少し心配な事を聞いていたので、最後だしと思って聞いてみる。
「アーセ、この間外で寝てたって聞いたけど、どうしたんだ?」
僕がパトロールに行っている間に、足捌きの稽古をしてる場所でアーセが眠っていたと、甥や姪から聞かされたことがあったのだ。
「何でもない、ちょっと眠かっただけ」
「・・村の中とはいえ、外は危ないから寝ないようにな」
「んっ」
・・何か隠してるっぽいんだが、どうにもわからない、時間があれば問い詰めるんだが・・
「アル、お前がどんな道に進むのかわからないが、人様に迷惑をかけるようなこと無く、心正しく生きろよ」
「アル、体にだけは気を付けてね、困ったことがあったら知らせるのよ、一人であまり抱え込まないようにね」
父であるフィンとは、これまでの14年間よりもここ1年で話した方が多いくらいだなと、変な感想を抱いていた。
マージは、目に涙を溜めているようだ、あの日に自分の出自を聞かされてすぐには気付かなかったが、よく考えるとナタリアと同じく自分とは血のつながりがまったく無いんだなと思うと、よくぞここまで愛情深く育ててくれたものだと、感謝の気持ちがわいてくる。
こうして、家族との別れを済ませたアルは、いよいよこの家を出て外の世界に飛び立つことになった。
「みんな、これまでありがとう、手紙書くからね、じゃあ行ってきます!」
と告げて元気に旅立って行った、まずはお隣ニケロ村へ、その後城塞都市を経由して王都までの長い道のりが今始まった。
◇◇◇◇◇◇
【ん~、雨かー、まあ快晴とはいかなかったけど、これはこれでいいかな?】
【? どうした? なんかテンション高いな】
【だって、初めての旅だからねー、何があるかわからないなんて、わくわくするよ!】
【まあ、変に不安で押しつぶされるような事が無いのはいいけど、それこそ何があるかわからないんだ、あまりうかれてんなよー】
【わかってるって、大丈夫大丈夫】
街道は、雨で多少ぬかるんでるものの、それほど足をとられるという程でも無く、最初の行程は順調に進んでいた。
【あーなんか魔物でも出ないかなー、景気づけに】
【そんなもん、出ない方が楽でいいだろうが】
【ただ歩いてるだけってのもさー、なんか物足りないって言うかさー】
【そんな事じゃ、この先やってけないぞ、城塞都市まででまだ村いくつも越した先なんだから】
【うん、わかってるって、大丈夫大丈夫、まかせておいてよー】
なんでこんなにテンション高いんだ? 浮かれてんのか? 危なっかしいなこいつ、なんかしでかしそうだ。
昼食にと持たされたお弁当は握り飯だったので、特に休憩などせずに歩きながら食べた。
其の甲斐もあって、予定よりも早い時間にニケロ村に到着した。
【もう着いちゃったかー、結局なんも無かったなー】
【今日は疲れたろ? 早いとこモンブルトのとこ行って、飯食わせてもらって寝た方がいいよ】
【えー、まだ早いよー、初めてだしぐるっと見て回るよ】
【・・いいけど、あんま羽目外すなよ、俺もそろそろ今日は落ちそうだからさ】
【心配ないよ、村の中なんだから、それよりエイジこそ無理しないでいいよ?】
ニケロ村は、お隣のイセイ村よりも大きめで、人口は5,800人ほど。
ただ、施設については特に変わりは無く、役場の他は目立つのは領主の館と村の集会所くらいのものだった。
なので、見て回ると言っても、役場へ行くくらいしか無い。
役場の中は閑散としていた、もう時間も遅いので閉まる寸前なのだ。
中はイセイ村の役場と変わりないなと思いながら、アルはいつものように害獣駆除の窓口へ来ていた。
「こんちには、隣のイセイ村から来たんですけど、今この辺の害獣駆除はどうなってますか?」
30代くらいの女性職員が担当らしく、応対してくれる。
「いらっしゃいませ、お隣からですか、今は結構溜まってて厳しいんですよ。
『ウルフファグ』と『ボアザッジ』と『ビルジ』が多いですね」
向こうと変わらないな、これだったら受けても問題ないだろう、エイジは落ちちゃったけど、まあいつも狩ってるしなんとかなるか。
「どこら辺ですか?」
「結構村の近くで目撃されてますね、南門を出て左側の村の柵辺りで何件かありました」
近いしその辺少し探して、何匹か狩るかな。
「一人ですが、行ってみようと思います」
アルは、今回旅に出るにあたって、新たにイセイ村で発行してもらったカードを提出する。
カードの裏面には、これまで駆除した大体の数の記載があり、経験者であることを証明できるようになっていた。
職員は、出されたカードを受け取り、表面で年齢確認をして、その裏面を見て記載事項の多さに、驚いている。
「お若いのに、ずいぶんな数をこなしてらっしゃるのですね」
これなら問題無いと判断した職員は、一通りの説明をして送り出した。
本来であれば、不測の事態に備えて害獣駆除は、幾人かでパーティーを組んで行う、しかしアルは一人だけ。
こういう場合、注意を促し他にソロで受けにくる人を待って、パーティーを組むことを推奨している。
ただ、アルの身長は、現在165㎝になっている、これは小柄な有翼人種の中では大きい部類で、加えて物々しい特製ベルトを締めている上、記載されてる内容から、相当な手練れだろうから一人でも狩れると判断した。
外はまだ小雨が降り続いている。
アルは、来た道を戻り入ってきた南門から再び出て、先ほど説明を受けた柵の周辺を見るのに、街道をはずれて近づいて行った。
『嵐』を抜き膝上ほど丈のある草をかき分けて進んだ。
しばらくすると、なにか草が揺れたように感じて、立ち止まり辺りを見回す。
? 雨の音でよくわからないけど、なんか音がしたような気がする。
・・! やっぱりなんか迫ってきてるな!
その場で『嵐』を構えて待ち受ける。
だが、結果からいうと、この待ち受けるというのは悪手だった。
それほど強くはないが、風が吹き雨が降っている上、辺り一面膝より上の高さほども草が伸びている。
これによって『ボアザッジ』は無理でも、比較的体高の低い『ウルフファグ』は、獲物(この場合アル)に姿を隠して近づくことができた。
まわりの草が動いているのが、風で揺れているのか、それとも何かが動いているせいか、見分けがつかない。
突然、両目の視界の端に『ウルフファグ』を捉える。
それが、左右から一匹ずつ同時に襲い掛かってきた。
わわわわわわわ
アルは、焦りうろたえ、どうしていいかわからず、前方に駆けだした。
すると、進行方向でパシャッと音がしたと思ったら、『ビルジ』が頭上から降ってきた、それも三匹。
うわぁー
パニックを起こしたアルは、無意識に横に体を投げ出し、ゴロゴロと転がってその場を離れる。
後ろから追ってくる、『ウルフファグ』に恐怖して、ひたすら走ってなんとか街道まで戻った。
しかし、天気が悪く夕暮れ近い街道は、人通りがまるで無く、『ウルフファグ』もなんの躊躇もなく、姿を現しアルに牙をむく。
【エイジ! エイジ! 起きてよエイジ!!】
必死の呼びかけで、休眠したばかりのエイジが覚醒し、目の前の状況に【!?】と驚きながらも、対処を開始した。
四足歩行の魔物や獣を操魔術で狩る場合、通常避けられないように、正面からではなく、敵の視界が及ばない直上から落下させるようにして、獲物の頭部を狙い攻撃する。
だが、鉄球形態の『阿』の方は試していないが、特製の弾丸形態の『吽』の方は、空気抵抗が少なく速度がでる、加えてエイジの操魔術の威力もあり、10m以内であれば、真正面から獲物の眉間を狙っても、避けられたことが無かった。
一瞬だった。
一匹目の額に穴が開いたと思ったら、そのまま頭蓋を抜けて貫通し、二匹目の眉間に再び命中した後、『ウルフファグ』の死体が、連続で二匹ころがる。
アルは、息を荒げながらその場にへたり込んだ。
なんとなく状況はわかったが、あえてアルに聞いてみた、いや、問いただした。
【これは、どういうことだ? ここに来た目的は、害獣駆除の依頼を受ける為だったか?】
【うっ、いやこれはそのあの、なんというか、そう! なんか害獣駆除が滞ってるみたいだったから、なんとかしようと思って!】
【ほー、それは結構な心がけだな、それでなんで俺を起こしたんだ?】
【なっなんか数が多くて、これは僕の手に余るなーって、それで・・・・】
【ふーん、手に余る? 見たとこ『嵐』にはまるで血がついて無いけど?】
【・・・・ごめんなさい】
やっぱやったか、どうも妙なハイテンションっぷりだったから、なんかしでかしそうだとは思ってたけど。
こんな慣れない土地で、天候は悪いし夕暮れ時で視界は効かないし、おまけに俺が休眠中に一人でって、どんだけ考え無しなんだ。
できるだけ、口出しすまいとは思っているが、さすがに失敗がイコールで死につながる事態は看過できない。
状況を詳しく聞くと、害獣駆除を受けたのはともかく、魔物相手に不覚をとったのは、まあしょうがなかったかなと思う。
というか、これ俺の責任もかなり大きいな。
これまでアルには、剣の稽古といっても、足捌きを重点においてやらせてきた。
これは、剣聖の加護をいつでもどんな時にでも十二分に使えるようにというのと、対人戦闘においてアドバンテージを得るために、
『縮地』の法(俺の中の知識で勝手に作り上げたもので本物かどうかは不明)を使えるようにするためだ。
ほとんどが、対人戦を想定してのものだった。
魔物を相手にするには、単純にパワーが必要だ。
剣を振るスピード、両断する力、そして、それを続ける持久力。
これから剣を主武装にしていくにおいて、出来るだけ体は大きい方がいいと考えていた。
其のために、筋肉で骨の成長を妨げるような事があってはならないと、筋力トレーニングの類は一切やらせてこなかったのだ。
体が出来上がるまではと思い、害獣駆除についてもアルには無理させずに、毎回正面の敵一匹以外はすべて俺が倒してきた。
正面からの1VS1の勝負なら、負けないだろうと思ったのだ、それでも俺が止めをさす事も少なく無かったが。
複数を同時に相手取るのは、まだ難しいと考えていたのだ。
アルの腕前が年々上がっていくのと反対に、毎日パトロールしてたせいで、イセイ村の周辺から魔物がどんどん減っていって、森から出てこなくなったのか
旅立つ少し前には、まったく見当たらないほどだったのも、経験を積ませるチャンスを逸してきた理由だった。
『鉄は熱いうちに』という事で、今回の戦闘の問題点と対処法を話し合う。
【まずは、場所の確認、敵を迎え撃つんであれば、せめて向こうが襲ってくる方向を、一か所に限定できるようなところに移動しないと】
【だって、まわり全部草っぱらで建物も無いんだよ、都合よく大岩とかも無いし】
【だったらせめて、操魔術で鎖分銅飛ばして、周辺の草刈っておくくらいしておかなきゃ】
【うー】
【それに、なんか迫ってきてるって感じたら、襲われるまで待つんじゃなく、どちらか一方へ向かって行って、一対一の状況を作り出さないと】
【相手何匹かもわからないのに?】
【同時に複数の敵を倒せる技があるならともかく、そうじゃないなら、待っていても向こうの好きにされるだけだよ】
【まあそうかもしれないけどさ】
【魔物相手にはとにかく確実に相手の命を絶つ必要があるから、力強い一撃を打てるように足場に気を付けて】
【うん、あのさ、『ビルジ』が三匹一緒に降ってきたんだけど、あーいう時はどうすればいいの?】
【どうって、『ビルジ』くらいなんとかなるだろ?】
【えー、三匹だよ、一度にだよ、無理だよー】
【はっはーん、アルお前相当焦ってただろ?】
【そそそそんな事無かったような気がしないでも無いっていうか・・】
【あのな、『ビルジ』は飛び上がって上から降って来るけど、空中では動けないんだ、落ちてくるだけなんだぞ。
だったらちょっと横に避けてから、一匹ずつ切るなり刺すなりすればいいだろ?
一振りで3匹全部倒さなきゃならないって訳じゃ無いんだから、子供の頃ならともかく、今の足捌きなら楽勝だろうが】
【・・・・】
【まあ、一番は戦いの時こそ冷静でなきゃって事だろうな】
【・・はい】
倒したのは、『ウルフファグ』2匹だけだったので、操魔術で役場まで運んで引き渡した。
雨の中、転がったうえずぶ濡れだったので、役場の職員さんに「大変でしたね」と声をかけられたが、
その割には、狩ったのが2匹だけだったのがばつが悪くて、「ははははは・・」と笑うのが精いっぱいだった。
【今度から、戦闘の時はとりあえず起こせよ、さもなきゃ俺の休眠中は突然襲われる以外じゃ戦闘しない事、いいな?】
【えー、今回はちょっとあれだったけど、もう大丈夫だよー】
【・・全然懲りてないな、よし、今度無断でなんかしたら、俺の操魔術で『嵐』を力いっぱい彼方に放り投げる!】
【やだよーそんなのー、僕の剣なんだからやめてよー】
【だったら、ちゃんと相談する事、いいな?】
【うぅ、わかったよぅ】
しかし、アルは心の中ではまだ懲りて無かった。
でも、次、次頑張ればまだいける!
こうして、旅の初日は感動的な事も無く、ぐだぐだな感じで過ぎていった。