第119話 雷雲 天気はよさそう
王都オューのメインとなる中央通り、これを北へ進むと行き止まりとなる。
あくまでも、一般にはという注釈がつくが。
これより先は、国の行政機関の建物が立ち並び、最奥には王族が住まう城があるか
らである。
境には門がそびえ、常に衛士が立番しており、許可なき者の通行を阻んでいる。
その中の、中央庁舎にある執務室にて、この国の宰相フェザード=ワイズナーは
思案していた。
征龍の武器か・・。これまでは半信半疑であったが、実物を目にする機会が訪れ
ようとは。半年前、諜報部からもたらされた情報により、王を説得し王命という形
で捜索していたが、未だ見つけられないのも想定外であったが、それが隣国では
突然にその存在が確認されたという。
イァイ王家、というより国王からもたらされた驚くべき情報。国を守護する秘奥に
して最強の存在である龍、これを打ち倒す事の出来る武器が見つかったと。
国にあるダンジョンの最奥に安置されていたとの事。さらに、イァイではそれがす
でに持ち出され、一個人の手に握られているという事実。
実は、我が国では情報はすでに入手していたが、本当にそんなものが存在するの
かが不明だったため、国王にも口外せぬ様にお願い申し上げていたのだ。そのよう
なモノが無いならそれでいい。ただ、もしもあったとしたら、そう危惧して王命を
発令していただき、なんとか国の手の者に回収させようとしてきた。
しかし、成果は上がらず真偽のほどを判断できずにいた。そこに来てのイァイか
らの情報だ。存在するのが確定となったとなれば、少しでも早く回収しなくては。
そこで、破格の報酬を提示し傭兵ギルドへ依頼を出したのだ。
どうして突然にそのような事態になったのか。その理由は、意外な所からもたら
された。なんと、ウチの子供たちがその一行に参加していたとは。聞いたところに
よると、ダンジョンへはどこからか要請を受けた訳でも、そのような武器があると
の情報を得た訳でも無く、ただ単に同行者の心身ともに鍛えたいという目的を手伝
って潜っていただけだというのだ。
ダンジョンの構造が違うとはいえ、そんな理由であっさり最下層に到達するとは。
これでは、いつまで経ってもたどり着けない、我が国の者が不甲斐無く思える。
入手した武器は、パーティーリーダーの『羽』の男性が所持しているとの事。
セルから話を聞かされた時は、驚きよりも信じられないという気持ちの方が強か
った。私も一度、国王に龍を顕現させていただき拝見した事があったが、あれを
打ち倒す事の出来るモノなどいないと思わせられた。国王の手に指輪がある限り
この国は安泰なのだと。
この度のチョサシャ村での一件を受けて、セルがメンバーと話し合った末に出た
懸念事項を、私に伝える為自宅へ来た。いくらなんでも考えすぎだとは思うが、一
応は気に留めておくとしよう。それよりも、一緒にリーダーであるアルベルトとい
う若者が来ているというので、どんな人物なのかと会ってみる事にした。
今日初めて会ってみて、さらに驚かされた。セルからは相当な手練れだと聞かさ
れていたので、どんな偉丈夫かと思いきや、あれほど小柄で温厚な印象な若者だと
はな。あれならば確かに、ふた心があるようには見えない。
時間が無かったので、じっくり話が出来なかったのが残念だ。
彼はあの剣と書付を見て、不思議に思わなかったんだろうか?
龍の存在を知る者は、そう多くは居るはずが無いのだが・・・・。
<この箱を開けた者、汝に龍の鱗を斬り命を絶つ事が出来る剣、征龍剣を授ける
ものとする>・・か。
・・あのような書付があったという事は、当然残した者は龍の存在を知ってい
て、尚且つその体の構造までを理解した上で、武器を残したと考えられる。一体
何者なのだ? 王家の言い伝えでは、あの指輪は授けられた物だという。という
事は同一人物なんだろうか?
それにしてもわからないのは、何故イァイ王家はアルベルト君が武器を入手した
と知ったのか。聞けば彼らは五人組だという。という事は、セルとシャルは当然
違う。アルベルト君本人と、妹さんも違うだろうから、残る一名が報告したという
事になる。
我が国と違い、イァイ国ヨルグにあるダンジョンは、稼げると聞く。魔核鉱石が
手頃な大きさで且つ量が多いので、安定して収入が見込める事から、専門の探索者
として生計を立てる者もかなりな数いるらしい。つまり、あそこに潜る事自体は特
別な事では無く、毎日多くの者達が訪れるのだ。
ならば、その事を不審に思って見張っていたわけでは無く、たまたまその場に居合
わせたと見るべきだ。という事は、全く違う理由であの中の誰かを見張っていたと
いう事になる。わざわざ仲間として入り込んで。四六時中。・・一体何の理由で?
ウチの子供たち、・・は無いな。国同士が敵対しているならともかく、現時点では
二人ともただの隣国の宰相の子供でしか無い。国が監視する事由は見当たらない。
必然的に、アルベルト君か妹さんか若しくは両方がその対象と予想される。
そしてさらにわからないのは、武器の所持をそのままにしている所だ。確かに、
ダンジョンで見つけた以上、所有権は彼らにある。それでも、モノがモノだけに
ここは国が相応の対価を支払い、手に入れてしかるべきにもかかわらず、そのまま
放置している。
国が知らないのであれば仕方ないが、知っているのにそのままというのは、国の
安全保障上ありえない。現状、一個人に国の命運を握られているといっても過言
では無い。少なくとも我が国であれば、何をおいても回収すべきと私ならば進言
しているはずだ。
国が彼ら位の年齢の者を監視するのは、どんな時だろうか? ・・いや、そう
じゃないか。どんな者ならば、監視する対象となりうるか。武器を得る前は、単に
ダンジョンに潜っている若者というだけだ。仮に、もし私ならば我が国であれば、
常に見守るという意味で、王族位しかその対象を思いつかない。
・・・・もしや、彼らがそうなのだろうか?
◇◇◇◇◇◇
僕とセルが乗ってきた馬車に、ワイズナー家の使用人であるスチュワートさんと
いうヒトが乗って、メイプル館に三人を迎えて行ってくれるとの事。
その間、クルージュさんにセルとシャルの小さな頃の話などを聞いていた。
引っ込み思案で、セルの後ばかり追い掛けていたシャル。ある時、精霊魔術の素養
が高いとわかってから、自信がついたのか活発になっていったと、クルージュさん
は懐かしむように話してくれた。
そんな話を聞いていると、ほどなく三人がやってきた、玄関先に出迎える僕ら。
クルージュさんとアーセとアリーが初対面なので、互いに自己紹介を。
その後、いつもの様にアーセがクルージュさんにつかまる。そしてこれまたいつも
のように、その様子を見ているアリーが、嫁入り前の娘さんがしちゃいけない表情
で威嚇している。
そんなある意味おきまりなあれこれの後、元の応接室に戻り再びクルージュさん
を交えて談笑していた。
楽しい時間が過ぎるのは早いもので、あっという間に夕方に。
遅くならない内に引き上げないと、お父さんのフェザードさんが戻ってきてしまう
ので、皆で早めの夕食をごちそうになった。
まあ、僕らは別に何の問題も無いんだが、宰相家のご令嬢であらせられるシャル
嬢が、「絶対に顔を合わせたくない」などという、ウチの親がもしアーセに同じ事
言われたら、間違いなく卒倒してしまいそうな主張をするので、名残惜しいが早め
に退散する事に。
クルージュさんは、理由が分かっているのでシャルについては引き留めはしなか
ったが、その代りにアーセに「ウチに泊まって一緒に寝ましょう」と、かなりな圧
で誘っていた。
勿論、アーセの自称恋人兼お姉さんことアリーが、火の玉のような猛抗議で奪還し
てきたのはいうまでもない。
こうして、ワイズナー宅をお暇してメイプル館へ向かった。
途中で、明日からの依頼に必要な食料などを買いこんで。
宿に到着し、それぞれの部屋に入って五分と経たずにドアをノックする音が。
「さあ、アーセちゃん、お風呂に行きますよ!」
ドアの外では、満面の笑みで手招きするアリー。
そして、彼女に手を引かれて無理やり引きずられてきた感満載のシャルが居た。
あー、そういやそんな事言ってたな、ってか早いなー。
まあ、あんまり遅くなるのもよろしくないだろうからな。
そんな訳で、僕らもせかされるままに準備をして、全員でお風呂へ歩いて行く。
明日からの依頼に備えて、平和でのんびりとした日常を満喫していた。
◇◇◇◇◇◇
ミガ国内某所にて。
「ガスパ様、むさ苦しいところではありますが、しばしの間ですのでご容赦下さい
ませ。明日の早朝には出立致しますので」
「よいよい、長きに渡り耐え忍んできたのだ、何ということは無い。
それよりもだ、抜かりはないであろうな?」
ガスパと呼ばれたのは、白髪で深いしわが刻まれた額の、七十歳前後の老人。
この場に到着し、配下の挨拶を受けつつ部屋に入ると、用意された玉座につく。
イスに腰掛け背もたれに体を預けながら、年齢に似合わぬ鋭くぎらついた視線を、
傍らに控える男性に向けていた。
その視線を受けた男性も、すでに六十は過ぎている。
痩せ型な上長身で、どこか神経質な印象を与える。
だがその実、ガスパの視線に敬服しつつもたじろぎもしない、胆力を秘めていた。
室内にはこの二人だけではあるが、ガスパの前で片膝をつき頭を垂れているこの
男、宰相を務めるパラムはおもむろに口を開き説明をはじめる。
「すでに、工作員及び兵員は現地に入っております。後は、我々を残すのみです。
何かアクシデントがあり、我々の到着が遅れても、明日は予定通り決行致します」
「うむ、首尾は整えてあろうな?」
「無論でございます。順調にいけば、明日の夕方にはイァイの王族がオューに到着
します。仮に、時間にずれが生じましても対処可能ですので問題ございません」
「出来れば見物したいところだがのう」
ガスパは面白そうに、自らの顎を右手の人差し指と親指でV字にはさみながら、
ほくそ笑んだ。
長い間、練りに練ってきたこの計画が成功するとは信じている。
しかし、もし失敗したらすべてが潰える、己の命さえも。
何通りもの場合を想定して、幾度となくシュミレーションしてきたせいで、どこか
現実では無く盤上遊戯のような感覚を覚えて、当初の決死の覚悟が昇華され、おか
しく思えてきたのだ。
「ご容赦ください、わずかな綻びも命取りになりかねません」
「・・そうだな、して、実行する者は予定通りかな?」
「はい、一の矢をカプリが二の矢をペリーヌが、そして三の矢はサピノスが放つ算
段になっております」
「うむ、後はあの者の働き次第というところか」
「・・ここまで潜んでいたのです、気取られるようなことはありますまい」
「どちらにせよこれで決着だの、我らの悲願が成就するか滅亡を迎えるのかのな」
彼らにとっての悲願成就、その決め手を得る作戦の発動を、四日後に控えた夜が
こうして更けていった。




