第116話 無知 前にあんだけ言ったのに
【一体、何のために僕を試すのさ】
僕とセルは、ホーエル商会を後にして女性陣三人が待つお茶屋さんへ。
そこで合流して、馬車で依頼完了の報告に傭兵ギルドへと向かっていた。
その車中、御者をセルに任せて色々と気になった事をエイジに聞いてみる事に。
まず最初に聞いたのは、なんであんな変な態度というか表情だったのか。
それに対するエイジの推測が、僕を見定めるために試そうとしてるんじゃないかとの事。
確かに、友好的な感じはまるで無かったけど。
【彼女の印象としては、俺の見たとこはりきってんなって感じだった】
【? それと僕が何の関係があるのさ】
【自己紹介の時に、仕入れ担当って言ってたろ?
でもな、見るからに十代の彼女が、大手の商会の仕入れを取り仕切ってるとは思えない。
別に嘘ついてるとは思って無いけど、大方何人かいる内の一番下で勉強中ってとこじゃないか?】
【・・そうなのかな?】
【それがあの自己紹介、少しでも自分を大きく見せようとしている風に感じたな。
ホーエル商会に行ったのは、ビンチャーから頼まれたからだ。
ビンチャーはアルに依頼をさせたがってた、それは商会の専属として有用かを見極めようとしてたと思われる。
そして彼女は、アルの事をビンチャーから聞いてると言っていた。
つまり、今回の依頼でその判断を下すつもりなんだろう】
それで、ジェニファーさんが僕が相応しいかどうかみてるって事か。
【その話でなんとなく理解出来たけど、はりきってるなってのは何?】
【見定める役目を与えられて、いいとこ見せたがってる気がするんだ。
他人に認められたい奴ってのは、必要以上に攻撃的になりがちだ。
ビンチャーからは、依頼を発注してその結果で判断して欲しいくらいの事を言われてるんだろう。
だが、それにしては依頼内容の難度が高すぎる】
【えっ? 『タクセル』ってそんなに強いの?】
【逆だ、とっても弱いんだ】
? 弱いのに難しい?
【もうちょっと解り易く説明してよ】
【『タクセル』ってのは、四足で体高1mから1.5mの鹿みたいな魔物だ。
生息場所は、草原や山間など色々な場所に居る。
特殊攻撃の類は一切無く、鋭い爪も牙も持ち合わせてはいない。
唯一、雄のみが有する頭部の角で突進してくるくらいだ。
狙う側から見れば、脅威の少ない楽な獲物といえる。
そして、それはヒトだけに言える事じゃあない。
キオア山付近での生態ピラミッドの頂点が『マッドベア』だとすれば、小動物を除くとほぼ最下位に位置するのが『タクセル』なんだ。
其の為、魔物のエサとなっているケースが多い】
・・そこまでだったら、簡単な依頼って事だと思うんだけど。
【問題は時期だ、今は冬籠りする魔物が栄養を蓄えようと活発に動いている。
だからか、習性として『タクセル』はこの時期は巣穴にじっとして、冬になってから活動を始める。
其の為、この時期に仕留めるとなると、巣穴を見つけて倒すしかない。
だがそうなると、高い確率でそれを狙ってる別の魔物に遭遇するだろう。
そして、そいつらは『タクセル』をエサとしている事からも、大型の凶暴な魔物が多い。
この事から、通常この時期に『タクセル』は狩るには適さない。
なぜならば、遭遇する魔物が『マッドベア』クラスだった場合を想定して、五名以上のパーティーを組む必要がある。
けれど、実際遭遇するかどうかはわからない。
出会わずに済めばラッキーだが、そうなると今度はその人数が潤う程の収入が見込めない。
本来、弱い部類に属する『タクセル』は買い取り単価が安いんだ】
ずいぶん意地悪い依頼って事か、受けたの失敗だったかな?
【そういえばセルが言ってた、僕が時間欲しいって言った時のジェニファーさんの反応ってなんだったのかな?】
【予想外だったんじゃないか? イエスでもノーでも無い答えが】
【予想外って?】
【『タクセル』の事を知らなければ、どんな魔物かとか普通聞くだろう?
聞かないって事は、知ってるって事だ。
だったら、弱くて狩り易いのもわかってるはず。
であれば、楽な依頼だと思って二つ返事で引き受ける。
もしも、この時期には難しいと知っていたなら断ってくるはず。
さてどっちだ? と思っていたらどっちでもなく時間をくれときた。
だから、予想外の事で返答に詰まっちまったんだろう】
なるほど、言われてみれば戸惑ってた感じだったな。
【じゃあ、あの最後の目が笑って無かったのは?】
【あれは、しめしめ引っかかったなご愁傷様って蔑みの目だな。
時間をくれって言われた時は、目論みを見破られたかと思ったけど、結局こいつは何にも知らなかったんだなってさ】
【何それ! なんでそんな風に思われ無きゃならないのさ!】
【そりゃ、ちゃんと内容を確認せずに引き受けるなんてマネするからなめられたんだろ。
前に『ガーフ』の時も言ったと思うけど、どんな魔物かもわからないで簡単に受けたりすると、手痛いしっぺ返しを食うってこったな】
【うー、言ってくれればいいじゃんかー】
【これも前に言ったが、決めるのはアル自身だ。
その後、どうするかの相談には乗るが、是か非かの判断には口出ししないよ】
はぁー、急に気が重くなってきたな。
【でもまあ、そう難しく考える事も無いさ】
【どういう事?】
【さっきも言った通り、この依頼は難度が高すぎる。
アル達の実力を計るには、適していないよ】
【じゃあどうなるの?】
【普通にいけば、彼女が上司に怒られるだろうな】
・・エイジが物知りなのはわかってるけど、こっちの理解が追いつかないんだよなー。
【怒られるって?】
【あくまでも、依頼の結果で判断するんであって、成功か失敗かによって合否を決める訳じゃ無いはずだ。
でも、彼女はこのぐらいの依頼を成功するようでなければ、この商会には必要ないと考えたんだろう。
だがこの依頼難度では、実力を計るんじゃ無く失敗をさせようとしてるかのようだ。
これは、主旨から大きくずれている。
おそらく今回の件は、こちらに対してもそうだが、彼女も一緒に試している意味もあるんだと思われる。
それを、任されたというのが嬉しかったのか、張り切り過ぎた結果がこれなんだろう。
そもそも、依頼とは発注者が必要な物を入手するのに、傭兵に報酬を出して手を借りるって事だ。
今回の様な依頼の仕方では、成功は見込めないだろう。
発注する段階で、分っているのにあえて情報を伏せてたんだからな。
発注者は欲した品物が入手できない、傭兵は報酬を得られない。
誰も得をしない発注なんだ、商会も何でこんな無駄な事したんだって問い詰めるだろうよ】
ちょっとかわいそうな気もするけど、まあ自業自得かな。
【でも、そのせいで僕らが無駄足踏むって何か釈然としないなー】
【ここでどうするかの選択だな、依頼を成功させるか失敗に終わらせるか】
【ちょっちょっと待ってよ、これを成功させると・・、僕らはホーエル商会に認められるって事だよね?】
【そうなるだろうな】
【で、失敗すると? ・・商会では必要ないって思われる・・ってあれっ? 別に困らない様な・・】
【そう、俺らの側だけで考えると特にメリットもデメリットも無い。
どっちでもいいんだ、まあ引き受けてしまったものをやらないって訳にはいかないからな。
あっち方面の別の依頼を受けておいて、金銭面で損しない様にすればだが】
【こっち側だけで考えるとって?】
【まず商会は、成功すれば品物が手に入るが、失敗だった場合は当然ながら何も得る物が無い。
但し、その場合は報酬を支払わなくて済むから、そういう意味ではプラスマイナスゼロだ。
だが彼女の場合は、成功すればお小言位で済むだろうが、失敗だった場合はかなりな叱責を受けると思われる。
結果がどうなるかは多分に運もあるけど、どっちを目指すかは行く前に決めておいた方がいいんじゃないか?】
目指すって・・、成功はそりゃそうだろうけど、失敗するのをって何か違うような。
【どっちに転んでも僕らに損が無いんだったら、別に目指す方なんて決めないでいいんじゃないの?】
【行き当たりばったりか、それも一つの手だな。
俺もどっちでもいいとは思うが、セルは彼女と知り合いなんだろ?】
【みたいだね】
【だったら、一応相談した方がいいんじゃないか?】
【うーん、それで何か変わるかなー。
まあ、依頼自体は受けちゃったから、皆で行動する以上話し合いは必要か】
すっかりエイジと話し込んでて気が付かなかったが、いつの間にか馬車がすでに停まっていた。
傭兵ギルドに到着し、馬車を所定の場所へ移動させる。
とりあえず、先に依頼の完了報告を済ませてしまおう。
昼近くと言う事もあり、建物の中はヒトがまばらに居るだけだ。
僕らの様に完了の報告に来た者や、打ち合わせを終えてこれから依頼へと出かける者など様々。
受付で依頼書を提出し、報告が終了するとそれぞれにポイントが付与される、今回はセルとシャルの兄妹の等級が上がった。
他のメンバーは変動無し、やっぱりある程度まで上がるとそこからは中々上がりが鈍い。
有名傭兵団の様に、国の依頼を受けられるようになるには、まだまだ道のりは遠いみたいだ。
そういえばと、ダンジョンの地図が依託販売されているコーナーへ目を向ける。
『風雅』団長のキリウスさんから、ガマスイでのお詫びと言う事で、地図引換の証書をもらってたんだった。
例の依頼のせいで売れに売れて、現品が売り切れで絶賛増産中だったはず。
入荷してるかどうか確認してみようかな。
・・いやいや、ダンジョンはしばらくお休みするって決めたんだ。
なんか、あんまり気乗りしないから、無意識に別の話に逃げてる気がする。
話があると打ち合わせスペースに皆を誘導、気が重いけどこの依頼どうするか相談しないとな。
「と、こんな流れで受けちゃったんだ、ごめん」
「いや、アルだけのせいじゃ無い、俺も付いて行ったのに気付けなかったしな」
僕が難度の高い依頼を受けてしまった事を詫びると、セルがフォローしてくれた。
何故この依頼が難しいかや、その他諸々の説明をしていく。
その上でパーティーとしてどうするか、主にセルに問いただしてみた。
「なんで俺に?」
「さっきの話通り、メリットもデメリットも特に思いつかないんだ。
でもさ、あの担当さんとは知り合いなんでしょ?
其のあたり、何かあるかなーと思ってさ」
「うーん、そうだなー」
「なになに? 知り合いって誰?」
セルの知り合いなら自分も知っていると思ったのか、シャルが質問してきた。
「ああジェニーだよ、お前も知ってるだろ?」
「ってヌイエスの? はぁー、あの子苦手なのよねー」
シャルがこんな風に言うのは、初めて聞いたかも。
「シャルも知り合いなんだね、苦手って?」
「片っ苦しいっていうか、こうあるべきとかこうするべきとか、口うるさいのよ」
「彼女の父親は優秀な文官なんだ。
その優れた実務能力で、一代にして文官トップの座に就いている。
その父親に憧れてるのか、彼女も頑張り屋さんでね。
ただ、自分が頑張るのは良いんだけど、他人にまで色々と注文を付けるんだ。
周りの連中は、親の威を借りて威張ってると思ってるみたいだけど、たぶんそうじゃ無いと思う。
どうも、国の要職に就いている父親に恥じない様にって、常に必要以上に肩ひじ張ってる感じでね」
セルの説明で大体理解できた、ただ関係性はどうなのかな?
「彼女の顔をつぶすと問題あったりする?」
「うーん、特にこれといっては。
ただまあ、わざと失敗する事も無いと思うけどな」
僕は、セルとシャルの兄妹とこんな話をしていた。
その間、アリーは興味ないのかアーセにちょっかいをかけており、アーセはそれに面倒そうに対応している。
つまり二人はどうでもいいらしい、まあ最初にどっちでもいいって言っちゃったしな。
結局セルの言う通りなので、可能な限り失敗を避ける方向で落ち着いた。
ダメだった場合を考えて、別の依頼も受けて馬車代や宿泊費分を稼ぐのを忘れない様にっと。
こうして、主に僕のせいで旨味のあるとはいえない依頼をこなす事になってしまった。
そういえばゲイカンの採取も失敗だったし、なんかあっち方面って運気が悪いのかなー。




