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第109話 開戦 こうだったとは

 夜の帳がおり、普段なら静まり返っているはずの街道に、ざっざっと集団が地面を歩く音が響く。

息をのむ配置された警ら隊員と兵士たち、そして臨時に配された宮廷魔術師と『雪華』団員の女性たち。

その中にあって『雪華』団員マリテュールは、魔力を溜める事に集中していた。


 宮廷魔術師と『雪華』の団員たちは、現場指揮官の合図で精霊魔術を放つようあらかじめ指示されている。

その後は、警ら隊と軍にその場を任せて、イァイ王族を護る為に村の西へ速やかに撤退する手筈になっていた。

しかし魔術を放つ都合上、後方に控えている訳にはいかず、前方が開けた場所に陣取らねばならない。


かといって、門の前では魔術を放った後に迎え入れるのに、門を開けておかなければならなくなる。

それでは、門を閉めての籠城という本作戦において、大きなマイナスとなってしまう。

そこで門の内側に急遽作られたのが、高さはあまり無い横幅のある物見やぐら的な建造物であった。


丁度門の上から上半身が出る程度の高さを前列とし、その後ろに50㎝高い後列の二列分が設置されている。

ここに宮廷魔術師と『雪華』団員及び、暴徒たちへ呼びかける警ら隊員と、魔術を放つ合図を送る兵士が並んでいた。

この場にて集団を視認している者達は、いざ100を超える集団を目の当たりにして、言いようの無い不安を覚えていた。


 それというのも、王都や国境都市の強固な石造りの門と違い、ただの宿場町であるチョサシャ村の門は木で出来ている。

これで本当に村への侵入が防げるのか? この場に居て危険は無いのか? と。

そう考えたのは、彼女たちには本来課せられている役割があったからだ。


警ら隊員や軍の兵士たちは、すでにこの東門を死地と定めて覚悟を決めていた。

だからだろうか、彼女たちが感じた不安は何も目前の敵ばかりでは無く、周囲に漂う重苦しい空気にあてられたという面もあったのかもしれない。

護る対象が村でありミガ国民である警ら隊員と兵士たち、それに比べてイァイ王族を守護する彼女らとは微妙に意識がずれていた。


彼女たちは、とにかくこの場は兵士の合図で一撃魔術を放ちすぐさま下がる。

まずは籠城し門を破られた後は殲滅戦を挑もうという、彼ら警ら隊員や兵士たちとは自分達は違う。

敵を排除できればそれに越したことは無いが、自分達の使命は王族を逃がす事で撤退戦を想定していた。


宮廷魔術師も『雪華』の団員も、戦いに身を置く者としての覚悟は持っている。

訓練も積み技量も申し分ない、この場での自らの動きについても事前の打ち合わせで理解している。

だが、相手がヒトだという前提が違っているとは思いもしなかった。


 緊張と、近くで炊かれるかがり火の熱で額を汗が流れる。

事前に決めておいた位置を、暴徒が越えたら声を掛ける。

その第一声を任された警ら隊員は、暑さで乾く喉をつばを飲み込み耐えていた。


 迫りくる集団に気おされているやぐらの上、それとは逆に閉ざされた門の内側で、近づく音だけを聞いている者。

どちらがより恐怖を覚えているだろうか?

この中で、最も冷静でかつ落ち着いているのは、『雪華』副団長のレイベルであっただろう。


精霊魔術を放つ為に配置されている三名の団員とは違って、彼女と他二名の団員は魔術を放った後の三名を連れて戻る為にこの場にいた。

これは団長のパルフィーナの指示である、レイベルは心配性だなと思っていたが。

だから、いきなりここで自分が戦闘に巻き込まれるとは、思っても見なかったのだ。


 やぐらの上、警ら隊員の男が大きく息を吸いこむ。

暴徒が、あらかじめ決めておいた位置を越えたので、大きな声を出そうとしたのだ。

しかし、その前にやぐらの上の者達の視界が真っ赤に染まる。

それは、暴徒側からの何の前触れも無く放たれた、火の精霊魔術の一斉発動だった。


 双方ともに、一言も発する間もなく戦端は開かれたのだ。


◇◇◇◇◇◇


 チョサシャ村の最も西寄りにある宿屋、ここにはイァイの王族が滞在していた。

万一に備え、予定を変更し脱出しやすいようにと、当初宿泊する予定の宿をキャンセルしここにしたのだ。

常であれば、ベッドに横になっていてもおかしく無い時間ではあるが、全員すぐにでも移動できるように荷物も馬車に積んだままであった。


侍従長のネイミアをはじめ、供の者達は本来であれば王族の近くでお世話をしなければならない。

だが、東門から来るであろう暴徒が、門を突破しこの宿屋まで到達する可能性は高い。

その際、現有戦力では供の者達までは守りきれないという判断から、逃走しやすいように皆初めから馬車で西門近くに待機していた。


 そのような状況下、宿屋の一室では国王の母親であるローラースーと娘のユーコミンが、宮廷魔術師と『雪華』の団員に警護されている。

そして、それとは別の部屋では話し合いが行われていた。

メンバーは、国王であるレンドルトと近衛騎士団団長のバグスターに、宮廷魔術師筆頭のケリジュールそして『雪華』団長のパルフィーナの四名である。


「つまり、その暴徒ってのが押し寄せてくるってんだな?」


この国王の問いかけに答えたのは、バグスターだった。


「はっ、暴徒は120名前後と予測されます。

こちらの策がすべて理想の形で成功して、ようやく退ける事が可能になるといったところ。

そのような事はありえないでしょうから、まず間違いなくここまで攻め込まれるでしょうな」

「その策ってのは、さっき聞いたアレか?」


レンドルトの視線の先に座る、ケリジュールが返答した。


「ええ、うちの者六名と『雪華』から三名の計九名が、まず最初に精霊魔術を放ち敵の戦力を削ります」


実際に、対策本部にて警ら隊の長と軍の指揮官との話し合いに出席した、バグスターが続けて説明する。


「その後は籠城戦です、これは東側つまり王都オューからの援軍が到着するまで、時間を稼ぐ為の作戦になります」

「到着予定は?」

「速やかな派遣が決定し出来るだけ急いだとして、第一陣はおそらくは二時間は後だと思われます」

「んで、東門の造りや配置された戦力で、それだけの時間は稼げそうなのか?」

「・・可能性は低いと思われます」


しかしとバグスターは続けた。


「幸いにして、西側からの援軍は間に合いました。

これにより、警ら隊員と軍の兵士を合わせて58名が東門の守りについております。

こちらからの者達の初撃次第では、なんとかなるやもしれません」


その後を引き継いだのは、パルフィーナだった。


「軍と警ら隊へは、最初に一撃放った後は撤退させてもらう事を、承知していただいています。

副団長のレイベル以下二名を、東門の傍で待機させていますので、無事に連れて戻ってくるでしょう。

彼女らがこちらに戻るという事が、暴徒が東門に到達した知らせとなります」


そして、元に戻ってバグスターが最後を締めくくった。


「暴徒の中には、警ら隊員もいる可能性が高いらしいのです。

ですから、ここの警ら隊には報告などは一切来ないでくれと言ってあります。

これで、近づく警ら隊員がいればそれは敵です。

兵達には、問答無しで斬り伏せるよう言い聞かせてあります」


 一言ふうむと言うと、レンドルトは皆を見回して意見を求めた。


「それで、そいつらの目的は俺たちイァイの王族なのか?」


この答えを持っている者は無く、代表する形で再びバグスターが口を開いた。


「わかりません、申し訳ありませんが解っている事は非常に少ないのです。

現状判明しているのは、ワタガー作業所で何かが起こった事。

そして、100を超す者どもがこの村めがけて徒歩で進んでいる事、先ほどお話したこの二つのみです。

そこで我々は、ワタガー作業所で受刑者の反乱が起き、作業所に居る全員でこちらに向かっていると仮定しております。

しかし、その目的は依然不明であります」


再び考え込むレンドルト、そして口にしたのは意外な言葉だった。


「ワタガーで何かが起きたねえ、一体何が起きれば全員が暴徒と化すんだ?

あそこにゃ、受刑者とほぼ同数の鉱山労働者や、監視している警ら隊員もいたはずだよな?

普通はありえねえだろうよ普通は、と言う事はだ、普通じゃねえことが起きたってことだ。

何が起きたのかもその目的も不明、となりゃあ、相手の実力もわからんだろう。

そんなの相手に、正攻法が通じるとも思えねえ。

バグスターよ、こいつを使う時が来たのかもしれんぞ」


 そう言って、指輪をはめた手をかざすレンドルト。

パルフィーナだけは何の事か理解していなかったが、バグスターとケリジュールは血の気が引く思いだった。

それは即ち、暴徒がここまで来た場合、国王自らが逃げずに戦うと宣言しているのである。


「おっおやめ下さい、国王」

「そうですわ、私たちだけで何とかしてみせますから」


 近衛騎士も宮廷魔術師も、王族を守護する事を存在意義としている。

それぞれに求められる能力は違えども、各人に求められる資質については同じであった。

すなわち、王国における王族の重要度を理解し、其の為ならば己の命すら投げ出せる覚悟を持つ者である。


採用に際しては、個々の技量は勿論の事、この資質が重要視される。

この場まで同行して来たのは、そうした基準を満たす者ばかり。

そしてそれは、採用されてから王族の中でもとりわけ国王だけが持つ、特殊なチカラがどういうものかを伝えられる事で、さらに強固な想いとなっていった。


 つまり、国の基盤はあくまで国民ではあるが、かなめは国王自身なのだと。

それ故、例え自分達が負けようと、さらには命を落そうとも、王族の方々が無事でさえいれば任務は成功となると皆が考えていた。

敵に背を向けるのも逃げるのも恥とは思わない、それが王族の安全の為ならば胸を張って退却する事も厭わない。


その守るべき対象である国王が、いくら強力な手札を持っているにせよ、最前線で戦うなど許容できるはずも無かった。

とにかく、東門から宮廷魔術師と『雪華』の団員が戻れば、ある程度の情報は得られる。

まずは大まかにでも、相手方はどの位の数なのか。


それに最初の一撃でどの位の数を減らす事が出来たのかがわかれば、少なくとも迎え撃つか逃げに徹するかの判断が出来る。

こちらには、近衛騎士団26名に宮廷魔術師6名、そして『雪華』団員15名の計47名の戦力が控えている。

東門からヒトが戻れば、さらに12名増えて合計59名と、向こうの数によっては制圧する事も可能なほどだ。


 これらの理由から、国王に思いとどまっていただこうと説得をはじめた。


いや、はじめようとしたのだが、バグスターが最初の一文字を口にするのとほぼ同時に、外の騒がしい音が聞こえてくる。


まさかという思いで誰もが数瞬、頭に浮かんだ音の原因を否定した、だが次に聞こえた叫びに緊張が走った。


「敵襲! 数は不明! すぐの撤退を!」


 近衛騎士団副団長ギリウスの必死の叫びに、その場に居た全員すぐさま行動を開始した。


◇◇◇◇◇◇


 チョサシャ村の東門付近、異臭漂うこの場所に最早無傷の者は誰もいなかった。

門のあった場所は、焼け焦げた左右の柱が残るのみであり、門の後ろに造られた横幅のあるやぐらは影も形も残っていない。

周囲に倒れているのは、双方の死体と動けないほどのけがを負ったヒト々、戦いの中心は急速にこの場から離れて行った。


「急ぐぞ! ああ、出せる範囲の最高速でいい、大丈夫置いて行ったりしないから」


 そんな中にあって、『雪華』副団長レイベルの言葉が響く。

東門に派遣されていた、宮廷魔術師6名と『雪華』団員3名そしてレイベル以下2名の団員が、本来の任務である王族の護衛に西側へと移動を開始していく。

彼女たち12名の中で、命を落した者はいなかったが、皆少なく無いダメージを負っていた。


 レイベルは、先ほどマリテュールが言っていた事を、ここでの戦いを思い返しながら考えていた。


 あの時、突然悲鳴と共にやぐらからその後ろへと、上に載っていた11名全員が落ちてきたのだ。

動転してて気が回らなかったが、今思うとあれは彼女たちを攻撃したのではなく、門を破壊する余波だったのではないだろうか。

奴らは、木製の門を精霊魔術の火で燃やすのに、その火を勢いづけ激しくするために風の魔術も使っていたようだった。


落ちてきた彼女たちは、大した高さでは無かったが受け身もとれずに、背中を強打した者がほとんどで、動く事はおろか呼吸もままならなかった。

とにかく、全員を道の端に運び改めて見ると、幸いにして顔を焼かれた者はいなかった。

だが、皆一様に前髪と顔をかばったのか服の腕の部分が焦げ、手のひらや手の甲にやけどを負っていた。


 ほどなくして、門から何かを打ち付けられているような打撃音が聞こえてくる。

これは、破城槌などの大型の攻城兵器によるものでは無い。

後でわかった事だが、それは奴らが全員で石を操魔術でぶつけていたらしかった。


そして、門が破られ奴らが侵入してきた。

この短時間で門を破壊するほどの火勢、これが直接彼女たちに向けられていたとしたら、この程度で済んでいる訳が無い。

おそらく、顔は焼け爛れ悪くすれば喉や肺が焼かれ、その場で絶命していただろう。


 ともかく、こちらの目論みはすべて外され、門を閉ざして時間を稼ぐことも出来なくなってしまった。

こうなったら、後は武器を手に戦う以外に道は無い。

未だ動けない彼女たちに近づけさせない為、門のこちら側へ入って来た奴らへ積極的に斬りかかった。


 しかし、奴らの動きは常軌を逸していた。


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