第107話 要請 予行演習には丁度いい
チョサシャ村では、慌ただしく準備が整えられている真っ最中であった。
先ほど西門から入ってきた、イァイ王家一行の事では無い。
しばらくすると東門から来るであろう、望まざる者達に向けてである。
時刻は、夕方から夜といって良い時間帯になり、辺りは暗くなっていた。
村の中ではそこ此処でかがり火を焚き、有事に備えて灯りを絶やさずにいる。
おそらく戦闘は避けられない、その緊張感をもって警ら隊員及び軍が動いていた。
知らせがもたらされたのは、先に送り出した調査隊では無く、商人からだった。
オューからこのチョサシャ村へ、食料を運んできた商人が目撃したのだ。
100を超える者達が、徒歩でこちらに向かっていると。
村へ向かう集団が命令されたのは、村で暴れる事と行く手を阻む者を倒す事、それと歩みを止めない事の三つのみ。
正面に立ちふさがる馬車は打ち倒すが、横を通り過ぎる馬車の口封じをする事は命令されていなかった。
そして彼らは、命令以外の事をする判断力は有していなかったのだ。
チョサシャ村から東門を出て街道を行く馬車はほとんどいなかった為、商人は容易に横を通り抜け追い越して来たらしい。
この距離を徒歩で進む者は通常いない、ましてや100を超えるとなるとはっきり異常であった。
どんな集団かなどはわからなくても、警ら隊員は商人から話を聞いただけで、すぐさま上層部に報告を上げたのだ。
一方その頃、夕方近くにチョサシャ村に到着していたイァイ王族一行。
事前に知らせを受けていたこともあり、この地にて何事かが起こると確信して、当初予定していた村のほぼ中央にある宿屋をキャンセルした。
多少グレードを落しても、安全の為最も西寄りにある宿屋に急遽変更したのだ。
この騒動に対処する本部として、一時的に役場を警ら隊と軍で占有している。
そこには防備を固める為の情報を得ようと、近衛騎士団長のバグスターと『雪華』団長のパルフィーナも顔を揃えていた。
こちら側の戦力は、警ら隊7名に軍の兵士が24名、そこに近衛騎士団26名に宮廷魔術師12名そして『雪華』団員21名の計90名である。
警ら隊員の数が少ないのは、作業所の交代要員として5名そしてその後調査で10名を送りだし、誰も戻ってこなかった為この人数しかいなくなっていたのだ。
目撃情報によると、こちらに向かって来ているのは、正確な数は不明ながら100を超えるとの事。
作業所に居た受刑者と労働者、それに信じたくはないが監視していた警ら隊員などを合わせれば、その数は120名にはなる。
現在この村にはイァイ王家一行が滞在している、当然のことながら危険を遠ざけるのが基本だ。
しかしながら、近づけさせない様に村の外で迎え撃つには戦力が不足している。
さらに、低いとはいえこれが陽動である可能性がある以上、近衛の者がイァイ王族の元を離れる事は出来なかった。
そんな中で、この事態を乗り切る為にどうするべきかの話し合いが行われていた。
「基本戦術は門を閉めての籠城、これでよろしいかな?」
駐留する軍のトップであるケントスがこう言うと、残る三名は静かに頷き肯定の意を示した。
兵力で劣っている現状では、守勢に回るのも致し方ない。
それよりも大きな理由は、援軍の到着が見込める為であった。
早馬にて東と西に出した援軍要請は、最悪の場合でも西側だけは期待できる。
東側も、タイミング的には10名の調査隊を出すよりも前に出発しているので、おそらくは辿り着いているはず。
問題となる懸念事項は、唯一時間のみであった。
距離は西側の方が若干短いので、おそらくは片道三時間程だと思われる。
東側はそれよりも少しかかる、知らせが到着しこの村まで来るには四時間はかかるであろう。
商人が目撃した位置をおおまかに特定すると、100名超がチョサシャ村に襲来する頃には、西側の援軍が到着していると思われる。
「こちらに向かっている100名超の者達は、今後便宜上暴徒と呼称する。
暴徒が東門の前まで来たら、まずはどういう事か問いただしてみる。
返答があればよし、無い様であればイァイ国王に剣を向ける賊として、無力化するのに武力を行使する」
こう皆に言い放ったのはケントス、彼はこちらに100名以上が向かっていると聞き、ワタガー作業所で反乱が起きたと仮定した。
もしそうであれば、労働者と警ら隊員は受刑者に何らかの理由で従わされているのであろう。
だが例えそうであったとしても、こちらの呼びかけに答えないのであれば、区別なく攻撃すると言っているのである。
「バグスター殿、パルフィーナ殿、イァイ王家の方々の守護はお任せして我らと軍の兵士は東門につく。
そこで相談なのですが、精霊魔術に長けた者をこちらに戦力として振り分ける事は可能であろうか?」
これは、この村での警ら隊の長であるスハイラーからの発言だ。
自分達警ら隊と軍の兵士全員が暴徒に相対す、其の為イァイ王族の守りには誰も就かない。
だからそちらで警護をして欲しい、その上でこちらに人員を割いてもらいたいと言っているのだ。
普通に考えれば、失礼極まりない発言と言える。
だが、この場でそのような勘違いをする短慮な者は、幸いにしていなかった。
警ら隊員と軍の兵士を合わせても31名しかいない、向こうはおそらくは120名ほど。
西側からの援軍が間に合う予定ではあるが、数はおそらく30名前後だと思われる。
こちらと合わせても、60名ほどと暴徒の半分でしかない。
そして東門を抜けられてしまえば、近衛騎士や『雪華』の団員達60名ほどでイァイ王家を守りきらねばならなくなる。
もしもそうなれば、街中での乱戦となり万が一が起こらないとも限らない。
そんな事態を避けるために、なんとしてでも東門を死守したい。
それには、暴徒が街中に入りバラバラになる前に、門の前で固まっている内に戦力を削いでおくのが得策だ。
つまりスハイラーは、乱戦となれば自分達や街への被害を考慮して使用しづらい、精霊魔術で先制し向こうの数を減らせないかと考えている。
そしてその為に、宮廷魔術師や『雪華』の中で精霊魔術の得手な者を、東門に回してもらえないかと問うたのだった。
その事は、バグスターもパルフィーナも即座に理解した。
「宮廷魔術師の内半分の6名をそちらに向かわせよう。
但し、申し訳ないが一撃を入れた後は、即座にこちらに戻る事をご了承願いたい」
「わが団員の中では精霊魔術の得意な者が少ない、三名のみではあるがお役立て下さい」
このように、バグスターとパルフィーナがそれぞれ答える。
この場に宮廷魔術師筆頭のケリジュールは居ないが、この配置がわからない彼女では無いだろうと、バグスターが信頼しての代返であった。
ちなみに彼女は今、不測の事態に備えてイァイ王族の警護にあたっている為、この話し合いに参加していないのだ。
「出来るだけ時間を稼ぎたいが、それで後手に回っては取り返しがつかん」
「左様ですな、時間の経過は我らにとっては有利に働く、門を死守できれば東側の援軍が間に合ってくれるやもしれん。
最悪、イァイ王家の方々には西門から脱出していただく、それはそちらのご判断でお願いいたします」
「無論、王家を守護するのは近衛騎士の務め、何よりも優先して成し遂げる所存、我らの命に代えても」
「『雪華』も王家の皆様をお守りする為ならば、すべてを賭ける覚悟があります」
「明日の朝まで気を抜かずに、皆で力を合わせましょうぞ」
「「「応!!」」」
街道沿いの各村に配置されている、警ら隊員と軍の兵士の数はそれほど多くは無い。
不備が無いようにと、薄く広くで穴が無いようにしてある為である。
其の為、援軍といってもそれほどの数は期待できない。
そこで大きな期待を寄せているのが、王都オューからの援軍である。
何と言っても、警ら隊の本部があり軍の本隊が駐留しているのだ。
少なくとも、100名はこちらに送られてくると予想される。
明日の朝には、このオューからの援軍が到着すると思われる。
つまりこの騒動は、朝まで東門を持ちこたえる事が出来れば、こちらの勝ちとなるのだ。
しかし、この事が油断につながるとは、この時には誰一人として気づく事が出来なかった。
◇◇◇◇◇◇
周囲はすっかり暗くなっている、街道には街灯というものが無いため真っ暗だ。
いくらイベントに備えて事前に魔物を駆除しているとしても、視認できないほどの暗闇では疑心暗鬼で馬車を走らせるのは怖いはず。
僕らも勿論そう、だから空を飛んで移動しているのだ。
予定よりも遅れてチョサシャ村を出発したので、どうしてもすべてが遅れてしまった。
他の村と違い、王都は夜通し門番が居るので、夜中でも門を開けてもらう事は出来る。
だからといって、他に方法が無いならともかく、あるのであれば使わない手は無い。
確かに走るには暗闇は不安だ、だが飛ぶとなれば話は別。
なんといっても、周りから見られない事が大きい。
目立つ真似はしたくないので、この暗闇はそんな僕らにはもってこいなのだ。
当然暗ければ道が良く見えない、そして空を飛んでいればそれはもうまったく道なんて見えなかった。
他のヒト達に僕達の馬車が見えない様に、かなり上空を飛んでいたので余計に。
それでも問題無く進めたのは、目指す先が夜でも街の灯りがまぶしい王都オューだからだ。
そんな街灯りが近づいたところで、僕らの馬車は地上に降りた。
あまりに直前では、オューにそびえる三重の石造りの門の上から、門番に見られてしまうかもしれないと思ったからだ。
何食わぬ顔で門まで馬車を走らせる、こうしてしばらく地上を走らないと色々と不味いのだ。
「もういい? もう降りた?」
「ちゃんと振動してるだろ? もう下走ってるよ」
「本当?」
「外見りゃわかるって」
「それが見れないから聞いてるんでしょ!」
後ろでは、高いところが怖いシャルがセルに問いただしている。
僕は、エイジが空を飛ばす都合上、そしてセル以外には僕が飛ばしているとしている建前上、御者を務めている。
なので、横にはアーセその後ろにアリーという布陣。
「アーセ、後ろ行ってシャル安心させてあげな」
「・・ん」
「はい、じゃあ私が抱っこして差し上げますからね、うふふふふ」
走っている馬車の御者席から、後ろへ移動するのは少し危ない。
だからアリーの行動は普通なはずなんだが、動作が普通じゃ無い。
アーセは小柄だから、小さい子を持ち上げるように両脇に手を入れ、そのまま抱き上げて自分の方に引き寄せればいい。
だがアリーは、自分の体をアーセに密着させ手を腰に回して、抱きしめたその体勢で自分の体ごと後ろに持っていくのだ。
いくらアーセが軽いとはいえ、すごい背筋と体幹の強さだ。
身体能力高いとは思っていたけど、こんな形で見せつけられるとは思わなかった。
そして、なんて巧妙なんだろうか、これは流石に注意しづらい。
まあ、アーセがそれほど嫌がって無いようだから今回は不問とするか。
アーセとアリーが後ろでシャルを宥めて、手を繋いで外を見せる事でようやく理解してもらえたようだ。
やってられるかとばかりに、セルが僕の後ろに来て話しかけてきた。
「結構飛んだけど、消耗はどんなもんだ?」
他のヒトには僕に問いかけているように聞こえるが、これはセルがエイジの状態を心配しているんだろう。
「ちょっと待って」
【どう? エイジ、なんか異常ある?】
【相変わらず何にもないよ、疲労が無いから自分じゃまるで判断できんな】
エイジに聞いてみたが、いつもと変わりが無いらしい。
【そこが問題だよね、明日は何にも無い予定だからいいけどさ】
【そうそう都合よくは出来て無いって事だな。
まあでも、せいぜい一時間ちょい位だろ? 飛んでたの。
だからこれまでの感じからすれば、明日は二時間半から三時間覚醒が遅れるってとこじゃないか?】
【わかった】
僕は、エイジとの魂話をかいつまんでセルに伝えた。
「それが間違い無ければ、その法則で今後計算がたつな」
「うん、ここまでそうずれて無かったから、今回もそうならそうだろうね」
この会話は、知らないヒトが聞いても何のことかわからないだろうな。
「そろそろ門に着くな、今夜一晩は荷物番しなきゃしょうがないか」
「この時間じゃ、たぶんお店も閉まってるだろうからね。
商会に行って、依頼の報告と品物を渡すのは明日の朝だね」
「ああ、まあここまで強行軍だったからな、明日はのんびり・・ん?」
セルが話している間に、僕らの脇を馬が駆け抜けていった。
すでにオューの門にほど近い事から、そこからの灯りで僕らの周りは夕方位の視界が確保されている。
それにしても、危ない行為には違いない。
そう思ってその馬を、馬車では無く馬に乗ってきたヒトを見ていた。
すると、その男のヒトは大声で門番に向かってこう叫んだ。
「開門! 火急の用件である! チョサシャ村からの援軍要請に参った!!」




