第10話 出自 知らなかった
アルベルト14歳。
旅立ちに備えて、物心両面での準備を進めていた。
【おっ重いぃ】
【それほどじゃないだろ?】
【そうだけど、慣れないから歩きづらくて余計重く感じるよ】
【我慢しろ、これが標準装備になるんだから、今日からこのフル装備で稽古だ!】
【えー、動きづらいよー】
【実践を想定しないと意味無いだろ? この状態で力を発揮できるようになっておかないとな】
【それに、なんだかみんなが見てる気が・・】
【珍しいもんな、その装備、他にしてるやつ見たこと無いぜ】
【やっぱり、ここまでは必要ないんじゃ・・】
【何があるかわからないんだ、万全の装備をしておかないと。
大体、散々検討してこの形になったんだ、アルも納得して作ったんじゃないか】
【うぅぅぅ、わかったよぅ・・】
アルは、いつものように村の周辺のパトロールを終えて、家に向かって歩いていた。
すれ違う人が、物珍しそうにアルを見ている。
先ごろ、アルが当初予定していた武装と、その後追加したものがようやっと揃った。
現在の手持ちの武装をざっとおさらいすると、主武装である剣は当然『嵐』。
そして、サブとしてスティレットのような形状の短剣を持つことになった。
『嵐』を取り回しづらい状況や、腕や手を怪我して片手しか使えない場合または、『嵐』が破損した時の状況に対応するためである。
これは、既製品で30㎝ほどの長さで、刀身は細長く刃は付いていなくて、先端が三角形になっていた。
片手の場合、対象を斬るには膂力が足りないだろうという事で、刺し貫く戦法に合ったもので、軽くて片手で取り回しやすい長さという事で、これになった。
ちなみにアルによって、『角』という名前が付けられている。
なんでこの名前にしたのか、先端の形状から連想したのかと思って聞いてみると、「なんか、こう、角って感じがしたから」というまたしても、アレな感じな答えだった。
それに、操魔術で使う俺専用の鉄球が二つ。
一つは、通常の球の形のもので、直径が6㎝ほどと一般的なものよりも、一回りほど大きい。
もう一つは、速度と貫通力を上げるために、全長5㎝直径3㎝ほどの円筒形で先を尖らせた、要は、鉄球とは名ばかりの弾丸のような形状のもの。
アルが、「これはエイジが使うやつだから、エイジが名前を付けてね?」と言ってきたので、そんなの必要ないと突っぱねたが、強硬に押してきたので、じゃあ1と2でと言ったら切れられてしまった。
「もうじゃあ、僕が付けるよ、そうだなーうーんと、『飛竜』と『流星』で!」と言ってきたので、頼むから勘弁してくれとお願いした。
ちゃんとした名前を付けないと許さないと、謎のこだわりを強要されしょうがないので、球の方を『阿』弾丸の方を『吽』と呼称する事にした、・・恥ずかしい。
6歳の時にマージからもらった鎖分銅は、俺の三つ目若しくはアルが操魔術を使う場合の得物として使う事になった。
言わずもがなだが、当然これにもアルが名前を付けた。
『絆』という名前だ。
これはあれか? 鎖という形状もさることながら、母親であるマージから手渡されたものとして、家族のつながり的な何かの意味でつけたのか?
そう思いアルに尋ねると、「なんか、こう、こんな風なカックイイ感じがしたから!」と、もうどうにもならないこじらせた感じの答えだった。
以上だが、ここで問題が起きた。
どうやって装備し持ち運ぶかという事だ。
荷物として背嚢にしまったんじゃ、いざという時に取り出すのに時間がかかってしまう。
かといって、鉄球や鎖分銅をポケットに入れてたんじゃ、かさばってしょうがない。
思考錯誤を重ねた結果、特注のガンベルトのようなものを作ろうという事になった。
なめし皮と金具を使い、腰の左側にあたる部分に『嵐』の鞘を金具と紐で固定する。
『角』は、背中側の真ん中に右側を上にするように若干斜めに収納し、いざという時に右手で引きぬけるようにしておく。
『阿』と『吽』は、専用のホルスターを作り、腰の右側に配置。
『絆』は、腰の左側『嵐』の後ろ辺りに、やはり専用のホルスターを作り収納する。
こうして、ようやく完全武装の形が出来上がった。
剣の稽古は、最終段階へ入っていた。
勿論、突き詰めていけば技の研鑽に終わりなど無いが、そろそろパーツが揃ってきたので、とりあえずの型が出来上がるという意味である。
【戦闘における理想ってなんだと思う?】
【・・反撃を受けずに倒す事かな?】
【ああそうだな、究極はそもそも戦闘状態にならない事だが、それは無理として戦闘になった場合はそうなるな】
【でも、難しいよ】
【うんだから攻撃を仕掛ける時の、タイミングの見極めが重要になる】
【タイミングの見極め?】
【そうだ、人には皆リズムがある、相手にも自分にも、そのリズムでタイミングを計っている】
【相手のリズムってどうやったらわかるの?】
【慣れ・・だろうな感じるしかない、魔物相手だとただやみくもに突っ込んでくるけど、人間が攻撃してくる時は『くるっ』って感じる時があるだろう?】
【おじいちゃんと模擬戦してると、たまにわかる時があるよ】
【それを意識して掴むしかない、そしてそのリズムの虚を衝く事】
【虚って・・、よくわかんないなー、隙間って事?】
【戦闘状態で対峙している時、当然相手は集中力を高めて警戒している、でもそれは一定じゃなくそこには意識の濃淡があるはずだ、その薄い時に相手に気づかれずに近づき仕留める事】
【それって、目にも止まらないスピードで動けって事? 無理だよそんなのー】
【そりゃあそうだ、人が人の目にも止まらない速度では動けない、でもそう思わせる事はできる】
【どうやって?】
【これまで練習して来たことを思い出せ、すり足で体を捻らず頭の位置を動かさないように且つ、おこりを見せずに相手の意識の薄い時に一気に仕掛けるんだ】
【その意識の薄い時ってのが、よくわかんないんだよー】
【よく「一息つく」とか、「ホッとする」っていうだろ? あれはいづれも息を吐く行為だ、つまり息を止めてたり吸ったりしてる時よりも意識が薄いはずだ】
【・・そういえば前にやった、相手の息を吸う時と吐く時のやつは、息を吐いてる時に攻撃した方が反撃が無かったような】
【これは一つの目安だ、相手が瞬きした瞬間や物音がした時などの何かを気にした時、相手の集中が少しでも揺らいだ時に仕掛ける事で、虚を衝くことができる】
【・・うん、それはわかる】
【それと同時に、相手もこちらの気配を探り「くるっ」と感じる時がある、その時に斬り込んでも防がれる確率が高い、だが逆に「くるっ」と感じてない時に仕掛ける事で、相手の反応を鈍らせる事ができる、これらを常に意識して動くようにするんだ】
【・・凄く大変だね・・】
【ああ、もの凄い集中力がいる、おそらく練習であってもそう何度もは出来ないはずだ、ただ生死を分ける場において後れをとりたくなければ、死に物狂いで会得するんだ】
【わかったよ! 頑張ってみる!】
・・・・・・・・と指導してはみたものの、だっ大丈夫だろうか?
一応、これまでの知識と自分の考えでこうじゃないかという事で説明したけど、ほっ本当にあってるのか? そんな事できるのか?
もし間違っていたら、アルに無駄な時間を過ごさせるだけじゃなく、いざという時にそのせいで命を失う可能性だってあるのだ。
それとも、「やっぱ今まで言ってたのは、全部適当でしたあー、ごっめーん」とか言って謝っちゃった方がいいだろうか?
いやいや、弱気になっちゃいかん、アルならばやってくれるはずだ。
小さい頃から剣の練習をさせているせいか、アルには相手の機微を見てとれる洞察力があると感じる。
そう、感じるだけだ、根拠は無い、手前味噌だろうか? いやそんなことは無い、うちのアルならばやってくれるはず!
なんたって、うちのアルさんは剣聖なのだ、剣をとっては天下無敵なはず・・なのだ、教え込んだ九九の七の段があやしいのは関係ないのだ。
頼む! アルなんとか頑張ってくれぇー・・・・。
◇◇◇◇◇◇
夜、布団に入りアルは考え事をしていた。
最近、夜になると考える事がある。
家族の事は大好きだが、旅に出たらもしかしたらもう二度と会えないかもしれない。
その時になって後悔しないように、今のうちに出来る事はしておこうと。
おじいちゃんとは、よく剣の稽古に付き合ってもらっていて、その時にお話するけど、おばあちゃんとはあんまりお話してないから、時間を作っていっぱいお話をしよう。
お母さんとは、ベルトを作る時にどうすればいいか聞いたり、旅に持って行くものとして、背嚢や雨が降った時用のフードの付いた外套を、布地から作ってもらったりと、相談したりお願いする事が多い。
だが、お父さんとは昔からあまり話をしたことが無い。
嫌いなわけじゃないが、何を話していいかわからない。
小さい頃から、何かあるとエイジに聞いて解決していたので、お父さんや兄さんたちに聞いたことが無かったせいかもしれない。
ソル兄さんとも、一緒に害獣駆除に行った時くらいで、それ以外ではあまり話もしていない。
ただそれでも、男同士だからというかなんか通じ合ってる気がして、あまり疎遠になってる気はしない。
ナタリア義姉さんの事を想うと、胸が熱くなる、じゃなくて義姉さんとはよくしゃべるというか、最近は授乳も一段落したので子供たちに会いに行くと、一緒に居るので、その時に話をしたりする最近どうだとか、姪のアメリアと甥のハルタも可愛くて大好きだ。
そして、アーセ。
どうも、違和感がある。
どこがどうという訳ではないというか、上手く説明できないんだが、なにか引っかかる。
あの時、旅に出る事を話したあたりから。
二年前
旅立ちを決意し、家族でそれを一番初めに伝えたのはアーセにだ。
最近は、昔ほど始終一緒に居るという訳では無いが、ちょこちょこ稽古は見に来ていたし、アーセが2歳の時から未だに一緒の布団で寝起きしていた。
この妹には、ちゃんと言わないといけない、かなり依存している存在である僕が居なくなり、精神の均衡が乱れる可能性もある。
いざという時に、泣き叫んだり追い縋ったり付いて来たりしないように、ちゃんと言い聞かせる必要がある。
もしかしたら、泣かれるかもしれない、行かないでくれと懇願されるかもしれない、自分も付いていくと言い出すかもしれない。
しかし、自分はもう決めたのだ、そして自分一人でもどうなるかわからない旅に、同行させるわけにはいかない。
そう決意して、アーセに「話したいことがある」と言って、二人だけになって成人したら旅に出る事を打ち明けた。
アーセは、「んっ」と言って抱きついてきた。
しばらくそうして動かない。
なにか、気持ちの整理を付けているのだろうと思って、そのままにしておく。
が、あまりにも離れないので、引きはがした。
泣いてもいないし、止められもしなかった、「わかった」と一言だけ言って、姪の元へかけていく。
拍子抜けした。
まあ、長かったが兄離れをようやくしたという事だろう。
そう思って、夜に「もうそろそろ別々に寝よう」と提案したが「やっ」と言われ却下されてしまった。
別に、抱きついてきたりするわけでも無く、ただ並んで寝ているだけなんだから、一緒の布団でなくてもいいだろうと思ったのだが、一体なにがダメなんだろうか。
一度、寝ている時に手をつないで来たことがあったが、トイレに行くのに付いてきて欲しいのかと思って、「トイレか?」と聞いたら、無言で手を離されてしまった。
だからといって、パトロールには一緒についてくるとは言わないし、何か買って欲しいとも言わない。
誰か好きなやつでも出来たのかいうと、そんな事もなさそうだ。
この距離感がわからなくて、どうにも居心地が悪かった。
◇◇◇◇◇◇
ロンド家の、一家団欒の夕食の後、アメリアとハルタはおねむでソルとナタリアが寝かしつけている。
アルとアーセも部屋に引っ込んで、もうしばらくしたら眠る事だろう。
そんな中、アルの祖父母と父と母が、アルの旅立ちについて話をしていた。
「「旅に出る」か、仕官などしてもつまらんと思うが、どうするつもりなんだろうか」
祖父のシュミッツァーがつぶやいた。
「あの子も生まれてからずっとここだもの、他のところも見て見たくなったんじゃないの?」
祖母のパトリシアが、自分の若い頃の事を思い出して答えた。
「それより、毎日パトロールとかいって害獣駆除してるのはいいが、傭兵団に誘われてるって、そんなにあの子の剣の腕は凄いのかい?」
「うむ、わしには計れんほどな、この村には手練れどころか剣を使う者自体おらんのに、一体どこで覚えたのやら」
父のフィンの疑問にシュミッツァーが答える。
すると、母のマージが昔話をはじめた。
「でも、元気に育って良かったわ、赤ちゃんの頃はずっと泣いてたし、少し大きくなったと思ったら、誰も居ないのに誰かと話してるみたいにしゃべってるし、その後止まったと思ったら、今度は宙を見つめて黙ってじーっとしてるし、この子大丈夫かしらって心配だったわ」
「それが、いつの間にか毎日妙な動きの練習をしだして、練習用の剣を貸したら流れるような剣筋をえがいていてたまげたわい」
再び、シュミッツァーがアルの剣の腕に言及すると、フィンが小声でぼそっと言った。
「・・やっぱり『血』なんだろうか・・」
◇◇◇◇◇◇
14年前。
ロンド家の家長たるフィンブルトは、二人の息子に恵まれる。
だが、妻には残念ながら病気で先立たれてしまった。
そんな中、シュミッツァーとパトリシアの娘にして、フィンブルトの妹のルルリア=ロンドが、大きなおなかを抱えて生まれ育ったイセイ村に戻って来た。
丁度、フィンの元へ後妻としてマージナルが嫁いできた頃に。
村に戻ったとはいえ、小さな村である、相手も連れず大きなおなかで戻ったとあっては、どんな噂を立てられるかわかったものではない。
しかも、彼女自身後ろ暗いところがあり、極力人の目にはつきたくなかったので、どうにかして周りにわからないように村へ入りたい。
そう考えたルルリアは、村の出入り口では無く、ロンド家の所有する畑に隣接した柵からフィンに呼びかけ、柵を壊してこっそりと村へ入る事に成功する。
何故戻って来たのか、とりわけ相手は誰なのかとシュミッツァーやパトリシアに問い詰められたが、ルルリアは頑として答えない。
出来れば戻りたく無かったが、初めての出産でしかも出来るだけ素性を隠してとなると、他に頼れるところが無かった。
人目に付きたくないとの本人の希望があったので、家には迎えられず仕方なく、ロンド家の畑の敷地内にある、仕事の合間に休憩したり、害獣被害にあった際、駆除する為に見張ったりする小屋に住まう事に。
臨月だった事もあり、ほどなく男の子が生まれた、アルベルトと名付けられた。
勝手に戻ってきて何も事情を明かさず、実家があるとはいえ世話になったのに不義理だとは思ったが、ルルリアはアルベルトと共にここを出ようとしていた。
話をすれば引きとめられ、なぜ出て行かなければならないのかと聞かれるだろう、それを避けるために、危険だが夜のうちに出て行こうと決める。
しかし、アルが中々泣き止まない。
お乳を上げても、オムツを替えても、どんなにあやしても、泣き続けていた、その内に朝になってしまう。
あまり遅くなると父たちが来てしまうと、来た時に通った壊した後応急措置をしてある柵を、再び壊して外に出ようとしていたその時、運悪く魔物が入ってきてしまう。
ルルリアは、鎖分銅で対抗しようとしたが、出産してまもない上、産後の肥立ちが悪かったこともあり、操作が上手くいかず傷を負ってしまった。
畑仕事に出てきた、フィン達がなんとか追い払ってくれたものの、ルルリアはその怪我が元でまもなく命を落してしまった。
公的には、村へ入ってきていない事になっている、ルルリアの葬式を執り行う事も出来ず、身内のみで荼毘にふして弔った。
アルベルトは、マージの親類で身寄りのない子を引き取ったとして、フィンとマージの息子としてイセイ村に登録され現在に至る。
◇◇◇◇◇◇
「アルの実の父親ってやっぱり・・」
「ルルリアがああまで頑なに話さなかったんだ、だったらそういうことだろうな」
パトリシアとシュミッツァーの会話に、フィンとマージは深いため息をついていた。
ルルリアは、「嫁に行く前に王都へ行ってみたい!」と言い出して、パトリシアの昔の伝手で推薦してもらい、王城の侍女になった。
三年経ったら村に戻り、その後結婚するからと言う約束で、青春を謳歌していたのだ。
田舎の村育ちの彼女にとっては、王都は何もかもが刺激的だった。
パトリシアも、自分がそうだったので、頭ごなしに反対するわけにもいかず、しぶしぶながら了承したのである。
それが、三年たっても戻ってこないのを、やきもきしながら待っていたら、お腹を大きくして戻ったという訳であった。
三年たったら結婚するとはいっても、特に約束した相手がいたわけでは無かったので、他に相手が出来てその人と結婚するのであれば、問題は無い。
王城に勤める侍女は、同じく王城に勤める近衛兵といい仲になる事が多い、実際パトリシアとシュミッツァーもそうであった。
それならば、相手を隠す必要など無いのである。
王都には、色々な人種が居るが、他種族間で結婚する事は特に忌避されるような事ではない。
ルルリアは、もし相手が妻帯者であったなら、本妻の座を勝ち取るか、少なくとも慰謝料をふんだくってくるくらいの勝気な娘だった。
そんなルルリアの事を良く知るロンド家では、あそこまでして言えない相手であり、王城に勤めていて出会う可能性のある相手という事で、限りなく正解に近いであろう仮説を立てていた。
一般的に、多くの有翼人種の瞳の色は青い色をしていた。
しかし、イァイ国の王族の直系は往々にして、緑の瞳を持って生まれる。
アルは、ロンド家の中で一人だけ瞳の色が違っていた。




