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第105話 推測 まさか当てったとは

 ワタガー鉱山作業所から、馬車二台が猛スピードで去っていく。


「ちっ、面倒な」


 ゼマ国女性工作員サピノスは、新たに五名の手駒を得た。

しかしながら、ここ宿泊所の二階の窓からは、門の外に待機していた二台の馬車がこの場を去るのが見える。

門から少し離れて停まっていた為、こちらから近づいては逃げられると、あえて動かずに待ちに徹していたのだ。


建物に入ってきたらすかさず拘束するつもりが、仲間の安否も確認せずに逃げるとは計算違いだった。

これで、ここで何かが起こっている事を知られてしまったのは間違いない。

出来れば行動を起こす明日まで伏せておきたかったが、こうなっては仕方ない。


サピノスは、工作員として訓練を受ける過程において、突発的な事態というのは案外起こるものだと聞かされてきた。

これは、万一の場合こうしようなどという事では、いざという時に対処しきれない。

だったら、初めから起こると仮定して事にあたった方が、焦らずに的確な判断が下せるであろう。


このような考えをもって、ゼマ国では工作員を教育していた。

今まさにそうなっている訳だが、彼女は教えに従ってこの事態を冷静に捉えている。

そうそう予定通りにはいかない、実際の作戦とはそういうものだと彼女は割り切っていた。


昨日の上司の命令通りには出来ないが、こうなった以上迅速な行動が要求される。

彼女は警ら隊員を引き連れて一階に降り、各部屋で横になっている者全員に、すぐさま起き上がるように指示をする。

すると、それまで目をつぶり横になっていた受刑者や労働者たちが一斉に立ち上がった。


すぐさまサピノスは、明日の朝に予定していた準備を開始した。

まずは封印術を使える者に、受刑者の魔封紋を解除するように命令を発する。

使い手二名が手分けして、男女受刑者58名の魔封紋を合計15分で解除した。


ほどなくして全員が魔術を使える状態となり、それを確認しすみやかに次のフェイズに移行する。

一旦全員を外に出して命令を下す、まずは武器の調達から。

警ら隊員は皆武装しているのでいいとして、それ以外の者に武器となるモノを携帯させる為。


ある者は採掘道具を、またある者は庖丁をというように、この場にて使えそうなモノを装備していく。

そして、操魔術で飛ばせるように手頃な大きさの石を、各自四つから五つほど持たせる。

こうして即席の兵士が出来上がった、総勢126名の命令を実行するだけの存在が。


 サピノスがこの忠実な者達に与えた命令は三つ。

一つ、チョサシャ村まで徒歩で向かい、門をくぐったら手当り次第に攻撃する事。

二つ、途中で行く手を阻まれた場合は、その邪魔者を排除する事。

三つ、体が動かなくなるまで動きを止めない事。


 命令を受け、死をも恐れぬ者どもが静かに作業所を出発した。

計画より半日早く、辺りに災厄を振りまくために。

サピノスは薄笑みを浮かべ全員が門を出るのを確認し、一人鉱山へと消えて行った。


◇◇◇◇◇◇


 チョサシャ村で足止めされてる僕らは、警ら隊がというより村全体が徐々に落ち着きを取り戻しているのを感じていた。

周囲の話を漏れ聞いたところ、どうやらワタガー作業所で何かがあったらしい。

ハッキリした事がわからないのは、知らせてきた者が情報をほとんど持ち帰らなかったんだそうだ。


 先ほど、現地調査のために警ら隊員を乗せた馬車が三台出発した。

どうやら、この調査隊が戻ってきてから方針を決定し実行するようだ。

問題は、僕らがこの後どうするべきか。


「さっき出た馬車が、ワタガー作業所に着くのはどのくらいかな?」


僕の質問に答えてくれたのはセルだった。


「あそこは、こことグーカト村との中間点から北に一時間ほどだから・・。

おそらくは、三時間はかかるだろうな、だから往復だと六時間ってとこか」

「調査の時間もあるから、詳細がわかるのは今夜遅くって事だね」

「だろうな」


となると、どっちをとるか二者択一だな。


「さて、そうなると僕らがこれからどうするかだけど。

一つは何があるかわからないけど、このまますぐに出発する。

もう一つは、今夜はここで泊まれば何からしらの情報がえられる。

それを踏まえて、明日出発するってのの二つだと思うんだけど。

皆はどっちがいいかな?」


それぞれがうーんと考える、セルは腕を組みシャルは右斜め上を見つめている。

そして、何故かアーセは僕をじっと見つめ、アリーはそんなアーセをにこにこしながら見ていた。

ちゃんと考えようよ、そんな中最初に口を開いたのはやっぱりセルだった。


「出来るだけ急いで出発した方がいいかもな」

「理由は?」

「このまま待っていては、不確定要素が多すぎる。

例えば、一時間ほどで何かがわかるんであれば、待機していてもいいと思う。

でもそれが今夜遅くとなると、必然的に出発は早くても明日の朝になるだろう。

しかも、もたらされた内容によっては、最悪街道を封鎖されたり通行を規制される恐れもある。

何れにしても、現時点でまるで予測が立たない以上、留まるよりも進んだ方がいいように思えるんだ」


さっすがセル、なんとなく僕もそうは思ってたけど、僕じゃこうは説明できないもんな。


「でもさ、何があるかわかんないじゃない? 危なくないかな?」


シャルが不安を感じるのもわかる。


「それはそうだ、確かに出来れば危ない橋は渡りたくは無い。

ただ、このまま動かずにいると、余計身動き取れなくなるんじゃないかと思うんだよ。

だから、もしも何かが起こったら、非常手段としてアルに馬車を飛ばしてもらうってのはどうだ?

それなら、道に何かあっても何かに追われても、なんとか振り切れるんじゃないか?

どうだ? アル」

「うん、大丈夫」


まあ、飛ばすのは僕じゃ無くエイジなんだけどね。


「どう? シャル、それなら賛成する?」

「・・うん、だったらいいかな」

「アーセとアリーはどう?」

「アーセはにぃが良ければいい」

「当然私はアーセちゃんに従います」


・・・・二人とももうちょっと考えようよ。


「じゃあ、全員一致という事ですぐに出発しよう」


 僕らは改めて東門へと馬車を動かした。

周囲には、出発をあきらめて街の中へ戻る馬車が多い。

そんな中、門を出ようとすると外に出る前に、警ら隊員のヒトから注意を言い渡された。


「詳細は不明ながら、この先で何か異変が起きているようです。

現在調査中なので、もしも何かあってもこちらも迂闊には動けません。

今出発するとなると、何かあっても自己責任で対処してもらう事になります。

それでも出発しますか?」


僕らは問題ありませんと返答すると、念の為という事で名前を控えられた。

後日、警ら隊の責任問題にならない為の配慮みたいだ。

しっかりしてんなと思いつつ、僕らは東門を抜け街道へと出た。


予定よりも少し遅い時間ながら、この位ならまだ挽回できる。

なんとか今日中に着けるように、オューを目指して東へ馬車を走らせる。

食後で眠くなる体に喝を入れつつ、念の為エイジに一声かけた。


【エイジ、さっきの話し聞いてたよね?】

【ああ、まかせとけ、休養十分だからな問題無い】

【まさかの時は頼むよ】

【明日使い物にならなくてもいいなら、結構な距離いけるぞ】

【・・それはちょっと怖いから、ほどほどで】

【わかったわかった】


話は変わるがと、エイジが話題にしたのはワタガー山作業所の件だった。


【受刑者の居る作業所で異変となると気になるな】

【うん、ただ何があったかわからないんじゃ、どうしようもないよね】

【そこなんだよな、わからんのは】

【どういう事?】

【何かあったらわかるはずなんだよ】

【? 意味わかんないんだけど】

【じゃあ仮に事故が起こったとするだろ?】

【うん】

【鉱山だから事故が起きる可能性は高い。

たぶん、事故直後は詳しい事もわからないだろう。

でも、最低限事故が起きたって事はわかるはずだ。

逆に、誰にも目撃されない事故だった場合、異変が起きたって事もわからないわけだしな】


なるほど、そりゃそうだ。


【他には、受刑者が居る事で思い浮かぶのが、脱走や作業所の占拠だ】

【うん、そうだね】

【しかしだ、これはかなり可能性が低い】

【なんで?】

【脱走は、もしも起きていたら現地の警ら隊員が把握してるはずだ。

これもさっきの事故と同じ様に、警ら隊員すら脱走に気づいていなければ、異変自体起きて無いって認識になるだろう。

【そうだろうね】

【作業所の占拠はもしも起きていたら、確かに外からは何が起きているかわからないかもしれない。

但し、これが実際に起こるのはかなり可能性が低いだろう】

【そうなの?】

【アルも前に見たろ? 娼館で額に魔封紋が浮かんだ女性受刑者たちをよ】

【ああ、うん】


そう言えば、中に入った時は僕もエイジの存在を証明するのに、セルにかけられたっけなー。


【受刑者達は、魔術が使えない状態にされている。

当然武器なんて持ってる訳が無い、それでどうやって武器を持ち魔術を使える警ら隊員を押さえるってんだ?】

【でも人数多いんだよね、だったら皆で協力すれば出来るんじゃない?】

【確かに出来ない事も無いかも知れん、でも問題はむしろその後だ】

【その後って、成功してから?】

【ああ、仮に作業所を占拠出来たとして、その後どうする?】

【どうって、・・逃げるとか?】

【そうだな、その場に残っててもいつか捕まるだけだろうからな。

じゃあ、どこに逃げる?】

【どこって、・・あっ!】

【行き場が無いんだ、いざ成功したとしてもな。

村や街には門番が居て、当然額に魔封紋なんてあるようじゃ通れない。

じゃあどこかに潜伏して盗賊にでもなるか?

そう都合よく、アジトになるところなんて見つからんだろう。

おまけに街道を走る馬車を襲撃ったって、魔術も使えないんじゃ厳しいだろう。

もし成功しても、すぐに警ら隊が出張ってきてとっ捕まる。

つまり、労力に見合うだけのメリットが無いんだ】


言われてみれば。


【じゃあ、一体何があったってのさ】

【だから、それがわからんって言ってるんだ】

【あー、そういやそうだった】


うーん、そう言われると僕も気になってくるなー。


【ねっ、エイジの予想は?】

【と言われてもな、さっき言った通りこのままじゃ何も浮かばんよ】

【このままって?】

【わかってる材料、鉱山と受刑者と警ら隊員と鉱山労働者、このピースだけじゃどう組み替えても答えがでない。

但し、これに別のピースが加わるなら話は別だがな】

【別のピース?】

【そう第三者の介入さ、ヒトか魔物かはたまたどちらでも無い生き物か】


 エイジの予想は荒唐無稽に思えた、少なくともこの時の僕には。


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