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8

 NPC側の治安組織との接触に対する不安は、予想以上の地味な煩わしさを除けば杞憂に終わった。

 僕とシェリーさんは事情聴取の為、この街の治安組織、エアスティア警邏騎士隊に想定通り同行を求められた。事前に決めていた通り、それに従い騎士隊の隊舎に行く事となったのだが、その先が予想外だった。一週間も事情聴取と現場検証への随伴、他の人の証言との整合性の確認の為に身柄を拘留されることになったのだ。何度も同じ話を繰り返す事になり最後の方はかなり辟易としていた。

 けれど警邏騎士隊の隊士達は誰も横柄な態度を取る事もなく、むしろ物腰は柔らかいくらいだった。なにより仕事に対して真面目に取り組んでいるのが如実に感じとれたので、不平不満を漏らすのも憚られた。

 隊舎の中では、留置場のような場所に入れられる訳でもなく、歩哨が立てられ出入りは制限されていたが、それでも賓客を饗すかのような品の良い部屋を充てがわれる等、明らかに厚遇されていたので余計に不満を言いづらかった。なんせこの街で泊まった部屋の中で一番良い部屋だったくらいなのだ。

 そして昨日の晩、調書もまとまり、やっと僕への用事は無くなったと伝えられ。今朝になって開放される事となった。

 歩哨に会釈をし、隊舎の門を抜けて道に出た矢先、特徴的な声に後ろから呼び止められる。

 「おはようございます。シェリーさん、やっぱり先に出ていたんですか」

 彼女は二日目くらいから隊舎内ですれ違うことも見かけることも無くなっていたのだ。

 「おぅ、おはよう。お勤めご苦労さん」

 シェリーさんは門の脇に有った花壇の縁に、頬杖をつきながら待ちくたびれたように腰を掛けていた。

 「いやいや、刑務所じゃないんですから。待ってたって事は何か用ですか?」

 「まぁね、今から何か用事あった?」

 「リリヤさんの所に見舞いに行こうかと」

 「そっか、それが有ったね、君には。じゃあこっちの話は道中にでもするとしよう」

 そう言って立ち上がると、門の方へと行って、さっき僕が会釈した歩哨に声をかけた。どうしたのかと思えば、どうやら馬車を出してもらう交渉を始めたようだった。

 主に僕の事件の事後処理の労力云々、隊の事情で隊舎から大通りまでの距離を歩けというのか云々、傍からは随分と図々しく見えた。しかし、案外あっさりと要望は聞き入れられた。歩哨は門の反対側に居たもう一人の歩哨に言伝を頼み、上に掛けあってくれた。暫くすると一頭立ての小さな馬車では有るが本当に用意してくれたのだ。

 なんでも巡回当番が丁度出発する前だったらしく、その隊士がついでに大通りまで馬車を引いてくれるとの事だった。しかしよくよく見ると車体が妙に小さい、街で見かける馬車より二回り以上は小さい。そして飾り気がまるで無く造りも荒い。窓には格子が嵌まり、扉の外に頑丈そうな鍵がついていたりと、どうみても護送車の一種である。御者台もないので下手したらリヤカーの方が近いのかもしれない。

 その護送車風リヤカーを引くであろう、馬の背に乗る隊士に目を向けると「うちの隊から出せるのはコレだけです」と、何も言ってないのに釘を刺された。

 そう言われてしまうと、こちらから頼んでおいてやはり乗りたくありませんというのも躊躇われた。仕方なく乗り込むと案の定、中は非常に狭く横幅は一人座るので限界で、足元は向かいに座るシェリーさんの脚と僕の脚が密着するくらいにスペースがない。そして何より座席のクッションの薄さと無骨な車体を支えるサスペンションの硬さが致命的だった。走り出したら尻へのロードインフォメーションは抜群で、石畳の硬く細かいギャップが感じ取れるくらいだ。

 「すまん、こんな筈じゃなかった」

 「なんでしたら僕の膝の上にでも座りますか?」

 「あー……うん、い、いや、やっぱり遠慮しとく、頭ぶつけそうだし」

 こんなお巫山戯にも頷きそうになる気持ちはわかる。それくらい酷い。そのせいか微妙に気まずい雰囲気になってしまった。

 「ところで話ってなんですか?」

 こういう時は話を進めるに限る。

 「通り魔がどうなったのかと、ブレイドたちのギルドの動向についての報告だよ」

 「相変わらず妙に律儀ですね」

 「なんでわざわざ伝えに来たかは本題に入ってから言うよ」

 「話す順番は任せます」

 「まずは通り魔についてだが、あいつの身柄は今、警邏騎士ではなく王都防衛の精鋭部隊の管轄になって、そっちの駐屯地で拘束されているとの事だ。鎖で雁字搦めにした上で、プリーストとシャーマンとアルケミストが付きっ切りで無力化、更には自害された場合に備えてリスポーン地点にも戦闘要員を配置する念の入れようだ」

 「やはりプレイヤーを無力化するって面倒なことなんですね」

 「そうだな、殺しても死なない、殺したらむしろ逃げられる上に、生身でもNPC達では太刀打ち出来ない強さなのが厄介この上無い」

 「付きっ切りの人達ってもしかしてブレイドさんの所の人ですか?」

 「その通り。その辺の事情は後で説明する。しかし一人拘束するのに何時までも他のプレイヤーが付きっ切りって訳にはいかないよ。少しでも動ける隙を見つけては自害しようとして、まともに尋問すら出来ないし、逃げる気満々だから目も離せない。でもそうさせない為の無力化が、非常に手間と労力がかかって負担が大きすぎる。デバフもバステも仕様が変わってなくて、いくら高レベルのデバフかけても長くて数分しか保たないし、麻痺毒や睡眠薬も効果時間が3分を越えると即死判定だから閾値を越えないギリギリを適宜用意ってな状態だ。今回はレベルも平均値でSTR値もレジスト能力も低いAGI型だけど、それでも一人を無力化し続けるのにあまりのもコストが掛かりすぎだよ。特にアルケミストなんてアイテムの消耗が早過ぎる。プレイヤー用の拘束具、又はスキルでも作れないかと思案中との事だが、今までに無いような物だからそう簡単には作れないらしい。そもそもプレイヤーのスキルはゲーム用に調整されているんだから長時間の拘束には向いてないんだよ。今では体性感覚としてスキルを扱えると言っても、俺の単純な火力調整とじゃわけが違うだろうし」

 「通り魔に対する処罰はどうなりそうですか?」

 「それが一番揉めてるよ。とりあえず現段階では被害者への補填を、通り魔の財産から出来る範囲で行う事くらいしか決まっていないよ。と言っても全てが元通りって訳には行かないんだけどな」

 事件後、隊舎で通り魔の被害者の数を聞かされた時は背筋が寒くなった。通り魔が暴れていた時間は三十分にも満たないのに、被害者の数は100人を超えていたのだ。人通りの多い場所と時間が災いしている。その内の7割は蘇生と治療が間に合ったとはいえ、それでも最終的には30人近い死者を出している。僕があの時に屋根の上から見た惨状は、あれですら極一部だったのだ。

 「ブレイドさんのギルドのメンバーですら蘇生出来なかった被害者も居ましたからね。プレイヤーが使える蘇生手段としては今の所は、あれが最高なんですよね?」

 プレイヤーにとっての蘇生魔法、蘇生アイテムの良し悪しは、蘇生時のHP量と能力低下の防止と言った蘇生後の状態の差でしか無い。しかしNPC達にとってはその良し悪しが、蘇生の可否にまで影響してくる。死亡してからの経過時間や、肉体の損壊程度、それらの状態によっては上位の蘇生手段を使わなければ蘇生自体が不可能だったのだ。

 「ブレイドは出し惜しみはしていないと言っていたし、実際その通りだった。警邏が到着するまでの少しの間だけとは言え、君もあいつらの救助活動は手伝っていただろう?あの時に使っていたのは現段階で出来る最高の蘇生手段で間違いなかった。普段なら勿体無くて使わないような貴重品まで倉庫から持ちだして試してたからな」

 「それですら駄目だったと」

 「魔法の有るファンタジーな設定の世界なら、無制限な蘇生手段の一つくらい用意しておけよって話なんだよな。そうすりゃこんな後味の悪い話にならなくて済んだんだ。ったく、山賀の野郎、人類救済とか言っておいて悪趣味過ぎんだよ。反吐が出る」

 「新しく追加されているってこともなさそうですか?」

 「NPCにも色々聞いてみたけど無いと思うね。ファンタジー世界の権力者なんだからそういうの一つや二つ、せめてうわさ話程度でも知ってても良さそうなのに」

 NPCと言ってもそこら辺の街の人に聞いたわけでもないようだ。

 「俺達だけは問答無用で不死だけど NPC達にとっては命は一つきりなのが当たり前。だからあんな事をしでかせばやっぱりこの国の法律でも極刑は免れない筈なんだがな。けれど処刑は不可能で従来の罰則が適応できない、だからと言って拘束も高コスト。代案で拷問や洗脳による人格の破壊や、国外への放逐が提案されたけど議論が紛糾しちゃって今のところ纏まる気配がないね。特に大聖堂の爺が事ある毎に話を混ぜっ返すから見てるのも嫌になっちゃった」

 「見てるのもって……。途中で見かけなくなった上に、やけに事情に詳しいと思ったらそっちに混ざってたんですか。……え?どうやって?」

 さっきのNPCに聞いてみたというのもそうだ。権力者と言っていたが何処の誰に聞いたのだろう。

 「あー、先に事情聴取を君に任せっきりにした事は謝るよ。なんかあの警邏騎士隊ってやけに士気が高いというか想像以上に良識の有る組織っぽかったから、俺が居なくても大丈夫かなと思って。今回の事件で俺と君が関わった所って、殆ど被ってるから調書作成への協力は君に任せて、俺の方は他にやれることやろうと思ったわけよ」

 「いや、まぁ、かなり面倒臭かったですけど過ぎた事ですし。それよりどうやったらそんな所に混じれるんですか」

 「コネだよ」

 「コネ?」

 「警邏を通じてブレイドに頼んだんだよ。事件現場で救助活動してた奴らのリーダーと知り合いだからって言って、連絡をとってもらったんだ。それでブレイドのギルドの動向だが、あいつら体制側に付くことを決めたようだ」

 「体制側?」

 「そう、この国の統治に協力する事にしたんだ。それで手始めにギルドから通り魔を無力化するための人員と物資、他にも凶行に及ぶプレイヤーが出る可能性も有るから取り締まりの戦力を提供して、自分達のギルドが国に協力する意思が有るということを示したんだ。近い内にあいつらのギルド、もしかしたらプレイヤーの多くが治安組織に組み込まれる事に成るかもしれない」

 「何故そんなことに?」

 「今のままだとプレイヤーが野放図過ぎるんだとよ。だからトップギルドが体制側に付くことで抑止力になると」

 通り魔の件で彼らに協力を依頼した時、ブレイドさんは確かにそんな事言っていた。

 「ギルド単体でやるより、抑止力となるなら国の力を使ってそれを喧伝した方が早いから確かに効率的だよ。統治に安定を求めるなら体制側が暴力の独占を行うべきだと言うのも当然だ。そしてあのギルド、強いだけじゃなくて古いから暖簾分けのギルドも多い。それどころか上位ギルドの大半がコムレッズ・イン・アームズの暖簾分けってくらいだ。ギルドホールも組織的な権能も無く、ギルドも仲間意識以外に証明するものが無くなり、ランキング争いという対立意識すら無い今、その上位陣の暖簾分けギルド達を昔のよしみである事を利用してブレイドは再統合を画策している。こうなれば暇を持て余し、生活基盤がないプレイヤーは体制側に付く流れができるかもね。いくら懐に余裕があると言っても、帰る場所もなく市民権すら無い根無し草のホームレスってのは結構な不安の元みたいだし」

 あの時のロールプレイの演説の意味がこれだったのか。

 「そんな訳で体制側に付くことを決めたブレイドのギルドは、プレイヤー代表として通り魔の身柄と、自分達の力を手土産に体制側との交渉の足掛かりを得て、この国の統治者達の議論の場に……。まだ地位は無いからオブザーバーとしてでは有るが潜り込むことに成功したわけだ。ただ潜り込むのにしても大聖堂の人間の後押しが有って何とか実現したっぽいけどな」

 「それで、其処に何故シェリーさんが」

 「オブザーバーの付添い人だよ。ブレイドの知り合いって事でオマケだ」

 「シェリーさん、あのギルドの人達に蛇蝎の如く嫌われてるじゃないですか。良く同伴できましたね」

 「お前なぁ、本当の事だけどもう少し言葉濁せよ。けどブレイドだけは何故か知らないけど昔から俺には甘いんだ。槍玉に挙げられた時もあいつだけは率先して庇ってくれてたし」

 そういえば彼だけはシェリーさんを信頼しているような口ぶりだった。

 「惚れられてるんですか?」

 「それは無い。ゲームでの付き合いは長いけど絶対にそれだけは無いと断言出来る。あいつって基本的には只のゲーム馬鹿なんだよ。惚れた腫れたを一切ゲームに持ち込まないってレベルじゃなくて、そういう神経付いてるのか怪しいくらい浮いた話が出てこないし、避けるフシが有る。まぁ、そうでなけりゃトップギルドの長を10年近くなんてやってられんけどな。けどゲーム馬鹿の割に、嫌味な所が一切ないんだよ。戦い方も見栄えとノリ優先なのに、結果を出すから場が盛り上がるタイプ。それに人の好き嫌いで態度を変えるような事は絶対にしないし、多少変なキャラだけど笑える範疇だからギルドメンバーだけじゃなく、他のプレイヤーからの人気もかなり高いんだ。だからなのか俺を庇うのがブレイドの唯一の欠点とか言われたり、やっかみで俺の好感度が与り知らぬ所で下がってたりしてたね。けどアイツが居なかったら俺はPvPの主流からは村八分にされてただろうから頭が上がらないよ」

 「僕が見たブレイドさんの印象ってゲーム馬鹿っていうか普通にリーダーシップで皆を引っ張るタイプのように見えましたけど」

 「俺からしたら今のブレイドに違和感があるんだよ。何時もだとギルドを具体的に仕切るのってケンザキとメルクって奴で、ギルドマスターとはいえブレイドはリーダーというよりムードメーカーと言うか、神輿として担がれてる事のほうが多かったんだ」

 「ケンザキとメルクって、あのメイジとウォーリアの二人ですか?」

 「そうあの腰巾着二人」

 「仕切ってるのに腰巾着って……」

 「ケンザキはともかく、メルクは気持ち悪いくらいブレイドに心酔してるからな。何時も近くにいるし」

 「あぁ、シェリーさんの名前出したら恐い顔してたのってソレが理由ですか」

 「同じメイジの癖にブレイドと並んで前衛に立つのが気にいらない、あの人に近寄るなって面と向かって言われた時は流石に笑っちまったよ」

 「近寄るなって、何やら言い回しが妙ですけど、メルクさんってアバター通り男ですよね?」

 「そうだよ、男だよ」

 「ブレイドさんもアバター通り男ですよね?」

 「知っての通りこのゲームは性別変更できないからな」

 「……」

 「腐った趣味はないけど実際に目の当たりにするとワクワクしちゃうよね」

 「貴方は何を言ってるんですか」

 「閑話休題、話を戻そう」

 「そうして下さい」

 トップギルドの妙な愛憎模様など知りたくもなかった。

 「えーっと、どこまで話したっけ。とりあえずブレイドの違和感については何の根拠もないし、本人もこんな時くらい自分がしっかりしなきゃと意気込んでたからそれで良いとしよう。今の時点でそっちから何か質問有る?」

 「大聖堂の人間って誰ですか?」

 「この国の国教のお偉いさん、リスポーン地点の大聖堂を管理してる人達」

 「そんな人が居たんですか」

 「そりゃ居るさ。あんな大聖堂なんて宗教施設作ってるんだから、奉ってる神も居て信仰もあって教義も有る」

 「ただのリスポーン地点としか見てませんでしたよ。それにしても話しを混ぜっ返すだの聞く限りだとやけに権威的というか、政治に口出せる位には発言力有るみたいに感じますが」

 「議論を傍から見た印象だけど、行政は王侯貴族で、司法は大聖堂って感じなのかな。立法はどうなってるのか分からん。力関係は拮抗していてお互いの意見を無視できない様では有るけど」

 「貴族なんて居たんだ……」

 縁がなかったのでさっぱり知らなかった。いや、リリヤさんと世間話をしている時に聞いたような気もするが気にもとめていなかった。

 「王都って言うくらいだからな。騎士も居るし爵位も有る」

 「それで、そのNPCの人達から見て僕達ってどういう存在なんですか?」

 この世界の人達にとって不死の存在である僕達とはどういう扱いになるか、未だに判然としていない。警邏騎士隊での扱いは悪い物ではなかったが、ただそれだけの事だ。事情聴取の際に、僕が一度死んで大聖堂でリスポーンしていると言うことを警邏騎士には伝えているが、特にこれと言った反応もなく淡々としたものだった。唯一それに対する反応といえば、出身や住所等の僕の素性に対する追求が無くなったことだ。

 「簡単に言うと失楽園しちゃった天使」

 「え?なんて?」

 「つまり堕天使」 

 「まじめにお願いしますよ」

 「そう言いたい気持ちは分かるけど本当なんだ」

 「じゃあ、一から説明を」

 「分かったよ、面倒くさいなぁ。説明する前に確認するけど、君ってこのゲームのメインクエストってクリアしたの?」

 「いえ、してませんよ。でもラストダンジョンの入り口までなら行きました。中には入れませんでしたけど。それが何か?」

 「また君は意味の分からんプレイを……。そういやそもそも君のレベルだと最後どころか、途中のクエストで引っ掛かって進められないのか。ん?おい、尚更おかしくねぇか?クエストでも適正レベルでもないのに何でそんな所行ったんだよ」

 「いや、冒険を……」

 「やっぱ言わなくて良い、話を続ける。ちなみに何処まで進めたの?君のレベルでも進められるところはちゃんとやった?」

 「面白くなさそうだったので全然やってません」

 「ソロなのにメインクエストもやらないって、本当にどんな遊び方してたんだ君は」

 「だから冒険をですね」

 「黙らっしゃい。俺達のこの世界での立場はな、メインクエストを進めれば分かるんだよ」

 「はぁ、そうだったんですか」

 「気の無い返事だなぁ。まぁ良いや、そんなやる気のなかった君のためにネタバレするとだな、俺達は天から追放された神の御使いって設定だ。神の被造物を完全に滅ぼすことは創造神にしか許されていないから殺しても直ぐに大聖堂で復活する。以前から、そして今も俺たちは主に不死の御使だとか、ただ御使とだけ呼ばれているっぽいな。あ、不死者とか呼んでる連中も居たな」

 「本当にそんな設定だったんですね。でも大聖堂の有る無し関係なしに、最後に入った非戦闘地域がリスポーン地点になるはずですよ。大聖堂がリスポーン地点になるのは、その地域に大聖堂が有る時だけで、小さい村だと何もない村の中心とかにリスポーンしたりしますけど」

 「あれってリスポーン地点に大聖堂建ててるだけで、別に大聖堂が有る所に復活してるわけじゃないんだってさ。聖典に有る記述からリスポーン地点をを神聖視して、国教の人間がそれに沿って後から大聖堂を建ててるってのが正解。だから君の言うような場所も有るだんそうな」

 「よく調べましたねそんな事」

 「君に事情聴取を押し付けた分だけ仕事はしてるさ。ちなみにコレは国教の司祭から聞いた話だ」

 「ところでメインクエストってクリアするとどうなるんですか?」

 「選択肢で途中から反逆と恭順の2つのルートに別れるんだ。反逆なら創造神と戦って勝つとSTR、VIT、INTにボーナスが付く。恭順なら創造神の加護が得られてAGI、DEX、MNDにボーナス付く」

 「創造神を倒しちゃっていいんですか?世界滅びたりしません?」

 「大丈夫、倒した創造神は分霊でしたってオチになるだけだもん。それで倒した分霊の力を奪ったからステータスにボーナスが付きますよって事。ぶっちゃけこのボーナスも微々たるもので、一回こっきりな上に凄くしょぼいんだけどね。だから後から始めたプレイヤー程、しょぼいの分かってるから最後までやらない。主流のPvPで戦力に成りたいならメインクエストやるよりPvPその物でレベルとスキルを強くしたほうが圧倒的に手っ取り早くてメリットが少ないんだ」

 「という事は最古参のシェリーさんはクリアしたんですか?」

 「俺はこのゲームで一番最初に反逆ルートをクリアしたパーティに居たよ」

 「やっぱり反逆なんですか」

 「俺達が初だったから事前にボーナスの内容が分からなくて、INTにボーナス付いてるの選んだのは偶然なんだけどな」

 「いや、シェリーさんのイメージが反逆的というか」

 「なんだよイメージが反逆的って。物腰に騙されそうになるけど、君ってたまに会話の合間に失礼なこと言ってくるよな」

 「ごめんなさい、気をつけます」

 怒られた。

 「まぁ、天然ボケ入ってるし怒っても仕方ないか」

 失礼はお互い様な気がしてきた。

 「話しを戻しますけどプレイヤーが御使だと言うなら、もしかしてプレイヤーって大聖堂、国教の人からしたら信仰対象なんですか?」

 「その辺は人に拠るとしか言えなかったな。信仰が浅い人はただの化け物程度にしか考えてなかったり興味が無かったり、信仰の厚い人はちゃんと神の御使として敬ってくる。中には聖典の解釈の違いで俺たちの事をむしろ敵視してくる人も居た。ほら、さっき言った俺達の事を不死者って呼ぶ連中。でもそいつらは異端寸前みたいな扱いっぽいからあんまり影響力はないみたい」

 「解釈の違いって、そもそも従順な神の僕なら天から落とされたりしないって事ですか」

 「そういう事。けれどさっき言った話を混ぜっ返す大聖堂の爺は完全にプレイヤー側の味方だったね、ブレイドと俺をオブザーバーとして議論の場に捩じ込んだのがその人だし。けれどアレは無いな」

 「無いとは?」

 「あの爺、最初は通り魔の無罪放免を訴えたんだよ。あんなの味方と言いたくねぇよ」

 「そんな、まさか」

 「ブレイドが説得というか一席ぶったら、あっという間に手のひら返してブレイドに追従しちゃったけど」

 「妄信し過ぎて通り魔すら信仰対象として扱ちゃったって事ですか」

 「だろうね。けどさ、そんなのが国教のトップじゃやっぱ組織が一枚岩じゃない訳だよ。っていうか一枚岩じゃないのは宗教だけじゃなくて王侯貴族の方にまで派閥がある訳よ。おまけに普通なら別になりそうな物なのに宗派と政治的派閥がごちゃまぜで、同じ派閥内なのに宗派が違うのが居たりして、もう誰と誰が組んでるのかすら良くわからん。だから各自なんの根回しもする暇なく降って湧いた、通り魔に対する処罰なんて皆言いたい放題の喧々諤々、これじゃまともな話し合いになる訳がねぇ。この国よく分裂しないもんだと。いやもう雁字搦めで分裂できないだけかも知れないけど、この数日で把握するには複雑怪奇過ぎてお手上げだよ」

 「お勤めご苦労さまでした」

 「おぅ、ご苦労だったよ。まぁ、こんな所かな、俺からの報告は。まだ何か聞きたいこと有る?」

 「NPCから見たプレイヤーに対する認識をもう少し知りたいんですけど」

 「例えば?」

 「僕達って、NPCからしたら突然発生したような物だと思うんですけど、その辺についてはどう思ってるんでしょうか」

 「あぁ、それについてか。それも聖典の記述通り。御使いの顕現は、地上の因果関係や理とは無関係に行われ、さも始めから其処に有ったかのように現れるんだとさ。誰も発生の瞬間を認識できず、関連する事象は始めからそうだったかの様にねじ込まれている。そんな感じだね。だからこの世界に俺達の過去が無くて、この世界の常識を知らなくて不審なこと極まりなくても、不死の御使いだと分かればNPC達はそういう存在だと納得して受け入れてるのさ。倉庫やら銀行にプレイヤーの持ち物が有る事も、出自の分からない住所不定であることも」

 警邏騎士は、僕が死んでも大聖堂で復活する存在だと知って追求を止めたのは、するだけ無駄だと知っていたからだったのだろう。

 「更に言えばNPCは御使いの中に通り魔をやらかす様な奴も居るっていう記憶も歴史も持っていない」

 「だから御使いを裁く法が無い訳ですね」

 「だけどそうやって発生する不死の存在についての知識は、聖典を通して持っているから色々と辻褄が合わない。法の不備なんて、その最たる物じゃないかな。普通だったらそんな通常の法で縛れない厄介なものが居るって知ってたら対応策くらいは練るだろう?これじゃあ現在に繋がる筈の過去が只のお飾りだ」

 「お飾りは言い過ぎじゃないですか?」

 反射的に口を挟んでしまった。

 「何か思うところでも有るのかい?」

 「思うところ、と言うか、NPC達自身は不自然な所無くて、ちゃんと自分達の過去を持っていますよ。少なくとも目に見える言動はちゃんと自身の過去に沿って動いてます。それに彼等から見れば、いくら聖典に記述があろうとプレイヤーの方がよほど不自然な存在じゃないですか。僕達が居なければ、そもそも急な法整備なんて要らない訳ですし」

 考え無しだったが、何も言わないわけにも行かず、それっぽく適当なことを言ってしまう。

 「なるほどね。NPC自体はプレイヤーとは無関係な限り破綻なく成立していると」

 しかしシェリーさんは僕の適当な言葉を自分なりに解釈してしまった。しかも顎に手を当て何やら考え込み始めた。

 「作りこむ手間を惜しんだのかな。しかし無限の演算資源が有るのならば、プレイヤーの存在自体をシミュレートの初期条件に加える事も出来そうなものだけど……。いや、今がその初期条件算出の為の試算とも限らない訳か……」

 なにやらぶつぶつと呟きながら思考を巡らせているようだった。呟きは馬車のたてる騒音で掻き消されて聞き取れない。

 「なんでだと思う?」

 「えっ?」

 突然話を振られても困る。

 「だからNPCのプレイヤーに対する認識の設定が中途半端な理由だよ。なんでこの世界を作ったあの男はそんな片手落ちみたいな事をしたんだと思う?」

 何でと聞かれても、さっぱり見当が付かなかった。

 「……それも、可能性の為とか?」

 またも答えに窮して、あの男の言いそうな適当な事を言ってしまった。

 「可能性、可能性……。あぁ、柵からの開放って言ってるのに、新しい世界でいきなり別の柵を背負わせて、活動の方向性を狭めさせたくはなかったのか。ちゃんと本人の言から答えを見つけるなんて、君にしては冴えてるな。確かに俺達みたいなのをこの世界の過去と破綻なく配置しようとしたら、各々に相応の役割が振られてしまう。スタート地点からの自由度を高くしたいのなら確かに道理だ。まぁ自由度が高すぎて、何して良いのか解らなくなってる奴も多いけど」

 これもシェリーさんは僕の適当な言葉から、自分で答えを見つけたようだった。しかし僕にしては冴えてると言うのは酷い言い草である。やはり失礼なのは、お互い様だった。

 「毎度ながら、よくそんなにあの男の考えをトレースできますね」

 「俺だって好きでしてるわけじゃねぇよ。もしも次にあいつと顔合わせる機会が有った時の為に、今度は真っ向から話しが出来るように準備しているだけさ。嫌でも理解して交渉の糸口を見つけるなり、こっちの要求を飲ませるための理論武装をしなきゃ、機会が有っても喧嘩別れに終わるだけだからな」

 「冷静ですね」

 「そうでもないよ。他にNPC関連で知りたいことは?」

 そうでもないという否定には何か含みを感じたが、今は聞くべきではないと思った。少し棘があるように思えたからだ。

 「いえ、今のところ特には。そういえば本題ってなんですか?」

 話を変える事にする。

 「んじゃ、本題に入るけど……、あー、そろそろ大通りに到着するな」

 言われて格子の嵌った窓から外を見ると見覚えのある所まで来ていた。これなら歩きながら話した方が、尻が痛くならず時間も出来て良かったのではないだろうか。 

 「本題が一番長くなると思うから、落ち着いた場所で話したいな」

 シェリーさんは万年筆と手帳をポケットから取り出し、何かを書き始めた。この酷い揺れでよく書けるものだ。

 「俺が泊まってる場所だ、何時になっても良いから見舞いが終わったら訪ねてくれ。フロントで君の名前を言えば俺の部屋に通してくれるように手配しておくよ。ちゃんと名前はアバターネームの方を名乗ってね」

 そう言って切り取られた手帳のページには宿泊先の名前と住所が書かれていた。やはり揺れのせいで字が汚かった。しかし何とか読める。

 「あの、住所と名前だけだと何処に有るのかまだ良く分からないんですけど」

 「大丈夫だよ、何時ものあのヴィ何とかって店の近くだから君も見かけたことが有る筈の場所だよ。あの辺で一番でかいホテルだ。もし分からなくても辻馬車にでも頼めばあっという間だし、その辺の人に聞いても解るはずだ」

 「そうですか」

 馬車が止まり、やっと酷い揺れがおさまる。到着したようだった。

 扉の幅が狭いので一人づつ降りる。降りてもまだ身体が揺れているような錯覚がした。 

 巡回の警邏騎士は、僕が扉を閉めて馬車から離れた事を確認すると、一礼して去っていった。

 「絶対にわざとですよ、あれ。僕が現場検証に同行させられた時はもっと普通の馬車でしたよ?」

 「俺も最初に送ってもらった時はもっとサスの効いた普通の馬車だったんだぞ?」

 「シェリーさんがゴネるからですよ」

 「やっぱり?」

 石畳の上でガタゴトと酷い音を立てながら遠ざかる馬車を、つい二人で並んで見送ってしまった。あんな物に乗って良く我慢出来たものだと思わずに居られなかったのだ。

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