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 意識が落ちた次の瞬間には、何の余韻もなくあっさりとリスポーン地点に転送されていた。

 自分の体を確かめる。さっきまで感覚が無くなっていた下半身と右半身は何事も無く元通りだ。ただし服だけは斬られた時のままになっていて、右胸側と腹から下は布の切れ端が引っかかっているだけで、肌が露出してしまっている。ズボンを斬られなくて良かった。

 あたりを見渡す。荘厳な装飾の大聖堂の中、その最奥の祭壇の前に、以前と変わらず復活したようだ。

 既に身体は不足なく動く。ならばもう一度、大通りに戻ってシェリーさんの援護に駆けつけるべきだろう。大聖堂から大通りへの道もこの二週間で把握している。シェリーさんは後は任せろと言っていたし、何となくだがあの人になら本当に後は任せても大丈夫だろうと言う気はする。

 しかしソレでは申し訳ないし不義理が過ぎる。

 それにリリヤさんの無事を、あれが聞き間違いじゃなかった事を確認したい。

 シェリーさんはPvPの一線で7年も戦っていた最古参だと言っていたし、僕とは違いレベルも高い。戦闘では何も心配ないだろう。ならば事態の収束の助けになるように動くべきではないだろうか。

 大聖堂の身廊側に目を向ける。此処にはフレンドやギルドメンバーとの合流を目的として、多くのプレイヤーが集まっている。ギルドホールが無くなった今では、こういった以前から有る主要施設が彼らの集合場所となっていた。

 最初リリヤさんの案内で此処を訪れた時に、妙にプレイヤーが集まっている理由がわからなかったが後でシェリーさんに事情を聞いたのだ。

 広い身廊のあちこちにギルドごとに分かれて、いくつかの集団がたむろしている。リスポーンしてきた僕に気づいたのか、その内の幾人かがこちらを見ている。

 その中で目的の集団を見つける。コムレッズ・イン・アームズだ。一番人が多いので、直ぐに見つけられた。

 シェリーさんも在籍したいた事が有るのなら、彼女の名前を出せば急な要請にも応えてくれるのではないだろうか。

 「すみません!ブレイドさんは居ますか!?」

 身廊の中程に居る彼らに駆け寄り、声をかける。

 「私なら此処に」

 急に押し掛けてきた僕に、集団の外側に居たコムレッズ・イン・アームズのメンバーは怪訝な顔をするが、その内側からあっさりと返事が有った。

 それと同時に人垣が割れ、純白に金糸のサーコート、さらに其の上に紅い外套を羽織った派手な出で立ちの男が前に出てきた。暑くないのだろうかと、余計な心配をする。

 「何か御用ですか?」

 彼の背はあまり高くはない、むしろ低い方だろう。ただしその容貌は、男であるにも関わらず随分と妖艶な雰囲気を湛えている。金髪に赤い瞳、線の細い顔立ち、端正な容姿の多いアバターの中ではむしろ個性の無い組み合わせといえる。なのに妙に惹きつけられる。顔の造形から人形っぽさが見事に無くなっている辺りなど、単純にアバターの出来そのものが良いというのも有るが、ソレだけでは説明が付かない魅力も有るように思える。

 「急な話ですみません、手を貸してもらえませんか?」

 「何かトラブルでも?」

 僕のこの格好を見て、そう判断したようだ。話が早くて助かる。

 「実は……」

 街の大通りで一人のプレイヤーが凶行に及び、NPCに大量の死傷者を出した事。自分はソレの阻止に失敗し、リスポーンしてきた事。今はシェリーさんがその通り魔の相手をしている事を端的に伝える。

 最初、プレイヤーの中から通り魔が現れ大量の死傷者を出した事に、周囲を囲むギルドメンバーがざわめいたが、シェリーさんの名前を出した途端、急に空気が変わった。

 「アイツで大丈夫かよ。通り魔なんかよりアイツが街中で戦うって方が心配だよ」

 「辞めてから暫くたってるだろ?もう足の速いの相手にするのはキツイんじゃないか?」

 初めは憤りや不安だったものが、シェリーさんに対する懐疑の声に変わったのだ。

 「最悪……、あれもこの街に居るのか」

 「ちっ」

 中には、不快感を隠そうとしない人まで居る。特にブレイドさんの隣に立っている、ローブを身に着けたメイジらしき男性は目を合わすのを戸惑うほど険しい表情で、舌打ちまでしている。

 元ギルドメンバーのシェリーさんの名前を出せば大丈夫だろうかと思ったが、槍玉に挙げられた事が有ると言っていたのを思い出す。もしも仲違いが理由で脱退したのであれば、名前を出したのは早計だったかもしれない。

 ただその中、黙して話しを聞いていたブレイドさんだけは違うようだった。

 「話は解りました。彼女が通り魔の相手をしていると言うならそちらは心配ないでしょう。けれどNPCの死傷者の救助は急を要する筈です、急げば我々ならまだ助けられる人が居るかも知れない」

 彼は躊躇いもなく、僕にそう答える。

 「皆静かに!」

 そしてブレイドさんは、突然芝居がかった声を上げ、好き勝手にしゃべっていた周囲の声を沈めた。

 「我々は未曾有の事態に巻き込まれ、この二週間、頼れる仲間以外に寄る辺もなく、慣れ親しんだはずのこの世界で右往左往する事しか出来なかった。クエストも無ければ、PvPの戦闘フィールドもない。あの日から我々の力は、本物になったにも関わらず、奮う場所も無く燻るばかりだ。先行きが見えない不安と、その持てる力を発揮できない歯痒さを、皆少なからず感じているのではないだろうか。 しかし、だからと言ってこの世界を、鎬を削り、争いながらも思い出を積み重ねてきたこの世界を、放埒な振る舞いで壊してしまって良いのだろうか。私はそれを否であると断じる。力も財も有る我々プレイヤーが、欲望任せに喰らい続ければ、いずれ自らの足元も喰い潰すのは想像に難くはない。この世界が本物に成ったというのなら、我々もまた本物の力を持つ者として、それに見合う振る舞いをするべきだろう。よって我々、コムレッズ・イン・アームズは此れより、この仮想世界の治世の守護と発展を担う者と成る事を此処に宣誓する」

「相変わらずだなぁ、うちのマスターは。要約してくれよ」

 茶化すような声。ブレイドさんの隣、先程まで険悪な顔をしていたメイジの反対側の隣に立っているブラウンの短髪のウォーリアのものだ。

「うん。今回は一人だけど、もしもこれ以上プレイヤーが本気で好き勝手に暴れたら、きっとこの街は簡単に機能を失って、私達はあっという間に日々の生活すら覚束なくなると思う。だから余計な苦労を背負い込む前に、自分達でそういうのは阻止した方が良いと思うんだ。傲慢かもしれないけど、いや傲慢その物だけど、私達はトップギルドだ、あらゆる面で何処よりも強い。それならば私達が率先して、破壊的なプレイヤーに対する抑止力に成るべきだ」

 ブレイドさんは茶化された事に気を悪くするでもなく、本当に要約した。

 「なるほどな。たしかに只でさえ今は色々と面倒くさいのに、これ以上厄介事が増えるのは勘弁して欲しい。っていうかこの街でのメンバーの捜索も行き詰まって所だったからな、後は俺達の方から目立って向こうから見つけてもらった方が良いだろう。そう言う訳で俺は賛成だ。皆はどうだ?」

 茶化したウォーリアは、ギルド内でもリーダー格なのかもしれない。

 「私もブレイドの意見に賛成だ」

 メイジの男も直ぐに賛同する。

 「知ってた。メルクがブレイドのやる事に反対したことなんて無いじゃないか」

 「人を腰巾着みたいに言うな」

 「違ったのか?」

 「うるさい」

 ウォーリアと、メルクと呼ばれたメイジのやり取りを皮切りに、周りのメンバーからも次々と賛同の声が挙がる。

 「良かった、格好付けておいて誰も付いて来なかったらどうしようかと思った」

 「何時ものことじゃねぇか。本当に格好が付くかは結果次第だろ?しっかり頼むぜ」

 「良し!ではこれより通り魔事件の死傷者の救助を行う!まずは救助班、連絡班、輸送班に班分けだ。救助班のメンバーはプリーストとアルケミスト、連絡班はスカウトとハンターとアサシン、輸送班はキャバリーを中心としたその他のメンバー。各班のリーダーは、救助班が私、連絡班はケンザキ、輸送班はメルクが担当する。各班の動きだが、まずは連絡班が現場へ全速力で先行し、要救助者の位置を確認。然る後に救助班の各メンバーを要救助者の位置へと誘導。救助班はその誘導に従い死傷者の治療と蘇生に専念。今回の要は連絡班の足の速さと状況把握能力だ、一番忙しくなると思うが頑張ってくれ。輸送班はキャバリーと共に貸し倉庫へ向かって欲しい。手持ちのアイテムだけでは現場で不足する可能性も有る。それと救助班以外で回復アイテム類を持っている者は、今の内に全てアルケミストに預けるように。なお現場でNPCの治安組織等と衝突、その他トラブルに遭遇した場合は、その対処を各班のリーダーに任せ、皆はあくまで救助活動が最優先だ。何があろうとNPCに対して絶対に敵対行動は取らないように。例え向こうから敵対の意思を見せられても反撃は厳禁とする、ただし身の危険を感じた場合は無理せず撤退する様に。それと注意事項だが、GUIの一切が消えた今はもう以前のようにメンバーの位置やステータスを即座に把握するという事が出来ない、連絡を密にし情報共有を怠らないように」

 「はい、質問。プリーストの現場への足はキャバリーが付いた方が良いんじゃないか?」

 リーダー格のウォーリアが、一区切りついた所で間髪入れずに質問する。

 「いや、今回は戦闘フィールドと違って街の中だ。キャバリーの扱う馬では力も速度も有り過ぎる。それに大聖堂から大通りまでの道ならば直線の機動力より、屋根伝いで道をショートカットできる運動性を重視すべきだろう。それくらいならプリーストのAGIでも十分に可能だ」

 「OK。後もう一つ、シェリーがしくじって通り魔がまだ暴れていたらどうする」

 「私が直々に制圧する、彼女が手こずるような相手ならば私が当たるべきだ。繰り返しになるが皆はあくまで救助活動を最優先とする」

 「俺からの質問は以上だ。他に質問有る奴居るか?居ないようだな」

 「では各班、準備開始!」

 「応!」

 途端に始まったブリーフィングは早送りのように進み、呆気にとられている内に終わった。想像よりはるかにあっさりと意思統一がなされ、あっという間に行動を開始してしまった。話を持ち込んだ僕が置いてけぼりにされ、既にこの事態は彼らの主導となり、僕の手を離れた気さえする。ギルドメンバーは今この場にいるだけでもざっと見て四、五十人。少なくない人数で有るにも関わらずフットワークが軽すぎる。自分が知らないだけで、ギルドというのはそういう物なのだろうか。

 半ば呆然として、動き出したコムレッズ・イン・アームズの面々を見ていたら、ブレイドさんと目が合った。こちらに近づいてくる。何か用かと思っていたら、耳元で囁かれた。

 「我々を頼ってくれた事に感謝します」

 思いもよらない言葉に訝しむ。

 「今の私達には目的と切っ掛けが必要でした。けれど利用する形になってすみません。ただ私達のギルドだけではなく、安寧を望むプレイヤー達の為にもこういう決断は必要だったと私は思っています」

 「利用だなんてそんな……、思っていませんよ。むしろ、こちらこそ有難うございます、ギルドを動かしてもらって」

 「後は任せて下さい、責任をもって事態を収拾してみせます」

 自信に満ちた笑顔である。

 「話持ち込んだ僕も何か……、今だけでも指揮下に入れてもらえますか?」

 「分かりました、では……」 

 言葉の途中、ブレイドさんは睨むように目を細めた。

 「後ろ、今リスポーンしてきた彼。白く長い総髪に、浪人風の着流し。先程聞いた通り魔の特徴と合致するのですが」

 その言葉に、急ぎ振り向く。着流しの袖と裾が焼け焦げ、抜身の短刀しか持っていないが、間違いなく自分の知っている通り魔だった。リスポーンして来たという事はシェリーさんが、あの男を倒したということだろう。

 「あいつです!」

 向こうも直ぐに僕とブレイドさんの言動に気付き、状況を察したようだ。

 通り魔がこちらに向かって跳躍する。居合スキルの様な瞬間移動じみた速さはないが、それでもその速さは十分に人間離れしていた。何よりも速さだけではなく、その軌道が常軌を逸している。大聖堂の身廊は長く、広く、天井も高い。その空間を縦横無尽に駆け、足場もない宙空を蹴り、予測も付かないタイミングで方向を切り返す。

 目で追い損ねたタイミングで短刀を投擲され、反応が遅れる。回避し損ねたかと身構えたその時、短刀は横から伸びてきた手にいとも簡単に掴み取られた。

 短刀を掴んだのはブレイドさんだった。いつの間にか僕よりも前に出ていた。次の瞬間、予期せぬ炸裂音と衝撃波に全身を叩かれ、倒れそうになる。

 掴みとった短刀を投げ返す。ただそれだけの動作に、Lv1600以上のプレイヤーのステータスでは暴力的な爆風が伴ったのだ。

 飛来時とは桁違いの速度で投げ返された短刀が命中した通り魔は、空中で血煙と肉片をまき散らしながら爆散。貫通した短刀は粉々に砕けながらも速度を失わず、直線上の石壁と内装に多数の穴を穿った。

 ソレで終わりではなかった。ブレイドさんは投擲直後に祭壇前まで駆け、再度リスポーンした通り魔を力任せに引きずり倒した。

 急転直下の制圧劇。一連の流れについて行けた者はブレイドさん以外に誰も居ない。やられた当人であるはずの通り魔すら、引きずり倒されても理解が追いついていないのか呆然としていた。

 「ヒナコさん、この男にデバフを!」

 「は、はい!」

 ギルドメンバーの中から、シャーマンの女性が呼ばれる。救助の準備を始めていたメンバーは呆気に取られていた。

 「それとアガト君、Lv800のウォーリアが即死しない程度の睡眠、または麻痺毒を今持ってるアイテムで調合できそうですか?」

 「いえ、材料が足りません。倉庫に取りに行かないと」

 アルケミストらしきメンバーが簡潔に答える。

 「分かりました。では……」

 ブレイドさんは手早く他のメンバーにも、通り魔の無力化とその扱いの指示を出していく。

 何も出来ず、何もする暇がなかった。また状況から置いてけぼりにされてしまい、どうしたものかと悩む。そう思っていた所に、また何者かがリスポーンしてくるのが目に止まった。シェリーさんだった。リスポーンしてすぐ身構えていたが、近くで通り魔が取り押さえられているのを確認すると気が抜けたようなため息をついた。

 シェリーさんは、通り魔を囲んでいるコムレッズ・イン・アームズのメンバーとは、お互い一瞥するだけで声もかけず、僕を見つけるとこちらに歩るいてきた。

「あれは、もしかして君が頼んだの?」

 「そうです。シェリーさんに任せっきりにする訳にもいかないし、だからと言って僕だけでは何も出来そうになかったので……。ほぼ丸投げになっちゃいましたけど」

 「そっか。適切な判断だったんじゃないかな、あの惨状はもう個人じゃどうにも出来ないだろうし。それにあいつらも妙に乗り気みたいだし。しかし君は大丈夫だったのか?俺が逃がしたばっかりに、また戦う羽目になったりしなかったか?」

 「ブレイドさんのお陰で、問題ありませんでした。あの、それより僕が死んだ時にリリヤさんは無事に逃げたと聞こえた気がしたんですが、聞き間違いじゃないですよね?」

 「聞き取れてなかったか。あの子は大丈夫だよ、怪我も治癒結晶で治した。ちゃんと自分の足で逃げれたから後遺症もないと思うよ。けれどあんな目に会ったんだ、念のために後で見舞いに行ってあげた方がいいかもね」

 「そうですね……。ところで、シェリーさん襟が」

 彼女の服は襟が焦げていた。

 「ん?あちゃー、強すぎたか。これはもう買い直さないとだな。そういや君も随分とアバンギャルドな事になってるね」

 「それ、自分でやったんですか」

 「走って追いかけたら見失っちまうしな。こっちの様子も分からないから、こうするしか無かった」

 「確かに追いかけるにはそうするしか無いかもしれませんけど」

 「加減を間違えずに急所さえ外さなきゃ苦しんだりしない。心配いらないよ」

 彼女のステータスを知らないので魔法スキルの攻撃と防御のバランスが、どうなっているのかは不明だが、本当にそんな気軽に出来るような事なのだろうか。

 「さて、お互いの確認は今はこれくらいにしておこう」 

 「?」

 「俺はこれから現場に戻る。今回の事件の推移に関わっちまったから、参考人扱いくらいされるんじゃないかな」

 「そんな警察みたいな事……、するんでしょうね今のこの街なら」

 「まだ実際の所を見てないから分からないけどね。だからこそ、そこら辺の仕事を、この世界の治安組織はどの程度の事までやれるのか、それを知る為にもこっちから出向く」

 「変な事になったりしませんか?」

 「心配すんなって。いざとなれば力押しでどうにかするさ」

 酷く剣呑なことを言っているような気がする。

 「君はどうする?これ以上関わりたくないなら今の内に離れた方がいい」

 「僕も行きます。置いてけぼりにされるのは嫌ですから」

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