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 リスポーン地点への転送のビジュアルエフェクトに包まれ消えていくスノウを見送る。抱きとめた重さが抜けていくと同時に、受け止めた時に浴びた彼の血も綺麗さっぱり消えてしまう。

 すぐに生き返ると分かっていても、人の無残な姿と言うのは見ていて気分の良いものではない。

 手酷くやられすぎたせいか、スノウには瞬間回復の治療結晶が効かなかった。HPゲージが無いため、死亡判定の境目が判別つかない。まだ僅かに意識が有るから効くかと思ったが、必要だったのは蘇生アイテムだったのかも知れない。基本的に外での行動は一人だったから持ち歩かなかったが、こういう不測の事態に備えて次からは蘇生アイテムも持ち歩くべきだろう。

 消える前に彼は何か言おうとしていたが、あれはもしかして感謝のつもりだったのだろうか。しかし、素直には受け取れそうにない。

 彼には悪いことをしたと思う。大通りの惨状に躊躇したりせず、真っ先に俺が出ていれば、スノウは痛い目に会わずに済んだのではないかと。スノウが投げて寄越した人質の彼女も、俺ならばもっとスマートに助ける自信が有った。

 否、そんな想像は後知恵だ。力不足でも機を逃さずに動けたスノウの判断の早さを褒めるべきだ。

 事実、スノウはレベル差の割には良くやったほうだ。俺が後ろに居たとはいえ、人質を助け出し、治療する時間と逃がす時間まで稼いでいる。

 オマケに瞬発力の高い居合特化ビルド相手に手傷まで負わせたのだ。極端に防御力とHPの少ないAGI&DEX型である居合特化ビルドが相手ならば、確かにレベル差が有っても少しくらいはダメージは通るだろう。しかし、本来ならまともにやり合えば圧倒的な速度と攻撃力の差で勝負にすらならない。スノウは最後こそ三分割されてしまったが、初手でそうなっていても不思議ではないのだ。カウンターと追撃を入れられただけでも大したものである。あれでPvPはやらなかったというのだから勿体無い。

 「ヘイ、其処の雑魚居合、格下に一杯食わされた気分はどうだ?」

 先程から目頭を押え、動かない通り魔に声を掛ける。

 吠えるように毒づき、スノウを地面に叩きつけて蹴り飛ばした通り魔は、HP回復薬を急いで口に含み、傷が瘉えるのを待っていたのだ。治療結晶とは違い経口摂取する必要が有る上に、傷が治りきるまでに時間が掛かっている。以前の仕様通り、回復動作とHP回復速度が反映されているのだ。

 「ねぇー、聞こえてるー?雑魚居合くーん。あー、そういや目だけじゃなくて耳も抉られてたかー」

 「うるせぇ!」

 完全に頭に血が上っている。スノウと話していた時の様な余裕がまるでない。

 「聞こえてるじゃん。そんなに痛かったあれ?」

 「当たり前だろ!」

 「ふんっ、『現実と同じなのは苦痛だけじゃない』だっけ?それでさ、苦痛の方を味わった気分はどうよ?」

 「……」

 当て擦りの嫌味が過ぎたのか、男は怒りというより憮然とした表情で閉口してしまった。

 「俺さ、こんな世界が嫌で、どうにか死ねないものかと色々と自分で試してみたんだがな、そしたら何度か死に損って参ったよ、あんな苦しいの初めてだった。武器やら魔法のせいで現実じゃそうないような苦痛も此処じゃ簡単に体験できてしまう。しかも身体が無駄に頑丈なせいで余計に長引く。あんなの何度も経験したくはない、心が折れそうになる」

 「何が言いたい」

 「分かれよ、それくらい。自分が何をしでかしたのかを」

 今更、俺が諌めたところで通じることなど無いだろう。

 「あと何て言ってたっけ?そうだ『誰も俺を止められねぇ』だ。凄いね、ただ育成テンプレートに沿って作っただけの量産居合特化ビルドで良く其処まで吠えられる。しかもお前、その装備からしてLv850ちょい位でしょ?なのにLv235のスカウト相手に調子ぶっこいてカウンター貰うわ、ボコボコに蹴られるわ、更に片目、片耳潰される程度の雑魚だって言うんだからもう駄目、笑いしか出ない。『止められねぇ』って、言ったそばから止められそうになってるじゃん。ほら鼻の下、血の跡残ってるよ、拭いたら?」

 一対一の戦闘ならば最強の一角である居合特化ビルドのウォーリア相手に、集団戦闘時の後方支援が主な役目であるスカウトであそこまで立ちまわるスノウが異様なのだがそこら辺は敢えて無視する。情報の恣意的な抽出は煽りの基本である。

 「……喧嘩売ってるのか」

 凄んでいるつもりなのだろうが、こちらの言葉を真に受けて素直に鼻の下を拭っているのが滑稽だ。

 「当たり前だろ、人の飲み友達を斬りやがって。ほらさっさと買えよ、雑魚が図に乗って人様に迷惑かけたんだ、只で済むと思うなよ」

 「……」

 こちらの返答に男は無言で腰の長刀に手を掛け、僅かに姿勢を低くする。

 「ブレイズインターセプター」

 こちらも魔法を使って見せる。地面に俺を中心として、火花で魔法陣が描かれる。魔法が手足の延長の様に扱える今なら、スキル名を口にする必要も、こんな目立つ魔法陣も無しに、以前と同一の効果を発生させられる。しかし此処は敢えて以前通りのやり方で、使用魔法を分かりやすくする。

 「ハッ、メイジかよ!」

 こちらの使用魔法を見た途端、警戒が明らかに緩んだ。相手が後衛職と分かった途端これでは呆れる他ない。

 「駄目だな。やっぱり典型的な雑魚だよ、お前」

 しかし俺を見ても逃げようとしなかったのは幸いだった。向こうから挑んでくれるのなら与し易い。念を入れて挑発する。

 「ッ!」

 歯噛みしながら怒りで顔を歪ませ、わかりやすく激高してくれる。変に当て擦るよりシンプルに見下される方が癪に障る様だ。そして案の定、近くに落ちていた瓦の破片を投げてきた。

 飛んできた破片に、ブレイズインターセプターが反応し、俺を囲む様に炎の壁が地面から噴き上がる。

 あの程度の破片を消し炭にするには十分過ぎる炎の壁。使用後、一度だけ圏内に入った物を自動で迎撃するカウンター型の魔法。重ね掛けや他の迎撃や障壁系の魔法との併用は不可能で、リキャストタイムも長めだが、メイジの対近接魔法の中では攻撃力に優れている。その弱点は飛来物にも勝手に反応してしまう事と、自身を囲む炎の壁が視界を遮ってしまう事の二点。

 炎の壁が消える前に、後方の壁の向こう側に目掛け、全力で後ろ蹴りを叩き込む。

 足は予測通り背後に回りこんでいた男の顔面を捉え、そのまま十メートルは蹴り飛ばした。

 「センスねぇな」

 ブレイズインターセプターによる遮蔽を利用して死角に回るブライドアタックは、シンプルかつ効果的だったが故に陳腐化の早かった基本的なテクニックである。初心者ならいざしらず、中堅以上ならば応用や発展型を用いて然るべき所なのだ。今さらこの程度の攻撃、寝ぼけていてもさばける。

 「俺をナメてるのか?少しは工夫しろよ」

 男は空中でその身を翻し転倒すらしなかったが、鼻から血を流し少々足がふらついている。

 「これ見よがしに魔法使っておきながら蹴りやがって、モンクとの複合型じゃないのか?」

 「バーカ、純粋なメイジだっつの。お前の防御力って紙どころか濡れたティッシュ程度しか無いじゃん。俺がモンクだったらお前に耐えられるわけ無いだろ?ほらほら、御託は良いから次、打ち込んでこいよ」

 「クソッタレ!御託がなげぇのはそっちだろ!」

 罵声とともに、居合の構えを見せ、腰を沈めた。10メートルの距離だろうが次の瞬間には、既にこちらを間合いに収めている。しかし、この期に及んであまりに単調。

 「だからフェイントの一つも混ぜろよな」

 馬鹿正直に振るわれた斬撃を裏拳で叩き払う。手には指輪の一つ、『メイガスバックラー』の効果で障壁が張られているので傷どころか痛みもない。

 居合系スキルをPvPで使う際の要は、攻撃タイミングを掴ませないこと。斬撃の速度自体がいくら速かろうとも、来る場所とタイミングがバレてしまえばその時点で価値は無い。

 「どうした?これで終わりじゃないだろう?」

 通り魔は怒声を吐く。弾かれて宙を泳いでいた刀身は再度納刀され、即座に振るわれる。

 連撃の起点となる初撃、胴を薙ぐ軌道。しかしそれは抜き放つと同時に太刀筋が鏡写しになり反転する『水鏡(みずかがみ)』。脇を大きく開く独特の予備動作で直ぐに判別がつく。

 返す刃は初撃同様に反転し、更に往復する三連撃で猛追する『共鏡(ともかがみ)』。

 続くは分身体と共に横一文字、逆袈裟、袈裟の順に斬りつけ挟撃する『姿見之太刀(すがたみのたち)』。

 最後は居合系スキルの中では珍しい威力重視の突き技『螢火之鏡玉ほたるびのきょうぎょく』。

 初手が『水鏡』の時点で繋がる連続技は限定され、全て予測できた。そしてAGI型の弱点は総じて相手の防御ごと叩き潰せ無いその非力さに有る。全てメイガスバックラーで受け流すのは造作もなかった。

 「はい捕まえた」

 技後硬直で突き出されたままの手首を掴み、その体ごと振り回して地面に叩きつけた。背中を強打して息を詰まらせている通り魔の顔めがけ、何度かストンピングする。ダメージは通っている様だが一向に気絶する気配がない。こいつの装備に、おまけ程度の状態異常耐性が付いているのを思い出す。多分それのせいだろう。

 「仕方がない」

 魔力、今の仕様になってから感じられるようになった、そう呼べる様な力の流れを、手首を掴んでいる掌に集中させる。使うのは初歩の火炎魔法スキル。しかし総熱量を変えずに面積と放出時間を絞り、より高密度に変える。

 「あっ、やべっ、失敗した」

 AGI型はHPが低いので殺してしまわないようにと、最低限の火力で焼き切ろうとして失敗した。今の手応えだと焼鏝を押し付けた様なものだろうか。火力の加減は想像通りだったが、収束のさせ方に失敗している。緻密な操作には、俺のDEX値が足りなかったのかもしれない。

 素直に火力を上げて、手首を芯まで炭化させて砕く。同時に空いた手で、もう片方の腕と両足を収束させた炎で焼き切る。剣も念のため、遠くに蹴り飛ばす。これで無力化は完了した。

 男は擦り切れたような耳障りな金切り声を上げ、のたうち回っている。非情に徹するつもりで手足を焼き切ったが、やはり酷く気分が悪い。情けをかけるつもりのない相手だろうが、こうも苦しむ姿を目の当たりにしてしまうと僅かに腰が引ける。

 「苦しいだろうが自業自得だ、我慢しろ。騒ぎを聞きつけた警邏騎士か何かが来るだろうから、それまでの辛抱だ」

 引き渡した後の、この男の処遇がどうなるのかは検討がつかない。なにせ不死身なのだ、いくら殺しても復活する。放逐か、それとも手間ひまかけて封印みたいな事でもするのか、そもそもそんな事が可能なのか。もしかしたら、この世界で俺達が道を外れた時の指標になるのかも知れない。

 そういう今後の事や、大聖堂で復活しているであろうスノウはどうしているかなどと考えていると、男は何時の間にか静かになっていた。

 「やった俺が言うのも何だが、大丈夫か?」

 「なぁ、あんたレベル……、いや総合ランク何位なんだ?」

 声は震え、脂汗をかきながらも、そんなことを聞いてくる。

 スノウに有名人ぶってるとか言われたのを思い出した。スノウとは理由は違うだろうが、こいつもずっと俺が誰だか知らない様子だった。完全に引退をしていなかったとはいえ、一線を退いてそれなりに時間が経っているのだ。そろそろ俺も過去の人になり、知らない人間も増えてきたという事だろう。とても清々する。

 「今はかなり下だった筈だよ、ログインすらしない日も増えてたし」

 「それなら最高で何位だったんだ?」

 「二位」

 「………え?」

 「と言っても、三日しか保たなかったけどな。大体は十位以内をうろちょろしてたよ」

 「……ハ、ハハハッ、道理で勝てないわけだ、メイジと言っても最強クラスじゃないか。居合を全部弾く奴なんて今まで……、いや思い出した、あんたシェリー何とかっていうメイジだろ?過去のリプレイ動画で見た覚えがある。でもあんたあの負け試合の後、ショックで引退したんじゃなかったのか?」

 「“あの負け試合”が当たり前に意味通じると思ってるんじゃねぇよクソが!」

 つい怒鳴ってしまった。

 「ひ、人違いだったか?」

 「……いや、シェリー・バットは俺で合ってる。だけど俺は引退してねぇよ。あの後ログイン頻度は減ったのは確かだが、それはまた別の理由だ」

 そう噂されるような勝負には確かに心当たりは有るが、よりによってデマが伝わってることに少しショックを受けただけだ。

 「なんだよ、やっぱり元ランカーかよ。道理でレベルもスキルも足りないわけだ」

 「お前の弱さにはレベルもスキルも関係ねぇって。お前さ、適当に使い勝手の良いスキルぶっ放して勝ちを拾ってきたタイプだろ?言っとくが居合系スキルは振ってる剣の速度が速いだけで、予備動作は特別速いわけじゃないんだよ。慣れちまえば予備動作だけで何がしたいのかなんて簡単に見切れる。だから俺だけじゃねぇ、上位ランカーならアレくらいの芸当は出来て当然だ。そんなスキルモーション頼みだから雑魚扱いされるんだよ。センス有るやつならお前と大差ないレベルでもちゃんと攻撃当ててくるぞ」

 上位陣にとってはアレくらい捌けてやっとスタート地点、その上で攻防の駆け引きが要求される。闇雲に強いスキルをぶっ放すだけで勝ち続けられるなら、誰もこのゲームをやりこんだりはしなかった。そもそも居合ビルドに限らずAGI型の真価は、足の速さを活かした攻撃タイミングの主導権の掌握である、攻めるも退くも自在だからこそ最強の一角足り得るのに、それを忘れていては精彩を欠くのは当然だ。剣速という目立つ指標に騙され易いが、慣れてしまえば防御し易い部類のスキルなのだ。しかしこの男にそこまで教えてやる義理はない。

 ただしLv800代で全盛期の俺に攻撃を当ててきた奴の話は誇張していた。そんな奴はたった一人しか居なかった。この男と同じAGI型のウォーリアだったが、あいつのは居合スキルなどではなく本物で、予備動作がまるで見えなかった。例え見えても意図すら読ませてくれない。スキルなど一切使っていない、ただの通常攻撃なのに全てが必殺で防御も回避も意味をなさなかった。以前やられたソレに比べたら、ゲームが用意したスキルモーションなど児戯にも等しい。……いや、そもそもゲームなのだから文字通り児戯なのか。

 「……そうかよ」

 説教が堪えたのか、ソレっきり、押し黙ってしまったか。

 「なぁ」

 と、思ったらそうでもなかった。人の事は言えないが、意外と減らず口だ。

 「やっぱ俺達の事は誰も止められ無いよ。確かに元ランカーのあんたからしたら俺は雑魚かもしれない。上には上がいるってのは当たり前の話だ。けれどピラミッドは頂点に行くほど、それだけ数が少ないんだ。この広がってしまった世界では少数派の俺達をNPCって言う大量の底辺が支えてくれるんだ、ハハッ!…ハッ!やっぱ俺程度でも、この程度でも捕食者側なんだよ。飽きるまで食い散らかせられる」

 ヒエラルキーの上澄みならば不当に虐げられ事は無く生存に必要な労力は少ない。それを喜ぶのならまだ理解はできる。しかし、こいつの喜びはそんなものではない、安全に虐げる事ができる対象が居ることに喜んでいるのだ。そんな物は理解も共感もしたくはない。しかし。

 「もっと普通の娯楽じゃ駄目だったのかよ」

 何がこいつをそうさせたのか。

 「普通の?」

 「そうさ、金もアイテムも今回のアップデートで消えたわけじゃない。物価を考えたら俺達はかなり裕福な方だろ?現実ほどじゃないがこの世界にだって金で賄える娯楽は溢れてるはずだ。わざわざこんな事やらかさなくても、黙っていてもヒエラルキーの上澄みなんだよ。楽しみ様なんていくらでも有ったはずだろうに」

 今は突然降って湧いた力と状況に酔って馬鹿な事をしてしまっているが、きっとこいつも普通のプレイヤーの一人だったのではないだろうか。自分の手足を焼き切った相手に対して、呑気に昔の順位なんか聞いてくる辺りがゲーム感覚の延長にしか思えない。

 「何が不満だったんだよ」

 「…………それは」

 自分の行いを初めて省みるのか、答えを探しているようだった。

 「きっと、それじゃあ意味が無いんだ。ルールなんかに縛られてる娯楽に、人の顔色ばかり伺って体の良いお飾りだらけにされた楽しみに価値なんて無い。気持よくなれない。あんたも分かるだろ?ゲーム内で自在に動かしていたアバターが、自分の肉体そのものになったこの万能感、充足感が。こんなに力が有るんなら、本当に欲しい物を誤魔化す必要なんて無いじゃないか。力が有るのに弱い奴から奪って何が悪い、我慢して何が満たされる」

 出てきたのは随分とアナーキーな答えだった。それに俺にはこの世界で欲しい物なんて一つも無い。

 「人面獣心。いや、畜生以下か。そんな考えで良く今まで生きてこれたな」

 「ハハハッ、今まで、こんな風に考えたことなんて無かったさ、今あんたに言われるまで自分で気づきもしなかったくらいにはね。俺だって身の程くらい弁えてるつもりだった。でもさ、実際につまらない柵が消えてみたら思いの外、晴れやかな気分になってしまって、……勢い余ってこのざまだ。でも後悔はない、こんなに清々しい気持ちになれたのは生まれて初めてなんだ、こんな泣きたくなる程の開放感は、一度知ってしまったらもう元には戻れる訳が無い」

 「それは一時の気の迷いだ、只のルサンチマンじゃねぇか」

 抑圧する物が取り払われた瞬間に爆発するだなんて、そんな物は思い通りに行かない現実に対する憎悪であり、復讐である。成し遂げた所で幸福なぞ……、否、ソレはソレで十分に満たされてしまうのかもしれない。

 「今のこの気持ちが、どういう名前かだなんて関係ない、ただ満たせればソレで良い。次はもっと上手くやる」

 「これで懲りとけよ馬鹿、そんなこと言ってると――」

 男は口に短刀を咥え飛びかかって来た。

 「ってめぇ!」

 手の無い腕だけで、懐の中から短刀をかち上げ、柄を咥えて抜刀したのだ。そんな曲芸じみた不意打ちも間一髪で回避出来たが、思わず力いっぱい蹴り返してしまった。

 足元に目を向ける。残された黒地に紅の螺鈿細工が目立つ短刀の鞘。それはAGI型の武器では有るが、アサシン向けのユニーク武器『死人花』の物。装備レベルも低く、対してレアリティの高い物でもない。

 この武器の持つ特殊効果は攻撃成功時に毒による追加ダメージと、低確率で呪殺属性の即死を発動する事である。

 男は欠けている四肢で身体を起こそうとしている。息も絶え絶えで、膝立ちにもなれず、四つん這いが限度のようだった。

 「そのざまでまだ続けるつもりか?言っとくがその程度の呪殺は俺には効かねぇからな」

 「知ってるよ。左手薬指のそれ、ラミナートベネディカだろ?そんな物を付けられてたんじゃどんな毒も呪殺も効くわけないよな。だからこれ以上はあんたとやるつもりもない、そもそも元2位が相手じゃ勝てる気がしねぇよ。いや、今の不意打ちくらいは当たるかなって思ったんだけどさ、無理だ、参った。予備動作とか言うけどそもそもの反応速度からして違いすぎるよ。言われたとおり工夫したのに、あれにまで反応できるとかヤバいだろあんた」

 そのしおらしい態度に、逆に警戒心が湧く。

 「けど、色々と勉強になった、感謝する。……実は、最初はこんな事しでかして自分でも何やってんだかって、正直、馬鹿じゃないかと思ってたんだけどさ、お陰で、自分が本当にしたかった事が良く分かった」

 男は地を舐めるように頭を垂れ、落としていた短刀を咥え直した。しかし咥えたのは柄ではなく切っ先側。それで男の意図を察する。

 「だから此処で捕まるわけにはいかない」

 刃を咥えている為に声が籠もって聴きづらかったが、そう言ったような気がした。

 止めようと駆けた時には既に遅かった。男は短刀を咥えたまま、その柄を地面に叩きつけて自分の喉を突き、自害した。

 運悪く呪殺も発動したのか、男に治療結晶を使う暇もなく転送されてしまう。

 「やっちまった……」

 口では馬鹿にしつつも、警戒はしていたはずなのにこのざまだ。どれだけ意識的に警戒していても、結局は根底の所で男を見下していたせいだろう。もっと徹底して無力化すべきだった。

 「スノウ、ごめん」

 このタイミングではまだ大聖堂にスノウが居るはずである。取り逃がした後悔と、これから自分がすべき事を思い憂鬱になる。

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