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 店を出る前に、オーナーからまともな医者と薬屋を教えて貰った。

 こちらからも、少しでも気休めになればと思い、通り魔の財産から可能な限り被害者への賠償がされる事が決定していることを伝える。ただ何処まで対応してくれるのか、いつ支払われるのかが不明なため、気休めとしても些か具体性に欠けていたので気休めにすらならなかったかもしれない。

 辻馬車で街の方々を回り、教えてもらった医者と薬屋を訪ねる。しかし結果は散々だった。

 ほとんどの医者は紹介状が無ければ断られ、そうでなくても患者の素性が分かると態度を一変させて結局断られたのだ。理由を聞けば、そういう所に出入りする医者と同一視されては困るのと、互いの縄張りは不可侵だと言う暗黙の了解が有るのだという。連れてくるのも辞めてくれと言われた時は、さすがに怒りで目眩がしそうになった。結局、どこにも取り合ってもらえず、条件の交渉をしても突っ撥ねられるだけだった。

 医者は早々に諦めることになり、薬屋に行ったが効き目の強い薬は医者の処方がなければ売ってもらえなかった。

 オーナーからの教えてもらった薬屋の中には、回復アイテム類を取り扱っている店も混じっていた。値は張るが効き目は確実で即効性が有り、シェリーさんがリリヤさんの治療に回復アイテムを使用しているのでNPCにも効果が有ることは確認できている。それに二日酔いが解毒剤で治ったり、以前の用途外にまで応用が効くようになっているのだ。だからあの発作や香の副作用にも、効果が有る回復アイテムが有るのではないかと一番期待していた。しかし、これも空振りに終わってしまった。医者や他の薬屋と違い、売ってもらえなかった理由は単純で、ただ在庫が無くなっていたのだ。なんでも通り魔事件から少し後に、大量に買い込む者が増えてあっという間に売り切れてしまい、次の入荷も何時になるか分からない状態になってしまったとの事だった。金さえ有れば当たり前のように手に入ると思っていたものが有限になっている事に今更ながら気が付かされた。

 日が暮れるまで街中を探し回ったが成果は得られなかった。辻馬車の御者は、僕の行く先の全てが医者や薬屋であることから、こちらの事情を察して自分の知っている医者と薬屋を教えてくれた。しかも営業時間を越えて馬が疲れ果てるまで馬車を走らせてくれた。それでも駄目だった。

 万策が尽きたかと諦めかけ悩んでいると、遅くまで付き合ってくれた辻馬車の御者に何処で下りるかを聞かれ、シェリーさんに呼ばれていたのを思い出す。女性の部屋を訪ねるには少し遅い時間なので、明日にすべきかとも思ったが、遠慮するとあの人は逆に機嫌を損ねるので、シェリーさんの宿泊先へ向かう事にする。此処で行かなければきっと後で「何時でも良いと言っただろ」と怒られるのだ。

 彼女の宿泊先の住所を御者に伝え、そこで降ろしてもらった。御者には無理をさせてしまった分を心付けとして料金に上乗せして渡す。

 馬車を降りて、まず驚いたのが、本当にシェリーさんの言った通り直ぐ解るような場所だったからだ。むしろ大通りを往復していれば否が応でも目に入る建物で、今まで何度も目にしていた。この辺で一番でかいと言っていたのを、改めて目の前にするまで忘れていた。

 この街は南欧の町並みを模しており、そこに少々ファンタジーと、ロココ調だかバロック調だか知らないがクラシックな意匠を混ぜたアートワークになっている。シェリーさんの宿泊先も、もちろんそうなのだが敷地の規模が完全に高級リゾートホテルのそれである。海に面していないのが勿体無いくらいだ。

 ただ困ったことにチェックインの受付時間が過ぎているからか門扉が閉じていた。忍び込むわけにもいかず、辺りを見渡すと正門の脇に通用門が有り、そこに守衛所も有った。物は試しと、此処に宿泊している人に呼ばれている旨を伝え、通してもらえないか聞いてみる。宿泊客の名前と、僕の名前を聞かれたので答えると、守衛は確認に行ってくれた。暫くすると守衛は、ホテルの従業員、ボーイではなくフロントマンらしき人を連れてきて僕を通してくれた。

 フロントマンに案内され、ホテルへと入る。毛足の長い絨毯、間接照明に浮かぶ豪奢な内装、窓から見える噴水の有る広い中庭。来る場所を間違えたのではないかと疑いたくなる。

 長い廊下の先、案内された扉のドアノッカーを鳴らすと中からシェリーさんの返事が返って来たので、来る場所は間違えていないのだと安心する。少しして鍵を開ける音が聞こえ扉が開く。

 「随分と遅かったね」

 出迎えてくれたシェリーさんの表情はかなり不機嫌そうだった。朝とは服装が異なり、上下ともに地味な灰色のスウェットみたいな部屋着で、ラフな格好に着替えている。いつものボリューム有るツーサイドアップも降ろしていた。扉の影から半身を覗かせるその姿は、この部屋に住み着いた悪霊か何かの様である。それでも招き入れてくれたので後に続き部屋に入る。

 部屋の中は今通ってきた廊下より一層、贅を凝らし装飾の密度が高くなっていた。見渡すと間取りもワンルームではないのだろう、他の部屋へ続く扉が見える。そしていま居る部屋は調度品を見る限りリビングエリアである。しかしそれだけで20畳はあるのではないだろうか。ただ照明がやや薄暗いのが気になった。

 「ほら突っ立ってないで、君もそこ座りなよ」

 シェリーさんは、広いリビングの中央にある、一人掛けのソファーへ先に腰をかける。

 一日中、街を駆け回って疲れて居るというのも有るが、到着してから面食らいっぱなしで、どうも頭の動きが鈍い。シェリーさんに促されてからやっとテーブルを挟んで対面にある三人掛けのソファーに腰を掛けた。

 目の前のローテーブルには幾つものボトルとグラス、何かが書き綴られた紙や本が散乱している。部屋が少し酒臭い、さっきまで飲んでいたのだろうか、シェリーさんの横のサイドテーブルに、つまみのフルーツの盛り合わせまである。

 「すみません、遅くなりました」

 「うん、何時でも良いとは確かに言ったけど、さすがにこんな時間まで待たされるとは思わなかったよ。夕飯ぐらい奢ってやろうと思ってたのに」

 正直、半ば忘れかけていたのを申し訳なく思う。そして夕飯どころか今日は朝食以外何も食べていないことに気付く。口にしたのはオーナーの淹れてくれたお茶くらいだ。空腹だが食欲は無い。

 「しかし、今の君を責めるのは酷だろうな。遅れた理由ってのは大方またよく無い事に巻き込まれたか、見舞いに行った彼女の様子が芳しくなかったって所じゃないか?」

 「何故分かったんですか?」

 「これだけ遅けりゃ何が起きたか想像するくらいの暇は有るよ。あと顔に書いてある」

 そんな具体的に書いてあるのだろうか。

 「重ね重ね申し訳ないです」

 「とりあえず話してみなよ、力になれるかもしれない」

 シェリーさんにリリヤさんの現状を話す。彼女がどう言う目に会いどうしてそうなったのか、オーナーに聞いた話も含めて包み隠さず話す。そして遅くなった理由であるこの街の医者と薬屋の状況に、万策が尽きて悩んでいる事も伝える。

 「水臭いなぁ」

 僕が話し終えるまで黙って聞いていた彼女の、最初の台詞はそれだった。

 「労力を惜しまず自分に出来る事をやろうとするのは美徳だよ。しかし今の君が得たいのは自己満足じゃなくて結果だろ?ならば真っ先に俺を頼るべきだった」

 頼りにされなかったのが不満だったようだ。

 「闇雲でした、冷静さを欠いてたみたいです。実は街を回り切るまでシェリーさんの事を忘れてました」

 「一層悪いわ馬鹿!」

 結局怒られた。

 「けど思ってたより深刻みたいだな、彼女の容態は。多少そういう影響が後々になって出るんじゃないかと思っていたけど考えが甘かったみたいだ。間もおかずにパニックとフラッシュバック繰り返す程とは思わなかった。通り魔の使っていた両手剣『初烈風切』に状態異常の追加効果なんて無かったし、有ったらその場で治療してたしな」

 僕もあの姿を見るまでは甘く考えていた。

 「この分だと他の被害者の中にも苦しんでる人が居そうだな。ブレイドにこの事を報告してもいいか?被害者への救済措置にメンタル面でのアフターケアも含められないか相談してみるよ」

 「お願いします」

 それは願ったり叶ったりだった。

 「実際に開始されるには時間が掛るだろから、頼り切るわけにもいかんけどね。今やれることはやっておこうか。さて部屋にいくつ残ってたか……」

 シェリーさんは立ち上がり、リビングから出て行ってしまった。開けた扉の向こうも薄暗くて良く見えなかったが、あれはベッドルームだろうか。しかし入ったと思ったらすぐに大きめの雑嚢を抱えて戻ってきた。

 雑嚢の中を広げる前にローテーブルの上を片付けだした、結構な量なので僕も手伝う。特に高そうなグラスは部屋の端のサイドボードの方へ移動させる。

 シェリーさんがローテーブルの上に雑嚢の中身を一つ一つ取り出し置いていく。出てきたのは液体の入った小瓶と薬包紙、青や緑の半透明の結晶等々、札や鈴、貴金属や宝石で派手に飾り付けられた小箱まで有る。大半は見覚えのある、回復アイテムや蘇生アイテムの類だった。

 「もしかして買い占めたのって……」

 「いや、俺はそんな事はしてないよ。これは前から持ってたアイテムの一部だ。アイテムの買い占めがされてたなんてさっき君に聞くまで知らなかった。事件直後はアンテナをブレイドのギルドと国の動きばかりに向けてたからね、街の方に居るプレイヤー達の動向までは気づけなかった。……さて、これだけ有れば足りるかな」

 アイテムを選り分け終わったようだった。

 「パニックなら精神系の状態異常に対応した鎮静剤と静謐の鈴が効くと思う。体力の消耗にはSP回復薬、強壮結晶。あと香の毒を消すために解毒薬と浄血の霞。もしもこれが効かなかったり、対応しきれていない症状がある場合に備えて万能薬と病滅の符も必要だろう」 

 以前ならスキルやアバターの挙動に影響が出るだけで、実際に精神が病む訳じゃなかったベルセルクや混乱、恐怖、魅了といった状態異常を治す薬が、本物の心の病に効くのかと疑いたくなる。しかし、嘘のように効いてしまうのだろう。治るのだから良い事のはずなのだが、人の心が、そんな簡単に左右されて良い物なのかと思うのは、人としての無自覚なプライドではないだろうか。

 シェリーさんはもう一度、隣の部屋へ行き今度は女性物のショルダーバッグを持ってきて、選り分けた回復アイテムを詰め始めた。しかし疑問がいくつかある。

 「すみません、初めて見るアイテムが幾つかある上に、それの使い方が分からないんですけど」

 名前で何となく効果は想像つくが、肝心の使い方が分からなかった。

 「ん?あぁ、そうか君の時にはまだ瞬間回復とか省モーションアイテム無いのか」

 「なんです?それ」

 「プレイヤーの平均レベル帯の上昇やレベルキャップ開放、新装備の追加でPvPはどんどん高火力、高速化していってな、従来のアイテムでは使用モーションと回復の待ち時間が相対的に長くなってしまったんだよ。前衛職のDEX値じゃモーションの速度補正も追いつかない所まで来て一時期は高レベル同士だとお互い少しぶつかり合っては少し引きを繰り返すテンポの悪い戦いが増えたんだ。運営スタッフ側の演出したいゲーム性とは乖離してきたと判断されたらしく、瞬間回復と省モーションアイテムが追加されたんだ」

 「HPを瞬間的に回復できるアイテムなんて有ったら、勝負がつかなくなりませんか?」

 「さすがに従来の回復薬とは差別化されてるよ。物によって連続使用にクールタイムが有ったり、回復量が小さく設定されてたりするんだ。それに瞬間回復系はHPやMPの総量が少ない低レベル救済って側面も大きかったかな、これのお陰で低レベル帯のプレイヤーがより上位陣と連携が取りやすくなった。ただしどれもこれもNPC販売は無く、アルケミストにMOBからのドロップアイテムで作って貰うしか無いから、安定した供給を得ようと思ったらギルドへの在籍は不可欠だったり、物資調達力によるギルド間の戦力差拡大とか問題が無かった訳じゃないけどね」

 「ところで使い方の方は」

 「あぁ、ごめん、今は関係ない話だったな。使い方は見た通り、符は貼ればいいし霞は霧吹きだから掛ければいい。鈴は封を破れば固定されてた中の振り子が外れるから後は鳴らすだけ。けれど自分以外に使う場合は対象にくっ付けるくらい直ぐ近くで鳴らさないと効果ないから注意な。そんでもって結晶は使用対象の胴体に接触させた状態で使用を念じればOKだ」

 「従来の回復薬と違って飲み込む動作が必要ないと」

 「そういう事。君の話を聞く限りだと、パニックの程度はかなり酷いみたいだし、それじゃタイミング悪いと薬を飲ませる事すら出来ないと思ってね。だから念の為に飲めなくても使えるタイプも入れておくよ。…………これでよし。ほら持って行ってやりな、使わずに余った奴もそのままあげちゃっていいよ。ただしバックだけは持って返って来てね、それちょっと気に入ってるから」

 アイテムの詰まったバッグを渡される。至れり尽くせりである。

 「やけに数が多くないですか?」

 それぞれ一つずつかと思いきや複数個入っている。特に鎮静剤が多い。

 「心の傷はそれじゃ治らないからだ」

 「どういう事です?」

 これで大丈夫だと思った矢先に、梯子を外された気分になる。

 「あくまで鎮静剤はパニックを鎮めるだけだから、それの原因である記憶まで消し去るわけじゃないんだよ。一度鎮めても原因が無くならない限り何かの拍子にまたぶり返す」

 「それでは意味が無いのでは?」

 「無くはないさ。発作がないだけでも身体への負担は大きく減る。過呼吸や嘔吐、不眠が続けばそれだけで人間は簡単に追い詰められる。今がそうだ。それを怪しい香と違って、副作用無しで抑えられるなら飲む価値は有るだろう。精神科医じゃないから明言するのは避けるが心の傷はそうやって症状を抑えながら、冷静に自分の記憶と向き合えるようになるのを待つしか無かった筈だ。この辺だけはいくらゲームの世界といえど現実と同じなのかもな」

 「けれど効果の程は実際に使ってみなければ」

 「自分で使ってみたから解るんだよ。頭が可怪しくなりそうな、行動に支障をきたすような激しい衝動だけは鎮めてくれるが、その原因が取り除かれる様な事はない、記憶が価値を失ったりはしない。感情が無くなるわけでもないんだ。手持ちのアイテムは全部試したけど、どれも表面的に冷静でいられるだけで、その裏側ではしっかりと感情は機能したよ。アイテムなんかに大切な人を奪われたつらさや人恋しさは消せやしないんだ。だんだんと鬱積していくような気すらしている」

 初めて会った日に、軽口を叩いて泣かせてしまったことを思い出す。涙をながす割には、妙に冷静だったので彼氏に会えないというのも、案外平気なのかと思っていたが全くそんな事はなかったようだ。自分が気がつけ無かっただけで彼女も苦しんでいたのかと思うと、こうやって頼りにしてしまって居る自分が、どうしようもなく情けない人間に思えた。

 「それならどうして俺が君とこうやって平気な顔して話していられるかと言うとコレのおかげだ。一時的に症状を抑えた位じゃ駄目なら、装備で耐性つけて継続して抑えこんでしまえば良い」

 僕の心配を他所に、シェリーさんは自分の現状の告白を何とも思ってないかのように説明を続ける。そして何時かのように指輪が見える様に手の甲をこちらに向けた。防御や各種耐性を、その指輪に頼っていると聞いた覚えがある。

 「薬と装備で厄介な症状を抑え、その間に原因を取り除いて根治させる。これが彼女の治療の流れになるはずだ。ただし、装備で症状を抑えると言ってもな……」

 言葉の途中、右中指の金属製のアーマーリングを外し、こちらに放り投げてよこした。常に付けているから重要な指輪かと思っていたが扱いが雑だった。

 「っ!いってぇっ!」

 顔の前で指輪を受け止めた手が、飛んできた指輪の勢いを殺しきれず、そのまま自分の額を殴ってしまった。見た目にそぐわぬ重さに、意表を突かれたのだ。こんな小さな指輪が持っているだけでも掌に食い込んでくるくらい重いだなんて、想像できるはずがなかった。

 「この指輪、馬鹿みたいに重いんですけど」

 「メイガスバックラー、指輪の癖に盾になるユニーク品だ。高レベル帯の装備とはいえ所詮メイジ向けの指輪だから要求されるSTR値はたかが知れている。だから君でも持つ事くらいは出来るけど……、ちょっと装備してみなよ」

 説明を聞くとどうやら渡されたのは、状態異常耐性が付与されている指輪とは別らしい。先程の話を聞く限り、僅かな間でも外すのは躊躇われるのかもしれない。

 言われるがままに装備してみる。指のサイズが合わず途中までしか嵌められなかったが、彼女の言いたいことが分かった気がした。

 「力が吸われてる様な、いや、でも別に何か持って行かれてる訳でもないし……。妙な負圧が有りますね」

 「その指輪を装備するのに最も必要なステータスはINT値だ。君は付ける事が出来ても障壁を作れるような感じも、防御力が上がった実感もないだろ?今の俺はその指輪が要求してくるもの、便宜的に魔力と言っているがそれを利用して魔法を使ったり、INT値が必要な装備を稼働させているんだ。ステータスだとINTって言ってるけど、これって別に頭の良さに関係してるわけじゃないっぽいんだよ。魔力の出力とか、扱いに対する理解とかそこら辺だ」

 指輪を投げて返すわけにも行かないので直接手渡しで返す。

 「つまり、リリヤさんでも扱える状態異常耐性の指輪を買えば良いと」

 指輪をはめ直しつつシェリーさんは説明を続ける。

 「別に指輪じゃなくても構わないよ、むしろ指輪だと値が張るしINTやMNDの必要値が高いことが多いからお薦めしない。全身鎧のくせに防御力が微妙で、その上しょぼい状態異常耐性しか付与されてない様な装備としては頼りなくて捨て値になってるようなのが狙い目だ。流石にこれは極端な例だけどね、女の子に全身鎧つけて暮らせなんて無茶なことは言えないし、元よりSTRも足りないだろう。要は症状を抑えることだけが目的なんだから、必要最低限の異常耐性を得られ、尚且つプレイヤーからの評価の低い物で十分なんだ」

 「なるほど。でも待ってください、僕はリリヤさんのレベルもステータスも知りませんよ?確認のしようも無いし」

 「スカウトのアナライズ系のスキルでも分からないか?具体的な数字はともかく索敵スキルみたいに感覚的にでも」

 「いえ、僕はスキルポイントを殆ど索敵と視界補正と、あと幾つかの初歩的な攻撃スキルと運動スキルに使ってるのでアナライズ系は取ってません」

 「なんでそれで判定がスカウトに成るんだよ……。もう君のビルドやプレイスタイルにとやかく言うのは辞めるよ」

 僕の答えにシェリーさんは残念な話を聞いた様に意気消沈してしまった。其処までがっかりされると悪い事をしたような気になってしまう。

 「そうなると装備レベルもステータス要求も無いやつにするしかないな」

 「そんな都合の良いもの有るんですか?」

 「有るよ。しかし君って本当に攻略情報見てなかったんだな。御使の設定の事といい、君が本当に俺と同じゲームをプレイしていたのか疑いたくるよ」

 「何ですか急に」

 「件の装備は装備制限の無いユニーク品としてそこそこ名前知れてる筈なのに君が知らないからさ。レア度低いし、上位互換が幾つも有るせいで今じゃゴミ装備として有名だけど、プレイヤーのレベル帯が低く市場に出回ってるユニーク品自体が少なく、上位互換装備も未実装だった頃は評価もそこそこで、良く売りにも出てたはずなんだが……。なぁ、その辺に近い時代で最近までプレイしてた君が知らないってどういうことだよ?外の攻略情報見なくてもゲーム内で売りに出されてる装備位は見るはずだろ?まさかプレイヤーからは物を買いませんでしたとか言わないよな?」

 「いや、流石にそんなこと言いませんよ……、ただ忘れてるだけかも知れないじゃ無いですか。ちなみに何ていう装備ですか?」

 「霊長の軛」

 「あ、知ってますそれ」

 「知ってんじゃねぇかよ!」

 シェリーさんがローテブルを下から蹴る。重厚な造りのそれが少し浮いたことに驚く。あと値段が高そうなので肝が冷えた、グラスを避けておいて正解だった。

 「ご、ごめんなさい」

 「いや、こっちこそすまん、変な所でキレて」

 「衝動は抑えられるんじゃなかったんですか?」

 「蹴ったのは衝動じゃねぇよ、君が腹立つ抜け方してるからわざわざ蹴ったんだよ」

 「余計恐いですよ」

 「お巫山戯は是位にして、どんな物だったかも思い出せたな?ん?」

 お巫山戯だったのか。けれど彼女の言葉には何処かまだ険があるような気がする。

 「流石に思い出しましたよ……、でもあれは高くないですか?600万くらいが相場だったはずですよ?」

 装備部位は首の、ネックレス系の装備だ。彼女はゴミ装備というが、確かに状態異常耐性しか付いていないとはいえ、その耐性値も高めで、対応している状態異常の範囲も広く、装備者を選ばない優良品のはずだ。

 「あぁ、やっぱ当時だとそれ位するよな。けどその7年後には10万まで暴落するぞ。それでも売れるかどうか分からんくらいだ」

 「そんなに下がるんですか」

 「アイテムの応用範囲が広がった今ならまた値上がりしそうだけどな。現にこうして需要が生まれている訳だし」

 「それも心配ですけど、あとはどうやって入手するかが課題では」

 プレイヤーが売りに出したアイテムを検索するシステムが無い今では、入手に時間がかかりそうだった。

 「いや、物は俺が持ってる、持ってるんだけど……」

 「何か問題でも?」

 「いや、倉庫がヤバイことになってて」

 「ヤバイ?」

 「物が多すぎて何処に有るか分からねぇんだよ」

 「あー、やっぱり高レベルだと持ち物も多くなるんですね」

 「多いにしてもあの量はちょっと……、君の荷物は倉庫内でどれくらいのスペース使ってた?」

 「4帖間くらいのスペースでしたけど」

 以前なら受付で、表示されるGUIのアイコンを操作するだけで物が出し入れできたのが、自分の手で出し入れしなければいけない只の倉庫になっていたのだ。堅牢な鍵や守衛がいて、管理はされては居るが今では本当に只の貸し倉庫なのだ。

 「そうか……、俺の方はな、第三倉庫がまるまる俺の物だけで埋まってるんだ」

 「……はぁ?いやいや、あの倉庫って現実の物流センターくらい有りますよ?それが埋まるって」

 いくら何でも多すぎる。

 「好んで俺から物を買う人って少ないから、昔から拾った使わない装備も溜め込みがちだったんだけどな。だから霊長の軛なんてまだ持ってたんだけどさ……、まさかあんな事になるとは思わなかった」

 「ではネックレス一つを探すために倉庫の中を探しまわらなきゃいけないと」

 プレイヤーの携帯アイテムのインベントリすら無くなった今では、アイテムをデータとしてスタックするという体積を省略する手段が存在しないため、保管にも物理的な空間を必要としてしいる。その事による弊害であった。

 「そうなるな」

 シェリーさんは探す手間を想像して、それだけでうんざりしているようだ。

 「有るのは分かってるしカテゴリ毎に整頓されていたから大丈夫だよきっと」

 余裕を装って見せるが少し笑いが乾いている。

 「何から何まで世話になってばかりですね、僕」

 「だから水臭えよ、気にすんなこれくらい。それに言っただろ、症状を抑えるだけでつらいのには変わらないんだ。根治させたいなら本当は専門医のカウンセリング受けさせるなり出来れば良いんだろうが、そもこの世界に専門医が居るのかすら不明で、不安材料はまだ有るんだよ。だから本気で助けたいならまだ油断しちゃ駄目だ、ちゃんと支えてやれ」

 「はい」

 「よし、それじゃさっさと行ってきな」

 「すみません、最後に一つ」

 「なんだい?」

 「何故、ここまでしてくれるんですか?」

 自分がオーナーと同じことを言っている事に、聞いてから気付く。

 「求めるならばまず与えよ、だ。君に頼みたい事が有ってね、本当ならそっちの話するつもりだったんだけどな」

 彼女の回答は解りやすいものだった。そう言えば、午前中に本題はゆっくり話せる場所でと言っていたのだ。

 「しかし今の君は何か頼み事出来るような状態じゃないから、そういう事だ。さぁ、話しが長くなるからっさと行け、何度も言わせるな」

 「話が長くなるのはシェリーさんの癖では……」

 「あぁ?」

 シェリーさんのドスを利かせた声と睨むその眼は完全にチンピラのそれである。

 「行ってきます」

 「そうだ、ちょっと待って。薬を飲ませたらもう一度この部屋に来てくれ。念の為に結果を知っておきたい」

 「分かりました。でもこれからリリヤさんのところと往復すると日を跨いで深夜になりますよ?」

 「構わんよ。それに君もこの部屋の宿泊客にしてあるから、何時でも自由に出入りできるぞ」

 「こんな高そうな部屋をそんな気軽に」

 「そうでなきゃ、こんな時間に客でもねぇ奴を部屋に入れられるわけ無いだろ」

 「言われてみれば確かに」

 「ほら、三度目の正直だ。今度こそ行って来い」

 邪魔そうに手をひらひらと振られ、部屋を追い出された。

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