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10月9日(木)

「み、海月?」




 ベッドの隣でおそらく今まさにわたしを起こそうとしていた父が、突然飛び起きた娘にどん引きしているけれど、悪夢からやっと目覚められたわたしにはそんなこと関係ない!




「…ゆ、夢!?ああーっ!夢!夢でよかったああああああ!」




「…ど、どうしたんだい海月?今日は元気だね…」




「おはようお父さん。もの凄い悪夢を見ちゃったの。でももういいの。夢だから。忘れる。そう、あれは所詮夢。夢でしかないの。ああ本当に良かったっこっちが現実で!」




「全然もう良いって顔してないけどっ…ひぃ」




 じっと父を睨めば震え上がっていた。人が折角忘れようとしているのに…。




 寝起きから気分は最悪なんてものじゃ無かった。そもそもどうして昨日初めて名前を知ったような由路翔ユロショウなんかがわたしの夢に出てきたのだろう。あ、ダメだ。考えているとまたムカムカしてくる。わたしはイライラと額を押さえた。

 



「どしたの、海月。すんごい、シワ寄ってるけど。眉間に」




「友美、それが…」




 登校しても気分の悪さは減るどころか増す一方だった。こんな時は友に聞いて貰うに限る。早速わたしが友美にグチを零そうとしたときだった。




 キャーーーーッと空をつんざくような、最早暴力にも近い金切り声が上がった。しかも複数だ。




「えっ、何?」




 わたしは耳を押さえてきょろりと周りを見渡した。教室内には特に異常はなさそうだった。そもそも音はもっと遠くで聞こえた気がする。




「おっ、これはもしかして八組の王子のお出ましかぁ?」




「友美、友美」




「ん、どうしたの海月。まさか海月も王子に興味あるの?」




「王子?それより、誰かに何かあったんじゃ無いの?尋常じゃ無い悲鳴だったよ…助けに行った方が…」




「ははーん。さてはお主、知らないと見た」




「えっ、何が?」




「先週、八組に転校生が来たんだよ。しかも、ハーフ!どっかの王族かってぐらい綺麗な顔してるし、なんと言っても金髪碧眼!今、彼が学校中の乙女のハートを射止めているってもっぱらの噂よ。今の悲鳴は大方、ウワサの王子を垣間見て血圧上がっちゃった恥ずかしがり屋の乙女達の悲鳴でしょ。問題ないない。あーあたしもちらっとでいいから見れないかなぁ王子」




 教室の中からざわざわとする廊下を見るが、誰も通りかかる様子はない。




「わわっいたいたぁっ!って、ちょっと海月どこ見てんの!逆!中庭よ中庭」




 慌てて友美の指す方を振り返れば、確かに、いた。絵本に出てくる王子様がそのまま抜け出してきたような姿。重い色の学ランが少しミスマッチかな?彼に一番似合うのは白銀の衣装に違いない。沢山の女の子に囲まれて楽しそうに話している王子様。その距離はだいぶ…近いな。外国育ちなのかな。と、見ている間にも女の子の頬に王子が優しくキスをして、ぎぃやあーーーっ!と悲鳴が上がる。ああ、中庭なんて目立つところであんなことするから…。




「はぁ~カッコイイ…」




 友美は頬杖をついてぽやんとした顔をしている。




「確かに日本の婦女子ドストライクみたいな顔してるね。でもチャラいよ。付き合っても無いのにキスとかしてるし。女の子いっぱい侍らせてるし」




「いいの!あれは鑑賞用!間違ったって王子のお手つきになれるなんて考えても居ないから、みんなの王子であってくれさえすればいいの。はぁ~ん王子ィ~♡」




「と、友美?友美?」




 よくわからないことを呟く友美をぺしぺしと叩いてみたが、彼女は夢の世界の住人になって頭の中にお花畑を咲かせているようで、全く現実世界に戻ってきてくれない。




 王子、恐るべし。




 けれど、この王子チラ見事件があったおかげで、わたしの目覚めの不愉快さもどこかに行ってしまったみたいだったので、まぁ、良しとしよう。




 そもそも、夢の話だ。気にする方がバカみたいである。




 わたしはお風呂上がりに髪を乾かしながら、そう結論づけると、満足してベッドに寝転がり瞳を閉じた。今度は変な夢を見ませんように…と祈りながら。




 しかし、わたしの願いは神に通じなかったらしい。




 三度目ともなれば最早お馴染みになったピンクの線で縁取られた視界に、わたしはため息をついた。日付は、10月15日(水)となっている。視界の向こうは学校だ。突如、ドンッと視界が揺れる。




『あ…ごめんねキミ…大丈夫?』




 下に、「アレクサンドル:『あ…ごめんねキミ…大丈夫?』」と出た。あ、アレクサンドルぅ?そんなキラキラネームの人果たしてこの田舎の学校に居ただろうか。居たら相当な噂になっている筈だけれど…。漢字は亜玲苦参$とかだろうか。かわいそうに…暴走族のような当て字をしながらもかなり無理矢理つけられた西洋風の名前のせいで、のっぺりした純日本人顔の子供が、学校という出る杭は打たれる世界でどう扱われるか、名付けの際に親はちらとでも考えたりはしないのだろうか。しないんだろうな。そんな客観的な視点があれば、そもそもそんな名前をつけようと思わないに違いない。




 そんな同情心が沸いたが、一瞬でどこかへ消え去った。衣擦れの音と共に、視界いっぱいに今日中庭で遠くから見かけた「王子」の顔がドアップで現れたからだ。わたしは思わず手を打った。




 あぁ~この人がアレクサンドル!それなら納得。この金髪碧眼で逆に「太郎」とかの方がいじめられるわ。この人、顔だけじゃ無くて名前もアッチの人なのね…そう言えば友美がハーフとか何とか言ってた気がする。




「アレクサンドル:『あ…ごめんねキミ…大丈夫?』」の下に並列して文字が現れる。「大丈夫です。お気になさらず。では」と、「大丈夫じゃないです…あなたに見つめられているから…」…。…えっ!?おかしいよね、おかしいよね、後半の選択肢!




 しかし三角のマークはぴこん、と軽い音を立てて「大丈夫じゃないです…あなたに見つめられているから…」の前に出てしまった!




『フフ…かわいい子猫ちゃんだ…』




 きゃらりらら~んと音がして、いつかも見たような真っ赤なハートがアレクサンドルの笑顔の横に出てくる!その色は最早、毒々しく見える…。わたしは泡を吹きそうだった。なん…っなの、これ!言うわけ無い!そんな気色悪いこと!




『おいで…』




 アレクサンドルは気持ち悪い猫なで声を出して、わたしの手を掴んだようだった。いやー!やめてー!砂糖を吐くような台詞が生理的に受け付けなくてもうわたしの体中サブイボだらけ。しかしそこで、ぱらららら…と音が聞こえた。この音は!とわたしは期待も露わに顔を輝かせた。この音は、日付がめくられる音だ。場面が変わる!どうか、この気持ち悪い台詞を呟く男の前から逃げ出せますように…。




 日付は、11月21日(金)に変わった。…ん?この日にちにも見覚えがあるような…なんか、いやぁ~な予感が…。




 どうやら、場所は屋上のようだった。空と、白い床が見える。そして一拍おいて、画面にどーんっとアレクサンドルの顔が映し出された。うわーなんでなんでやだやだやだっ。こーゆー吹けば飛ぶような軽い人種とは関わりたくないんだってば!わたしは目の前でハエを払うようにぱたぱたと手を振ったが、視界いっぱいに見えるアレクサンドルの顔は悲しいかな、微動だにしなかった。




 う、わ…。真面目な顔してる!なんか真面目な顔してるよ!




『海月…愛している』




 ハイハイ誰にでも言ってるんですよね、わかります。




『君だけだ、僕をちゃんと見てくれたのは。僕の外見に惑わされない女性は』




 ってみんなに言ってるんですね?わかってます。




 何故かそこですっとアレクサンドルが片膝をついてしゃがみ込んだ。




『…わたしのただ一人の姫になってくれないだろうか?』




 ぞぞぞぞぞぞー!




 いやっ、今、もの凄い鳥肌の群れが!




 姫とか、素面で言えちゃうところが、もうなんか、逆に凄い!




 そして選択肢が出た。「はい」と「ムリ」だ。どう考えても答えは一つ。「ムリ」だ!「はい」と「いいえ」じゃないあたり、この選択肢はわたしのことをよくわかっている。




 さあ言え、言うんだわたし!無理だと。あなたのような女の敵、生理的に受け付けないのだと!




 しかしなんだかもうこの選択肢はわたしの神経を逆なでするのが大好きなようで、ぴこん、と、「はい」に、矢印が…。




 ぱあっと花がほころぶように笑顔になったアレクサンドル。




『誓おう。君を永遠とわに愛すると…』




 そして、わたしの手を取り、くちびるを寄せ…。



















 朝一番、ベット横の壁に拳を叩き込んだわたしを誰も責めることができないだろう。

こんにちは。

遅くなって申し訳ありません。まだまだ人物紹介の段階です。

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