拾得者と拾得物
「魔学者に無性体ねぇ」
「お前のことだから、今の説明で理解しただろ?」
「まぁね。というか、自分の現状を見ればそれなりに理解するし、あなたがくそむかつくのもよく分かるし」
「あ?なんだよ、最後のは。むかつくなんて、お前にだけは言われたくないぜ」
「なんでこうも、上からなのかしら?魔学者だからってそんなに偉ぶらなくたっていいでしょうに」
「うるせぇな、お前だって俺に教えを請う立場のくせして、ずうずうしい」
額中央から分け、緩やかにくせをつけてうねる青く長い髪を鬱陶しげにかきあげる骨格が細めな人物。
そして、それに相対するのは銀に赤が混ざった独特の赤い色をしたくせのない真っ直ぐな長い髪をぐしゃぐしゃとかき回す、一回りほど大きい骨格が少し太めの人物。
青髪は全て伸ばしきっているが、独特な色を持つ赤髪は前髪を長さもまちまちに揃えることなく切っているようで、それはそれで鬱陶しそうである。
そんな2人が、険悪な雰囲気を醸しながらやり取りをしていた。
「とにかく、俺が拾っちまったからには、異世界物在留登録に行くしかねぇな」
がさつな男言葉を使う赤髪は、骨格が太めであることと共に首筋も太く、筋肉質。顔つきも相対している青髪と比べて、男性のようにごつごつとした輪郭をしている。
ただ、男性と言い切るには如何せん、中性的過ぎた。黄金に輝く瞳は目尻にかけて猫の目のようにつり上がり、化粧をせずとも長い睫毛は瞳を囲むかのように整然と並び、計算され尽くしたかのような秀麗な美貌から女性とも判断できる。
「そんな、人を拾得物みたいに」
「実際そうだろうが。お前だって口で文句言いながらも、それぐらい分かってんだろ?」
「もー、いいじゃない。文句ぐらい言わせてくれたって!分かってるわよ。拾得者の義務で、拾得物を在留登録しないと拾得者義務違反で永久追放…だっけ?」
忌々しそうに眉をひそめるのは、赤髪に対する青髪だ。青髪の使う言葉は女言葉。つるりとした流線型の骨格をしており、骨格的に赤髪より一回りは小さいようである。
しかし態度は大きいが…ともかく、この青髪も赤髪に比べれば柔らかな印象を受けるが、顔形が古の人々が描いた宗教画の天使か神のような人にはない、神々しさが感じられた。赤髪が神々しさを青髪に感じるかは別として。
「そうだ。一応、名目上は半永久追放ということになってるけどな…」
「ものすんごい、めんどくさそうね。私が勝手に在留登録に行ってくるわよ?」
赤髪の表情から、大変そうだと読み取った青髪は大変なら1人で行こうかと、妥協案を提示した。わざわざ赤髪に連れて行ってもらい、在留登録をする必要は青髪にはなかった。
「…いや、俺が連れてく」
「あっそ。私、何にも分からないから任せるわよ」
しかし、赤髪は口をつぐみ逡巡したのち自分も同行すると宣言する。嫌々連れて行ってもらう必要はなかったが、青髪にしてみれば右も左も分からないこの地を行くにはこの上ない手助けである。手助けをしてくれるのであれば受け入れる。
特に表面上青髪は喜ばなかったが、手助けを素直に受け入れるような、来るものを拒まない性格であった。
「少しぐらい手伝えよ、居候」
「うーん、少しならね」
整備された道を赤髪と青髪は歩きながら、会話をしている。青髪の異世界物在住登録をするために、専門の施設へ向かっているのだ。
「なに、この世界の名前?」
くせひとつない直毛の赤髪は思いがけないことを聞かれ、 声のトーンを上げた。
「そう。だってここは、私のいた世界と並行の世界ということが分かっているんでしょう?私のいたところは並行世界という概念があっても他の世界が見つかっていないから、事実とは認識されていなかったし世界自体に名前はなかったのよ。でもここは50もの世界が見つかってる。ってことは、区別のためにでも、何かしら名前があるに違いないって思って」
私のいた世界、ということは青髪はこの世界の住人ではない。
そのため、異世界物在住登録など以前にこの世界について、前述通り右も左も全く分からないのである。
「なるほど、言いたいことは分かった。 暫定的にだが、お前の世界はエリア11と俺たちは呼んでいる。――この世界はエリア24だ」
「…何それ?ちゃんとした名前じゃないの?」
「お前の言う、ちゃんとした名前とは何か分からんが…俺のような魔学者は全ての世界をエリアと数字で統一しているぞ。いくら自分の所属している世界だからといって、この世界だけ明確な呼び名を使うのは差別だろう」
「そうなの。じゃあここでは見つかっている50の平行世界の呼び名はエリア1から50まであるの?この順番は何?」
「それは並行世界の並び方だ。例えば、お前の出身であるエリア11とエリア12は隣り合ってるってことだ」
「あらそう。ホントに平等というか…」
「そうだ。とは言っても一部の人間は周知している呼び名と別に呼んでいる名があるらしいが、俺は知らん」
「まぁ、それはどこでもあることよね」
「ねぇ、私の後見人はあなたなのね」
「そうだが?何か問題でも?」
「そうならそう、って事前に一言ぐらい言ってくれたっていいでしょう」
「どうせ在留登録の手続きで知ったんだからいいだろ。手続きしたのも俺だしな」
そのぐらい途中で気が付け、と赤髪の視線が述べているようだ。青髪は苛立ったが、その視線をなかったことにした。
「…いいわ。で、私はあなたの弟子になったの?」
「ふん。ただの居候から俺の弟子に変わって良かったな」
「…対して変わらないわよ!」
「正確には、今のお前は魔学者ヴィクトール・エドゥルアルト・ヴィクトロの助手兼魔学者見習いだぞ」
「何?そのくっそ長い噛みそうな名前」
「……俺の名前だ」
「あっ、そうなの」
「…おいこら、最初に自己紹介したよな?」
光の加減で銀にも見える赤髪を持つ金色の瞳をした美貌のヴィクトール・エドゥルアルト・ヴィクトロは心底呆れながら、呆けているくせ毛の青髪を見やった。
「…いや、ほら、長くて覚えられなかったし…そ、それどころじゃなかったし…」
「だからお前、俺のことを名前で呼ばなかったのか」
「いや、いや、ほら、ただの居候がむやみやたらに名前を呼んじゃ悪いかと!」
青髪はヴィクトール・エドゥルアルト・ヴィクトロの威圧するかのような視線に晒され、口元がひきつるのを自覚した。
あり得ないが、何となく生命の危険さえ感じる。
「言え」
「は?」
「俺の名前」
「えっと…まず、どれが名前?」
「ヴィクトール」
「あ、それか…」
「名前」
「と、とか言っちゃって!私の名前も覚えてなかったり!自分だって私の名前を呼ばないじゃない」
この時、青髪はなぜこの眉を寄せ不愉快そうに自らを見据えるヴィクトール・エドゥルアルト・ヴィクトロに楯突くことができたのか、後に考えても分からなかった。
赤い髪を持つ人外ささえ感じる秀麗な美人を前にして詰問口調で攻め立てられれば、どんな猛将でも心が揺らぐに違いないのにも、関わらずだ。自分だけを責めるようにされ面白くなかった、という単純な感情には目の前にいる人物がどんな姿かたちをしているかは関係がないということなのか。
「リエ――合ってるだろ?名前がリエで名字がサカキ」
「そう、です。…なんだ、覚えてたの」
「お前の名前を呼ばなかったことに他意はないが、気になるようなら呼ぶようにする。定着していない異世界人を拾ったのは初めてだったからな、扱いに困ってたんだよ」
「あなたが困ってた?そうは見えなかったけど…そうなんだ…」
エリア11からの青髪の異世界人リエ・サカキは目前の赤髪の美人の表情を伺うように見た。
リエの世界エリア11ではヴィクトール・エドゥルアルト・ヴィクトロなどという口にしにくい名前はなかったし、聞いたこともなく、混乱している状況下で一度聞いて覚えろという方が遥かに無謀な話に思えた。無茶を言うなと言いたいぐらいである。
がしかし、命の恩人と言っても過言でない相手の名前を覚えてもいなかったことに多少の罪悪感は抱いたのだ。相手がこちらの名前を覚えていれば尚更。そのため、相手の出方を伺うような恰好になったのだ。
「そうだ。で、俺の名前」
「ヴぃくとる…?」
「何でそんなに舌足らずなんだよ。ヴィクトール」
「ヴィクトール…?」
「そうだ」
「呼びにくい名前」
「うるせぇな。人の名前にケチつけんじゃねぇ」
この神に使わされたかのような美人ヴィクトール・エドゥルアルト・ヴィクトロが姿かたちに似合わず、とてもがさつな振る舞いをすることをリエは既に知っている。
姿に似合わないからやめろ、などとおこがましいことを口にするつもりも毛頭ない。
だが、今回ばかりは些か文句を述べたい。
人の頭をそれなりの力を持って叩くのはやめていただきたい。