表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/33

貧乏少年のハウツー喧嘩道1

「あ……えっと」


 さて困った。

 貧乏少年は視線で明後日を探しながら小さく頬を掻く。


 少し背の低い彼を見下ろすニ×三の目は険悪そのもので、直視するには堪える。


「僕が頭を下げて……それで解決っていう正規ルートはこの際機能するんでしょうか……ね?」


 ひきつった愛想笑いと上目使いで、試しに口にしてみた。

 しかし、代わり映えしない目、目、目。


「……僕、その……忙しいのでこの辺で……」


 ぐいっ


 胸ぐらを捕まれて、体脂肪率8%の軽量級ボディは呆気なく吊し上げられた。


「……駄目ですよねーやっぱり」


 まさか、こんなところまで来ても神の機嫌は斜めだったか。

 お陰で雛由マヒルの不運体質は今日も絶好調だ。


 発端は一時間手前ほどまで遡る。





「……」

「さて、手続きは一通り済んだし……ん?」


 砂場に立てた木の枝みたいになったマヒルは言葉を失っていた。

 先程から何か言葉を紡ごうと舌を回しているのだが。


「……すごくおおきいです……」


 これしか出てこない。


「ふふ……でしょでしょ?」


 アユムはそんなマヒルの前に出ると、何故か自慢気に頬を弛めていた。


 目の前に建つ巨大な扉。

 年季の入った白い石造り門に、マヒルの口から溢れた感想。


「ロダン……」

「『地獄の門』とか言っちゃダメだからね。ここ学校だし正面玄関だし。」


 アユムの指摘に反応することさえもままならない。


 見る人が見ればそれとは全く別であると分かるが、素人が前にするには雰囲気がどうしても『圧巻』なのである。


「本当……とんでもないところに来ちゃいましたね僕は。」


 一日に何度そう呟けば足りるのか、正直分からなくなってきた貧乏少年だ。


 第五白波学園本校舎、正面玄関前。

 その光景を前に棒立ちのマヒルに、アユムはクスクス笑った。


「マヒルってば、入ってくるときはノーリアクションだったくせにね。」

「あれはアユムさんが引っ張るから……ていうか途中でジンさん撒いちゃうし……」


 故に二人だ。


 マヒルは先程までの事を思い出し、ぶり返してくる疲労感にため息をついた。


 手を引くアユムがあまりにも走るものだから、引きずられるマヒルは見学どころではなかったのだ。

 お陰で白葉寮から本校舎までの道さえ満足に覚えていない。


「で、今日はこれで?」


 汗だくのマヒルが期待を込めてアユムの表情を伺う。

 しかし、対する彼女の笑顔は首肯しない。


「まさか」

「……。」


 まだ何かやるらしい。

 疲労が増した気がする。


 アユムは足を進めながら指折りしつつ挙げていく。


「まだまだ見てもらいたい施設がいくつかあるし……えっとね、学校では制服の注文書は発行してもらえるけど、採寸とかは出来ないから指定の場所でお願いしないといけないんだよ。」

「ちなみに、一番近い場所でどれくらいかかります?……距離的に。」

「ここから徒歩二十分。巡回のバス待つほどでもないし、ここの見学もかねて歩こ?」

「……ジーザス」


 心なしか日差しが強くなった気がした。

 真夏の太陽は都会のど真ん中でも海のど真ん中でも変わらず容赦という言葉を知らない、残酷な奴だ。


 マヒルが額にかいた汗を拭っていると、馬鹿に元気だったアユムがふと首をかしげた。


「あれ……うーん……でも何か忘れてるような……」

「え?」


 マヒルが見上げると、アユムはぶつぶつと独り言を繰り返していた。

 そして、ぽんと手を打った。


「あ大変。研修の報告忘れてた。」

「え?」

「あ、こっちの話。マヒル、少しブラブラして時間潰してて!すぐ戻るから。」

「え、でも……」

「じゃ、コレ。私の分とマヒルのも何か飲み物買ってて欲しいな。私ポカリで!」


 ポケットから取り出した財布をひょいと渡すと、アユムは校舎に飛び込んでいってしまった。

 マヒルが声をかけるが、その頃には彼女の後ろ姿はない。


「アユムさん!……って行っちゃうし……」


 マヒルはごそごそと頭を掻いた。

 見知らぬ地に一人置いてけ堀である。

 しかもミッション付きで。

 別に自販機での買い物を頼まれるくらいは問題ないのだが、見渡す限りには当の自販機が見当たらない。

 辺りをキョロキョロを見回すが、この学校の制服を着た生徒がちらほら見えるばかり。

 腕を組んで考えてみる。


「校舎裏とかですかね」


 案外、休憩処でもありそうなものだが。

 どっち道ここで立っていても仕方ない。

 見学がてらと、マヒルは足まかせに校舎裏へと向かうことにした。

 すれ違う制服の中でただひとりの私服はかなり浮きまくっているが、元より髪色やら容姿やら奇異の目で見られるのには慣れているので、この際は気にしない。

 壁沿いに歩けばいつかは着くものだろうと、ひたすら歩く。


「……。」


 そして後悔する。

 広い。


 馬鹿に広いグラウンドがあったり、頭上を走る長い廊下が見えたり、体育館らしき設備を発見したりと景色には飽きることが無いが、このとんでもない敷地面積が厭に体力を削りにくる学校である。


「なんのテーマパークですかここは……。」


 その内ネズミの着ぐるみでも出てくるかもしれない。

 本場に行ったことがないので深くは分からないが。


 そんなことを考えていると、ふと大きな緑が見えてきた。

 今度は何かと、マヒルは立ち止まり、そして口を開けた。

 大きな、具体的には大人一人がやっと抱えるほどの太い幹の大木があった。


 ありがたい日陰の出現に、マヒルは喜んで飛び込む。

 ちょうどその下にベンチを発見し、やっと息をついた。


 思えば、自販機の為にここまで苦労するのは初めてだったかもしれない。

 首都圏では、普通に歩いていても三分に一台くらいの割合で発見できるので、まさか探す日が来るとは思ってもいなかった。

 世界は広いもんである。


 国境を踏み越えることなく痛感。


 そんな事を考えつつうとうとし始めた、その時だった。


「……っ」


 複数の気配の接近に、まどろみかけた意識が覚醒した。

 歩き方の調子、匂い、雰囲気。

 知らない人物なのは明確だ。

 つまり、警戒に値すると判断すべき。


 全身の神経が張りつめて、いつでも逃避できる準備ができた。


 体の芯に叩き込まれたこの野性動物じみた癖は、十年あまりの都会生活の中でも薄れることなく、むしろさらに鋭く鍛え上げられていたようだ。


 ーー散々まわりを変人扱いしておいて、実は一番の異常者だったりする奴なのである。


「……反省しないと……ですね 」


 下手に動くことを非と判断し、マヒルはそのまま何気無くうたた寝をするモブい雰囲気を演出する。

 願うなら向こうも何気無く立ち去るモブで済んで欲しいものだが、と思いつつ。


 だが、これは他でもない、雛由マヒルの願いなのである。

 神は断固として聞き入れない処か、真逆に働きかけたようだ。


「オイ」


 ぎし。


 ベンチが軋んだ。


「……はいどうも。」


 声の調子やら相手の挙動やらで、ある程度何が起こったのかは理解するマヒル。

 今更狸寝入りも辛いのでおとなしく目を開けると、果たして、予想通りの連中が目の前にいた。


「ここで何してんだよ?あぁ?」


 着崩した制服に、整髪料でがっちがちに固めた派手な色の髪。それが計三セット。

 目付きやら首の角度やらは特筆するまでもなく、つまり貧乏少年は遭遇してしまったわけである。


 平成初期にまでちょこちょこいたような旧型の不良の一団に。


「……この島には絶滅危惧種までいるんですね」


 とは言うわけにいかず、マヒルは言葉を濁す。


「えと……少々うたた寝を……。」


 別に咎められるような真似したつもりはなく、マヒルは隠さない。

 視線が泳いでいるのはあくまで相手の目付きがきついというだけの理由だ。


「制服も着てねえし……ランキングも表示されねえな。ドライバ持ってねえのか?」

「えと……あはは」


 やはりここではドライバの携行が常識らしい。

 制服共々調達の必要がありそうだが、これはなかなか懐を痛めそうだ。

 いや、そもそも全財産千三百六十円の現状では痛める懐の在処さえあやしいのだが。


 そんなことをぼんやりと考えていたが、目の前の怒鳴り声ではっとする。


「聞いてんのか!?」

「すみません……その……」


「聞いてませんでした」とはさすがに言えない。


「寝起きで頭回らなくて……えへ」


 冗談での解決を試みたが、笑ったのは自分だけだった。


 ーーということで、冒頭に繋がるのだ。


 胸ぐらを掴んだ『不良A』は眉間に怖そうな皺を作りながら言う。


「お前、ここが俺たちの縄張りだってことは知ってるよな?」

「……」


 知らない。

 もっと言わせてもらえば知るわけがない。

 マヒルがここを訪れるのは初めてであるし、そもそもその主張の正当性さえもがあやしい。

 だが、それを馬鹿丁寧に言い立てた処で「そうですか」とはいかないだろう。それくらいは相手の顔を見れば理解できる。


「ヨソの奴がここ使いたかったらな?場所代払わなきゃいけねーってルールなんだよ。」

「ルールって……」


「ここ国有地ですけど」などという理屈は飲み込む。


「ごちゃごちゃ吐かすんじゃねーぞ?おとなしく金払えってだけなんだからよ。」

「いや、その……今は持ち合わせが……」


 払う気が無いのは動かない事実だが、実の処はそもそもの財布を今持ち合わせていないのだ。

 恐らく白葉寮に置いてきてしまったのだろう。


「無いとは言わせねーぞ?」

「え?いや、無いものは無くてですね……」


 と、そこで胸ぐらを掴んでいる不良の横にいた『不良B』がベンチから何かをつまみ上げた。


「じゃあコイツはなんだ?」

「あ。」


 その手にあるのは、先程借り受けたアユムの財布だ。

 あれを盗られるのは、かなり困る。

 マヒルは慌てて手を伸ばす。


「か、返してください!」

「返せだ?何言ってんだ、コイツは俺達のだろ」

「違います!アユムさんのです!」

「アユム?」


 不良Aは首を傾げたが、大して気にもとめずにマヒルを離した。


 そのままニヤニヤ笑って、三人揃って踵を返す。

 早速アユムの財布に手をつけながら。


「……むっ」


 カチン、とまではこなかった。

 だが、腹が立ったのは確かだった。


「ん?」


 肩を引っ張られた不良Bが驚いて振り向く。

 瞬間、その視界を謎の暗幕が覆った。


「うをっ!?」


 慌てて顔に両手をやると、その隙にその暗幕と手の中の財布が掠め取られた。


「野郎っ!?」


 驚きと怒りで頭を振ると、目の前には両手にそれぞれハンカチと財布を手にした白髪の少年が立っていた。

 突然の反撃に不良たちは三人揃って目を剥く。


「お前ッ……何しやがる!」


 ハンカチと財布をしっかりとポケットに仕舞うと、マヒルはきっぱりした口調を作る。


「あなたたちの請求は絶対に不当だと思います。だから僕はそれに抗議します!」


「なにふざけたこと言ってんだよ!」


 マヒルの予想通り、返答は拳だった。

 かなり大振りで、当たればかなり痛いだろう。

 もちろん、当たればの話だが。


 マヒルはひょいと上体をずらしてその拳を避けた。


「なっ!?」


 体重がこもっていたせいで泳いだ体へ、体当たりの様に肩をぶつけて押し返した。

 予想だにしないカウンターを鳩尾に食らった不良Aは咳き込みながら下がる。


「お……お前ェ」

「僕としてはそのまま何事もなく帰るのが理想ですけど、あなたたちがそうしないなら僕だって怒りますからね!」

「ふざけやがってぇ!!」


 完全に逆上した不良Aが腕を振り回すようにして襲いかかってきた。

 それでも結果は変わらない。

 マヒルは宙を漂う羽毛のようにひらひらと拳を避け続ける。


 相手が疲れを見せ始めると、急に弾いたように動きだし、その懐に飛び込んだ。


「っ!?」

「てあっ!」


 気合い。

 脇腹と襟首に手をかけて、大外刈の形で土台を凪ぎ払った。

 喧嘩は兎も角、武術とは縁の無かったらしい不良Aは受け身の「う」の字も知らぬままに地面へと叩きつけられてしまった。


「……。」

「……。」


 ぽかんと口をあけたままの残り二人の不良。

 そんな二人へ、マヒルは威嚇するように睨み目を利かせた。


「まだ来るなら、もっと痛いのをお見舞いしますよ」


 うー、ぐるるるる


 これが、もう少し凄みのある目なら結果はまた別だったかもしれない。

 でも、それが他の誰でもなく雛由マヒルだったわけだ。


 決定的な迫力に欠けたその柴犬のような表情が、相手にとっては反って挑発と取られてしまったらしい。


「なめてんじゃねえぞお前!」


「え?」


 マヒルとしては予想外の事態。


 顔を真っ赤にした不良二人は、揃って制服の袖を捲った。

 顔を出したのは、腕時計のような形をした装置。


 ドライバ、だろうか。

 ということは、どうなるかは言わずともわかる。


「リロード!」

「わっわっわっ!?」


 魔法を使われれば、流石のマヒルも勝てる気がしない。

 それでも、マヒルはその間合いに救われた。


 まだ、近い。


「ていっ!」

「なっ!?」


 マヒルの上段蹴りが、近くでドライバを行使しようとしていた不良Bの右手首を打ち上げた。


「痛てぇ!!」

「『ショッカー』!……どわっ」


 手首を押さえる不良Bを突飛ばし、魔法発動寸前のもう一人にぶち当てると、ちょうど発動した魔法で二人は仲良く倒れた。


 三対一、予想外の方へと上げられた軍配に人気のない校舎裏は静まり返る。


 勝った。

 勝ってしまった。


「ふぅ……」


 マヒルは大きくため息をついた。

 今回もまた、雛由マヒルは不運に打ち勝ったのだ。

 勝者の横顔は晴れやかとは言えないものの、安堵に包まれている。

 かなり焦ったが、どうにか財布は死守できたし、不良も成敗できた。

 あとは何事もなく逃げられればそれで十分だ。


 早く立ち去ろうと、足を踏み出すマヒル。

 ところが、それを狙う視線があった。


「『ノッカー』!」

「わっ!?」


 突然、背後から暴風に殴られたかのような衝撃が走り、たっぷり五メートル以上吹き飛ばされた。

 予想外の攻撃に、最低限の受け身で木の幹に叩きつけられる。


「うっ……うう」


 眩んだ視界の端に映ったのは、一番最初に伸したと思われた不良Aだった。

 他のメンバーと同じく腕時計の様な形のドライバを使用しており、魔法使用後の魔力の残子がちらついていた。


「野郎……手加減してやれば調子に乗りやがって……!」


 額に青筋を浮かべながら、頭を振るマヒルに迫る。

 その頃には他の二名も立ち上がっており、服の埃をはたいていた。

 思ったよりタフな連中だったらしい。


 直ぐに逃げる予定で反撃の手を最低限に緩めたのが仇になった。


「……ぐ」


 立ち上がろうとしたマヒルを不良Aが足蹴りで木に押し戻した。


「うあっ……」

「お前みたいな生意気なヨソモノにはきついお仕置きが必要だな……」


 拳を鳴らす音。

 マヒルが目を開けると、すぐ一発目の拳に頬を殴られた。

 そこから立て続けに、三人掛かりで殴る蹴るの暴行が続く。


 何処か切ったのか、口の中が鉄臭い。


「どうした?さっきまでの威勢は!?ああ!?」


 凶悪な笑みで左手を出すと、その手を支点に魔術の印が構成される。

 目が乾いてしまうほど見開き、それを見つめるマヒル。


 あれを食らえば最後。


 

 自己防衛本能


 排除しろ


 頭の中が真っ白になった。

 突然、スイッチが切り替わる様に。


「今さら泣いても遅……」

「ーーッ」


 それは、突然の変貌だった。

 額の前に出されたその手首を、いきなり肉食獣が噛みついてきた様な握力が掴んだ。

 ダメージが回復しきらず、まだ視点が定まっていない目が、白髪の隙間からギラギラと外敵の顔を捉えていた。


「ひっ!?」


 ギリギリと締め付ける白い手と驚きで、構成されかけていた印がぼやけて消失する。

 その隙に腕を引っ張られた不良はバランスを崩して前のめりに倒れる。

 その勢いを利用し、少年は額を大きく相手の顔面に叩きつけた。


「ぐおっ!?」


 鈍い音と鼻血を撒き散らした不良が、鼻っ柱を押さえて転げ回る。

 額から浴びた返り血が幾つもの縦筋を描く顔のまま、それはのそりと起き上がった。


「やべぇ!?」

「こ、こいつ……なんだよ気持ちわりぃ!?」


 悲鳴の様な裏返った声の出る他の二人を他所に、マヒルは転げ回る不良に飛び乗った。

 馬乗りに股がると、喉の気管目掛けて指を沈ませる。


「うげっ……!?」


 相手が白目を剥いて抵抗するのも全く無視し、首を締め続ける。

 バタバタと抵抗する腕は膝で押さえつけて、体重をかけて拘束する。


 端から見てもすぐに分かった。

 相手を怯ませる威嚇などではない。確かに殺そうとしている。


「嘘だろ……クソ『パラライザ』ッ!!」


 仲間による魔法の籠った拳が入らなければ、マヒルは止まらなかっただろう。

 後頭部にそれを食らったマヒルはごろごろと地面を転がり、『麻痺の魔法』の影響で全身を痙攣させた。


「大丈夫かっ!?オイッ起きろ!?」


 首を締められて意識を失いかけている仲間を担ぎ上げようとする不良たちだが、ぞわりとした気配で視線を巡らせた。


「……」


 魔法をまともに食らった筈の少年が、膝をガクガクと震わせながらも立ち上がろうとしていた。

 それを間近で見て感じたのは


「……嘘だろ……嘘だろ……」


 恐怖だった。

 それに駈られた一人が左手をマヒルの方と向ける。

 魔術の印が構成されて青白く光る。


「リロード!『ブラックスター』ッ!」


「バッ……!!」


 発動される魔法に、隣の仲間が泡を食って止めに入る。

 発動されようとしているのは、訓練以外での使用を禁止される直接的殺傷力を持つ魔法だ。


 肩を突き飛ばすような勢いの妨害が入ったが、一足遅かった。

 手の中に発生させた印の中心から細い『黒の流星』が生まれ、長い尾を引きながら放たれていた。


 銃弾のような速度で少年の眉間を狙う九ミリの魔力塊。


 全員が最悪の事態を想像した。


 しかし



「リロード『バックラー』」



 視界に青い霞がかかり、火花が散った。

 障壁に阻まれた黒い流星は、細かく砕けて煙と消える。


「……っ」

「オイ、クソども。お前ら生身相手に、しかも白葉寮(うち)の奴にL'level(リーサリティレベル)3以上の魔法を使うとは、相当な根性らしいな?」


 聞きなれた声に、マヒルはぼんやりした目でそれを見上げた。


 軽式の『障壁の魔法』で魔力の円盾を生成したジンヤが、マヒルと三人を隔てる様にして立っていた。


「ったく。面白ェから見てようと思ってりゃ、顔に似合わず散々な奴だぜ。」


 まだ立ち上がることを諦めていないマヒルの頭にげんこつを入れながら呟く。


「オイ、もう立つな。目ェイッてんぞお前。気持ち悪ィ。」

「……あ」


 更にもう一発入ったげんこつで、マヒルはぴくりとした。

 目がぐるりと回り、瞼を固く閉じて頭を振る。


「ジンさん……?」


 再び目を開くと、そこにはきちんと雛由マヒルがいた。


「見習いとはいえ、魔術師相手に喧嘩売るバカが何処にいるか?」

「……喧嘩じゃないです……立派な意見の主張です……」


 まだ麻痺が残っているのか頻りに頭を振ったりしているが、どうやら平常運転に戻ったらしい。

 ジンヤはやれやれと首を傾げた。


「なァにが『立派』だこのタンポポ頭。」

「タンポポじゃないです……マヒルです。」


「こ、紅ヶ塚(コウガヅカ)!?」


 そんなやりとりを遮ったのは、不良の狼狽だった。

 威圧感の権化のような日本刀を片手に、ジンヤは振り向く。


「あん?」


「何でお前がここに……!?」

「そ、そうだ!お前、校舎の方には近づかない筈じゃ……」


「うるせー、何処にいようがオレの勝手だろうが絶滅危惧種ども。」


 ハエを払うような仕草を交えながら言うと、得物の存在を主張するよう肩にかけた。

 それだけで後ずさる不良各々。

 不良のそれよりも質の悪い悪魔のような笑みがそれを見ていた。


「なんだ?怖いんならさっさとケツ向けてダッシュすりゃいいだろ。いちいち追いやせん。

 だいたい、オレもランキグ400程度の小者なんぞ興味ねェよ。」


 挑発的に細まる、鋭い傷の目。


「ぬっ……!」


 恐怖とプライドがせめぎ会うような表情で、最大級の反撃を試みる不良B。


「ぬ、な、ななんだとぉ!?」

「……おぉっと、失礼」


 パチン


 そんな音だった。

 居合いの構えで素早く鞘走らせた刀身が閃き、一瞬の軌跡を残して再び鞘へ還る。


「……あ。」


 一瞬の早業だった。


 不良Bの下腹部辺りが弾け、ベルトの金属バックルが真っ二つに割れた。

 元から緩かったボンタン風のズボンがするりと落ちて、白いブリーフが現れる。


「……あ……」

「すまんねェ、ちょいと深く踏み込み過ぎた……」


 喉からひゅーひゅーと声にならない音を出す白ブリーフ男に、再び得物に手をやったジンヤが好戦色の目を光らせた。



「うるせーハエがいたもんだから」



 それだけで済んだ。

 気絶したAを担いで、二人は吹っ飛ぶ様にして逃げていった。







「ほら、立てよ。風紀委員の連中にバレたら面倒だ。」


 ジンヤに肩を支えられて、マヒルは立ち上がった。


「すみません……世話やかせちゃって……」

「いいや。そうでもねェぞ。」


 ジンヤは欠伸をしながら言う。


「最初っから見てたし。」

「え?」

「門の前あたりでちょうどお前らが出てくるのに出会して。あのバカアユ一発ぶん殴ってやろうと思ったら一人でどっか行くもんだからさ。お前が一人でフラフラほっつき歩くの観察してたんだよ。」

「……じゃあ、僕が不良のサンドバックになるのも?」


 少しムッとするマヒルに、ジンヤは鼻を鳴らす。


「バカ野郎。あんなアグレッシブなサンドバックがあってたまるか。」

「……。」


 確かに否定はできないが。


 こうもけろりとされると、怒る気も失せる。

 もとからそこまで怒る気が無かったのも事実だが。


「でもお前な。幾らなんでも狂暴すぎんだろ?」

「え、僕が?」

「お前以外誰がいんだよ。」


 不思議そうな顔をすると呆れられた。


「最初はそこそこ筋のある奴だと思ってりゃ、途中からお前のほうが危険な奴だったじゃねェか。」

「ジンさんには危険って言われたくないです。」

「殴んぞ。」


 実際にげんこつを一発貰った。

 三発もげんこつを食らった頭頂部に鈍い痛みが残る。


「……。」


 少し涙目になるマヒルに気がついたジンヤは「やりすぎた」という意味を込めてその頭に手をのせた。


「……つか、冗談抜きなハナシ。お前、あんなんじゃいつか人殺しになるぞ?」

「……。」


 既視感。


 マヒルは口をつぐんだ。


「……人殺し……ですか。」

「そうだ。ありゃ喧嘩じゃねェよ。お前、目が気持ち悪ィ……あんなの普通じゃねェ。」


 聞いているようで聞いていないような目。

 ジンヤが視線を向けると、マヒルはそんな目で斜め上の空を見ていた。


「……わかってますよ」

「あ?」


 そのままの格好で、マヒルはぽつりと呟いた。


「……わかってても……僕は今さら普通になんてなれません」


 その目は、いつの間にか底無しの沼のような淀みを称えていた。


 ぞわり、と。

 背筋を這うような寒気に、ジンヤは一瞬言葉を失った。


「どうかしました?」


 マヒルの呼び掛けで、ジンヤは正気に戻った。

 そこにはきちんと、穏やかで柔和なマヒルがいた。


「はあ……あーあ」


 頭をガシガシと掻きむしるジンヤ。


「お前なァ、色々とアブノーマル過ぎんだよ……。」

「……。」

「あー……いい、なんでもねェや。はー……あーもう、なんかなァ……」


 居心地がすっかり悪くなってしまったジンヤはあちこちに視線を向けながらマヒルの前を歩く。


「ああ、おい。お前。ぽぽげ頭。」

「……はい?」


『ぽぽげ頭』と呼んだのは、恐らくさっきのことのせいで名前を呼びづらくなったからだろう。

 ジンヤはぼそぼそと「オレに付き合え」という旨の話を持ちかける。


「え?」

「いや……こういうときはな。その、あれだ。汗で流すのが一番なんだよ。」

「汗ならさっきからかきっぱなしなんですけど。」

「うるせーそっちじゃねェよ。スポーツだ、運動だ。」

「え?」


 首を傾げたマヒルにジンヤは言った。


「模擬戦闘訓練場。行くから付き合え。」

〇解説《L'level》

Lethality(リーサリティ) Level(レベル) = 殺傷度別等級制度

現代魔法において設けられた、その魔法(戦略魔法、魔動機その他諸々)の持つ殺傷力、周囲への被害などを審査項目にし、等級別に分けた制度。またはその等級。全世界共通となっている。

六段階儲けられており、数字が上がるごとに危険性、致死性が増す。

基準は以下の通り↓

L'level 1ー直接的、間接的殺傷力、破壊力を持たない魔法。例(通信用魔動機など。)

L'level 2ー直接的殺傷力はなく、致死性は低いが、対象への間接的な攻撃、傷害に繋がる可能性の高い非致死性攻撃魔法。例(麻痺の魔法(パラライザ)閃光の魔法(フラッシュ)威圧の魔法(フィアー)など)

L'level 3ー対象への限定的な直接的殺傷力、及び一定以上の破壊力持つ指向性攻撃魔法。国家若しくは認定組織の使用許可(コード(イエロー)以上)を必要とし、それらの責任外での使用は処分の対象となる。例(黒星の魔法(ブラックスター)、銃型魔動機、刀剣型魔動機など)

L'level 4ー対象への直接的殺傷力、及びその周囲への一定以上の被害が予想される範囲性攻撃魔法。L'level 3同様、使用には制限があり使用許可(コード(イエロー)以上)を必要とする。例(爆破の魔法(マイン)など)


5以上は、恐らく暫くは出ませんので、尺的にもまた後に回します。

それでは、次回もお付き合いお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ