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首都圏最速のバイト3

防護(レジスト)ッ!!」


 魔力の障壁で覆った両腕で衝撃を防いだが、それでも受け止めきれず真後ろに吹き飛ばされた。

 十メートルほど飛び、そのまま背中から壁にぶつかる。

 頭のなかが軋んで、体がバラバラになりそうな衝撃に襲われた。


「いたた……ドライバ無しだったら……死んでたかも」


 だが、おちおちへたってもいられない。

 歪んだ視界を無理矢理安定させて、現状を把握する。


 たった今自分を殴り付けた『ソレ』は、カシャカシャと乾いた音を鳴らしながら追撃を狙って走ってきた。


 白くて滑らかな硬質素材で出来た『ソレ』は、まるで顔のない裸のマネキンの様に見える。


「こっち……来んな!」


 立ち上がる代わりに、少女は銃身を持ち上げた。

 そのまま狙いを定めて引き金を絞る。


 短機関銃を模した形状のその銃は、形通りの性能で銃口から連続して火花を散らせた。

 形ない魔力を展開した式という枷で縛り、『熱』へと変換。凝縮化した20ミリ前後の弾丸は音速を越えるスピードで獲物を襲う。


 細長い足で走ってきた『ソレ』に、反撃の魔力弾を回避することは難しかったようだ。

 白い陶器のような胸に幾つもの穴が穿たれ、『ソレ』は糸の切れた操り人形のように動かなくなった。


「このトイレお化け!」


 立ち上がった少女は動かない敵の残骸に、コツンと蹴りを入れた。


 こいつらを見る度に、少女はトイレの便器を思い浮かべる。

 その色艶や独特の光沢、あと叩いたときの音が似ているので、彼女としてはどうしてもそう呼ばざるを得ないのだ。

 もちろん、こんな世界とはいえここまで物騒な物が便所に鎮座しているということはない。


『自律型内蔵魔動機』

魔力人形(ゴーレム)』とも呼ばれる、謂わば魔力で動く人形だ。

 人の手による操作以外にもAI(人工知能)を組み込んだ自立稼働も可能化されており、近年では様々な分野での活躍が期待されている。

 だが、悲しいことに少女は戦闘用以外での実用化を実際に見たことがない。


 今倒したのは、最もメジャーな『人型(マリオネット)』と呼ばれるタイプだ。

 今のような肉弾戦に特化したタイプもいれば、様々なギミックの組み込まれたタイプまでと幅が広いのが特徴だ。


 辺りを見渡せば、既に六体の残骸が転がっている。

 全て彼女が片付けた物であり、眺めていて我ながら鼻が高い。


「惚れ惚れする戦いぶりだね……へへへ」


 言いつつも、体がふらついた。

 魔力の消耗が激しい。

 活動限界が近いようだ。


「今回の研修……中身が薄かったわりにはキツかったし……」


 研修最終日で元より本調子とは言い難かった状況、温存も考えずに戦ったのは判断ミスだった。


「ここは一旦退って本職(オトナ)に任せた方がいいかな……?」


 呟いてみたが、その考えは一瞬で霧散した。

 轟音と共に天井が崩れて、破片が落ちてきたかと思うと、またあの身長190センチ細身の殺人マシーンが降ってきたのだ。

 しかも、今度は三体同時だ。


「冗談キツいってば……!?」


 早くもこちらの存在を確認し、三体まとめて襲ってきたゴーレムに少女は銃を向ける。

 ちょうど中央にいた一体を狙ったが、ふと照準をずらし、その頭上の天井へ銃口を向けた。


「こうなったら、吹っ飛べ……!!」


 爆破の魔術式の込められた弾丸が天井に命中し、ゴーレムの一団へとコンクリート塊の雨を降らせた。


「うあっ」


 飛んできた埃や細かい破片に顔を覆う。

 粉塵のカーテンの向こうにからは、敵が襲ってくる気配はなかった。


 少女は口角をつり上げてニヤリと笑った。


「私、こう見えて雨女だもん」


 だが、内心では焦っていた。

 さっきの一撃で、完全に余裕を失ってしまったのだ。

 このままでは一人でここから脱出できるかさえも怪しい。


「ミイラ取りがミイラになっちゃったわけか……えへへ」


 自嘲したその時だった。

 接近する靴音と荒れた息遣い。


「伏せて伏せて伏せてっ!」


「え?……うわあっ!?」


 連呼しながら突っ込んできた何者かが少女の横っ腹に飛び付いて来た。

 瓦礫の散乱するの床を滑ると、クラクラした頭を振った。


「いたあ……もう、なに!?アユムちゃんはみんなのものっ!おさわりはNGだよ!」

「ごめんなさいこっちも必死でして……」

「え?」


 聞き覚えのある声に目を向けると、自分を突き飛ばしたまま腰にしがみつく形になった白髪頭があった。

 これは、見覚えのある頭だ。


「……あ、コラ!レディになんてことするんだ、キミ!」

「ふ……不可抗力です……」


 飛び付いて来た少年は慌てて離れる。


「あ……ていうか、前見てください!」


 いつの間にか現れていた別のゴーレムが、先程まで彼女の立っていた床に腕をめり込ませていた。


「え……キミ、まさか私を……?」

「そういうことは後でいいですから!前!前っ!!」

「うわわっ……」


 慌てて銃を構えた。

 片手のまま狙いを定めようとしたが、埃が舞う中で狙いが定まらない。

 すると、ぐらぐらと揺れる腕をなにかが掴んで固定した。


「わ……」

「撃って!」


 その声に気圧されるように、半ば反射的な動きで引き金を引くと、目の前の影がガクンと揺れて倒れた。


「……」


 視線を巡らせると、少女の腕を例の白髪頭の少年が掴んでいる。

 呆然とした目で見詰めると、少年ははっとして決まり悪そうに笑った。


「ごめんなさい、咄嗟で……」

「あ……ううん、助かった……」


 だが、その少女の目はマヒルではなく、別のモノを凝視していた。

 たった今撃破したゴーレムの残骸だ。


 人間で言えば『眉間』にあたる場所へと的確に吸い込まれた三点射撃(トリプルタップ)


 この少年、まさかあの最悪の視界の中で疾走するゴーレムの頭部を、他人の腕越しに狙ったとでもいうのか。


「どうかしました?」

「……大丈夫、平気……平気」


『まさか』だ。

 偶然に違いないだろう。


 立ち上がった少年の手を借りて、少女も腰を持ち上げた。


「……あ、そんなことより。何で戻ってきたの?まさか、私まで助けようなんて思ってないよね?」

「いえ……流石にそこまでは自惚れませんよ。」

「だったら?」


 別に責めるつもりで訊いた訳ではないが、少年は申し訳なさそうに人指し指をつんつんとつつき合わせた。


「……その、逃げそびれまして」

「え?あの人はどうなったの……まさか!?」

「いえいえ、カクカクシカジカ……」


 少年こと『雛由マヒル』は、非常階段が封鎖された旨の話を手短に説明した。


「なるほど……災難だったね。

 でも、何でここが分かったの?助けてほしくて来たとは思うけど……」

「いえ……」

「ん?」


 また人差し指を動かすマヒルに、少女は首を傾げる。


「……上の階でたまたまあの白い奴と遭遇しちゃって……逃げてたら突然床に穴が空くもんですから、足をとられて落ちちゃいました。ここに来たのは全くの偶然です。」

「あ……ああ、そう?」


「私だ、それ」とは言えなかった。

 続く言葉を飲み込んでから、苦笑を浮かべた。


「何だか災難続きだね……。ていうか、落ちたって言ってたけど平気?普通ならただじゃすまないけど……。」

「生まれつき身体は丈夫ですから。死にはしませんでした。」

「そう……よかったよかった」


 あまりにもあっけらかんと言われたので、表情筋の強ばりを隠せなかった。

 とりあえず二人して無事そうなので、ひと安心と言ったところか。


「あ」


 と、ここでマヒルの声が聞こえた。


「どうかした?」


 その顔を見てみれば、頬がひくひくとひきつっている。

 何か不味いことに気がついたらしい。


「う……腕が……」

「え?」

「なんっていうか……」


 そこで、少女もマヒルの左腕に気がついた。

 そこだけ力が抜けたようにぷらーんと垂れ下がっている。


「……脱臼……してます。」

「うそ……!?」


 とは言ったものの、上の階から転落してきたのだから当たり前と言えば当たり前だろう。

 むしろ、それですんだのが奇跡と思える位だ。


「え?脱臼って……肩外れたってことだよ!?」

「あ、はい……折れてる訳じゃなさそうなので……」

「え?じゃ、じゃあ戻るよね……ていうかごめん!」

「え?なんで謝って……」

「え!?いやいやいや……!」


 しまった。


 罪悪感と緊急事態の焦りと恥ずかしさで、少女の頭がオーバーヒートする。

 何事かという顔のマヒルをよそに、少女はブンブンと頭を振り、動かなくなった左腕をむんずと掴んだ。

 気丈にも滑らかに動いていたはずの口から、思わず悲鳴がこぼれだす。


「いたいたいたいたいたいたい!!」

「あっごっ、ごめん!ていうか、外れたんなら戻せばいいよね!?いくよ、せーのっ!」

「ちょっと待っていきなりなんてそんな……!?」


 だが、半ば暴走状態の魔術師は止まらない。

 相手の表情が凍りつくのを他所に、顔から湯気が出そうな少女が外れた間接に力を込めた。


「えいっ!」


 鈍い音がして、ビルのコンクリートに声にならない絶叫が反響した。




「……あの……ごめんね、なんか?」

「いえ……平気です。……平気です……たぶん……」

「その、語尾が徐々に死んでいく感じがたまらなく嫌だね」


 決まり悪そうに苦笑いを交える彼女の後ろを、肩を押さえたマヒルが歩いていた。


「まあ……こんな感じで脱出目指して歩いてるけどさ、キミ。」

「はい?」


 ふと振り向かずに声をかけてきた彼女に、マヒルは首をかしげた。


「なんで行く先々で脱出に支障を来すアクシデントが起こりまくるんだろうね?」

「……すみません……僕、本当に運悪くて。」


 謝った回数がもう数えきれなくなっているが、それでもマヒルは謝った。

 本当に散々である。

 この前のルートはは床が崩れていたし、その前は階段が瓦礫で塞がれていたし、そのまた前はゴーレム数体とエンカウントしたため諦めた。


「いや、謝ることはないんだけど。

 ……でも、やっぱりキミ凄いよ。」


 不意に立ち止まった彼女が、ぼそりと言うのが聞こえた。


「道崩れちゃってるし」

「……。」


 目の前目測にして十メートル以上が完全崩落、下のそのまた下の階まで深い穴が続いていた。


 こうなったら普通に道を探すのは諦めた方が良さそうだ。

 ため息をついていると、魔術師の少女はマヒルの左手を引いた。


「う~ん……仕方ないから、少し荒っぽいことするよ。」

「え?」


 少女はマヒルの体に腕を回す。


「ちょ……ちょっと……?」

「女の子に抱えられてるからって、変なこと考えちゃダメだからね?」


 冗談目かして笑うと、先程までマヒルがしていたように、今度は当のマヒル本人を抱えた。


「ま、相手がキミなら少しだけ許してあげてもいいけど」

「あの……それはいいとして、何を?」


 不安から頬を掻いて見せるマヒルに、少女は少しむくれた。


「もうっ、キミ「いいとして」っていうのは失礼だよ!せっかく女の子が意味ありげな呟き漏らしてるんだから、男の子ならちょっとぐらいはドキっとしなきゃだめっ!これ、ルール!」


 少しだけ唇を尖らせると、彼女はマヒルを胸に抱えたまま陥落の淵でトンと跳ねた。


「落下の衝撃に、ご注意!」

「嘘ぉぉぉぉ!?」


 無論、飛び降りた訳である。

 埃っぽい風が頬にぶつかっていくのが分かる。

 正確にはほんの一秒足らずの飛行だったが、体感では寿命の半分は使ったような気がした。


 ドスン、という鈍い衝撃で着地に成功したことが分かった。


「……ふう、爽快だね」

「爽快っていうか……もう色々大変でしたよこっちは。」

「まあまあ」


 下ろしてもらうと、少女はコートについた埃を手で払っていた。

 あの高さから飛び降りたというのに、それといった外傷は見受けられない。


 これも魔法の恩恵らしい。


「すごいですね、ほんと……」

「魔術師ですから」


 マヒルが言うと、彼女は小さくウィンクした。


「でも、これからは穴がある度にこうやって飛び降りるんですか?」

「まあね。どうせなら爆発魔法使って床ぶち抜いて行きたいくらい。」

「そ……それは」

「大丈夫、今はできないもん。

 魔力切れ近くってね……」


『魔力』

 それがなんなのか理解してくれたかは分からなかったが、マヒルはニュアンスである程度理解したらしく頷いた。


「つまり……そろそろ限界ってことですよね?」

「そういうこと。だから早いところ逃げたいんだけど……」


 そこで少女は再び銃を構えた。


「今の着地でこっちに気がついた奴がいるみたい……」

「それって……ゴーレム……ですか?」

「たぶ……んっ!?」


 言いかけた瞬間、二人は風に煽られるようにして吹き飛ばされた。


「うわっ!?」

「嘘……?」


 宙に投げ出されながらも、少女はふわりと着地した。

 しかし、マヒルはそうも行かず、なんとか受け身を取りながらも少女の後ろでごろごろと転がった。


「今のなんですか……なんかすっごい風みたいなのが来ましたけど……?」

「たぶん運動属性の第二系統あたり……って言っても分かんないよね……。とにかく、さっきまでとは違うのが来るよ」


 さっきまでとはうって代わり、少女は警戒色を丸出しにしている。

 険しい目付きは、その魔法が放たれたで有ろう方向を睨んでいた。


 視線の先、舞い上がった埃でぼやける暗闇の中でひとつの光の点が漂っているのが見えた。


「嘘……本当に運悪いよ……」


 泣き出す寸前の様な声で、少女が呟くのが聞こえた。


 現れたのは、先程までのゴーレムとは形が似ているが、明らかに違うタイプだった。

 基本の形態は同じだが、頭部には機械的なカメラレンズと、シオマネキの様に右腕の方が大きく、いかにも近接パワー型といった形をしている。

 それらしい名前をつけるとしたら『サイクロプス』だろう、と少女は頭の隅で思った。


「相性悪いかも……」


 そうこぼしつつも、少女はゴーレムに向けて発砲した。

 今までのゴーレムなら回避しなければ被弾してダメージを受けたが、今回は違った。

 件の大降りな腕を盾に、魔力の弾丸を防いだのだ。


 攻撃を受けた腕は、細い煙をあげてこそいるが、傷ひとつついていない。


「……抗魔力フィールド!?」


 強敵だ。


 思わず一歩下がった少女に、ゴーレムは腕を振り上げて突進してきた。

 何らかの魔法の補助を受けているのか、その突進速度は異常に早い。


「……くっ」


 少女はそれを避けようと更に一歩下がったが、そこでその視界の隅にマヒルの姿が映った。


「……あ」


 動きが止まった。


 衝撃で、コンクリートにひびが走った。




「おはよう……」

「……うう」


 瞬きをすると、そこにあったのは少女の顔だった。

 背中には硬い床があり、転がったコンクリート片の角が痛い。


 マヒルは茫然としたまま、その顔を見上げていた。


「あの……」

「えへへ……ちょっと……強引だった?」


 床に押し倒されたマヒルの上で、床に両手をついている少女の顔は汗ばんでいて、呼吸は全力疾走した後のように乱れていた。


「『床ドン』ってやつだよ……。

 まあ、本当はするより……されたい方だったんだけど……でも……まあ、こういうのもありかも……。」


「いったい……」


 少女が突然、きつく目を閉じた。

 その両腕から伝わった衝撃が床を揺らす。


「……うっ……いた……たた」


 その時、やっと何が起こっているかが分かった。


 ゴーレムの降り下ろした拳から、彼女はマヒルを庇っていた。


「なんでかな……?私、キミのこと……放って置けないんだよね……。

 目を離したら……すぐに何処かに行っちゃいそうで……」


 苦悶の中から無理矢理の笑みを絞り出した少女が大きな手に捉えられた。


「最後に……ひとつ」


 ゴーレムの手でおもちゃの様に持ち上げられた彼女が、咳き込みながら言うのが聞こえた。


「もしキミが死んだら……怒るよ……私!」


 投げ飛ばされた少女が、床に叩きつけられた。


「……っ!!」


 床に半分程埋まってしまいそうな体が、微かに動いている。

 まだ息はあるようだ。


 それを感知したらしいゴーレムは、少女に向かって図体に似合った緩慢とした動きで迫る。


「……てへへ、ぶん投げられちゃった……」


 驚くことに、少女は上体を起こしてその様子を真っ向から見つめていた。

 何か算段があるようには見えないものの、その目は戦意を失っていなかった。


「ほら、精々私のこと時間かけて殺しなよ……そう簡単には死なないと思うからさ」


 マヒルに時間を遺せるなら、それで本望と言うことらしい。


 ゴーレムがその大振りの腕を振り上げた。

 少女が歯を食い縛る。


 さあ、来い


 覚悟を決めた。


「勝手なこと言われても困ります」


 ガツン、と何かがぶつかる様な音がして、ゴーレムの腕が止まった。


 その声は、不本意、不服といった憤りの感情を含んでいる。

 少女はその声を見上げる。


「……!?」

「いえ、たぶん勝手なこと言ってるのは僕の方なんですけど……この際ですから無理にでも言わせてもらいますよ。」


 大きな硬質素材の肩に、自転車を乗り回しやすい運動靴を履いた足がかかっていた。

 振り上げられたゴーレムの腕に手をかけてバランスを取っていたのは、もう片方の手に少女の落とした銃を持ったマヒルだった。


「シチュエーション柄、断れない雰囲気だっていうのは分かってるので堂々と言いますけど……。

『今、助けます』。」


 マヒルは握った銃を、ゴーレムの後頭部へゼロ距離で向けた。


 少女が目を見開く。


「待ってキミ……だめ!マヒル君!!」


「……っ!?」


 引き金を引いた瞬間、まるで電流が走ったかのようにマヒルの体が痙攣した。

 銃全体が、赤い警告色の光に包まれる。


 この銃も、立派な『魔動機』だ。

『魔動機』とは、魔力を動力原として動く機械、装置の総称であり、物の差はあれど操作には多くの魔力を使用する。

 魔力とは他のエネルギー資源とは違い、一部例外を除き『生命体』の内部でしか生成されない特殊なエネルギーだ。

 故に、魔動機の多くは使用者から直接魔力を取り入れて動く。


 それを、魔術を使い慣れない者、魔力を操る能力に優れない者が使用した場合はどうなるか。

 その場合の殆どは、一瞬で魔力が枯渇しショック状態に陥る。

 最悪、即死というパターンもあり得る。


 そのため最近では魔動機への『安全装置』の取り付けが義務付けられているが、その『安全装置』というのがこれである。

 魔力に優れない者が使用した瞬間に、体感的な激しい苦痛を与える『感電魔法』だ。


「今すぐそれを捨てて!早く!」


 だが、マヒルの手は銃を捨てない。

 それどころか、更に強くそのグリップを握り込んだ。


「……聞けま……せんっ!!」


 少年が叫んだ。

 それと同時だった。


 赤い光が消えた。


 機械的な体温のない音声が言う。


『魔力供給ラインを確認ーー安全装置(セーフティ)、解除』


 銃声が轟いたのはその直後。

 連続した轟音が、反応に遅れたゴーレムの後頭部を容赦なく抉っていく。


 ゼロ距離からの発砲に耐えられる訳もなく、その頭は数秒で粉々になった。


 二メートル以上あった体が、力を失って倒れた。

 その上には、巨体と対比してはかなり小さく見せる銀髪の少年がバランスを取りつつ立っていた。


「……何処かに行くんなら……」

「……え?」


 もう一度肩を上下させ、呼吸を整えたマヒルは一息で言った。


「何処かに行くんなら、きちんとあなたも連れていきますから安心してください」


 差し出された手を取りながら、少女はマヒルの目を見つめた。

 どこまでも澱みの無い、水晶玉のような目だった。


「キミ……」

「今さら、置いて行くなんてことしませんよ。どうせなら、地獄巡りだって付き合いましょうか?」


 苦し紛れの冗談。


 ここまで自らを省みない人間だとは思わなかった。

 一般人を守るのが魔術師の使命であり、そもそもその為に毎年安くない税を納めているのも理解しているはずだ。

 なのに、そんな理屈まで無視して彼は突っ込んできた。


 水晶玉の目。何を考えているのか、てんで分からない目。

 こんなやつと一緒にいたところで、きっとお互いに身も心も削り合うだけだろう。


 それでも、だ。


「ねえ、聞いて」

「はい?」


 少女は突然マヒルの両肩を掴んだ。

 いきなり接近してきた鼻先に、マヒルはのけ反りそうになったが、肩を掴んだ手がそれを押さえた。


「あの……なにか?

 ……緊急事態ですから、なるべく手短に……」

「……」


 そんなマヒルの目をじっと見詰めると、少女はその体を引き寄せた。


「むぅ……っ!?」

「……んっ!」


 唇同士が接触した。

 マヒルが抵抗する間もなく、少女はその首に腕を回してぎゅっと抱き締める。

 少年を固く拘束したまま、ほぼ一方的にその行為を続行する。


 つまりの所の『接吻』。

 柔らかく言えば『キス』だ。


「んっんっっっっ!?」

「……ぅむんん!」


 逃げようとするマヒルだが、がっちりホールドした少女がそれを許さない。


「ぷわっ!」

「……っ……え、ええ!?」


 たっぷり十秒はかけると、やっと少女はマヒルを解放した。

 それでも腕だけは離さず、困惑雑じりに息切れを起こすマヒルに畳み掛けるいきおいで言った。


「雛由マヒルくん!マヒル!私、キミのこと好き、大好き!世界で一番キミのこと愛してる自信がある!だから……」


 言わずにはいられなかった。


 顔を真っ赤にして、肩で息をして、目眩を抑えて、それでも言い切った。


「結婚してくださいっ!!」

「は……はい!?」


 プロポーズ


 目を回すいきおいで困惑するマヒルの前で、少女の目が虚ろになっていく。

 そして最後は力を使い果たした様にその胸の中でパタリとこと切れた。


「……え?」


 その重さに耐えられずに倒れると、少女の体を光が覆い、すぐに消えた。

 同時に、魔動機の銃も消えた。

 少女の服装が一瞬にして代わり、あのコートの姿からシャツとショートパンツのかなりラフな格好になっていた。


「……ええと……あの、これは……?」


 シンデレラの魔法もびっくりな早着替えだ。


 暫くパニックを起こしたが、五秒数える間には落ち着いた。


 意識して呼吸を静めると、その電池の切れた人形のような少女を担ぐ。


 脈は安定しているし、呼吸もしている。

 見たところでは眠っているだけのようだが、恐らく魔法を行使したことによる反動か何かだろうとマヒルは判断した。

 そうとなれば、思考は驚くほどクリアだ。


 とにかく今はこの少女をここから出さなければならない。


 既に体力の限界間近の足で歩き出す。

 このまま、ゆっくり歩かせてほしい。

 そう心から願った。


 だが、不運は容赦なく襲ってくる。


 ゴーレムとのドンチャン騒ぎを聞きつけ、別のゴーレムが接近してきていた。

 姿こそ視認できないが、かなりの数の気配がする。


「……っく」


 今は交戦する手段も失っている。

 できるのはただ足を動かすことばかりだ。


 それでも、人間の機動力を大きく上回る魔力の人形には到底敵わない。

 すぐに、大きくなる無数の足音が背後に迫っていた。


 もうだめか。


 更に、鉛のような重たい倦怠感が全身を襲う。

 なるほど、これが『反動』か、と頭の隅で思った。

 そういえば、自分もさっき素人の癖をしてあの銃を撃ちまくったのだ。


 ぼんやりとした意識の中で、天地がひっくり返る。

 どうやら倒れたらしい。


 恐怖も緊張も感じない。

 気力が底をついたらしい。


 ああ、これで終わりなんだ。


 そう思うと、ふと寂しさが込み上げた。

 バイト漬けの日々が嫌だった訳ではない。

 むしろそれなりに濃い人生だったと思う。

 だが、胸元の寒くなるようなこの感じは拭えない。


「……ここから出ないと……」


 口から、無意味に言葉が溢れた。


「……まだ……配達が……」


 終わっていない。


「明日は……クリーニング屋のバイトも……」


 終わってない。


「……それに……」


 まだ、あの突飛なプロポーズ少女からは名前も聞いていない。


 カシャカシャという足音がすぐそばまで近付いている。

 なんとなく、絶望の意味を体感できた気がした。



 視界が暗転して、深い闇が体を覆う。

 くぐもった音だけが頭の中でこだましていた。



「『城壁(ランパラード)』!」


 遠いような、近いような。

 破壊音がした。


「……チッ、オイ起きろ、聞いてんのかバカアユ?……駄目だ。完全に魔力切れ起こしてやがる。ドロってねぇのが奇跡だな。

 ったく、ザマァねえや。」


「ジンくん、そんなこと言っちゃ駄目だよ。

 ほら、アユちゃんこの人を助けようとして……」


「その辺バカだっつってんだよ。

 単騎突入とか、ほんっと骨の芯からバカだな、アホのマヌケのバカアユ。」


「でも、とにかく助けなきゃ……」


「ああ、分かってる……コード『コウガ864』オペレーション」


「ジンくん?」


「あー。コマ、ソイツら担いで上がれ。雑魚はオレが散らす。」


「で……でも」


「心配すんな。んなオモチャ軍団、むしろ足りねえくらいだ。」


 何か、暖かいものが全身を包んだ。

 空中を漂うような感覚が、全身を心地よく揺らす。


「……もう大丈夫……大丈夫だよ……」


 大丈夫。

 そう繰り返す、細くとも優しい声でマヒルは眠りに落ちた。

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