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首都圏最速のバイト2

「『遅れる可能性』っ!?」


 首都圏某所

 渋滞でのろのろと流れる自動車の並みが目の前を埋めている。

 ビジネススーツ姿の男は、突然入った電話に向かって吠えるように言った。


『申し訳ありません……担当の者が出られなくなってしまい。

 代わりの者を今、向かわせていますので……』


 電話の内容は、自転車便(メッセンジャー)で頼んだ書類が時間より遅れるということらしい。


「今?今からだと!?」


 切羽詰まっているのか、額の血管が破裂しそうになりながら彼は電話の相手に向かって怒鳴る。


「勘弁してくれ、会議まで時間がないんだぞ!?」

『も……申し訳ありません……ですがもうしばらく』

「もういい!」


 携帯電話をスーツのポケットにねじ込むと、彼はタクシーを拾いに道路脇まで歩く。

 だが、この渋滞だ。

 自転車便を待つ所か、時間通り勤め先にたどり着けるかどうかさえ怪しい。


「くそ……」


 歯噛みしようとしたその時だった。


 鳴り響くクラクションの不協和音の中から、その声がフェードインしてきた。



「失礼しまっーす!!」



 ジリンジリンという警鈴の音をばらまきながら、何かがもうスピードで突っ込んできた。


「なっ!?」


 彼は歩道と車道とを遮るガードレール越しのその存在を確認した。

 車道を爆走していたその『何か』は、こちらに向かってハンドルをきると、更に加速する。


「うわっ!?」


 男が悲鳴を上げた瞬間だった。

 後輪のブレーキングによる慣性と、体重移動と、加速により生じた上向きの作用で、ママチャリが飛んだ。


 そのままガードレールを飛び越えたママチャリは、ガシャンと着地。

 ジャンプの余力を殺しながらの片足を着いたドリフトスピンで停車すると、素早くスタンドを立てながら操縦者(ライダー)は降り立つ。


「お届け物です。サインお願いします。」


 ヘルメットにリュックサックを担ぎ、荷物である書類と伝票を差し出す彼に、男は口を開けたまま固まっていた。


「えと……もしもし?」

「あ……ああ、サインだな、サイン……」


 スーツの男が茫然自失を引きずったまま、何とか差し出されたペンでサインを済ませると、謎のママチャリライダーはにこりと花も綻ぶ笑顔を見せる。


「本日はご利用いただき、有難うこざいました。またのご利用をおまちしています!」


「……」


 丁寧にそう言うと、彼は再び愛車に跨がった。



 後、荷物は間に合ったが、その場で固まっていたせいで彼はしっかり遅刻したという。



『首都圏最速のバイト生』


 本当かどうかはよく知らないが、雛由(ヒナヨリ)マヒルが聞くには自分は裏でそう呼ばれているらしい。

 もちろん、聞いた人間、本人を含めても皆がそろってこう言った。


『大袈裟な』


 だが、疾走中の白影を直に目撃した瞬間にその『皆』は一同に口を閉じる。


 渋滞の隙間を、まるで地を這う雷の如く駆ける姿は、間違いなく最速だった。

 そしてそれは、足をママチャリへと切り替えた今でも劣ることがない。


「次は……」


 頬を切る風を感じながら、配達する住所を記した紙に目を走らせる。

 そして、頭の中に収まった地図をなぞり最短ルートを割り出した。

 このバイトを始めて一年と少しだが、脳内には既にこの辺りの正確な地図と時間帯による交通状況が入っている。

 おそらく、ベテランのタクシードライバーと比べても負けはしないだろう。


「そろそろ……着いた!」


 路肩に自転車を止めて、ガードレールを飛び越えると、配達場所となっているビルに彼は飛び込んでいく。


「お届け物でーす!」





「ふう……」


 僅か三十分前後にして、マヒルは既にノルマの半分をクリアしていた。

 時間に余裕の出来た彼は、元より彼のトップスピードには到底耐えきれないママチャリを労って、歩道を歩いていた。

 今押して歩いている分には故障は見当たらないが、たぶんタイヤのリムやフレームへのダメージは避けられないだろう。

 チェーンだって完全に無事かは怪しい。


「ううん……」


 正直、この足を失ってはただでさえのハードスケジュールに『移動』という項目が追加されてしまう。

 何も考えずに突っ走ってきたが、かなり危険な真似をしてしまっていたらしい。


「時間もあるし、ゆっくり行っても平気ですかね……」


 自転車のチェーンが回るカラカラという音を聞きながら歩調を緩めた。


 自分の常日頃の運の悪さを考えれば、ここまで何もなく順調に進んでいるのは限りない幸運だろう。


「今日はきっと、いいことが……」


 穏やかな気分で呟いたその時だった。


 轟音。

 後ろから粉塵を含みながら吹いてきた風に、柔らかい銀髪がざわりと揺れた。

 次々に上がる悲鳴と、ガラガラと何かが崩れる音。


「……え?」


 一体何がどうなったというのだ。

 振り返ったマヒルは絶句した。


 たった今、通りすぎていった雑居ビルのひとつ。

 その上階部分が、吹っ飛んでいた。


 数回まばたきすると、目を擦ってからもう一度そのビルを見上げる。


 やはり吹っ飛んでいる。

『吹っ飛んでいる』というのも、ビルの中腹にこれまた大きな穴が穿たれたおり、そこから黒い煙が吐き出されているのだ。


 何かが突っ込んだのか、はたまた内部で何かが炸裂したのか、真相は確認のしようがないが何やら物騒なことが起きたのは確かなようだ。

 次々に上がる悲鳴や叫びが、濁流の様にマヒルを呑み込む。


「……」


 気が付くと、マヒルは自転車を放り出してそのビルに向かって走っていた。


 ビルの入り口からは中にいたと思われる人々が我先にと流れ出てくる。

 だが、すぐにその波は終わり、誰も出てこなくなった。

 元々、あまり多くの人数はいなかったらしい。


「全員無事なんですか!?」


 マヒルは、ビルから出てきた男一人を捕まえて問い質した。

 気が動転しているのか、男の言葉は不明瞭で何を言っているのか分からない。


 ただ、ビルの上を指差して「託児所……」などという単語が飛び出した時は、背筋が冷たくなった。


「託児所っ!?」


 まさか、このビルにそんな施設があったとは。

 待機児童蔓延のこの御時世にはありがたい設備だが、この状況ではありがたくもなんともない。


 マヒルは背伸びをし、辺りを見渡す。

 だがそれらしいこどもたちは見当たらず、泣き声なども聞こえない。

 まさか、こんな状況で声ひとつ上げないということもないだろう。


 ということは、


「まだ中に!?」


「……そ……それは」


「もういいです、失礼します!!」


『なんで誰も助けに戻らなかったのか』とは責めなかった。

 皆生きるのに必死なのは分かるし、助けに戻って死なれては意味がない。


 マヒルは去り際に男の腕時計をちらりと見た。

 配達の時間まではあと五十分弱ある。


 二十分以内に済ませれば、三十分で配達は回れる。

 三十分なら、ママチャリの耐久性はとにかくとして彼の足でなら造作ない。


「この荷物、よろしくお願いします。」


 その男に荷物を持たせると、ヘルメットを脱いだマヒルは走った。


「おい!」

「なにしてるんだ!?」


 制止する周りの手を、声をすり抜けると、マヒルはビルに飛び込んだ。


 あの派手な爆発だ。

 日本の建築物の耐震構造は世界でもトップと聞くが、ここまでされて耐えるとは思えない。

 それに崩れなかったとしても、あの爆発でボヤでも起こればたまったもんじゃない。

 この渋滞の中では、消防車どころか救急車さえ期待できない。


 なら、事が起こるまえに動かなければ。


「ああ……そうか」


 ビルの中を半ば闇雲に走るなか、ふと思った。

 さっきの男に託児所のある階ぐらい聞くべきだった。


 だが、思い出しても遅い。

 無人のビルの奥へと、マヒルは呑まれていった。







「あちゃあ……大惨事じゃん」


 少女は、その光景を見上げながら口を開けていた。

 格好にはあまり拘らないのか、ショートパンツに適当なTシャツを着合わせただけの実に簡単な服装だ。

 だが、その端々から溢れるミルクの液面の様な滑らかな肌と、少しいたずらっ気を含んだ端正な顔立ちは、それすらも一種のファッションに仕立て上げているから不思議だ。


「やっぱりこの混雑は面倒かな……」


 うなじがちらつく程度に短くした明るい茶髪をくしゃりと掻く。


 パトカーはまだだが、ここが封鎖されるのも時間の問題だろう。


「私一人でどうにかなるかな……ちょっと失礼」


 その少女は爆発の現場に臆する事もせず、野次馬や怪我人の人垣をすり抜けていく。

 ぶつぶつと呟く声にすれ違う人間は視線を向けてくるが、そんなことは別に気にならない。


「まあ報告書作れるし……はいはい、通りますよー」


 周りがその様子に怪訝な表情を浮かべることもまた気にすることなく、彼女はビルの入り口の真ん前に立った。

 見上げた顔がぼそりと言った。


「研修三日目……最終日。なかなかのイベントに出会えちゃったね。」


 人知れず笑みを溢すと、少女は健康的な張りを称えたヒップポケットから何かを取り出した。

 白い陶器のような素材で出来ているそれは、二つの指輪を細いチェーンで繋いだような物だった。


再構築(リロード)


 それを左手の人差し指と中指に嵌めると、少女は小さく唱える。

 足元に仄かな青に光る魔方陣が構築され、そこから帯のような呪文の羅列が流れ出す。


 その光景に、辺りは息を飲んだ。


 人知れず誰かが呟く。


「魔術師……」


 その呟きは伝染し、辺りからは次々に「魔術師」という声が上がる。

 仕舞いには、一人の若者が叫んだ。


「魔術師だ!国家認定の魔術師が来たぞ!」


 その声に、その声に周囲は一気に歓声に包まれた。


「え……え!?」


 その眼差しと声援を受けた彼女は、その反応に少々戸惑ったように後ずさった。

 だが直ぐに立ち直ると、大きく息を吸った。


 そして、笑顔。


「ハーイ!どうもみなさーん!美少女魔術師、アユムちゃんでーす!」


 やり過ぎとも思えるようなウィンクとピースサインのポージングまでしたが、ギャラリーはそれをも上回るような歓声で答えてくれた。


「うわ……元気いいなぁ……」


 若干面食らったが、彼女は直ぐに立て直す。

 両手をメガホンの形にして、胸元とお尻をガンガン強調するあざといくらいの低姿勢で声を張った。


「さて、私が来たからにはもう安心!すぱっと解決しちゃいますので、民間人の皆さんは警察が到着するまで安全なところで待機しててくださーい!それではー……」


 まるでこども向けの教育番組のお姉さんの如く指示すると、少女はビルに向かい合った。


 構成した術式に魔力を流し込むと、その体は淡く光る。


「コード『アイザワ245』オペレーション」


 起動の呪文が完成し、その体をモザイクの様な光が覆った。

 そして一瞬あと、そこに別の姿があった。


 この国の魔術師である証、純白のコートを羽織った少女は少しだけ振り返り、大衆へと機嫌良く笑顔を振り撒いた。


「いってきます!」


 歓声を背中に、少女はビルに向かって走る。


「『防護(レジスト)』……」


 物質化属性第一系統、『硬化の魔法』の発動が命じられる。

 それに反応し、体の周りを呪文の羅列が弾けた。

 両足に集中した魔力が、術式の示した『型』により固形物質として具現化し、強固な防護膜を形成した。


「でもって……『爆破(マイン)』!」


 魔力による摩擦運動で擬似的に発生させた熱とそれによる急激な膨張と衝撃波をともなう運動属性第一系統、『爆発の魔法』。

 足元に術式の印が現れ、それが爆発を起こした。

 その爆風を足で受けた少女は大きく飛び上がった。


「よっと……!」


 その間にも左手では次の魔法の術式を生成し、次の魔法を発動させていた。


「格納魔動機『レパルド』再展開」


 魔力分解し、呪文羅列化して格納していた物を復元した。

 復元されたのは、コートと同じく真っ白な機体に所々グレーのラインが入った短機関銃(サブマシンガン)だった。


 それを慣れた手つきで小脇に抱え、爆発による煙の上がるビルの穴へと消えていった。





「ええっと……」


 爆発現場へ飛び込んできたマヒルだが、彼は早くも託児所に到着していた。

 その並外れた身体能力で瓦礫連なる悪路を走り回り、案内板を見つけ出すことに成功していたのだ。


 だが、


「はあ……」


 全く無人、がらんどうの託児所の真ん中で彼は項垂れていた。

 その手には、この託児所が保護者、主にこのビルへ勤める者へと向けた予定表が握られていた。


 熊や兎やお花といった可愛らしいイラストと共に載せられた予定表、今日の日付の枠にはこうある。


『遠足:年長組、国立博物館へ。』


 でもって、その他の組は『お休み』とある。


「……結局これって……」


 託児所のイベントが充実しているお陰でこどもたちは助かった。


 無駄骨。

 飛び込んできたマヒルからすればそれそのものだった。


 運が良いのか、悪いのか。

 それでもポジティブ思考がモットーの雛由マヒル。


「とにかく、こどもたちが無事でよかった。」


 案外さらりと言える訳である。


 だが妙な表現になるが、せっかく来たからにはもう少し探索していきたい。

 もしかしたらまだ逃げ切れていない人もいるだろうし、十分ほど時間も残っている。


 さすがに爆発をモロに受けた階へ近づくのは危険すぎるので避けるが、その他の場所でも衝撃で失神して倒れている人がいてもおかしくはないだろう。


「ん?」


 そこで、マヒルの耳に音が入ってきた。

 耳を澄ますと、それは女性の呻き声に聞こえる。


 まさか逃げ遅れか。

 そこまで遠くない声に向かい、マヒルは走る。


 爆発の影響が少なく、まだ通れる通路を曲がると、その声の主はいた。


「大丈夫、もうすぐ出口だから」

「あ……有難うございます」


「……」


 そこにはOLらしき格好の女性と、それに肩を貸す白いコートの少女が。


「えっと……」


 一目でだいたい分かった。

 魔術師が逃げ遅れた女性を救出したところだ。


「あ」


 向こうもこちらに気がついたらしく、魔術師の少女が顔を上げた。

 少し驚いたようだが、そこは魔術師であり状況判断が早い。

 直ぐに声をかけてきた。


「君も逃げ遅れたの?なら一緒に……」

「いえ……逃げ遅れたっていうか……逆に飛び込んできたっていうか……」


 完全に決まりの悪くなったマヒルの口調に、少女はある程度察した様子で頷いた。


「ああ、そう……?立場が立場だから『一般人が立ち入っちゃだめ!』って言うべきなんだけど……ちょうどよかった、この人に肩貸してあげて。」


「あ、はい。」


 マヒルは素早く駆け寄り、ほこりまみれになっている女性へと手を伸ばし。


「よいしょ」

「え?」


 肩を貸すどころか、担ぎ上げた。

 所謂、『お姫様だっこ』にも似た形だ。


 やせ形の女性とはいえ、易々と持ち上げて見せる彼に魔術師の少女は感心したように頷く。


「細いわりにはやるね、君。重くないの?」

「『レディはみんな軽いもんなんだ』って恩師に言われてます。それに、こっちの方が走れますし。」

「そう、いいこと言うセンセイなんだね?」


 余裕を見せるマヒルに安心したのか、少女は手にしていた銃を構えた。


「……っ」


 普通の銃には見えない。

 おそらく、魔術師の使う魔法関係の武器だろう。


「そんなもの構えてるってことは……」


 物騒な気配を敏感に察知したマヒルは、少々上目遣いに少女を見詰めた。


「ああ……うん、まあね」


 その問いに対しては曖昧に首を動かすと、彼女は白いコートの裾をなびかせながら、マヒルの前に出た。


「なんでもない」という体を装ってはいるが、足の運びは警戒にあたる兵士のそれであるとマヒルは見た。


「ホラ、ビルが爆発するなんて何か普通じゃないでしょ?だから、まあ警戒ぐらいはしなきゃだし」


 不安を煽ることを懸念しての対応だろうか。

 何かが起こっていることは確かだが、それを話すことはマイナス要素に繋がると判断したのだろう。

 それが分かったのであれば、気を抜くことはできないものの、敢えて騒ぐこともない。

 マヒルは頷くことにした。


「分かりました」

「うん、イイ顔。大丈夫、へいきへいき!」


 屈託のない笑顔を見せると、彼女は背中を向けた。

 この国においての『正義』の象徴である白い背中が心強い。


「君たちは私が守るよ。」


 なにかしら響きのある口調で言うと、彼女は辺りを警戒しながら先を進んだ。


「最短ルートで行くよ。障害物は私が何とかするからね」




「よっこいしょ、と!」


 道を塞いでいた瓦礫を撤去した魔術師の少女は、かいてもいない汗を拭うように額を払った。


「ふう、やっとついた。」


 目の前には、緑色に光る標識が示す扉がある。

 金属で出来たその扉は、間違いようもなく非常口である。


「この扉の先は非常階段になってるから、そこを降りたら出られるよ。」


 そう言いながら彼女は扉に手をかけた。

 しかし、ガチャリという音を立てながらも扉は口を開けようとしない。


「あれ……おかしいな……?」


 ノブをガシャガシャと回し、最後にはガツンと蹴りを入れたが、それでも扉は開かなかった。


「……なるほど、入り口から人が殺到するわけだよね。

 誰か知らないけど、非常口を閉じたやつがいるよ。」

「それじゃあ……」


 別の道を行くことになるのだろうか。


「あ、大丈夫だよ、ちょっと待ってて。」


 少女は慌てて振り返りつつ、手にしていた銃を扉に向けた。


「少し下がってて……」

「え?」


 言われた通り下がると、少女は銃の照門を覗きながら唱える。


「『爆破(マイン)』」


 引き金を引いた銃口から青白い魔力の弾丸が放たれる。

 弾丸は扉に命中すると、着弾点を中心に魔法陣の様なポイントを構成し、


「吹っ飛ぶよ!」

「え!?」


 爆発した。


 細かな破片や粉塵が飛び散った後には、扉が蝶番ごと吹き飛んで外れた扉があった。

 さすがは魔法、恐ろしい威力だ。


「通路確保!ほら行くの」


「はい」


 彼女の手招きで扉を潜る。

 屋外に設置された非常階段は爆発の影響を受けていないらしく、安全そうに見える。


「ここからは降りてくだけだから安全だろうけど、何があるかわかんないから気を抜いちゃだめだよ?」


「え?」


 爆発でひしゃげた非常口の向こうで、魔術師の少女が手を振っていた。


「あなたは?」

「私はもう少し残るよ。一応、調査しなきゃならないから。

 じゃねっ」


 最後にまたあの笑顔を見せると、コートの裾をはためかせながらビルの中へと消えていった。


「お気をつけてー!……って、もう行っちゃた……。

 行きましょうか?」

「……は、はい」


 抱えていた女性に声をかけて、マヒルは階段を下り始めた。


 ……のだが、数分後。




 さて、困ったものである。

 全身に埃を被りながら大の字になっていたマヒルは、ぼんやりとした意識の中で呻いた。


「う……うう」


 どうにか起き上がると、体から埃や破片がパラパラと落ちていった。

 目の前の崩れた非常階段の向こうからは、姿が見えないものの女性の声が聞こえる。


「大丈夫ですか!?」などと、自分を心配しているので向こうに問題はないらしい。


 一体何がおこったのかと聞かれれば、答えに困るところだ。

 実のところマヒルは事細かに事情を説明できるほど状況を把握できていない。


 ただはっきりとしていることは一つ。

 また例の不運が働いたようだ。


 目の前の階段を塞ぐ鉄筋コンクリートの塊。


 おそらく、またビルの何処かで爆発が起こり、その衝撃で落下してきた大きな瓦礫が彼らを襲ったのだろう。


 だとしたら、やたらピンポイントに狙われたもんである。


 すんでのところで女性を投げ飛ばしたのまでは覚えているが、まさか自分も生き残れるとは思っていなかった。


 日本には八百万の神々がいるらしいが、まだその全てに嫌われている訳ではないらしい。

 若しくは肉体の奥底に眠っていた生存本能が弾けたか、幼い頃叩き込まれた技術が生きたのか。

 今や誰の知る由もないが、マヒルはとにかく生き残れたことに感謝した。


 だが、生きているからといって問題がゼロと言うわけでもない。

 マヒルと女性との間は完全に寸断されてしまっている。


 ちなみに、階段の上にいるのがマヒル、下は女性の方である。

 つまりこの場合、女性の方はそのまま下って行けば脱出できるが、マヒルは完全に活路を断たれているということだ。


「え……えと」


 声を絞り出すと、向こう側の彼女へと言った。


「僕は平気ですから……どうぞお先に……」


 そのあと女性は何か気を使うような言葉を残して行ったが、マヒルは一人項垂れていて聞ける状態ではなかった。

 流石にここまで神に嫌われては、いくらマヒルでも笑顔ではいられない。


 仕方なく、他のルートを探そうと立ち上がった。

 他の非常口は全て閉じられていたので、階段を登って例の魔術師の少女に破ってもらった非常口まで戻った。


「……。」


 やはり、あの少女はいない。

 助けを請おうとはいかないらしい。


「一人で探索しますか……」


 足場の悪い道を、マヒルはとぼとぼと進む。

 思えば、タイムリミットの二十分はとうに過ぎている。


『骨折り損のくたびれ儲け』とはまさにこの事だろう。


「いや……僕は確かにここにきて、あの人を抱えて歩いたんだ。」


 出そうになったため息を飲み込むと、自分に向かって言い聞かせた。

 そうだ、悲観しても始まらない。

 自分にできるのはただ健気でいることだ。


「よし、早くここから……」


 連続した銃声が聞こえたのは、気合いを入れようとしたその時だった。

作者の趣味色満載な解説


魔動機『レパルドmkⅢ』

短機関銃型の魔動機です。

『P90』がモデルです。だったら個人防衛火器(PDW)だろ、とか怖いつっこみを頂くと小心作者の胃がストレスで炸裂します、お控えください。

正確にはp90の原型にピストルグリップと伸縮可能のストック、あと銃身も長めにしちゃったような変態デザインをイメージしてます。

作中設定としては、正規品である『レパルド』へ独自に改造を加えて、配色もデフォルトカラーの黒から白に塗り替えちゃったり、性能も調整してあるという感じです。


面倒な解説をつけてくれやがった作者ですが、どうぞこれからもお付き合いお願いします。

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