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雨の匂いと少年少女2

 学園一番の問題生徒、紅ヶ塚ジンヤの視線は紙袋を提げた少女に固定された。


 無意識にか、添えた左手の親指は日本刀を模したドライバの鍔を押し上げる。


 透けるような白い肌と青みがかった銀髪が、錆色の街灯の下で存在感を放っている。

 この裏通りにはまるで場違いな妖精の様な風貌が微かに綻んだ。


「やあ、こんな夜分に偶然もあるものだね。『紅ヶ塚ジンヤ』」


 彼女はそれだけで絵になりそうな、何処かニヒルな微笑みを浮かべたままそう言った。

 それに対しジンヤは、平生の彼に珍しく警戒色を宿した視線で身を固めた。


 左足を半歩引き、身を斜に構え、右手を得物の束に添える。


 居合いの構えを保ったまま、頭一つ分よりも背の低い少女の挙動を警戒している。


「ぬかせ。『掃除屋』に偶然も糞もあるかよ。」


 彼が視線に捉えたのは、彼女の右腕。

『風紀委員』と刻まれた赤い腕章、本来なら左腕にある筈のそれが上下逆さまに留められていた。


 険しく眉を寄せる彼に、彼女は困ったように笑った。


「掃除屋……か。ふむ、間違っているとは言い切れないけれども、少々棘を感じる呼び方だね。

 勘違いが多いようだけれど、僕たちはあくまで『()風紀委員』には難しい仕事を代わりに片付けているだけに過ぎない、単なるフォロー役みたいな物だよ。君たちが思っているほど不透明な仕事をしている訳ではないさ。」

「そうかよ。で、今日こそオレもそんな奴に片付けられる日が来たってか?」


 抜かりなく距離を詰めつつ、相手を睨み付ける。


「なァ、『()風紀委員長』こと『アイカワさん』?」


 心なしか、彼女の顔に寂しそうな色が浮かんだ。

 しかし、それにジンヤが気が付く訳もなく、それどころか彼女自身でさえも自覚することなく会話は進んでいく。


「自己紹介が不要なのはありがたい。だけれども、良ければその『掃除屋』共々、『アイカワさん』もよしてほしいな。

 僕は君の同級生で、ただのアイカワだ。アイカワと読んでおくれよ。」

「そうかい、なら遠慮なく呼ぶぜ。アイカワ。」

「ああ、ありがとう『ジンヤ』。

 君は、そちらの名前で呼ばれる方が好きなのだろう?」

「いいや、少し違うね。」


 ジンヤはそう言って目を細める。

 鋭い傷跡の残った瞼が僅かに動いた。


「『紅ヶ塚』が嫌いなだけだ。」

「そうかい。それはすまなかった。」

「で、そのアイカワがオレに何の用事だ?

 やるんなら面倒な掛け合いはよしにして、さっさとかかってこいよ。」


 ジンヤは挑むように魔力放出する。

 魔術師としての才能を持つ者にしか確認できないその無形の波動が、鬼火の様に揺れながら彼の体を包んだ。


 しかし、対する彼女の反応は自棄に気の抜けるものだった。


「ふっ……」

「……あ?」


 何を思ったのか、突然吹き出したアイカワにジンヤは怪訝そうに眉を歪める。


「いいや、何でもない……だが、けれども……うむ。

 なるほど、鷹野アキラ先輩が気を労するのにも納得だ。」


 ジンヤからの奇異の視線など気にもせず、彼女は一人肩を震わせる。

 ジンヤが苛立つような素振りを見せると、やっとその笑いを腹の底に鎮めた。


「いいやすまない、こっちの話さ。

 それよりも、君はひどく勘違いをしているようだ。そもそも僕は、君に対して武力に働くつもりはないよ。」

「……あ?」


 未だジンヤの疑惑の眼差しは緩まない。


「つまり……いいや、その前にそんな物騒な物は下ろしておくれよ。

 それがあると、意思の疎通にも少なからず支障が出るだろう?」


 そう言いながら手に提げた袋から何かを取り出し、ジンヤの方へと差し出した。


「君、カフェオレは飲む方かい?」







「ジンくんが……風紀委員会から目をつけられる理由?」


 白葉寮の二号室、小田原コマエの部屋にマヒルはいた。

 マヒルの四号室と間取りは同じだが、綺麗に壁紙の貼り替えられた壁やら、掛けられたコルクボードにはアユムやジンヤと撮ったらしい写真やプリクラが貼られていたり、これもまたジンヤとアユムから贈られたと言うぬいぐるみや可愛らしい小物が賑やかに並んでいる。

 皆から可愛がれる『末っ子妹』の部屋だった。


「はい……アユムさんには聞きづらくて」

「……。」


 風呂上がりで髪を乾かした後のコマエは、薄いピンク色の布団の掛けられたベッドに座って小さく頷いた。


「……うん。」


 どうやら、マヒルの予想は的外れではなかったらしい。

 コマエはそのまま視線を膝に向けて黙ってしまった。

 しかし、今回のマヒルは退かない。


「……『緋島軍団』とも関係が?」

「……っ」


 その名前を出すと、コマエは明らかな反応を見せた。

 やはり、コマエには悪いが彼女を選んで正解だったらしい。


 自分の部屋にも関わらず、周辺を警戒する様に辺りを見回し、コマエは恐る恐るマヒルの耳元に口を寄せた。


「……いつ、どこで聞いたの?」

「……今日、鷹野先輩に呼ばれた時に。」

「……どこまで?」

「……いいえ、正確には『何があったか』は聞いてませんけど……紅ヶ塚ジンヤと緋島ケイジっていう名前が並んで出てきたので……直感で。」

「……。」


 コマエはそれを聞くと、再び俯いた。

 両手を膝の上で握ったまま視線をさまよわせている。


「教えてください、コマエさん」

「……」

「……僕は、アユムさんにも、ジンさんにも、この寮の人たちには返さなきゃいけない借りがあります。

 もしかしたら、僕に出来ることがあるかもしれません。」

「……。」


 コマエはほんの少し口を動かしかけたが、すぐに閉じた。

 そして、代わりに頑な目をマヒルに向けた。


「本当に……『借り』なの?」

「……?」

「ただの『借り』なら、マヒルくんはこの話を聞くべきじゃないよ」


 思わず言葉の出なくなったマヒルに、コマエは続ける。


「マヒルくんは、ただここで笑ってくれてれば、それでいいんだよ?

 マヒルくんの笑顔は、皆を元気にしてくれるから……。だって、マヒルくんが来てからはアユちゃんもジンくんも、びっくりするくらい丸くなったんだもん」

「それって……」

「ただの『借り』なら、それだけでいいんだよ?

 もし、マヒルくんがこの話を聞いたら……巻き込まれるようなことになったら……

 だから、マヒルくんは踏み込んでくるべきじゃないよ」


 やはり、とマヒルは思った。


 これはただ事ではなさそうだ。

 予想通り、何かしらの問題がこの寮には存在している。


 この瞬間、マヒルは腹を決めた。


「なら」

「……え?」


 遮るように口にしたマヒルに、コマエは驚いたように顔を上げた。


「なら、これでどうでしょうか?」


 マヒルは床に両膝を着くと、コマエに深く頭を下げた。


「『借り』なんて、ただの建前に過ぎません。

 これは僕の、完全に一方的な、単なる『お節介』です。」


「……え……?」


 口を開けるコマエに、マヒルは頭を下げたまま続けた。


「こればっかりは退く訳にはいきません。

 生まれてこの方の思考の偏りで、地獄の釜で煮込まれようと落ちない悪癖で、恐らくこの先未来永劫、雲の上だろうが地の底だろうがどこまでも引きずって行くであろう僕の性分です。」


 言い切ると、床に額をつけた。


「どうか、僕の我が儘に付き合ってください、コマエさん。」


 呆気にとらわれた静寂が、部屋を覆っていた。

 数秒後、コマエが居住まい直す音が聞こえた。


「やっぱり……マヒルくんは優しい」

「いいえ、ただの建前の押し売りです。」


 そこでやっとコマエが小さく笑った。

 安心したような、ほっとした声だった。


「……そういうところが、とっても優しいんだよ」


 コマエはベッドを下りると、マヒルの両方の頬に触った。


「わかった。マヒルくんならきっと……。」


 そう呟くと、コマエはすがるように言った。


「お願い、マヒルくん……」




「ジンくんとアユちゃんを……助けて」








「"学園生活に置いての不適合者の掃き捨て場"……いつからそうなってしまったのだろうね、君たちの『白葉寮』は。」

「知るか。」


 場所は変わり、誰もいない夜の第五白波学園本校舎の屋上。

 転落防止のフェンスに座ったジンヤは、ストローを突き刺したきりほぼ手付かずのカフェオレのパックを片手に返した。


 そんな愛想の無い彼の隣で、藍川(アイカワ)は飲み干したカフェオレのパックを丁寧にたたんでから言った。


「おっと、気に障ったのなら許してほしい。

 今のは『そう勘違いをする人間が多くて心外だ』という意味での発言だったのだけども、誤解を生んでしまっただろうか?」

「それも含めて『知るか』っ()ってんだよバーカ。」


 この女子生徒の何処か白々しい口調が、ジンヤはどうしても苦手だ。


 投げやりに飛ばすと、ジンヤは彼女の方に自分のパックを突き出した。


「うん、何だい?君の口には合わなかったのだろうか?」

「そうだよ。んな甘ったるくて飲めたもんじゃねェ。」

「そうかい……じゃあ預かるとしよう。と言っても、僕ももう随分飲んだ。持ち帰って冷蔵庫にでも保管しようかな。」


 藍川はパックを受け取ると、少し首を傾げながらレジ袋に入れた。


「つーかよ……」

「うん?」

「お前らも似たようなもんじゃねェか」

「何がだい?」


 ジンヤは頭の後ろで腕を組んだ。


「さっき、白葉寮(ウチ)のこと"勘違い"がどうこうとか言ったな?」

「ああ、そのことかい。それは謝ると……」

「違ェよ。

 お前らも似たようなもんだって、『()風紀委員会』。

 いつから"海上学園都市の便所掃除役"になんてなった?」

「それもそう、その通りだ。」


 藍川は鼻から息を抜くように笑った。

 熱帯夜の蒸し暑さを感じさせないような、何処か清々しい表情だった。


「そういう意味では、僕は君たちに親しみを抱いているつもりだよ、ジンヤ。」

「そうか。こっちは全然抱いてねェから安心しな、エリートさんよ。」

「エリート嫌いだとは聞いていたが……なるほど、棘があって近寄りがたいね。」

「ああ、お前なんかといちゃこらしあうなんてごめんだからな。」

「そのわりには随分と簡単に誘いに乗ってくれたものじゃないか?」

「ウルセーな。」


 片手にぶら下げていたドライバの鍔を鳴らす音が細かく聞こえた。


「あの場でおとなしく掃除されるほどバカじゃねェよ、オレも。」


 視界の隅に確認していた藍川の流し目が、夜の闇のなかで鋭い光を帯びていた。


「そうかい。」


 ふと視線を戻してやれやれとため息をついた藍川は、宙に投げ出した白い脚をぶらぶらと揺らした。


「悪く思わないでくれ、これも君とじっくり話すためだったんだよ。」

「……ッチ」

「それじゃあ……」


 藍川の目が、ジンヤの横顔を見つめた。


「聞かせてくれるね、"君たち"の話」






 先ずは、ここが……白葉寮がどんな場所かを話すね。

 元々、本校舎や他の寮からも離れてたから、あまり他の生徒とうまくやっていけないような生徒が集まってくるような場所だったんだって。

 でも……それが大々的な決定付けられたのが……私たちの頃なんだ……。


 マヒルくんは『色落ち(イロオチ)』って、知ってる?


 有名な魔術師の家系……名門家には上の名前に『色』がつくんだよ。

青柳(アオヤギ)』『藍川(アイカワ)』『紅ヶ塚(コウガヅカ)』もそうだし……『緋島(ヒジマ)』も。こんな風に『色』に関する言葉が苗字に含まれてるの。


 そんな家柄の血はとても希少で、国にとっても貴重だから、昔からずっと慎重に管理されてきたんだよ。

 でも、ごく希にその管理の外で生まれてしまう子供がいるの。

 魔術師の家系でない、一般の人との間に子供を作ってしまうこともあって……もちろん、魔術師も人間で、管理されてばかりの家畜じゃないんだから……ある程度仕方ないんだけど……。

 けれど、それは国から見ればとても危険なんだよ。

 国の監視の届かないところで魔術師の血が発展してしまえば、それは自国にとっても他国にとっても脅威になってしまうから。


 だから、普通は妊娠しても産まないの。

 けど、気がつくのが遅かったり……やっぱり命は命にかわりないから……どうしても一人の子供として産まれてくることもある。


 そんな子が『色落ち』なんて呼ばれてしまうの。


 魔術師の世界では、スキャンダルの落とし子として後ろ指をさされて……一般の方でも、気味悪がられたり、酷い迫害を受けるんだよ。


 それで……ジンくんと、アユちゃんも、それなんだよ。


 アユちゃんは直接じゃなくて、お母さんの方がそうで……ジンくんは少し複雑なの。


 同じ世代の同じ寮に『色落ち』が二人……そんなことがあってこの寮の評判もあまりよくはなかったの。

 でも、アユちゃんの成績や気立ての良さがあったり、ジンくんも少し乱暴だったけどランキングで上位を保ったり、そのお陰で表だって何かされることはなかった。


 むしろ、二人がこの寮をいい方向に変えていくんじゃないかって噂もされたくらいだった。



 けど、入学して暫く……ある事件が起こったの。






ー同刻


 白葉寮、三号室。

 愛沢アユムはベッドの上で枕に顔を埋めたまま、ぼんやりと考え事に耽っていた。


 まさか、ジンヤに続いてマヒルまで


 アユムは小さな声で呻く。

 マヒルが緋島に目を付けられたと知った時は、内心心臓が止まるかと思った。

 それでも、平静を装っていられた自分を誉めてやりたいくらいだ。


『緋島ケイジ』

 すべての元凶で、ジンヤをあんな風にしてしまった張本人だ。


 あの日の事を思い出すだけで、体が冷たくなっていく。





 初めは、単なる傲慢で高飛車などこにでもいる『面倒な先輩』だった。

 勿論、彼の取り巻き数名に『緋島先輩からお話がある』と声を掛けられた時もそれは変わらなかった。


 もちろん、断った。


 あんな奴に構うつもりなど毛頭無かったし、加えてジンヤ程では無いにしろ、アユム自身も『エリート』という人間が嫌いだったのだ。


 しかし、彼からの呼び出しは止まない。

 そして、それを何度も聞き流すうちに薄々理解していった。


 奴は、私を自分の(モノ)にしようとしていると。


 だが、それがどうした。

 常に足元に綺麗所を三人四人侍らせているような女誑しに揺れ動く訳もなく、それどころか、直接顔を会わせにくる事もないその傲慢さに怒りさえ覚えていた。


 あの男は、家柄ばっかりの単なる小物。

 私の最も嫌いなパターン。


 アユムの中では、それだけだった。


 しかし、入学してから半年と少ししたあの日に、それでは済まなくなってしまった。



 放課後の帰り道。

 白葉寮へ帰るときはいつも一人だ。


 こんな時間からこんな道を歩くような人間は一人としていないし、ジンヤもこの時間は何処かで対戦相手を探してほっつき歩いている。


 そんな夕焼け色の小道に、見慣れないモノがあった。


「愛沢アユムだな」


 その問いかけに思わずため息をついた。


 そこに群れていたのは、いつもいつも顔を出してくる緋島の取り巻きたちだった。


「……なに。私、今とっても急いでるんだけど?」


 数は十人ほどと何時もより多いが、ただそれだけだ。

 彼女にとっては威圧にさえなっていない。


「何度も言うが、お前。緋島先輩から声がかかっているんだぞ?それを蹴るとはどういう……」

「うるさいな……!」


 それを遮ると、アユムは早足でその集団の間を通り抜けた。


「別に、あんな男に会う気なんて全くないから。アンタたちもちゃんと伝えてよ。あと、二度と私に近づかないで。」


「なら」


 いつもはここで逃げ切ればそれで終わり。

 しかし、今日は違った。


「っ!?」


 アユムのよりも一回り大きな手が、後ろからその肩を掴んだ。

 一瞬頭が真っ白になったが、反射的に振り払い後ろ蹴りを叩き込んだ。


「うぐっ……!?」


 しかし、間髪入れずにアユムの背後から二人が迫る。


「おとなしくしろっ!」

「ちょっと……やめ……てっ!」


 二人の男に羽交い締めにされながら、アユムは足をばたつかせる。


「今だ!やれ!」


 目の前から片手に『麻痺の魔法』の印を発生させた男子生徒が迫る。

 その瞬間に、アユムの中でなにかが切れた。


「このっ……!」


 自らの指環型のドライバを操作し、一瞬で『閃光の魔法』を多重構成する。


「リロード『フラッシュ』反復(リペテーション)!!」


 光の爆発が辺りを飲み込み、拘束が緩んだ。


「離っ……せ!」


 男子生徒二人を振り払うと、両手を上げる。


「リロード『レパルド』再展開!」


 手のひらに構成された印がモザイクのような光になって、愛用の白い短機関銃型の魔動機を構成した。


 その頃には、閃光を防いだ残りの取り巻きが各々武器を取り出していた。


 だが、アユムはまるで臆しない。

 当時既に、アユムのランキングは43位。

 100位以内にも達しない連中など、何人集ったところで相手にはならない。


 適当にあしらえばそれきりだった。

 しかし、アユムはいきなり襲われたショックで完全に頭に血が上っていた。


「リロード『ノッカー』!」


 相手を吹き飛ばす『衝撃の魔法』を付与した銃弾で、次々と取り巻きを叩きのめしていく。


 数分後には、倒された取り巻きたちが地面に転がっていた。


「はあ……はあ……」


 魔法を連射したアユムは肩で息をしながらその場にへたりこんだ。

 軽い魔法だったとはいえ、あそこまで後先考えず連射すれば当然だ。


 頭が冷めてきたが、それと同時にある危惧が思考に上ってきた。


 非殺傷性とはいえ、この数の人間に攻撃魔法を乱射してしまった。


 これが学園の方にばれてしまえば


「はははは……」


 笑い声が聞こえたのは、そこまで考えた時だった。


「いやあ、よく撮れたぜ?流石だ43位、先輩のお気に入り……戦ってるところも様になるぜ?」


「……!?」


 道の脇から顔を出したのは、緋島の取り巻きの一人だった。

 片手にはビデオカメラを構えている。


「あんた……まさか……」

「そのまさかだよバーカ!」


 甲高い声で笑うと彼はカメラをアユムの方に投げた。

 地面に転がったカメラの画面には、アユムが緋島の取り巻きに攻撃魔法を乱射する姿がはっきりと撮されている。


「そんな……」

「後はちょちょいと加工でもしてやれば……緋島先輩の発言力はでかいからな。お前はどうなることやら……はははは!」

「そんな……そんな……」


 その場に膝を着くアユムに、彼は小さなメモリーカードを出して見せる。


「ほら、映像はこの中だ。」

「……めて……」

「さて、こいつがばらまかれたらどうなるか、気になるな?」

「……やめてよ……」

「うん?なんだって?」


 取り巻きはアユムの髪を乱暴に掴むと、無理矢理上を向かせた。


 アユムは今にも泣き出しそうな目でそれを見上げた。


 やっと入学できた第五白波学園。

 散々に努力を重ねて、やっとたどり着いたこの学園。

 これが表に出ればどうなるだろう。


 退学か?

 いや、自分達の『色落ち』の烙印も合わされば、きっと更に酷い結果が待っている。


 母さんはどんな顔をするだろう。

 ジンは何と言うだろう。

 コマエは、白葉は……



 私は、どうなっちゃうんだろう



「さて、先輩のモノになる準備は出来たか?」


「私は……」


「それとも……」


「私は……」







 ーー離せ




 聞き慣れた声がした。


 もう随分前から嫌なほど聞いている、少し腹はたつが、何となく落ち着く声。


「……あ?」


 目の前の男が振り返ったのと同時に、その声は鮮明になった。



「"離せ"っ()ってんだよ金蝿野郎」



 アユムから手が離れ、取り巻きの男子生徒が蹴り飛ばされた。


 そこから現れたのは、片目に鋭い傷のある見慣れた顔だった。


 彼は吹っ飛びかける男の腕を無理矢理掴むと、ぐきりと捻りながらその手の中のものをむしりとった。


「あぁぁぁぁぁぁぁ!?」


 悲鳴を上げながら転げ回るそれにもう一蹴り入れると、つまんだメモリーカードを覗き込んだ。


「……『アストラ』……」


 小さな合成樹脂と金属は『火矢の魔法』で焼け焦げ、バラバラになって風に散った。


「……何がカリスマだ。ただの陰湿ブタ野郎に群がるハエの集まりじゃねェか、『緋島軍団』。」


 映像を流し続けるカメラを拾い上げ、『削除』のボタンを押しながら呟く。

 アユムは放心状態でそれを見上げていた。


「ジン……?」


 すると、飛んできたのはげんこつだった。


「何してんだよバカアユ。テメェ人にはあーだこーだウルセーくせに、どうだ?自分も散々やってんじゃねェか。」

「……」


 反射的に何かを言い返そうとしたアユムだったが、その言葉は自らの嗚咽に呑まれた。

 やっと出てきたのは、か細い泣き声だった。


「ジン……ジン……私……!」


 映像は破棄されたが、自らしてしまった事に変わりはない。

 形はどうあれ、緋島はこの事件を広めようと学園を焚き付けるだろう。


「私……どうしよう……もうここにいられない!」


「……だあー」


 ゴツン。

 帰ってきたのは、先程と同じくげんこつだった。


 アユムが呆気に囚われてぽかんと見上げると、ジンヤは自分の頭をがりがりと掻いていた。


「……ウルセーな、バカアユ。

 どうしようって?どうにかしようってここにオレがいんだろうが。」


「へ?」


 ジンヤはアユムの前に出る。

 まるで表情を隠すように俯くと、ぼそりと付け加えた。


「あと……そうビービー泣くもんじゃねェだろ、お前。……やり辛ェったらねェや……。」


 いい終えると、ジンヤは日本刀を模したドライバの鞘を払った。


 黒く塗られた刀身が甲高い音を上げる。


「リロード、コード『コウガ864』オペレーション」


 白いコートが具現化し、オペレーションが始まった。


 アユムは息を飲む。

 訓練外でのオペレーションは有事以外では校則で固く禁じられている。


「ジン……なにやって……」


「クッソぉぉぉぉ!!」


 その時、メモリーカードを破壊された取り巻きが立ち上がった。


「ジンヤ……お前、先輩に逆らってただで済むと……!」

「ウルセー。」


 その一瞬だった。

 勢いよく踏み込み、高周波ブレードを横一閃する。


 金属を切断する硬い音に続いて、火花の散るバチバチという音がした。


 男子生徒が使用しようとしたドライバが、ジンヤの刀に破壊されたのだ。


「なッ……!?」

「ウルセー、ウルセーウルセーウルセー」


 続いて繰り出された蹴りが、呆然とする彼の脇腹にめり込む。


「ごっ……」

「ハエはハエらしく……」


 そのあとも、ジンヤの攻撃は続く。

 蹴り脚が、拳が、休む間も与えずに相手を苛む。


「……ブタの尻にでも集ってりゃ良かったんだよ」


 オペレーションによる肉体強化にものを言わせ、抵抗する手段を失った相手へひたすら暴力の雨を降らせる。


「ジン……待ってよ、何やってるの……」

「アユ。」


 既に意識が朦朧としているのか、反応の鈍くなり始めた男子生徒を締め上げながらジンヤが振り向いた。


「お前は帰れ。後はオレがやる。」


「なに言って……」


「帰れ。」



 その一言に、アユムは今までに見たことのないジンヤを見た。


 血に濡れた獣の牙のようにぬらりと光る目が、こちらを睨み付けていた。


「……は……」


 膝ががくがくと震える。

 何か言いたいが、言葉が上手く出てこない。


 気がつくと、アユムは走っていた。


 ジンヤに背を向け、一目散に。


 その最中に、アユムは見た。



 ジンヤが地面に投げ捨てたビデオカメラの電源が入っている。

 そのレンズは、狙い済ましたかのようにジンヤの方を向いていた。





 翌日、ジンヤは風紀委員により出頭を命じられ、審議に掛けられた。


 学園の管理外でのオペレーション操作。

 六人のドライバを破壊した後、抵抗する手段を失った生徒たちに対し魔法を行使、執拗な暴行を加え、最も軽い者でも全治五ヶ月以上の重傷を負わせた。

 学園内で無くとも、その犯罪性は高い。


 証拠は、その場に放置されていたビデオカメラの映像であり、その瞬間が鮮明に撮されていた。


 加工などの痕跡も発見されない上、本人も自分の罪を認めたため、処分が決定となった。


 何もかもが、アユムが呆気にとらわれている内に決まってしまった。


 しかし、そのあと何が起こったか、ジンヤは処分を受けないまま寮へと戻ってきた。


 ジンヤは『紅ヶ塚の実家がどうにかしたらしい』とだけ言った。


 名門家の中でも特に名高い紅ヶ塚家の介入や、元より注目の的にあったジンヤの起こした突然の事件に、学園内は揺れた。


 緋島が流そうと目論んだ『愛沢アユムの噂』など、塵ほども浮かび上がって来ないほどに。


 それ以来、風紀委員のマークが強くなったこともあり緋島のアユムへの嫌がらせは無くなったが、それでも全てが丸く収まるなどということはなかった。




 ジンヤは風紀委員会の権限により学園内での一部の権利が剥奪、それが現在も続いている。



 そして、その日以来白葉寮という場所に『学園生活に置いての不適合者の掃き捨て場』という烙印が押され、寮生以外には誰も近寄らなくなった。



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