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雛由マヒルの初出校1

 その後、アユムは大いに荒れた。


「あーユウキちゃん!もう、せっかくマヒルにビックリサプライズプレゼントって企画してたのに! ていうかパンツ履きなさい!」

「あっはは、やーやごめんね。あと嫌だ。」


 ユウキは舌を出した。


「私だって忙しいんだ。出来れば事は素早く済ませたいんだよね。それに、この子めっちゃ面白いし。児哭森家の探求心に『我慢』なんてプログラムは働かないのだー。」

「うう……」

「そんな顔しないの。良いじゃない良いじゃない、マヒルだってほら、ご覧のとおりなんだし。」


 そう言ってドライバの操作に夢中になっているマヒルを指す。

 その様子に、アユムはしゅんとした。


「いや……でも……はあ」


 熱心にドライバを握りしめているマヒルを見ると、アユムも渋々頷いた。


「いんやあ、それにしても良かったねえマヒル」

「え?」


 ドライバのイメージスクリーンを操作していたマヒルがユウキの声に振り向いた。


「いいお嫁さんが持ててさ。

 私たちの純粋無垢なアユちゃんをすっかり女にしやがって、悪い男め。」

「お嫁……さんッ!?」

「やんっ、もうユウキちゃーん!」


 にやにやと笑っているユウキの肩をやけに嬉しそうなアユムがクネクネしながら叩いていた。

 アユムを指しながらユウキは言う。


「このドライバ、費用出したのはアユムだよ?ま……超格安で提供したのは私だけどさ」

「そうなんですかっ!?」

「マヒルの為なら屁でもない!」


 アユムはえへんと胸を張っていた。

 申し訳なさで一杯という顔で、マヒルは手の中のドライバを見る。


 超最先端の技術、魔法と科学を融合させた人類叡知の結晶。


 そんなものを手にしたとき、天性の貧乏人たる雛由マヒルが真っ先に気にすることはひとつである。


「ちなみに、これ……いくらするんですか?」


 値段の心配だ。

 我ながら悲しき性である。


「ん?そだね……ハードは兎も角、ベースのソフトは最新モデル……チューニングとかこの私が幾らか手をつけたからその分も加算すると……」


 ユウキは机にあった電卓を指で弾いた。

 あれこれ考えながらぱちぱちとボタンを叩く。

 最後に指をぱちんとならすと、それをマヒルに向けた。


「おぅ、こんなとこかね」

「高いッ!?」


 驚き過ぎて腰が砕け散るかと思った。

 零がひとつ、みっつ、いつつ、と数えるがきりがない。

 新車が丸々二台、保険加入からその他オプション込みで用意できそうである。


「そそそそそ、そんなものをっ!?アユムさんが負担したんですかっ!?

 ていうか、ドライバって資金援助の対象にならないんですか!?」

「そんなぁ、ならないならない。自腹。だって教材費でも生活費でもないし。」

「そんな!?」


 頭を抱えたマヒルに、ユウキは電卓を手の中で弄びながら言う。


「ああ、男がびーびー泣くもんじゃないの。大丈夫だよ。

 これは元々私の私物だったドライバ。それを君のために調整した物。つまり中古品ってとこよ、最新型だけど。

 だからアユムと君には友情割り、99%オフっていうことで」


 ユウキが再び電卓を弾くと、やっと手の届く額が表示された。

 だが、それでもまだ安いとは言えない。


「でも……いいんですか?そんなこと……」

「いいっていいって。ほら、私ってばさチョーお金持ちだから。」

「アユムさんも、割り引きしてもらえたとはいえこんな額……」

「私も平気だよ?これでも結構貯えあるほうだし、それに……」

「それに?」


 アユムは両方の頬に手を当てると、腰をクネクネさせながら言った。


「近い将来には……この貯えも二人のものになるんだし……?」

「……はい?」


 言うや否やアユムはきゃいきゃいとユウキの肩を叩いた。


「やんっ!アユムちゃんの通帳は既に夫婦共同名義なのですー!」

「その制度はかなり昔に廃止されたと思うんだけどねえ」

「知らない知らない!気持ちだよ、キ・モ・チ!なんかひとつの姓に二人分の名前が表記されてるなんてもう……ああ、それだけで幸福感!そう思わない?」

「知らないけどさ……。ああ、そうなのねウンウン……アユムの預金口座は幸せで一杯か。」


 昨晩の事などまるで嘘のように、アユムは相変わらずの様子だった。

 安心したような、呆れたような。


 恐らくこれが愛沢アユムという少女なのだろう。


「だからっ」


 マヒルの前に出ると、アユムはにこりと笑った。


「マヒルはいっぱい強くなるんだよ!」

「でも……」


 マヒルは口ごもる。

 昨晩の事がありながら、ここまでしてもらうことには抵抗が生じる。


「平気だよ」

「……え?」


 顔を上げた先のアユムは何時もの笑顔だった。


「私はね、やっぱりマヒルの事が大好きなんだよ。

 だから、助けてあげたいし、いい顔見せたいし、マヒルにいっぱい好かれたい。

 つまり、そう言うことなんだよ。」

「……。」


 言葉を紡ぎ出せないマヒルの手を握ると、アユムはいつになく柔和な笑みで言った。


「大丈夫。

 ……これでも、あのあと考えたんだよ?色々。

 で、分かったんだ。

 確かに私はマヒルのこと、全部は知らない。

 本当は私が思ってるよりももっと辛い思いをしてきたのかもしれない、危ないこともしてきたかもしれない。でも、それでもいいんだよ、私。

 それも含んで、きっとマヒルはマヒルなんだって、そう思う。

 だから、」


 心持ち少しだけ顔を寄せると、アユムは小さく言った。


「その……マヒルが準備できるまでなら、いくらでも待つよ。

 だからマヒルには自分に素直でいて欲しいな……って思ったり。」


 そんな言葉に、マヒルは目を見開いた。

 アユムはそれに反応することなく、今さら照れ臭そうに笑っていた。


「アユムさん……」

「なに?」


 たぶん、彼女は薄々気がついているのだろう。

 マヒルが何かを抱えていることを。


 アユムの予想外の鋭さに驚きつつも指輪を握りしめ、マヒルは頷いた。


「……分かりました。」


 毅然としていながらも包み込むような態度が、彼女らしくもあり、同時に少しだけ眩しかった。



 ーーだからこそ、自分は



 そこで、パンパンと手を叩く音がした。


「はいはーい、新婚さんのお二方?私は忙しいから、そろそろ仕事に戻りたい。営むんなら他所でゆっくーり頼むよ。」

「あ、ごめんユウキちゃん。」

「いいってばよ!アユムには色々お世話になってるんだからさ。これからも頼れるだけ頼ってくれればいいさね。

 私、いつでも、ちょーウェルカム。アンダスタンド?」

「ありがと!」


 アユムはマヒルの手を取ると、部屋の扉に向かった。


「ああ、うん。そだアユム。」

「ん?」


 去り際の二人に、ユウキが椅子を回転させて言った。


「ドライバはきちんと調節したけどさ、登載したデバイスに関してはほとんど手付かずなんだよねー。

 アユム、そっちの方は丸投げしちゃうよ。」


 するとアユムはその場で小さく跳ねた。


「やった!うんうん、任せといて!その辺は得意分野だし!」

「OK、流石は白葉寮の若奥様!じゃあね」


 ユウキに手を振り返し、アユムはかんかんと階段を上って行った。


「さあて……今日やることは決まったね。 」

「何からやるんですか?」


 訪ねるマヒルに、アユムは親指をぐっと上げた。


「デバイス弄り」





「この為の設備ですか、これは。」

「そゆこと。」


 ところ変わって、ここは白葉寮二階の三号室、アユムの部屋だ。

 卓上で起動した二台のPCを器用に操作するアユムに、マヒルは驚きつつもなんとか頷いていた。


「よっし、準備完了!マヒル、ドライバ貸して?」

「あ、はい。」


 マヒルは言われるがままにアユムに黒い指輪を差し出す。

 それを手早く無線接続すると、早速作業に取りかかった。


「んじゃ、作業ついでにいっぱいいちゃいちゃするよー!ね、マヒル?」

「ああ……はい。お手柔らかに……」


 フチの赤い眼鏡をかけたアユムに元気よく言われて、マヒルは曖昧に笑って視線を反らした。

 画面作業用のブルーライトカット加工の施された眼鏡をくいっと持ち上げ、アユムはキーボードを叩く。


 ボード上をスラスラと動き素早くタイプする指使いから、かなりの熟練度が伺える。


「こういうの得意なんですか?」

「こういうの?」

「ええ……画面作業ってやつですよ。」

「まあね。カッコいいでしょ?」

「カッコいいもありますけど……なんか意外です」

「え、それ少し酷い」


 頬を膨らませつつも、機嫌は上々らしい。

 鼻歌でも聞こえてきそうな雰囲気で作業の手が踊る。


「これからやるのはね、ドライバが仲介操作するデバイスの調整だよ?」

「デバイス……ですか。」

「そう。まあ……デバイスに魔法を覚えさせるって感じかな?」

「ううん……」

「分からないんだったら……はい、これ読んでみて?」


 作業の手を一旦止めたアユムが、机の端にあった棚から一冊のノートを取り出し、マヒルへと手渡した。


「これ……?」

「授業で使ってたノート。これにまとめてあるから、少し分かりやすくなるかも。」

「ありがとうございます」


 授業の前に予習ができそうだ。

 これは非常に助かる。


 マヒルはかたかたと聞こえるタイピングの音をBGMに、ノートを捲った。


「ドライバ……ドライバ……あった。」


 補助装置に関する授業のものと思われるページで、マヒルは手を止めた。


 まず目についたのは、ページに大きく書かれた手書きのイラストだった。


「……。」


 下手ではないが、上手くもない。


 ネコのようなキャラクターが数えて数匹、各々がページいっぱいに存在を主張しあっていた。

 落書きではなさそうだが、何となく虚を突かれたような気分になった。


 よく見てみると、どれも格好が少しずつ違う。


 一匹は首にナプキン、両手にナイフとフォークを持ち。つまり客の格好。

 一匹は片手にグラスの乗ったトレー、もう片腕から布巾をかけ。つまりウエイターの格好。

 残り三匹は白いコック帽子を被り、両手にそれぞれ包丁と食材を。つまり料理人の格好。


 それぞれ順に、術者、ドライバ、デバイス、と名付けられている。


「……。」


 なんと言うか不思議な世界観を感じさせるイラストである。

 恐らく、それぞれの関係性を表しているのだろうが、文ではなくイラストというところが、何となくアユムらしい。


 とにかく、ドライバの構造は雰囲気的に理解できた。


 要は、客ネコ(術者)が所望する魔法、ここでは料理を、ウエイターネコ(ドライバ)が料理人ネコ(デバイス)に指示。料理人ネコはウエイターネコの指示に従って料理を作り、客ネコは材料費として魔力を支払う。


「アユムさん……将来は小学校の先生にでも?」

「え、何で?」

「いや……子供にうけそうなノートだな……と。」

「もしかしてだけど、私バカにされてる?」

「……いえいえ」


 マヒルはページを読み進める。

 イラストの下には、しっかりと授業中の板書や、要点内容のメモが取られていた。


『優等生だ』とは自称していたが、カメラ機能の発達による『板書は端末で撮影』が罷り通っているこの頃にしては真面目な部類と思われる。

 成程あの発言も嘘ではないらしい。


 だが、板書の長さにやられたらしく、眠たくなったのか途中からノート上をミミズが這い始めたため、諦めて比較的解読が容易なメモに目を通すことにした。


『ドライバに収録される各デバイスには魔法儀式が変数を含んだ未完成の『数式』として記録されている。ドライバの仕事は、術者の脳波を信号化し、各デバイスに伝達することだが、同時にその『変数』を術者にかわって処理、伝達も担っている。』


「変数……?」

「魔法の規模とか、威力とかを調節する為のものだよ。

 さっきのネコの絵で言えば……料理のトッピングみたいな感じかな?

 大盛り、ちょい盛り、麺バリ硬、ネギ山盛り、背油多めとか。

 それらも含めて、注文を如何に早く正確に料理人に伝えるかが、ドライバ(ウエイターネコ)の腕の見せどころってわけ。」

「へえ……ていうかこのネコの店、ラーメン屋なんですか?」


 マヒルの質問形式の指摘は無視して、アユムは作業に戻ってしまった。


 仕方ないのでマヒルもノートに視線を戻す。


 次の項目は、デバイスの種類についての記述。

 やはりまた件のネコが描かれている。


 肉や魚を調理する料理人ネコ。

 パンを焼く料理人ネコ。

 スープやサラダを作る料理人ネコ。


 各々、順に『メイン』『サブ』『タクティカル』と名付けられている。


「この料理店設定好きですね……」


 続きは、それぞれ料理人ネコたちの仕事についてだ。


『メインデバイス

 ドライバ内では最も中枢近くにあるデバイス。オペレーション時にDGSと同期し、肉体強化や自己修復など、常時発動型の魔法を司る。』


『サブデバイス

 格納魔動機の記録、再構成、その他魔動機とのリンクを司る。拡張により格納できる魔動機の規模や数を増量できるが、ドライバの脳波処理に、誤作動やタイムラグが発生しやすくなる。』


『タクティカルデバイス

 他のデバイスと異なり、複数のストレージに小分けされており、戦略魔法の記録を担う。上書きや書き換えにより収録された魔法の微調整が可能。性質上、複数の戦略魔法の収録には数毎のストレージを必要とする。その為、デバイスの容量が嵩みやすく、ドライバの処理の効率悪化に繋がりやすい。』


「いずれにしても、デバイスはどれだけ容量を切り詰められるかがミソ。」


 どうしてもマヒルに絡みたいのか、アユムが眼鏡をかけ直しながら振り向いてきた。

 マヒルとしてはきちんと作業が進んでいるのか気になるところが、ここでモチベーションを下げてもらうのも困るので大人しく相槌を打った。


「いくらチューニングしたって、ドライバとの脳波リンクにも得意不得意があるから、素早く正確に魔法を使うにはなるべく儀式を簡素化して容量を節約しないと。複雑すぎるデバイスを無理矢理使おうしようとしたら、最悪動作不良(ジャミング)が起きちゃうし。」

「ジャミング?」

「そう。銃の扱いには慣れてるって言ってたよね?」

「ハイ……ってことは、その『ジャミング』と同じように考えれば?」

「うん。ジャミングは怖いよ~……。ただ不発に終わるならまだしも、意図とは全く無関係な魔法が発動しちゃうケースも有り得るし。」

「うわ~……。」


 某おとぎ話もよろしく、よくわからない因縁から蛙に変えられてしまう自分や、母親を生き返らせようとして弟の肉体と手足各一本ずつを失う自分を想像するマヒル。


「いやいや……前者は魔女の呪いだし、後者に至っては錬金術ですから、僕は平気ですよ……」

「何の話……?」


 ぼやいていると、アユムに怪訝な顔をされた。


「ああ……いえ、こっちに話です」


 我ながら苦笑いものの想像に、やれやれと首を振る。

 こう見えて自分は新しいものに臆病なのかもしれない、と思うマヒルだった。


「それならいいけど」とアユムは続ける。


「他にも、血液型や指紋みたいに人によって魔力の質は違うし、戦略魔法に至っては三属性各三系統ごとに相性があるから、その点もよく考えて組み立てる必要があるんだよ。」

「三属性……?ポ〇モン的な……」

「そっちじゃないよ。

 魔力が、魔法によってどう変質、作用するかで分類したものだよ。

 ええと……物質化属性と、力化属性と、それと内世界干渉属性……これは最近になって呼び方が増えたんだけど……所謂、精神干渉属性、この三つ。

 それぞれ、さらに三系統に分類されてるから合計九種類だね。

 それぞれの関係性を図形化すると三角形を三つ組んだようになるから、《トライ トライアングル》なんて呼ばれたり。

 魔法学の基礎部分だね。」

「暗記問題ですか……」

「理系も文系も両方が必要になるのが魔法学の嫌なところだよ」


 と言いつつもアユムはなぜか嬉しそうににこりと笑った。


「さて、まあ授業はその辺でいいから、マヒル。どんな魔術師になってみたい?」

「どんな……って言うと?」


 アユムは机の上に乗せていたノートパソコンを取ると、マヒルに見せる。


「ユウキちゃんが解析してくれた結果では、マヒルは私みたいに複雑な戦略魔法を多用するより、体を動かす方が得意なんだって。

 だから、メインデバイスを主力にして組み立てて行きたいんだけど……」

「つまり……ガンガン身体使っていく体術タイプみたいな?」

「そうだね、うん。

 でも体術タイプとはいえ、色々あるしね……。正面から突っ込んで行って暴れまわるゴリゴリ型とか、走り回って敵を撹乱するピョンピョン型とか。」

「ううん……」


 マヒルは何を思ってか数秒顎に手を当てると。


「ハイ、分かりました。」

「え?」


 何が分かったのか、瞬きするアユムに、マヒルはノートを1ページ切り取って、何かを箇条書きにしていく。


「ええっと……」


 書き終えると、それをアユムへと差し出す。


「こんな感じにできますか?」


 紙切れを受け取ると、アユムは上から下へと読み進め眉をぴくりと動かした。


「マヒル……これ……」

「え?」


 驚きと呆れを足して割ったような表情のアユムが紙切れを机に置きながら言った。


「構造はかなりシンプルだけど……かなりセンスが問われると思うよ?」








 後日


 白葉寮、午前7時。


「制服マヒルー!制服マヒルー!制服マヒルー!」


 謎の呪文が聞こえる。


「……あさからげんきですね……」


 四号室、雛由マヒルの部屋。

 不正政治家の謝罪会見ばりにバシャバシャと焚かれるフラッシュを前に、マヒルは目を細めていた。


 何処から引きずり出して来たか、厳つい一眼レフを構えたアユムが室内を跳ね回る勢いで四方八方からシャッターをきる。


「そりゃあ元気になるよ!マヒルがウチの制服着てるんだよ、おんなじ制服だよ!!」

「いや……これからはほぼ毎日見るわけなんですから……そんなに撮らなくても」

「何言ってるのっ、もう!」


 またフラッシュを焚いて、マヒルに指を突きつける。


「この瞬間のマヒルは、この瞬間にしかいないんだよ!」

「いや、意味が……」


「お前こそ何を言っている」と言うところだが、そこを言わないのが雛由マヒルなのだ。

 居心地悪そうに頬を掻きつつも、仕方なくマヒルは身支度を始める。

 昨日用意した鞄に、昨日用意した教科書、昨日用意したペンケース、これも昨日用意したノート。

 新しい合成皮製品の匂いと新しいインクと紙の匂い。

 それだけで昨日のごたごたが脳裏に甦ってきた。


 調整の為に足腰がたたなくなるまで魔法を撃ちまくった、地獄のデバイス弄り。

 何せ、アユムも『こんな魔法、試したこともないよ』と一時は匙を投げかけたぐらいである。

 最終的には児哭森ユウキにも協力を頼み、やっと完成させたのだ。

 だが、結局全て終わったのが午後11時で、思い出しただけでも目眩がするような試射が何時間も続いた。


「うぅ……」


 いかん、このままではまた倒れてしまう。


 疲れを無理矢理に忘れて、改めて作業の手を進めた。


「……大丈夫……この程度ならいつものことで……」

「どうかした?マヒル。」

「あ、いえ、なんでも」


 そう言いながら、マヒルたちは部屋を出た。

 まだかなり早いが、一足先に登校だ。


 初出校ということもあり、やることが多い。

 如何せん裏口入学なので、踏み倒してきた過程が多いのだ。

 その分だけ色々と忙しくなる。


 白葉寮周辺の名物、雑多な林というか茂を両サイドに走る辛うじて舗装された道を二人ならんで歩く。


 ドライバのイメージスクリーンに表示される時間は、まだかなり早い。


 マヒルは胸元の二つの指輪に指を触れた。




「え?……それ、つけないの?」


 マヒルがドライバである指輪を首へかけるチェーンに通した時、アユムは残念そうにそう言ってきた。


「ええ……まあ。」


 細いチェーンに通された黒い指輪は、元からそこにいた銀の指輪に触れて小さく揺れた。

 アユムは納得がいかないという顔でそれを見つめる。


「せっかくお揃いで色ちがいにしてもらったのに……」

「ごめんなさい……でも、しばらくはこうさせてください。」


 静かに謝ると、アユムも渋々とだが頷いてくれた。


 マヒルは再びそれを首にかけ、また少し重くなったチェーンを服の内側に仕舞った。




 胸元でせめぎ合う様に揺れる二つの指輪を指先に感じながら、マヒルは考える。

 アユムからの黒い指輪と、『彼女』から贈られた銀の指輪。

 双方とも、まだ指を通したことはない。


 あれから何年も過ぎた筈なのに、まだ自分は折り合いをつけられないでいる。


 アユムは『待つ』といってくれたが、果たして上手く片付く日は来るのだろうか。



「面倒臭いよね、この道。バスとか通ってくれれば楽なんだけどな……。」


 アユムの声で、マヒルは瞬きをした。

 隣のアユムが、唇を尖らせながら斜め上の空を見ている。


「さすがに、島のはしっこもはしっこですから。そう簡単には通りませんよ。」


 指輪から手を離すと、マヒルは首を振った。


「でも、僕は嫌いじゃないですよ、この道。」

「田舎の空気はおいしい?」

「田舎って……まあそれもありますけど……」


 こんな最先端技術満載の田舎がどこにあるだろうか。

 マヒルは頭を掻きながら笑う。


「こうやって二人でのんびり歩けますからね。」

「なっ……」


 発言が耳に届くや否や顔を真っ赤に爆発させるアユム。

 わなわなと震わせた手で自分の頬をべしんと叩くと、そのまま顔を覆う。


「この乙女キラーめ!不意打ちなんて反則だよ!」

「え……いや、不意打ち……?」

「その顔!その顔も反則!」


 マヒルとしては『都会だと人が多くて息苦しい』という意味合いで、他意はないのだが。

 やはりコミニュケーションに関する課題は山積みだ。


「あーもう、走るよマヒル!」

「え?いや……何で……っ!?」


 そう言ってアユムはアスファルトの道を走り出す。

 ローファ履きにも関わらず、偉い飛ばしっぷりである。


「ちょっと!?早いですってアユムさん!」

「うるさいうるさーい!

 マヒルが悪いんだからね……って、言ってる癖に涼しい顔で並走してる!?……わ、わ、こらあ!追い越すな~っ!!」


 結局、『のんびり』は楽しめなかった。


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