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逆プロポーズと貧乏少年1

 十年程前、当時の育ての親に『至近距離での射ち合い』の訓練をさせられたことがある。


「最後に一芸……ですね」


 マヒルはジンヤを正面に見据えて、低く構えた。

 ジンヤは訝しげに眉を潜めつつも、射撃の体勢に入った。


「よく分かんねェけど、来ないならこっちから行かせてもらうぜ。」


 飛んでくるのは魔力の熱塊。


 作戦とは名ばかりの粗削りな手段だが、用意はできた。

 チャンスは恐らく、ほぼ一瞬。


「弾じゃない、射線を見ろ。二次元体ではなく三次元体として、弾の走る空間を捉えろ……」


 昔、恩師に言われたことを復唱する。

 あのときは確か、45口径のゴム弾で撃たれまくったのを覚えている。


「……ッケ、また何を分からんこと思い付いたかは知らんが……」


 ジンヤが腕を突き出した。

 あの攻撃が来る。


 ーーまだだ


 マヒルは呼吸を静め、全身の力を抜く。


 赤い印がジンヤの手の中に構築され、一瞬で魔力充填、狙いが定まる。


 マヒルはまだ動かない。


「『アストラ』!」


 ジンヤの手の中から赤い光がほとばしり、一筋の光が発生。


 ーー今だ


 マヒルの上半身がほんの僅かに傾き、頭部を狙った初弾の射線から逸らした。

 魔力の熱塊は標的を掠めつつも捉えるに至らず、マヒルの背後の壁に衝突、消失した。


 まるで、予め弾道を把握していたかのような身のこなし。


 その鮮やかな回避に、辺りが息を飲む。


 だが、マヒルはそれに留まらない。

 この一瞬においての全ての挙動はリンクしている。

 回避は攻撃へ繋ぐ予備動作に過ぎない。


 銃を握った手が動き、素早くドロー、ポイント。

 流れるような動きで定めた照門の先は、魔法を放った直後のジンヤの腕だ。


「っ!?」


 何千分の一の世界の中、照準の先のジンヤの目が驚愕に見開かれていた。


 カウンターの速撃ち。


 銃口から放たれた魔力弾は、狙った獲物へと寸分狂わず吸い込まれる。

 ジンヤの左手首から先が千切れた。


 赤い光のダメージエフェクトが、手首の断面から手持ち花火の様に吹き出す。


 ジンヤは一瞬の出来事に表情が固まり、現状を処理しきれないといった様子だ。


「……っ!」


 しかし、それも一秒足らず。

 ジンヤは直ぐ様建て直し、追撃に備えて上半身を守った。

 だが、二発目、三発目の攻撃はその予想から外れジンヤの膝を貫く。

 体重を支えられなくなった脚部が崩壊、必然的に床へと両手を着いた。


「……マジかよ」

「ちょっとした一発芸です」


 その時には既に、距離を詰めたマヒルがジンヤの額に銃口を向けていた。


「ジンさんはちまちま狙ってたって防いじゃいます。

 そもそもジンさんは攻撃特化の中でも遠近両用の『二刀流タイプ』ですから、まともに撃ち合うのをまず諦めたんです。」


 そこであの攻撃を思い付いた。


 つまり、半ば猫だましのようなカウンター攻撃だ。


 驚異的な反射神経と強靭な体軸に物を言わせた『回避』など、普通なら誰も予想しない。


「……ッチ、まさかあんな西部劇並みの速撃ち披露してくるとは思わねえだろ?あークソ。こんな隠し球ぶっこんでくるとか、反則だろ反則」

「いや、それをジンさんに言われたくないです。」


 残った手から刀を放り出すと、ジンヤは大きく腕を広げて床にべたりと伸びた。


「あー、負けた、完敗だチキショー!

 連勝記録53回でストップ……まァた最初からだ……」


 雰囲気が一変、すっかり脱力して床に大の字になるジンヤ。

 周りの目など気にも留めず、まるで鯵の干物のようになるジンヤに、マヒルは頭を掻いた。


「そんなに悔しがるものですかね……?ジンさんの事だから負けてもまたケタケタ笑いだすものかと。」

「んな訳あるか。」

「でもジンさん、まだ全力出してなかったじゃないですか。ほら、あの……盾の魔法とか。あれ使われてたら僕勝ち目ゼロでしたよ?」

「それでも、悔しいもんは悔しんだよバーカ。負けて悔しくなかったら、勝ったって嬉しくねェだろ?」

「……まあ、そうですね」

「そういうことだ。」


 一頻り手を振り回すと、ジンヤは体を起こして胡座をかいた。

 向けていた銃口に額がぶつかる。

 腕を組んでみながら、滝行でも始めそうな顔をすると、むすりとしながら言った。


「オラ、さっさと撃て。お前の勝ちだろ。」

「え?」

「撃たないと引き分けだぞ。……まあ、制限時間は設定してないけどな。」


 どうやら完全に敗けを認めたらしく、ジンヤはそのまま地蔵になる。

 そんなジンヤの額に銃口を押し当てているマヒルなのだが、これがなかなかシュールな光景だ。


「それなら……遠慮なく。」


 改めてジンヤの額に狙いをつける。

 当のジンヤはぶつぶつ言いながら斜め下の床をじっとり睨み付けていた。


「あそこでもうちょい……あーチキショー……」

「三本目……いただきます」


 引き金を引いて、ジンヤの頭を吹き飛ばした。


 ブザー。



 訓練終了。

 2対3で、ゲストの勝利。

 雛由マヒルは、ジンヤに勝利してしまった。







 さて、その後。


「うわっ!?」


 ジンヤの魔法を食らった時とほぼ同じぐらいの「うわっ!?」が出た。

 というのも、訓練室を出たマヒルを迎えたのは、意外にもアユムではなく。


「すげえっ!本当にあのジンヤに勝ちやがった!」

「君、何年生!?名前は!?」

「レンタル使ってるけど、自分の奴はどこにあるんだ?見せてくれよ!」

「あの回避からの早撃ち、マジかっこよかった!!俺にも教えてくれ!!」


 鼓膜がいかれてしまいそうな歓声と、押し寄せてくる生徒たちだった。

 マヒルは一瞬にして360度取り囲まれ、逃げ場を失ってしまった。


 アイドルの出待ちもかくや、えらい人気である。


 右から左から押されて引っ張られて、ドラム式洗濯機にでも放り込まれたような気分だ。

 たまらず悲鳴をあげるマヒル。


「あっあの、そんなに一編に言われても分かりませ……って、わ!?危ない!危ない!押しちゃダメですよって……。あっ……いたたっ、か、髪の毛はひっぱっちゃ……ひいっ!?今、お尻さわったの誰ですか!?」


 四方八方から伸びる手がマヒルを揉みくちゃにする。

 腕は絡まり、足は縺れ、目は回る。

 それでも生徒たちからの攻撃は止まない。


 わいわい、がやがや。


 これならジンヤの攻撃から逃げ回っている方がずっとましだった。


「ねえ、一緒に写真とって!」

「今度は俺の練習にも付き合ってくれ!」

「そんなことより、あっちで俺と楽しく……」


 仕舞いには取り合いにまで発展する始末である。

 この数だと振りほどこうにも身動きさえ取れず、マヒルは為す術なく全身くまなく引っ張られる。


「すすすストッ……ストップ!ギブです、ギブギブ!!僕はゴム人間じゃありませんよ、引っ張ったら千切れますからね!?……っていうか、あなたですね僕のお尻をさわったのは!?僕にそんな属性はありませんっ!!」


 そろそろ本気で失神すると思ったその時。

 人混みの向こうで、魔法の印が光るのが見えた。



「こーーらあーーーーー!!」



 喧騒を切り裂くような一声が上がった。

 同時に頭上で魔法による閃光が弾ける。


 短い悲鳴が端々で上がり、マヒルから手が離れた。

 その間にもその声は有無を言わさず接近してくる。


「どいたどいた!はいっ、通るよ!キミ、邪魔っ!」


 頬を膨らませながら人混みを押し退けてきたのは、真っ赤な顔をしたアユムだった。

 その顔を確認すると、さっきまで何を言っても動かなかった生徒たちが輪を作るように一歩下がった。

 毛を逆立てて怒る猫のような表情で辺りを睨むアユム。


「こらあ!みんな散った散った!マヒルは私のなんだから!!」


「フーッ」と威嚇すると、周りは更に輪を広げる。

 その中の一人が、えずくような声を発しながら呟いた。


「愛沢……!?あいつ、愛沢アユムか……!?」


 途端に人混みはざわめく。


「愛沢アユムって、あの白葉寮の!?」

「オイ、怒らせるとヤバイぞ!お前ら、散れ散れ!」


 互いに警告しあうと、集っていた生徒たちは蜘蛛の子を散らす様に四散した。

 それを確認すると、アユムは腰に手をやって息をつく。


「全く……みんなそろいもそろってガッツいて、私のマヒルが傷物にでもなったら承知しないんだから。」

「……いつの間に僕はアユムさんの私物に?」


 さすが32位、顔が広い。

 発言は兎も角、お陰でわんぱく五歳児が遊んだ後のソフビ人形になることだけは回避できた。

 マヒルはシワになってしまった服を叩く。


「なんだか……すごく元気のいい生徒さんたちですね。」

「うん……まあね」


 近くにあったベンチへと向かいつつアユムは困ったように息を吐いた。


「ここ、他と違って娯楽に乏しいから……。この模擬戦闘訓練が、ここ一番の娯楽になってるんだよ。だから、ランキングが高い人、強い人っていうのは、それだけで話題になるの。」

「たしかジンさんも似たようなこと言ってました。

 ていうか、めちゃくちゃ強かったんですけどジンさん何位なんですか?」


 するとアユムは意外そうな顔をする。


「知らないで戦ったの!?」

「……え?はい……。」


 それを聞いたアユムは目を丸くした後、すべてを理解したように渋い顔で頷いた。


「聞いたらきっと逃げ出すからね……ジンも教えたりしないわけか……。

 13位だよ、ジンは。」

「じゅっ、13位!?850人中で13位!?」

「うん、去年度末の最終平均はね。今年のはまだ出てないけど……たぶん先月は10まで上ってたかも?」

「そんな人に付き合わされてたんですか、僕は……」


 今さら冷や汗が滲み出してきた。

 本気で火を着ける前に済んでよかった。


「だから、今度からは誘われても易々オッケーしちゃダメだよ?あのバカ一度火が着いちゃうと完全燃焼するまで収まんないから。」

「13位……でも、そのわりにはジンさんといいアユムさんといい……人気っていうより凄くビビられてましたけど。」


 本来ならば、ジンヤやアユムもアイドル扱いされていそうなものだ。

 特にアユムに至っては、明るく人当たりもよく、おまけに十人中八人が振り向くようなルックスの美少女である。

 パッと出のマヒルよりずっと人気があってもおかしくない筈だ。


 すると、アユムは苦笑いする。


「いや、私たちはなんというか、うーん。色々あるからね。特にジンとかは……ううん、この話はまた今度にしよ。」


 曖昧に濁して話を閉じると、アユムは立ち上がって肩を回した。

 ぐったりとしているマヒルからレンタル用のドライバを受け取ると、端末の横の回収ボックスに放り込んだ。


「一旦帰って出直そうか。マヒルも疲れたでしょ?初めてのオペレーション。」

「いや、本校舎での手続きの時点で既にヘトヘトでしたよ……」


 アユムの手を借りて立ち上がったマヒルは大きなため息をついた。

 身体の頑丈さで言えば人並み外れる雛由マヒルではあるが、メンタル面の疲労まで加われば流石に耐えられたものでない。


 初日から肉体的にも精神的にも殺されかけては、マヒルもダウン寸前である。


「ありゃ、これじゃ今日は採寸も無理かな……?」


 それに気がついたのか、アユムは頭を掻いた。


「後が支えなければ、明日に回して欲しいです……」

「じゃあそうしよっか?寮に帰ってからあんまり疲れないことしようね?」

「……てことは、まだ何かするんですか?」


 その足が止まりそうになったマヒルの背中を、アユムがトンと押す。


「もちろん。天下の魔法学園への入学ですから!」

「……ですよね」

「そうそう。はい、溜め息はまた後で!こんな汗臭いところさっさと出て、必要なこと済ませちゃおっ、ね?」


 彼女のエネルギッシュな笑顔に手を引かれて、二人して訓練場の出口へ向かった。

 また誰かに絡まれるのどはないかと不安にはなったが、アユムが隣にいるお陰かチラチラと視線が掠める程度で済んだ。

 だが、そこで


「マヒル!」


 やけに煩い声がした。

 高速で迫ってきたその音源は二人の頭上を飛び越す様にして追い抜き、片手を着いて派手な着地を決めた。

 驚きで飛び退きそうになるマヒルを前に、『何か』ことジンヤは指を突き付けた。


「よう、何処行くんだよ?まさかもう終わりなんて言わねェだろうな!」

「じじ、ジンさん!?」


 やっと反応するマヒルに対し、ジンヤはアドレナリンをなみなみと称えた目を全開にマヒルへと迫る。


「まだまだ、たったの一戦だぜ?折角だ、とことんやってかなきゃ損だろ!」

「い……いや、さすがに僕、へとへとで……」

「何だよそんなことねェだろ?今のは準備運動だっつの、本番はこれからだ!」

「ええっ!?」


 冗談じゃない。

 そんなにされたら、マヒルは間違いなく死んでしまう。


 口からマシンガンの如く『遠慮します』の言葉を吐き出すが、ジンヤは聞く耳を持たずその手首をしっかりと取った。


「うっし、次は本気で潰してやるからな。覚悟しろマヒル!」

「か、勘弁してくださいよ本当!無理ですってば、無理無理!!」


 だが、悲鳴じみた声は全く届かない。

 そのままずるずると引きずられる。

 問答無用で手を引こうとするジンヤだったが、その時、後頭部へ背後からチョップが襲いかかった。


「誅ーーっ!!」


「あだぁッ!?」


 奇妙な悲鳴を上げながら、ジンヤの手が離れた。


「こらあっ!私のマヒルに触るなアホジンヤっ!!」


 頭から煙を上げて転げ回るジンヤに怒鳴り声を浴びせる。

 マヒルとの間に割って入ったアユムは、目を三角にしてジンヤを遠ざける。


「いってェ……何しやがんだバカアユ!!頭割れるとこだったぞ!」

「うるさい!まだ割れてないでしょこの石頭!

 これ以上私のマヒルにちょっかいだしたら、今度こそその空っぽの頭叩き割ってやるんだから!!」

「いだだだ、コブになってらァ……こんチキショーめェ……!オレはマヒルと男同士のコミニュケーションとってんだよ!そこどけ!」

「そんな野蛮な行為コミニュケーションなんて言いませんー!ジンの方こそ、さっさとどっか行かないと、私怒るよ!」

「上等だこらァ!!」


 ジンヤは訓練室の外にも関わらず得物を鞘走らせ、オペレーション。


「あーもう頭来た!」


 アユムも売り言葉に買い言葉、指輪型のドライバでオペレーションを開始。

 その様子に、辺りから悲鳴のような声が上がった。


 尻餅を突きかけた男子生徒が口走る。


「やばいぞ……始まった!白葉寮コンビの喧嘩だー!!アユムとジンヤの喧嘩だぞー!!」


 それを聞いた他の生徒たちも次々と叫び合う。


「嘘だろまずいぞ逃げろ!喧嘩だ喧嘩ーー!とばっちり食うぞー!!」

「誰か、風紀委員呼んできて!早く!」


「ちょちょちょっ……!?二人ともなにやってるんですか!?」


 二人の衝突を前に、生徒たちは出口へと殺到する。

 まるで火事場のような騒ぎの中でマヒルは人の流れに逆らいつつ声を上げるが、既に二人は聞く耳を失っている。


「だいたいお前はいっつもいっつも!やることなすこといちいち癪に障るんだよ!!」

「ジンの方こそ、いつも暴れてばっかり!この闘犬脳!」


 言い合っている側から、両者印を構成。

 全身から溢れ出す魔力の発光が、発動しようとしている魔法の強力さを警告している。

 恐らくあと数秒もあれば、ここは本当に火の海と化するだろう。


「『アストラ』反復(リペテーション)!!」


 先手を放ったのはジンヤだった。

 多重構成された赤い印に、莫大な魔力が注ぎ込まれる。

 何が飛び出すかと思えば、先程までマヒルが避けていたものとは比べ物にならない程の巨大な熱と圧力の塊が射出された。

 あんなものを食らえば、アユムどころかこの建物だって危ない。


 もし屋根が崩れて落下してくるようなことでもあれば……


「ここで終わるんですか、僕の人生ーーっ!?」


 絶叫。

 と、その時だった。


「ふたりともやめて~!!」


 アユムの前に、誰かが飛び出してきた。


「うげっ、コマ!?」

「コマちゃんっ!?」


 その存在を確認した瞬間、二人の顔が青くなる。

 だが、それの頃にはもう遅い。

 熱の塊は、その『誰か』、小さな影を呑み込んで弾けた。


「……。」


 いったい何が起こった。

 マヒルには現状を理解する術がない。

 砂場に突き立てた木の枝のようになっていると、魔法の爆ぜた煙の中から巨大な影が見えてきた。


「……え?」


 白い大理石の様な質感の、巨大な壁があった。


「……う……」


 その下で、少女が一人その大きな目を真っ赤にして震えていた。

 マヒルが口を開けている間に壁は消失し、その後にか細い声を発する彼女だけが残された。


「ケンカしちゃ、だめだよぉ……」


 落雷。

 ガーン、とでも表現できるエフェクトがかかった。ような気がした。


 マヒルに、ではなくケンカ真っ最中の二人にである。

 二人は十億ボルトの電圧を全身に浴びたように吹っ飛ぶと、光の早さで少女の元へ駆け寄った。


「コマエぇぇぇぇっ!?うおおおおなんで飛び込んでくんだよおおお!!」

「大丈夫、コマちゃんっ!?怪我してない!?ね、返事して!?」


 オペレーションは一瞬にして解除、目をカッと見開いた二人に、少女はびくりと背筋を跳ねさせながらも応じる。


「う、うん……だいじょうぶ……平気」


 ぺたりと座り込みながらも頷く少女に、二人は電池が切れたように項垂れた。


 マヒルはそんな三人を傍観しながらも、辺りを見回す。

 どうやら場内一時封鎖状態以外にはこれといった被害はなさそうだ。


「……そ、それどころじゃないよぉ。アユちゃん、ジンくん、はやくしないと風紀委員が来ちゃう!」


 少女の声で二人は尻を蹴られた様にして立ち上がった。


「あ、そうだった!」

「マズっ……クソッタレさっさとずらかんぞ!」


 ジンヤは少女を背中に担ぐと、さっさと訓練場を走り去って行った。

 アユムもマヒルの手を取りながら走る。


「マヒルもはやく!入学前から捕まっちゃ話にならないよ!」

「……いやそれって、僕としては百パーセントとばっちりなんじゃ……」


 言いかけるが、途中で口をつぐむ。

 それを口にしたところでどうにかなるわけではなく、とにかく今は逃げる他ない。

 マヒルはすっかりがらんどうの訓練場から、三人の背を追って駆け出した。






 愛沢、紅ヶ塚、小田原の『白葉寮組』の去った訓練場の片隅。

 事の始終を遠目に眺めていた彼女は、カフェオレのパックに突き立てたストローに再び口をつけた。


「ふうん……。」


 コーヒーのほろ苦さよりも甘さの方が嫌に目立つが、これがまた良いのである。

 また一口、その甘味を口に含みながら彼女は興味深げに呟いた。


「『マヒル』、か。」


 この学園一の曲者集団、『白葉寮』に早くも溶け込むとは、なかなか面白そうな奴だ。

 シニカルな笑みを頬に浮かべると、彼女はその場を立ち去った。








小田原(オダワラ) コマエ』


 第五白波学園、実戦魔法学部の一年生。

 数少ない白葉寮の住人の一人。


 マヒルが目覚めたその時にもそばにいた少女は、そう名乗った。

 亜麻色の緩いカーブを描いた髪の毛と、少し目尻の角度の緩やかな、気弱そうな少女だ。

 首都圏の駅のホームで一人で駅員に声をかけたら、子供料金の案内どころか、迷子のアナウンスまでされてしまいそうな、そんな雰囲気の少女である。


 そんな小田原コマエは、四人して逃げ帰ってきた白葉寮一階の食堂兼集会所で鼻をぐずつかせながらほっぺたを大福餅のように膨らませていた。


「もう……ふたりとも、ケンカしちゃだめっていつも言ってるのに……!」


「ご、ごめん……」

「悪かったって……」


 アユムとジンヤの二人は、ぎゅっと自らの服の端を握っている彼女を前に小さくなって膝まずいている。


 それを三歩後ろから見ているマヒル。


「ふたりとも、もっと仲良くしなきゃだめだよ……アユちゃんとジンくんがケンカばっかりするから……もう」


 今にも涙腺を決壊させる勢いのコマエ。


「うわ、わわわっ!コマちゃん、ほんとうにごめんってば!」

「すまんごめん!もうしねェから、な!?」


 なんだか怒っているというよりぐずっているように見える。

 おかげで二人も謝っているというより、必死でなだめようとしているようにしか見えない。


 そんな構図。


 マヒルは一人頷く。

 なるほど、仲が良いもんである、と。


 そんな最中、アユムがジンヤに噛みつく。


「だいたいジンがあんなバカなことするからコマちゃんが怖がったんでしょ!?」

「なっ……それもそうだが……いや!お前だって、散々煽ったろ!それに、オレが撃ってなきゃお前が撃ってたろ、違うか!!」

「そんなの知らないもんねー、結局は撃ったのジンなんだし!」

「ンだとォおらァ!!」


 また始まった。

 ため息のマヒル。


「やめて!」


 終にコマエが声を上げた。

 途端にしんとなる二人。


「もう、ふたりとも反省するまで口聞かない!!」


「なっ!?」

「そんなっ!?」


 朱の差した頬を脹らませて、コマエはそっぽを向いてしまった。

 二人して慌てて謝るが、コマエはむくれたまま二人と目を合わせない。

 最後に「ふたりともばかあ!」と言うと、ジンヤとアユムは撃沈。

 死人の様な顔で何処かへふらふら消えていった。


 マヒルはそんな二人をなにも言わずに見送った。


「ご、ごめんね……迷惑かけて」


「え?」


 振り向くと、コマエがマヒルの後ろで申し訳なさそうにしょんぼりと立っていた。

 マヒルは困った様に頭を掻く。


「ああ……今朝のことなら平気ですよ、別に気にしてませんし。こちらこそびっくりさせてごめんなさいね。」

「そのことも、そうだけど……。」


 低い視線からもじもじとする様には、何となく庇護欲を掻き立てられる。

 あれでいて世話好きなジンヤとアユムなので、この子に対してここまでぞっこんなのも理解できる気がした。


「……あんな風にしてるけど、ふたりとも、マヒルくんが来てくれてとってもうれしいんだよ……。だから、あのふたりのこと、キライになってほしくない……」


 どこか必死さを感じる口調で言うと、潤った上目遣いにこちらを見上げてきた。


「……」


 なんとも殺傷力のある視線である。


「いえいえ……二人とも、僕にとっても良くしてくれてますから。むしろありがたいくらいですよ。」

「……そう、かな?」

「そうです。それに、コマエさんだって」

「……へ?」


 小首を傾げるコマエに、マヒルは礼を言う。


「僕が寝てる間側についててくれたみたいで、ありがとうございました。こちらこそ世話焼かせちゃってごめんなさい」

「……。」


 きょとんとした目で見上げるコマエ。

 三秒ほどして、その顔がぼっと赤くなった。


「そ……そんなことないよ、わ、わたし、ただ座ってただけでなんにも……!え、えと」


 自分の頬の赤みを隠す様にぐしぐしと顔を擦ると、また「ごめんなさーい!」と言って何処かに逃げていってしまった。


「え?ああ……行っちゃった。」


 何処かで不味いことでも言っただろうか。

 一人で唸るマヒル。

 今後とも生活を共にしていく訳なのだから、コミニュケーションには気を使った方が良さそうだ。


 若干検討違いな反省をすると、ふと呟いた。


「……そういえば……一年生って言ってたけど……」


 ーーあの子いったい何歳だ?


 中等部卒業が条件に含まれているため、最低でも16歳ではあるはずだが。


「ううん……」


 謎多き島、学園都市第五白波学園である。






 さて、図らずも一人の時間を手にしたマヒルは、白葉が寝ていると思われる管理人室の前に立っていた。


「白葉さーん!」


 こんこん。


 きちんとノックをする。


 マヒルがここへ来た理由は二つ。

 結局貰い忘れていた資料の回収と、はたしてこの寮の何処を借りればいいのかという相談だ。


 しかし、きっかり数えて三十秒、返答はない。

 やはりこの程度では起きないのだろうか。


 半ば諦めかけてドアノブに手をかけるマヒル。


 すると、案外あっけなく扉は開いた。

 確かに扉には穴こそ穿たれてはいるが、施錠無しとは随分と防犯意識の低い管理人である。


 基、こんな島の、こんなはしっこの、こんなボロ寮に押し入る物盗りというのもなかなか希ではあるが。


「失礼しま……す」


 どうせ起きやしないだろうと、小声で断りつつも無断入室を図るマヒル。

 すると、意外や意外。

 例の座り心地の良さそうな椅子が、空っぽのままこちらを向いていた。


 白葉マサヨリ管理人は不在らしく、ほんのりコーヒーの香りのする静かな部屋が無言のままマヒルを迎え入れた。


「う……ん。」


 しかし、困った。

 マヒルは開けた戸を閉めながら眉を寄せた。

 これでは資料の回収は兎も角、部屋を借りる相談ができない。


 無駄に広い机に放置された紙の束からそれらしい資料を選びつつ、マヒルは顎に手を当てた。

 と、そこで偶然どかした一枚の紙の裏からなにかが転がり出てきた。


「あっ」


 机から落としてしまったそれを拾うと、目の前で摘まんでみる。

 真鍮色に鈍く光っている金属と、リングで繋がれたプラスチックの小板。

 何かの鍵のようだ。


 暗がりで見えにくい目を細める。


「四号室……?」


 鍵と繋がれたプレートに書かれたそれを読み上げると、裏返してみる。

 すると、そこにはサインペンで書かれた真新しい文字が雑に並んでいた。


『ヒナヨリ』


「おおっ!」


 興奮が口からこぼれた。

 恐らく白葉の物と思われる筆跡は、確かにマヒルの苗字を書き記していた。


 どうやら、マヒルが出ていったあときちんと用意してくれたようだ。


 胸の内で白葉への感謝を述べると、マヒルは『第五白波学園』の資料を握りしめながら部屋を駆け出した。


 数年ぶりに『自分の部屋』が持てる。

 意味もなく跳び跳ねるマヒルだった。

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