貧乏少年のハウツー喧嘩道3
ジンヤとマヒルが火花を散らしているその頃。
第五白波学園、本校舎に置いてはもう一組のカードが切られていた。
「俺に紅茶を出すとは、しかもこんな熱々の。あの給仕クビだな。」
夏場にも関わらず、だらけたシャツの上からやけに立派な白のコートを着込んだ白葉は、ソーサーに乗っかった金装飾のカップを前に腕を組んでいた。
室温26度、冷房の効いた理事長室。
第五白波学園において最も高い肩書きを持つ人間の専用職務室である。
快適な気温ではあるが、白葉のその格好はやはり暑苦しく、どうあっても好まれたものではない。
それに加えて、来客用の皮製ソファに偉そうに、というよりだるそうにふんぞり返る寝癖頭という図が見る者の神経を酷く逆撫でする。
「何処かご不満で?」
応じるのは、若い女性の声。
近寄ることさえ耐え難いとでも言うのか、面会にも関わらず職務机にかじりついたままの彼女の声は刺々しさに溢れていた。
その目には、鳥肌が立つような嫌悪感と同時に『この存在には歯が立たない』という敗北感のような物も見え隠れしている。
が、そんなことなど意に介さない様子で、白葉は忌々しそうにティースプーンでカップをつついている。
「俺が来たときはコーヒだと、百年昔から決まっている。
全く、気が利かない奴だな。」
「そうですか。」
むすっとした視線を反らしながら、彼女はわざと聞こえるように呟く。
「せっかくいい茶葉が入ったので、と私が頼んだのですが。」
しかし、それでも白葉の態度はびくともしない。
あくびをひとつしながら蝿でも払うように手を振り。
「なんなら給仕じゃなくお前がクビだな。この学園も寂しくなる。」
「……。」
返す言葉を見失った。
傍若無人。とでも表現すべきか。
ひん曲がった根性は不動の城塞が如く。
散々な奴である。
言われっぱなしも癪なので、彼女は早口に返す。
「ダージリンのオレンジペコです。熱いのはこれが紅茶として最もよく味が出るとされる温度を守った為です。」
「だとしたら無駄な努力だったな。
というか……だー……なんだって?こっちは紅茶に関しては門外漢だ。できれば俺にでも分かりやすい価値基準で示してほしい。例えば日本円とか。」
無礼にも指で摘まんだティースプーンを指し棒のように向けつつ、再びあくび。
加えてダイレクトに値段を聞いてくる始末。
礼儀もへったくれもあったもんではない。
彼女はこめかみに走る血管を眼鏡をかけ直すふりをして隠しつつ、声の震えを抑える。
「……グラムで××円……」
「いただきまーす。」
コンマ一秒も許さぬ速さだった。
城塞は海辺の砂上の城が如く陥落。
白葉は至福の表情でカップを傾けていた。
彼女が呆れるのも他所に、紅茶を品無くすする音と、大袈裟に息をつく音。
「いやあ、うまいうまい。やっぱり値段が張るだけはあるもんだ。
これは、是非また次の機会も用意すべきだ。」
「……百年続く決まりはいったいどちらへ?」
調子のいいことこの上ない。
彼女はため息を隠さなかった。
そんな彼女の様子を見ているのだか見ていないのだか、白葉は機嫌良さげに立ち上がった。
「まあまあ、そんな細かいことを気にしていると老けますよ?
眼鏡の似合う身長158センチ上から順に87,59,85の美人さんなのに未だ交際経験なし独身28齢、就任二年目の青柳 ヒノエ理事長。」
「セクハラ容疑で訴えますよ。」
鋭い睨み目が飛んだが、白葉はどこ吹く風でふてぶてしい笑顔を見せた。
「そいつはいい。この国の警察が果たして何処まで俺と張り合えるか、面白いことになりそうだ。」
再び紅茶を啜ると、明らかに嫌がる青柳理事長の机に尻を置いた。
毛を逆立てる猫の様な理事長を前に、白葉は脚を組む。
目測では二十歳半ばかそれ以下、少なくとも青柳ヒノエよりは年下にしか見えず、肩書きも『理事長』よりも遥か下、教員でさえない一寮の管理人。
常識の範疇で考えれば、そのような人間の態度ではない。
それでも、この男に常識は通用しないのである。
白葉マサヨリは生まれつきの臼飴色の髪をかきあげた。
「まあ、久しぶりに来てやったんだ。仲良くしようじゃないか、理事長サン?」
「……貴方が、我が国に残る最後の賢者でなければ、今頃は……」
「ああ、こっちこそさっさと追い出してほしい。こんな島。
……あの組織はもう丸々一世紀も昔に終わってるってのに、いったい俺はいつになったら自由になれるんだか。」
先取りした怨み言をへし折ると、白葉は大きな欠伸をした。
「まあ、それはいいか。結構楽しかったし『歯車計画』。」
「その様な計画は存在しません。我が国はその組織の存在を否定しています。」
「……そうかい、愛国心は素晴らしいな。ただ、盲信狂信と履き違えないことを祈るばかりだ。」
苦笑いを浮かべながら、白葉は再び紅茶に口をつけた。
ソーサーは邪魔になったのか、片手でひょいと投げ捨てる。
そのソーサーが明らかに不自然な軌道を描き、驚くほど静かにソファとセットのセンターテーブルに着地したのは何らかの魔法によるものだろう。
ーードライバとのリンク無しでの高速魔法行使。
この男は、まるで呼吸をするように至極当然と化け物じみた芸当を披露してくるから怖い。
彼女はその感覚を悟られないよう努める。
最も、白葉相手にそのような努力は何ら意味を成さないのだが。
「……それで。訳もなくここに来たわけではないのでしょう?ご用件は。
白の賢者、白葉マサヨリ。」
嫌みのつもりなのか、突然棘っぽい口調で肩書きを持ち出された。
可愛らしい反撃もあったものである。
白葉はそれにわざとらしく肩を竦める。
「ぶっきらぼうとはまさしくこの事だな。美人が台無しだ。もうちょい笑えれば、お前すぐにでも旦那見つかるかもだろ。」
「よく言いますね。」
「嘘は言っていないつもりだ。後で鏡に向かってみろ。」
そんなことを言うと、コートの懐から何かの用紙を取り出した。
理事長はそれをピシリともぎ取ると、早速目を通し。
そして
「何ですかこれは?」
訝しげに目を細めた。
ほぼ白紙の書類審査書である。
住所も無ければ、履歴もない。
その他情報など言うまでもなく、仕舞いには証明写真を添付する枠さえ白だ。
そのなかに唯一、存在感全開で座する氏名。
『雛由 マヒル』
「何か悪い冗談ですか?」
「冗談ごときでこの俺が動いてたまるか」
「……。」
理事長は再びその用紙を眺める。
「私の目に狂いが無ければ……これは、この生徒の入学を許可するという旨の用紙ですよね?」
「その通りだ。」
分かり切ったことをいちいち重ねてくる理事長に、白葉は半ばなげやりに頷いた。
紅茶を飲み干し、カップもソーサー同様放り投げる。
「雛由マヒル、16歳。本人いわく住所不定、身元保証人もいない。8桁級の借金と絶賛格闘中だ。」
「却下です。」
即答だった。
書類を机に置き、眼鏡を持ち上げてそっぽを向いてしまった。
反応としては予想の範囲内であった白葉は、この段階では気にしない。
食い下がる代わりに、にんまりと口角を上げる。
「ほほう、やはりか。先代こと親父譲りの石頭ときた。後々禿げんよう気を使え?」
「余計なお世話ですっ!!あと私の髪質は母親譲りですっ!!」
突然火がついたように喚き散らす彼女に、白葉はニタニタと笑いながら耳に手を当てた。
三秒程で冷静に戻った彼女は、ぎこちない咳払い。
「……でも、何故そんな無茶苦茶な子を?ついに壊れましたか」
「言うようになったな小娘が。まあ、それもあるが……」
白葉は宙を見上げて、言葉を選ぶような仕草を見せる。
だがそれをも面倒がったのか、直ぐに頭を振り、安直にも一言で済ませた。
「危ないからだ。」
「……危ない?」
「ああ。『何が?』と聞いてくるのはもう目に見えているから先に教えてやろう。」
白葉の目が爬虫類のそれのように細まる。
「奴はたぶん、『マガリ』との接触者……たぶん、最後の弟子だ。」
その名前ひとつで、空気が一転した。
「っ!?」
椅子を転がすような勢いで理事長が立ち上がった。
「今、何と!?」
机から身を乗り出してくる青柳理事長に、白葉は相手を転倒させたサッカー選手の様に手を上げる。
「落ち着け、騒ぐな、眼鏡がずれたぞ。」
「ですが……ありえない……」
凍りついた表情は瞬く間に血色を失い、握り会わせた指先を震わせる。
そんな理事長の言葉を白葉は腕を組みつつ否定する。
「ありえないも糞もない。さっきこの目で確認したばかりだ。
こんな面構えでも一応『賢者』の名前背負うだけはあるつもりだ。思い違いなんてことはあるまい。」
机から立ち上がった白葉は、腕を組んだまま理事長室の扉へと向かった。
「でもまあ、理事長に『却下』を食らってはどうしようもない。俺はこうして場を後にし、奴には帰ってもらうしか……」
「待っ……」
思わず呼び止めてしまった声に、彼は嫌な薄ら笑いを浮かべながら振り向いた。
「はい、理事長?」
その表情に下唇を噛みながらも、青柳理事長は言葉を紡ぎだした。
「もしも……貴方の言うその生徒が、本当に『マガリ』の弟子なのだとすれば……」
「すれば?」
その視線に蜥蜴に首筋を舐められるような疼きを感じつつも、彼女は続ける。
「……取り返しのつかないことになります」
「そりゃそうだ。一時は国家の崩壊まで危ぶまれた程の話題だしな……いやはや、怖い怖い」
半ば他人事の様に呟く白葉に、青柳ヒノエは早足で近づく。
「すぐにでも警察……いえ、国際魔法使用条約機構へ連絡するべきです……!」
たが白葉はそれに対して冷ややかに笑う。
「冗談言うな。俺が何故この話をここに持ってきたと思っている。」
白葉はもう一度ソファの方へ戻ると、どっかりと腰を下ろした。
脚を組みながら青柳理事長を見上げると、首を斜めに構える。
「よく考えろ、この話が露見すればどうなる?
今度こそ外交問題とかいうレベルじゃ済まないだろう。」
「……。」
「ああ、今のは嘘で……考えなくて結構、どうせお前には分からん。『あの事件』はお前が思ってるほど単純じゃない。」
「ならどうしろと?」
「どうしろもこうしろも、さっき言ったばかりだろう。ここに入学させる。普通の生徒として。」
また大きなあくびをして、白葉は眠たそうに目を擦った。
「絶海の孤島にして、警備体制も万全。おまけに他国はもちろん本国の目さえもそうそう届きはしない。これ程ぴったりな場所、他に無いぞ?」
「まさか、白葉マサヨリ……貴方は自分が何をしようとしているのか……」
「知るか、知らん。全くもって分からんね。」
言いかけたその言葉を一蹴すると、今度こそ本当に眠りそうな勢いで目を細めていく。
「今さら俺があの低脳集団に義理立てする理由なんてありゃしないんだ……いや、基よりそんな義理があったかさえ怪しい。」
「ですが……」
「いいか?俺はやるったらやる、絶対やるからな?
思い通りにいかなきゃ、まるまる全部吹っ飛ばして更地に変えてやる。」
何に苛立ちを覚えたか、唐突に遮りソファを立ち上がった。
脅しにも充たない冗談のような発言だが、それでもこの男の真意が見えない以上、彼女は何も言い返せなかった。
「とにかく、あいつは、雛由マヒルは、ここで、この俺が、面倒を見る。いいか分かったな小娘。」
白葉は長い廊下を歩きつつ頭を掻く。
『マガリ』
彼女の名を知る人物は、今では少ない。
だが、知る者の間ではそれを口に出すことはタブー視される程の名だ。
人類歴史上最悪と称された、一人の魔女の名だ。
常識では魔術師としての能力、つまり魔力の才能には、先天的な遺伝や血統が大きく関わると言われる。
その為、国は高い魔力の才能を持つ血統を『五色の改名』などの政策で『囲い込み』を行ってきた。
それにより、魔術師の血は薄まることなく現代まで引き継がれ、同時に才能を持つ者の把握、管理も可能にした。
しかしそんななかで、ごく一般的な家庭の生まれにも関わらず、類い希な魔力の才能を秘めた少女が現れた。
成長するにつれて、彼女の才能は驚異的なスピードで開花する。
魔法だけにとどまらず、運動能力も、知能も、容姿までも。
どんな名門家の出身よりも優れた彼女は『奇跡』とまで称され、その存在が世間に知れ渡るのに時間はかからなかった。
そんな彼女がここまで恐れられることになった所以は、今から十一年前のある事件だ。
歴史上最大規模のテロ事件、『第四白波事件』。
合計で九百人近くの死傷者を出しながらも、国際魔法使用条約機構の派遣した部隊の介入により終結へ向かった。
ーーそして翌年に、彼女はその首謀者として指名手配、間を置かずに失踪した。
関係者には守秘義務が課せられ、情報規制が敷かれることにより世間への情報流出もなかった。
今でこそ真相を知る人間は少ないが、白葉は知っている。
記憶している。
「生まれる場所を間違った。たぶん、ただそれだけなんだよね、私の不幸ってのは。」
最後に見た彼女はそう言い残して、白葉の前を去っていった。
それ以来、彼女の気配さえ感じたことはない。
白葉はため息をついた。
久々に浴びる日差しは、やはり鬱陶しい。
恐らくもうこの世にいない彼女を思い出すような、そんな日差しだった。
「また何をしでかすかと思えば……とんでもねー置き土産をな……」
彼女と同じ匂いのする少年、雛由マヒル。
あの少年が、彼女の残したものなのだとしたら
「まあいいさ。今度は……まあせいぜい、面倒くらい見てやるさ」
「……うそ」
海上学園都市の中央部。
第五白波学園本校舎に隣接するドーム状の建物『模擬戦闘訓練場』。
2ー0の得点板を前に、愛沢アユムは口を開けていた。
素人だったはずの雛由マヒルが、あのジンヤから二本も戦闘不能を取った。
この異例の事態に、通り掛かった他の生徒たちの足も止まる。
「……何だ、ジンヤが負けてるのか?」
「あの『白葉寮の喧嘩犬』が?珍しい……」
「相手は……ゲスト?嘘、誰?」
「あいつから二本ももぎ取るなんて、しかも無失点。化け物かよ……」
「見て、あの相手の子のコード。レンタル用のドライバでしょ?」
引っ掛かった枝へ、更に流れ着いた枝が絡まり。
川を塞き止める天然ダムの要領で、あたりはすぐに人だかりになった。
「マヒル……」
驚きで続く言葉も出ないアユム。
ジンヤもまだ本気を出している訳ではないのだろうが、それでも彼は素人がどうこうできる相手ではない。
いくら健闘しても、せいぜい時間稼ぎが良いところだと思っていたアユムからしてみれば、これは驚愕の事態だった。
拳銃を選び出した時には、何を考えたものかと不安にはなったが、どうやらとんでもない手玉を隠し持っていたらしい。
だが、問題はそこではない。
修復の始まるジンヤの体を見つめながら、アユムは心配そうにため息をついた。
「変なところに火がつく前に終わってくれればいいけど……」
カウントダウン。
立ち上がったジンヤを前に、マヒルは拳銃を握り直した。
ジンヤの戦法はきわめて単純だ。
距離を積めて、必殺の一撃を叩きこむ攻撃特化型。
一度や二度と外しても退きはせず、ひたすら獣のように攻撃を繰り返す。
だが、それと同じくらいにマヒルの戦法も単純だった。
ひたすら撃って相手を攪乱しつつ、ハッタリ程度に徒手格闘の間合いに持ち込む。
今でこそ相性良く立ち回っているようにみえるが、もし相手に隠し弾があったとすれば。
対応できる自信は、あるとは言えない。
残り二十のカウント。
そこで、やけに静かだったジンヤがやっと動きを見せた。
がっくりと項垂れたまま肩が小刻みに震え始める。
「……?」
「ッハハハハハ……」
渇いた笑い声を上げるジンヤ。
いきなり変わった雰囲気にマヒルは戸惑う。
「ジン……さん?」
「……ッハハ、あぁ……」
聞こえているのか、いないのか。
ゆっくりと顔を上げるジンヤ。
その双眼は、貪欲な鈍い光を照り返していた。
「……え?」
ブザー。
戦闘開始だ。
構っていられない。
照門を相手へと絞ったその時だった。
「『スラスト』……ッ!!」
『推力付加の魔法』
L'level 2の戦略魔法だ。
標的が消失した。
「っ!?」
途端に、高速で接近する気配を感知。
回避しようとしたその時には、右足に衝撃が走った。
バランスを崩してその場に倒れこむと、背後には駆け抜けた後のジンヤが刀を逆手に立っていた。
「ぐっ……!」
急いで立ち上がろうとしたが、それでもうまくいかない。
何事かと足下を見たマヒルは絶句した。
右足がない。
「ッハハハ、あァ……今ので真っ二つにするつもりだったんだがなァ……!」
肉食獣の様な目を輝かせているジンヤが、逆手の刀を持ち代えた。
明らかに様子が変わっている。
溢れる殺気と狂喜。
それらを全身に纏った狂犬のようなジンヤがそこに立っていた。
「お前なら存分に楽しめそうだぜ……雛由マヒル!!」
「うえっ!?僕!?」
これは不味い。
下手に刺激してしまった事を後悔しつつも、マヒルは銃構える。
しかし、
「『アストラ』!」
ジンヤの手に真っ赤な印が発生。
放たれた赤熱の矢が、マヒルの構えた銃を右腕ごと吹き飛ばした。
「うわっ……!?」
そこからは一瞬の出来事。
猛烈な勢いで刀を振るうジンヤ。
全身に衝撃が走ったかと思うと、目の前が真っ暗になっていた。
『損傷度、活動限界域に到達。修復不可能。』
ーー戦闘不能
ほんの十秒程の一方的試合。
一本、取られた。
「ハハハハハハ……!!」
修復が終わって立ち上がると、そこではジンヤが甲高い声で笑っていた。
初めての『戦闘不能』に頭を振りながら立ち上がると、ジンヤは上機嫌に刀を振り回す。
「これだ、これこれこれこれェ!これだから真剣勝負は癖になる!」
瞳孔は獲物を見つけた大型猫科動物の如く開き、鋭い犬歯がやけ目立って見える。
「お前を誘って正解だったぜ。こんなに歯応えのある奴はそうそういやしねえからな……!」
「ああ……あはは」
どうやら完全に向こうの世界に行ってしまったらしい。
青ざめつつひきつった笑いが溢れるマヒル。
「一応僕、初心者ですから……その、お手柔らかに……」
「ああ……任せろ!」
マヒルの声などまるで耳には入っていない様子。
刀を大きく振り上げると、また突っ込んできた。
「ッハァァァ!!」
「ちょっ……まだカウントダウン……」
ブザー。
「あーもう!!」
半ば自棄っぱちで銃を向けたが、ジンヤが右手を出すのを見て慌てて横に転がった。
案の定先程の『赤い矢』が放たれ、火花を散らせる。
あの素早さと命中精度から見て、かなり撃ちなれているようだ。
「これじゃ……これじゃ……!?」
先程までの作戦は全く機能しなくなる。
防御する術を持っていない今、『刀で弾く』という超人的防御手段を持つジンヤ相手の撃ち合いに置いては勝ち目がない。
考えている側からも、魔法による遠隔攻撃は続く。
圧力と熱の塊が次々と放たれては、派手な音を立てて炸裂。
「ひいいいいっ!?」
「オラオラオラ!!逃げてるだけかァァ!?」
避ける度に掠める熱を感じながら、マヒルはパニックを起こした蟻のように逃げ回る。
「そっ、そんなこと言ったって……うわっ!?……いきなり魔法なんてっ……勝てるわけないじゃないですかぁぁーー!!」
遮蔽物のない四角い部屋の中を走り回っては、たまに被弾しかけて転ぶ。
悲鳴を上げる間もなく次の一撃を避けて、また走る。
それでも攻撃が止む気配はない。
「どうした!?その程度かマヒル!!」
興奮のせいか、それとも撃ちまくっている魔法の光のせいか、真っ赤な顔で激を飛ばすジンヤ。
「その程度って言ったって……あーもう!分かりました、分かりましたー!」
マヒルは立ち止まると、ジンヤに向かって指を突きつけた。
空気を読んで攻撃を中断するジンヤ。
マヒルは大きく息を吸う。
「言っておきますけど!僕をなめてもらっちゃ困ります!
この程度のピンチ、たった十六年ばかりの人生ですが何度も何度も潜り抜けて来てるんですからね!」
ーーおお……!
ギャラリーから感嘆の声が上がる。
いきなり劇的になった展開にギャラリーが注目する中、握った拳を胸元に、マヒルは噛み締めるように言う。
「……借金取りや危ないお兄さんたちに囲まれたことなんて数知れず……。丸腰でどことも知れない山のなかに放置されたり、山村では熊とリアルお相撲とったり、都会ではまたケバいお姉さんに難癖つけられてごっつい大男に締め上げられたり、さっきだってパツキン魔術師にカツアゲされかけましたし、寝床に困った時に仕方なく寄った公園ではマッチョな兄貴に組伏せられそうになったことだって!
そんな修羅場を僕幾度となく潜り抜けて、ここに立っているんです!
今さらここで散るわけにはいかない!!」
ーーうそだろ……!?
ーーマジかよ……何者だアイツ?
ーーパツキン魔術師って、あいつら?
ーーつか、最後の
そんなことを宣うものだから、ギャラリーは目を丸くして更に詰めるように食いついてくる。
それが後々の面倒に繋がることなど、現段階のマヒルは気がつかない。
「フッ」
ジンヤが鼻で笑う。
「そうかそうか。なら、その意地……」
ぎらりと目を光らせ、再び片手をマヒルに向けた。
「オレが試してやるッ!!」
どうやら向こうも乗ってきたらしい。
これで先程の様にパカスカ撃たれる事は無くなっただろう。
正面衝突の覚悟は出来た。
マヒルは一気に走る。
ジンヤを目掛け、一直線だ。
「うおおおおおお!!」
「かかってこい、マヒル!!」
男同士の熱い衝突に、ギャラリーのボルテージも鰻登り。
ジンヤは手に印を発生させ、射撃体勢に入る。
「食らえ!!」
発射。
猛スピードで迫る魔力熱の塊。
しかし、マヒルはそれを体を捻ることで間一髪の回避。
少しの減速もないままに、だ。
いきなり飛び出した離れ業に溢れる驚きの声。
「なっ!?」
「行っけええええええ!!」
マヒルは地面を蹴ると、腰の捻りを加えた蹴りを放つ。
怯んだジンヤの頭を横殴りにする鮮やかなフォームの蹴りが唸った。
だが
「らッ……!」
「あ。」
右足に違和感。
鈍い光が一閃、切断された脚が跳んでいくのが見えた。
返す刃が急接近してくるのが視界の端に見えた。
「ぬるいッ!」
「ですよね……」
何処をどう斬られたか。
本日二度目、視界が真っ暗になった。
『損傷度、活動限界域に到達。修復不可能。』
しっかりと二本目を取られた。
「……うう」
軽く泣きそうである。
修復が完了して、立ち上がったマヒルは呻いた。
まさかここまで本気でかかることは無いだろう。
マヒルはどう足掻いても今日初めてドライバに触る初心者なのだ。
「あんまりですよぅ、こんなの……」
「マヒルー!!」
泣き言を漏らしていると、背後、ギャラリーから声がした。
振り返ってみると、眉を潜める人垣を掻き分けてアユムが顔を出してきた。
「っわ!やっとついた……!マヒル、大丈夫?」
「これが大丈夫でいられるわけありませんよ……」
透明な壁越しに泣きついてくるマヒルに、アユムはぷるぷると震える。
目を三角にすると、訓練室の透明な障壁をガンガン叩いた。
「こらあー!アホジンヤー!!」
「うるせー、誰がアホだバカアユ!」
床を踏み鳴らして応じるジンヤに、アユムは鉄柵越しのライオンの様に食いかかる。
「マヒルは初心者なのっ!訓練どころか、いままで魔法なんて見たことも触ったことも無かったんだよ!
それを初っぱなからバカみたいに本気だして、戦略魔法まで使って!!トラウマにでもなったらどうするの!?」
「バカはそっちだ!戦略魔法に縛りなんてかけた記憶はねェよ!これは、教育だ!先輩の勤めだっバーカ、バーッカ!!
それに、この程度でトラウマになってたら魔術師なんて一生無理だっつーの!!」
「うるさーい、この闘犬脳!兎に角、さっさと終わる!言うこと聞けー!!アホジン、アホジン、アホジーーンっ!!」
「知るかっ!!」
また床を蹴っ飛ばすと、「しっしっ」と手を振った。
「ヤだね。ヤなこった。やるからには真剣勝負だ!
な?マヒル!」
「いや、な?て……」
振られてもどうとも言えないというのが本音のマヒル。
だが、壁を叩くアユムは引かない。
「ダメダメ!絶対ダメ!もし止めなかったら風紀委員呼んじゃうからね!?」
「なっ……!?バカアユ、テメっ……卑怯だぞ!?」
「あー!もう、いいです!いいですから!」
結局間に入ったのはマヒルだった。
マヒルは壁越しのアユムに向かって言う。
「仕方ないですよ……ジンさんの言うことにも一理ありますから。それに、ここで二人にケンカされても、困るの僕なんですから」
「で……でも」
「堪えてみます、ラスト一本ですから。それに……」
カウントダウンの音が聞こえる。
マヒルはその目で、ジンヤの中の何かを捉えている様だった。
「たぶん……あと一本くらいなら取れ気がするので」
「え?」
聞き返すが、その頃にはマヒルはジンヤに向き直っていた。
ジンヤは機嫌悪そうに目を細めながらその顔を見ている。
「なんだ?お前、『早く終わらせたいから即負ける』なんて考えてたら、後でぶん殴るからな。」
「しませんよ、そんなこと……」
ラスト五秒のカウント。
マヒルは手の中のグリップの感触を確めながら自分の頬を叩いた。
「たぶん、あと一勝くらいならできそうです。」
「あ?」
ブザー。
不信そうな顔のジンヤは動かない。
「……あと一勝?」
「ええ、まあ……」
頭を掻きつつ、マヒルは構えに入った。
「あんまり、自信はないんですけど……可能性としては高い手がひとつ。」




