求められる存在でありたい
クラスに必ずと言って良いほど(俺のただの偏見かもしれないが)居るであろう、独りが好きな人間。
ソイツは俺のクラスに居た。
「高瀬ってカッコイイよな」
突拍子もなく、俺の(どちらかというと馬鹿っぽい)友人はそう言った。
何のこっちゃと友人の顔を見てみれば、ヤツの視線は教室の後ろ…窓際の席の人間へと注がれている。
高瀬…あぁ、あの高瀬かと。
「……で?」
「なんつーの? カッコイイというか、」
「クールな」
「そうそれだ!」
「何を今更言ってんだ。有名だろ、アイツ」
誰も寄せ付けないような雰囲気、何を見ているのかは知らないが窓の外をじっと見ている高瀬。
見るからに独りが好きそうなタイプの人間だ。
「絶対モテるよなー、アイツ」
「さぁ? どっちかっていうと女の子の方は遠巻きに見てる感じじゃね? あぁいう高瀬みたいなタイプは多分性格キツイからな」
「そうかぁー? 確かにクールだけど、意外にカノジョとかには優しかったりしてな」
あんな冷めた目をした高瀬がか?と思わず鼻で笑ってしまう。
見るからに一匹狼タイプの人間は俺的にどうも気に入らない。
気取ってんじゃねぇよとイラついてしまう。
……言っておくが、決してこれは僻みなんかじゃない。
ただ協調性のないヤツが嫌いなだけなんだ、俺は。
「なんだー? お前。自分がモテないからって、カッコイイ高瀬を僻んでんのかー?」
「……彼女居ない歴歳の数のお前にだけは言われたくない」
「なんだと! 脳内彼女ならいるぞオレにだって!」
「頼む、お前もう喋んないでくれるか?」
俺の友人はどうやら本格的に馬鹿野郎だったらしい。
そして聞いてもないのに脳内の彼女とやらの話をし始めた馬鹿な友人に、俺は呆れながらも適当に相槌を打ちながら、さり気なく視線を友人から反らし窓際へと向ける。
まわりに迷惑なくらい騒がしくしてる俺らにも関わらず、そこだけ別空間のように相変わらず高瀬は静かに窓の外を眺め続けていた。
◇◇◇◇
ピーっと体育教師が吹く耳障りなホイッスルの音が体育館に響いた。
「うぁー…やっと終わりかーっ」
「お前体力無さ過ぎだろ、体力馬鹿みたいなツラしておいて」
「うっせぇな! ほっとけ!」
今日は隣のクラスとの合同のバスケだった。
俺の隣で息切れをしている友人をからかいつつ、教師の指示通り整列し挨拶もし終えて解散する。
ぞろぞろと体育館から出て行く生徒の中に、ふと高瀬の姿が見えた。
友人との例の会話のあとから、とくに気にしてるわけでもないのに、やけに高瀬の姿を視界に入れてしまう。
何を気にしてるんだ俺はと思いながらも、結局は目で追ってる自分がいるわけで。
今回も何気なく高瀬の姿を眺めていると、大体一人でいる高瀬の隣に誰か居ることに気がついた。
あの高瀬と一緒にいるなんてどんなモノ好きかと思わず凝視していたら、高瀬よりも少しデカイそいつの横顔を確認出来た。
「……確か…村上、か?」
「なんだー? どうした?」
隣に居た友人が不思議そうな顔をして俺の顔を覗きこんできたが、俺は何でもないフリをして高瀬達から視線をそらした。
……そう、確か隣のクラスの村上って奴だ。
中々の男前の類でそれなりに女子に騒がれてた気がする。
だけどたまに見る村上は、俺から見てなんだかやけに胡散臭そうな奴に見えた。
いやそんなことより、今の俺の網膜に焼き付いて離れない光景は。
そんな村上に向かって蕩けるような笑みを浮かべた高瀬だった。
(あいつも……笑うんだな)
いつも冷めた目をしている人間が、見てしまったこちらが照れるような笑顔を浮かべていた。
だけど俺はそこでふと違和感に襲われた。
あの村上に向けた高瀬の目は、視線は、何だか違和感がある。
そう感じたのに、俺にはそれが何なのかがわからない。
高瀬の笑顔?それに返すような村上の手の動き?
……そう、あれは多分高瀬の頭を撫でたんだ。
別にそれは友達同士で(少ないかもしれないが)あるかもしれない。
だけどさらにその行動に返す、高瀬の視線の意味は?
ぐるぐるとおかしな思考に走ってしまっていた俺は再度高瀬達の方を見たが、すでに二人は別れてしまったらしく、一人で歩く高瀬の後ろ姿しかなかった。
◇◇◇◇
「最近さ、高瀬のこと見過ぎじゃね?」
「………は?」
ズルズルと汚い音を立てながら、目の前の友人はフルーツオレを飲みながらそう言った。
…というかそのフルーツオレはお前のじゃないだろ、俺が買ってきたやつだろ。
何平然と勝手に人のやつ飲んでんだよ。
「お前が。高瀬のことを」
「何言ってんだお前、とうとう頭だけじゃなくて目も悪くなったのか? 眼鏡でも買ったらどうだ」
「お…っまえ! ホント失礼な奴だな!」
つか無自覚かよ!タチ悪いな!と、未だに人のフルーツオレを飲みながら騒ぐ(そろそろ眼鏡が必要な)友人。
……いや、まだ眼鏡はいらないかもしれない。
まぁ友人の頭の馬鹿さ具合には、いい加減何か対処しないといけないかもしれないが。
「なぁホント自覚無ぇの? お前気付くとすっげーおっかねぇ顔しながら高瀬見てんぞ?」
「……あっそ」
「あっそ、って! 何だそれ!」
自覚?…そんなのあるに決まってるだろ。
ただ問題はそこじゃない、この馬鹿な友人にまで気付かれるほど俺が高瀬のことを見ていることだ。
下手をしたら高瀬本人にまで気付かれて、不快に思われてるかもしれない。
「なーお前、高瀬の何がそんなに気に入らねぇの?」
「……気に入らねぇって…」
「だってマジでおっかねぇ顔してんだって、隣に居るオレでさえ恐いわ」
気に入らない…俺が高瀬の印象で気に入らないのは…そう、一匹狼タイプで気取ってて…。
なのに村上には懐いてて……懐いてて?
いや、表現がおかしいだろ俺。普通仲が良いとかだろ、ここは。
「おーい、また顔がおっかなくなってんぞー」
「……お前のせいで今俺の頭ん中が大変なことになった。つーことで今から3分以内に1階の自販機に行って、イチゴオレを買って来い」
「は!? 何で!」
「お前マジで馬鹿か、勝手に人のフルーツオレ全部飲んでおいて何言ってんだよ。いい加減殴るぞ」
「っう、ちょ、マジお前恐いから! ごめんって! 今からすぐに買いに行かせていただきますっ」
バタバタと財布を掴んで教室を飛び出した友人を生温かい目で見送る。
あ、今誰かとぶつかったな、あの馬鹿。
ウチのクラスの奴か?
……いや、でもこっちに来て…。
「なぁ、そこのアンタ。あ、俺アンタの名前知らないんだわ、ごめんな。つーことでちょっと廊下で話さねぇ?」
「………村上…」
「あれ、アンタの方は俺の名前知ってンだなァ」
ドアから顔を覗かせたソイツは、楽しそうににんまりと笑った。
あぁ、誰か俺の頭ん中を整理してくれ。
急展開過ぎてついていけそうにない。
◇◇◇◇
廊下と言っても、ひとつ下の2年の教室がある階へと場所を移動した。
何も言わずに付いて来たが内心不思議に思っていると、前を歩いてた村上が「ちょっと用事があるんだ、悪いねぇ」と言ったので、まぁ納得した。
というか用事があるのなら俺になんか話かけてくるなよ。
「あ、悪いけどココで待っててくれねぇ?」
「……あぁ」
ある教室の近くで止められて、さっさと村上はその教室のドアから誰かを呼んだ。
すぐに出てきたのは小柄な女の子だった。
付き合ってる彼女なのだろうかと思いつつ少し離れたとこから眺めていると、村上が慣れたようにその子の頭を撫でた。
あぁいつかどこかで見たような光景だと、頭の隅で思い出していると、その女の子の視線に俺は思わず鳥肌が立った。
別に彼女が俺の方を睨んでそれに驚いたとかというわけじゃない。
彼女が、村上に向けた視線だ。
同じだ、と直感で思った。
同じ、高瀬が村上に向けた視線と同じ。
俺が違和感を感じた、あの視線と同じ。
少し会話をした後、女の子は満足そうに村上に微笑んでから教室に戻り、村上は俺の近くまで戻ってきた。
にんまりと笑みを浮かべて、楽しそうに。
「可愛いだろ、俺のペット達は」
あぁ……そう言うと思ったよ俺は。
「高瀬がなー、不思議そうな顔しながら俺に言ってきたんだよ「クラスの奴が俺のこと睨んでくる」ってな」
…やっぱり気付かれてたのか。
というか別に睨んでたわけじゃないんだけどな。
「それを聞いた俺はちょーっと不愉快に感じたわけよ。どこのどいつが俺の兎チャンを怯えさせてるのかって」
「……兎?」
「寂しがり屋の兎チャン。まさに高瀬だろ! 独りが嫌いで寂しくて愛されたくて縋ってきた、兎チャン。……なぁ?」
そうだろ?と、村上は俺の背後に向かって優しく言った。
◇◇◇◇
するりと俺の横を通って村上の傍に駆け寄った高瀬は、まるで俺の存在になど気付いていないように、村上の手を取って自分の頬を撫でさせた。
「なんだ高瀬? 寂しくなったのか?」
「さっき村上のクラスに行ったら、クラスの奴が村上なら2年の教室行ったって言ったから、また俺のことほっといて子猫のこと構いに行ったのかと思った」
「まぁあの子猫は基本放し飼いだろ? だから時々構ってやらないとな。……それに比べて寂しがり屋の兎チャンは家だけじゃなくて、ここでも構って欲しいのか?」
子猫……あぁ、きっとさっきの小柄な女の子のことだ。
彼女にもちゃんと名前があるのに、きっと彼等にとっては子猫だとしか認識されていないだろう。
だけどきっとあの彼女はそれすら嬉しいと感じるだろう。
現に今、兎だと言われ、撫でられ、構われている高瀬を見ていればわかる。
コイツらにとってコレは普通であり、きっと日常なのだ。
「……あれ、お前…最近俺のこと睨んでるやつだろ」
ようやく視界の端にでも捉えたのだろう、俺の存在に気付いた高瀬が思い出したかのように言った。
村上と一緒に居る高瀬は、普段俺やクラスメイト達が見ている一匹狼のような人間ではなくて。
「コイツ、俺らに気付いてたみたいだぜ? ……いや、コイツ自身確信したのはさっきか? 俺はさっき教室で顔を合わせた時に確信したけどな」
「ふー…ん?」
目を細めてこちらを見る高瀬の視線に、背筋がぞわりとした。
そんな見定めるような視線を寄越しておいて、高瀬の表情はどこか不安げで。
その視線に俺が感じたのは……喜びだ。
あの冷めた目をしていた高瀬が、俺に向けて感情を表しているなんて!
「……っはは! コイツも俺と同じらしい! 欲しがってるのはどうやらこの寂しがり屋な兎チャンかなー?」
「何? コイツも俺のこと飼って、愛してくれるの?」
「あぁ、目一杯構ってもらえ。ただし、人の居ないところでな?」
にんまりと笑った村上の手によって差し出された、寂しがり屋な兎。
恐る恐るその頭に手を乗せ撫でてみれば、あの時見た(そう、今思えばあの時からすでに俺は堕ちた)蕩けるような笑みを浮かべた、兎。
……あぁ、俺の、俺の!
「最近さ、高瀬のこと見る目が変わったよな」
「………は?」
今日もまた勝手に人の飲み物(今回はコーヒーだ)を飲みながら、友人はそう言った。
「お前だよ、お前。なんだー? また気付いてねぇの?」
「……で? 俺はどんな目をしてるって?」
「お、今回はちゃんと自分から聞くんだな! あーそうだなー…
構って欲しそうな犬の様な目をしているよ」
――――視線のその先の人物は、果たして主人なのかペットなのか。