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獣の国でお嫁さん  作者: つんどら
ある意味同棲生活
9/28

9 あちらこちら



異世界生活、5日目。

有馬はふと、鞄に仕舞い込んである携帯達を思い出した。

「……電波には変換できるらしいよね?」

「何がじゃ」

「あ、魔力。……ロボ、魔力で雷は作れる?」

「作れるぞ。部屋でやると些か危ないが」

「あ、いや、やんなくていい」

ちなみに本日の服装は若草色のワンピース姿で、頭に花のついた飾りを付けられている。

昨日ほど派手ではないので有馬は安心した。

安堵の溜息を吐いた後にクレイアが見せた意味深な微笑みが気にかかるが。

「とりあえず、電源入れてみよう」

鞄は無造作に、机の横に掛けられている。

有馬は中から携帯電話を取り出し、電池パックを入れた。

電源を付け、暫く待つ。

「何じゃそれは?」

「携帯電話……って言ってもわからんだろうけど。機械だよ」

「機械?」

「……あ、機械ってわかんない?」

「いや、少しは分かる。300年ほど前に魔領に赴いた時、妙な男が作っておった」

「へぇー……」

有馬は電源の入った携帯電話を見て、ぴくり、と眉根を寄せる。

――新着メールと不在着信が大量に入っていた。

「……え」

そして理解した瞬間、危うく手から取り落としそうになった。

「どうした?」

「あ、え……あー……」

胸がざわざわとして、落ち着きなく携帯のボタンを押す。

その手が、僅かに震えている。

「……」

着信履歴。親、友人、先生、その他色々。

日付を見る。5月20日から始まり、最新のものは5月25日。

5日間。

つまりこちらに来てからの日数と同じだ。

「ロボ……」

「なんじゃ」

「ど、どうしよう。怒られる?」

混乱と驚愕のあまりに色々おかしい事を言っている。

メールを開く勇気が出ないらしく、いよいよケータイを握る手に汗が滲み、不安げに顔が歪む。

「――安心するがよい。有馬を叱責するなど、我が許さぬ」

「あ、あ、ありがとう?」

ロボはロボで通常運転である。ちなみにベルは昨日から帰ってこない。

有馬は震える手でメールボックスを開き、とりあえず友人達のメールから見ていく。

どこにいるの、が大多数を占めている。

残りは、返信ください、心配している、そんな感じだ。

――突然失踪して、行方知れず。

学校に来なくなった有馬を、友人達は不思議に思ったのだろう。

中学の友人達も、毎朝駅で会っていたのだから気づかない筈が無い。

痕跡1つ残さなかった有馬との、繋がり。それは携帯しか、無かったのだろう。

「……っう、」

有馬は申し訳なく思うより前に、強い恐怖を覚えた。

ぞくぞくと、胸に、背中に、不快感。それは爪先や脳天まで全てをざわつかせる。

ロボに擦り寄って、落ち着かないように爪先で床を叩く。

「ううぅ、どうしよ、う、どうしよう」

有馬は、あっさりと異世界を受け入れた。

それはつまり、今までの自分が関わってきた全てをあっさり捨てたという事になる。

捨てた物から縋りつかれる、まるで遠くに捨てた人形が帰ってくるような恐怖。

「有馬……」

ロボが有馬の背を尻尾で撫でる。表情を読みづらい狼の顔だが、目元が心配げに揺らいでいる。

そのまま撫でられていると少しは落ち着いたようで、有馬は再びメールを読み始める。

――有馬は、ひたすら手の掛からない子供だった。

兄と比べて格段に大人しく、そこそこ優秀で、物欲も乏しい。

悪戯もしないし、無茶な遊びもしなければ、悪い友人も居ない。

極端な浪費もしない、芸能人に現を抜かさない、事件に巻き込まれたりもしない。

つまるところ有馬は、親に大きな迷惑をかけた経験が、無い。

「……う、ぅ」

もし、戻ってしまったら。

親や教師の叱責。弁解も説明も不可能。奇異の目線。落胆。嘲笑。

被害妄想にも近いが、有馬はそれを考えるとどうしようもなく、怖ろしくなる。

「情けない顔をするでない」

「……うん」

メールは、まだ半分以上残っている。読み進める度に、悪化する精神状態。

有馬は人生で一番のどん底を味わいながら、それでも携帯電話のボタンを押す。

最後の一通まで読み終わると、有馬は乱雑な手付きで電源を切り、電池を取ってテーブルに置く。

「……ごめん、気持ち悪い……寝る」

許容、出来ない。

今までに無い、一度に向けられる同じ感情と言葉を。

たとえそれが悪い物でなくても、有馬にとっては同じだった。

不安も膨れ上がり、体中が不快感に包まれてぞくぞくとする。

「わかった。ゆるりと休め」

ソファの上、ロボの体を枕にして横になる。

中々眠気は訪れず、有馬は浅い息を繰り返し、両手を握り締めて目を閉じる。

その時、きらりと頭上が輝いた。

光は靄となり、靄は20センチメートル程の少年の姿をした精霊となる。

「何じゃ、ぬしは」

ロボも精霊を見る事が出来る。怪訝そうに言うと、精霊はふわふわと浮かびながら笑った。

跳ねた金髪に羊のような巻き角、ふわふわした綿のようなものがついた服。

――《眠りの精霊》である。

「……」

有馬は背を向けたまま反応しない。

『――《眠りの風》。おやすみ~、お嬢ちゃん』

ふんわりと笑みを浮かべ、右手を振る。薄っすらと桃色の風が吹き、有馬の体から力が抜ける。

「ふむ? ……おお。礼を言う」

有馬が寝息を立て始める。ロボの声を聞き届けてから、《眠りの精霊》は満足げに消えた。



昼頃、部屋に戻ったフォルテを出迎えたのは――クレイアだけだった。

「アリマ様はお眠りですわ」

「……またか」

フォルテは溜息を吐いた。有馬が昼まで寝ているのは二度目である。

「よく眠る奴だな」

「そうですわね。まだお若いからでしょうか」

有馬の部屋に続くドアをノックする。

しばらく間を置いて、ロボの声が返ってきた。

「失礼」

静かにドアを開ける。

ソファの端に座るロボと、その腹を枕にして丸まって眠る有馬が居る。

「……有馬?」

その背中が、ひきつるように震えている。

小さく呻き声も聞こえ、爪先は強張って時折びくりと震える。

明らかに、うなされている様子だ。

「何か、あったのか」

「それは直接おぬしが聞くべき事じゃ」

ロボは大きく欠伸をする。フォルテは足音を立てないように気を使いながら、ソファに近寄る。

背もたれに向けている横顔は、苦しげに歪んでいる。

浅い息を繰り返し、頬や額に薄っすらと汗が滲む。

「我は席を外す」

「……はい」

「寝かすも起こすも、おぬし次第じゃ」

ロボがするり、と有馬の横から抜け出る。

魔法を使っているのか、有馬の頭はそのままの位置に浮いていた。

しかし温もりが消えたのが嫌なのか、呻き声を上げる。

「任せた」

ロボはそう言って、部屋を出て行く。ぱたんと扉が閉じた。

「……」

フォルテは意を決して、有馬の左肩に手を差し入れ、持ち上げる。

そしてロボが座っていた所に座ると、その頭を脚の上に乗せた。

有馬の手が伸びてきて、服の端をきゅっと掴む。

「……っ」

どきり、と心臓が跳ねた。

行き場の無い手を迷わせていたフォルテは、とりあえずその手に触れる。

自分の手で容易に覆い隠せる、小さな手。

汗の滲んだそれは、ひんやりと冷たい。

「……う……ぅ」

呻き声が聞こえる。ぎゅっと力が入った手を、フォルテはそっと解かせて片手で包む。

「大丈夫だ」

もう片方の手で有馬の頭を優しく撫でると、幾分か安らかな顔になった。

フォルテは有馬が目覚めるまで、ずっとそうしていた。

――眠る有馬の目から、涙が一滴、零れ落ちた。



有馬がぼんやりと目を覚ましたのは、それから1時間ほど後だ。

「起きたか?」

「……ぅ」

寝起きで声も出ないらしい。フォルテはテーブルに置かれたベルを、小さく鳴らす。

数秒もせずにクレイアが入ってきて、微笑んで水差しとコップを置いていく。

「(読心術……!?)……。有馬」

「ん……」

慎重な手付きで有馬の体を仰向けにして、少し引き寄せながら起こさせる。

そしてコップを持たせようとして、すぐに諦めた。

明らかに力が入っていないし、持たせたら間違いなく落とす。

生まれたての小鹿状態の有馬の背を支え、コップを左手で持って顔に近づける。

「口を開けてくれ」

「う……ぃ」

ぼんやりとしたまま口を開け、丁寧に、ほんの少しずつ流し込まれる水を喉に落としていく。

半分ほど飲ませると、コップをテーブルに置く。

「……ふぉる」

ようやく潤った喉から、少し掠れた声が出る。

「……て?」

ゆっくりと紡がれた名前。語尾が上がってはいるるものの、確信じみた響きがあった。

今だ目を開かないのは、涙で瞼が開きづらいからだろう。

「ああ」

はっきりと返事をする。

有馬の顔が僅かに緩み、安心したように息を吐いた。

「……フォルテ」

――戻っていない、という安堵。

「何だ?」

ゆっくりと目を開く。ここ数日で見慣れた、フォルテの顔が目に入る。

有馬は深く息を吐いて、じんわりとだるさの残る両手を握る。

(……何でフォルテが? あれ?)

今だぼんやりとした意識のまま、疑問が浮かぶ。

しかし背中を支える手にひどく安心して、離れる気にならない。

有馬は、触れ合う事は嫌いではない。

まだ無邪気に両親を好いていた頃は、よくこういう風にしてもらった記憶がある。

大きくなるにつれて物理的距離は離れ、やがて精神的にも離れてしまったが。

「……今、何時?」

「1時……10分だ」

「う」

4時間近くも寝ていた事になる。

有馬はフォルテに体を預けながら、「ごめん」と呟く。

「何がだ?」

「いや……フォルテ、仕事してるのに……なんか、寝てて……」

「別に、構わない。それより、何かあったのか」

寝る前の事を思い出してか、有馬は少し体を強張らせる。

「あ、……えーと」

どう説明していいのか分からない。

有馬はテーブルの上の携帯を指差すと、ゆっくりと話しはじめた。

「……あれ、携帯電話って言うんだけど……遠くの人と喋ったり、文章を届けるのに使う機械。シヴァさんが手紙届けたのも、これね」

「そうか……携帯電話がどうしたんだ?」

「……なんか。こっちに来てからも、繋がってたらしくて。いっぱい手紙、きてた」

フォルテが目を見開く。

「……本当か」

「うん」

有馬の体が僅かに強張る。無意識だが、強く手を握り締めていた。

それに気づいて、フォルテはそっと左手を伸ばす。

「爪が刺さるぞ」

「……うん」

大きな手が、有馬の拳を解く。有馬は目をぱちくりとさせたが、ふぅ、と息を吐いて大人しく手を開いた。

今までにない近い距離。

有馬は左耳でフォルテの鼓動を感じながら、ゆっくりと思いの丈を吐き出す。

「心配、してるんだって、思った。でも、怖かった」

「……そうか」

「あたし、元の世界のことなんか、何も考えないで、連絡なんかしようとも思わないで……みんな、す、捨てて」

有馬はじわりと熱くなる目を押さえようと、右手を引く。

しかし、フォルテの手が伸びてきて押さえられた。

「え、」

「泣くなら、泣け」

もう片方の手を伸ばそうとしたが、また押さえられる。

無理矢理両手を重ねられ、纏めて握るフォルテの手は、大きい。

「や、やだ、離してっ」

フォルテは言われた通りに手を離す。

そして代わりに、体ごと引き寄せた。

有馬の顔を自らの胸に押し付け、背中に腕を回して抱きしめる。

「擦ると赤くなる」

「……っ」

「すまなかった」

ぼろぼろと零れる涙を隠すように、頭を押し付ける。

服が濡れる事などまったく気にせずに、フォルテは頭と背を撫で続けた。

「も、もし、何かあってっ、む、向こうに帰っちゃったらっ、どうしようかと、おもっ、て」

「……帰りたくないのか?」

「か、かえっ、たら、怒られるっ」

泣きじゃくる有馬を撫でながら、フォルテは笑みを零す。

「怒られる、か」

昔は、ロボに怒られるのが怖かった。怒るだけで終わらないからだ。

何かやらかす度に逃げて、どこかに隠れた事もあった。

その気持ちと同じだろうか、と微笑ましくなる。

「大丈夫だ。怒られるときは、俺も一緒に怒られてやる」

「ほ、ほん、と?」

「本当だ。約束する」

もしも本当に、有馬がうっかり戻ってしまう事態になったなら。

何としてでも追いかけて一緒に怒られるべきだと、フォルテは思う。

「それに、有馬のご両親に挨拶しなければな」

「そ、だね」

泣きながら、笑う。

フォルテは鼓動の早まりを感じながら、有馬の背中を抱きしめた。





「だ、抱きしめましたわ」

「やりますね、殿下……」

「ふむ、腰抜けではなかったようじゃの」

2人と1匹が隣の部屋から魔法で覗き見ていた。

幸か不幸か、フォルテと有馬は全く気づかなかったが。




家庭連絡された日に自宅に帰りたくない心情。


それはそうとやっと恋愛要素らしきものを。

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