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獣の国でお嫁さん  作者: つんどら
ある意味同棲生活
8/28

8 我が子を谷に



原始魔法は簡単のようでいて、凄まじく難しい魔法だ。

有馬は唇を結んで、可愛らしい服装のままソファに胡坐を掻き続けている。

とはいえふんわりしたスカートのせいで、外から座り方は見えないが。

「…………」

体内を巡る魔力を感知しろ、とロボに言われた。

魔力そのものは確かに分かったが、巡る、という感覚が掴めない。

『……ふぁー』

「うるさい。杖入れ」

『ちぇー。あ、じゃあちょっと外出てくる』

「そう」

しかし有馬は粘った。かれこれ1時間は胡坐を掻いて瞑想している。

口数も少なく、その顔は真剣そのもの。

午前中は結局精霊と戯れて終わったが、午後の彼女は今までに無く集中していた。

やや俯き加減で目を伏せ、両手はスカートの上で軽く組んでいる。

一見して寝ているようにも見えるが、意識はどこまでもはっきりとしていた。

(――心臓の上)

1時間で掴めたのは、力の根源が心臓のやや上、鎖骨との間あたりにあること。

コップから溢れる水のように、身体に魔力を送り出している。鼓動のような動きは無いから、ただ生み出されるままに流れるだけなのだろう。

そして体表から少しずつ出て行って――交換されるように、新しく取り込まれているのが分かる。

(マナを、吸い込んでる……? 呼吸? ……あ)

有馬は、なんとなく気づいた。

魔力は魔力を回復させる効果を持っている。なら、マナも同様と考えていいだろう。

呼吸によって体内に入ったマナは、そのまま吐き出される。

けれど体内にある時、ほんの少しずつだが吸収されて、魔力を生んでいるのではないか。

(……それはいいとして。流れを、辿ればいいのかな)

全世界が驚愕しそうな発見はあっさり引っ込めて、集中する。

心臓のやや上から溢れる魔力は、また水面に流れ込むように緩やかに消えていく。

(噴水の、水の出る所と、水が溜まってるところ、みたいな)

そう想像した瞬間、なんとなく――魔力の水面が波立つのを感じ始めた。

波紋が、身体の端まで広がっていくような。

(波紋……ああ、そっか、波紋か……波紋ね! 座ったまま跳ぶアレ――)

思考がぶれて明後日の方向に向かう。同時に、流れがまた分からなくなる。

(ああ! しまった、無駄な事考えた)

再びじっと思考の海に沈むように、真面目に瞑想を再開する。

本人も他の人も与り知らぬ事ではあるが、この世の理をガシガシ暴いているのはまあ、ご愛嬌としよう。


夕方になるとぐったりしたフォルテが部屋のドアを叩き、入ってきた。

「お、おつかれ? あ、座って座って」

「……ああ……何してるんだ?」

瞑想していた有馬は、ソファの上で胡坐を掻いたままである。

スカートの中は見えないので正座でもしているのか、とフォルテは判断したが。

「瞑想。魔力の流れを掴んでみようと思って」

「流れを? 原始魔法でも習うのか」

「うん。ロボが教えてくれるって」

あっさりと言い切る有馬に、フォルテは微妙な顔をする。

原始魔法は、習おうと思って習えるものではないのだ。

言うなれば、感覚。古代の生き物に備わっていた、当然の感覚。

今では殆ど誰も持ち合わせないが、まるで呼吸するように原始魔法は行使されたという。

廃れたのは燃費の悪さと、新たな魔法の便利さ故だ。

しかし単発の威力と応用の幅の広さは、他の追随を許さないと言われる。

そしてもう1つ――

「……そうか。守護者殿が、か」

――ロボ自身についても、フォルテは不思議に思っていた。

「うん? ……うん」

(やべ、そういえば人前でロボって何回も――あれ、でも全く突っ込まれない?)

今更気づく。が、何時もの通りに“魔法だから”と簡単に納得した。

当のロボは有馬の横で寝こけているが、その姿すらフォルテには信じがたい。

「守護者殿は、俺達の師でもあるんだが……厳しいんだ。叱咤して、出来なければ叩き潰して、這い上がれと言いながら頭を押さえつけてくるような」

「うわぁ」

「俺達を見捨てないのが唯一の優しさだ、とまで言われていた」

ちなみにそれは歴代王族の共通見解でもある。

ロボは王族に厳しい。原始魔法と戦闘に関する事を教えるのだが、妥協は一切無い。

出来なければ鞭。出来たら出来たで鞭。飴は無し、そんな感じだ。

「……、ロボは優しい、と、思うけど」

「そうなのか。有馬にだけだと思うが」

「えー」

先日受け取った知識と一緒に、関連する記憶の一部も流れ込んできていた。

教育とやらの記憶は無かったが、王族と接する記憶は大多数を占めていた。

歴代の王族を慈しみ、そっと見守ってきたロボの気持ちを知るからこそ。

ロボがただ厳しいだけとは思えないのである。

(厳しく接するけど、可愛くは思ってるんだよね……?)

有馬は顎に手を当てて考え、そして思い至る。

「……ツンデレ?」

いくら何でもあんまりな結論だが。

「ツンデレ……?」

「う、うん。ついつい意地張っちゃう人、みたいな意味」

「意地を張って俺の肩を外したり、シヴァを塔から投げたりするのか」

「……はは」

乾いた笑いを零しつつ、横で眠るロボをそっと撫でる有馬であった。



ロボは何処で寝ているんだろう。

有馬は寝巻姿でベッドに潜りながら、今更そんな事に思い至った。

「……ロボー」

「何じゃ」

口に出して呼んでみると、すぐに扉が音も無く開いてロボは現れる。

契約というのは便利なもので、ある程度遠くとも言葉は伝わるのだ。

「ロボ、どこで寝てるの?」

「居間かのう。いつもは」

「一緒に寝よー」

「うむ」

何の疑問も無く返事を返す。

ロボは尻尾を一振りし、自らの身体のサイズを変えてベッドにひょい、と上がった。

「便利だねぇ」

「うむ」

「かわい」

有馬は布団の中にロボを引きずり込み、背中を自分の方に向けて抱きしめる。

「ロボってさー」

「何じゃ」

「厳しいんだってね。フォルテとシヴァさんに」

ロボの大きさは丁度いい。有馬の鼻先に後頭部があり、太腿のあたりに尻尾がある。

抱き枕にするなら一番いいサイズだ。

「厳しい、か?」

きょとんとした調子で言うロボに、やっぱりか、と有馬が笑った。

「厳しいよ。でもロボ的にはまだ甘い?」

「そうじゃの。あれらは優秀じゃったから、随分甘くしてやったんじゃが」

「……突き落としたり脱臼させたり以上って、どういう?」

「ふむ。先代の時は何度も魔領に置き去りにしたな」

我が子を谷に突き落とすレベルじゃなかった。

ちなみに魔領とは文字通り魔族の領土であり、魔王が治める地域だ。

国ではないため魔領と呼ぶが、正式にはディーヴィアと言う。

古代語で(ディ)(を)抱く(ヴル)(イア)という意味で、古くはディヴルイアと呼ばれた。

人間と魔族は、人間と獣人以上に致命的に仲が悪い――というか一方的に人間が突っかかり続けている。

殆ど勝てた試しは無いが、稀に勇者のような存在が現れて魔王に肉薄していくらしい。

尤も、残念ながら今代魔王は数千年前から負け無しでピンピンしている。

ちなみに獣人族は性質も心情も魔族寄りだが、やはり人間は好き、という者が多い。何故か。

閑話休題。

「ロボ、さあ」

「うむ」

「それを厳しいと思ってないのが問題だよね。あと、愛が伝わりにくい」

ロボは永遠とも言える長い年月を、王族を見守る事に費やす存在だ。

深い慈しみと愛の篭った視線を送っている、筈である。

「そう……か?」

「もっと可愛がってあげなよ」

「可愛がっておるぞ」

「ええー……」

その可愛がりのせいで怖れられているのは分かっていないらしい。

長命だと色々鈍くなるのだろうか。

「……、てか……守護者って、何? ロボって何でここにいるの?」

「……おお。話しておらぬな、そういえば」

「うん」

ロボの過去を、有馬はほんの断片しか知らない。

ゆっくりと昔話を始めるロボの声は心地よく、有馬はじっと耳をすませる。

「我が父は白銀の毛並みを持つ狼、我が母は海のような蒼い瞳の人間じゃった」

「……ん」

フォルテ達ですら知らない話を、詠うように語っていく。

有馬にとっては、まるで物語のような話だった。

神話にも近いが、有馬はそういう方面にも興味はある。

日本神話は勿論のこと、北欧神話やギリシャ神話も好きだった。

尤も興味を持ったのはつい最近で、学ぶ前にこちらに来てしまったのだが。

「――天高く飛び上がり、神の喉に喰らい付き」

「おおっ……」

手に汗握る展開に低い美声が合わさり、物語と言うかボイスドラマ感覚。

「そして――この口で噛み千切り、神を地に堕とした」

「……!」

「神の血を浴びた我らは、身体を紅に染め――」

さりげなく我()と言ったが、有馬は迫真の演技(声だけだが)に夢中である。

「――永遠の命と力を得た。そして子々孫々を見守るため、今もこの国に暮らしておる」

文句なしのクライマックスだ。有馬はロボの前方で両手をぱちぱちと叩く。

「面白かった」

「うむ、それは重畳」

「また、話して、ね……」

くたり、と力が抜ける。有馬の瞼が降りて、すぐに寝息を立て始める。

「おやすみ」

力の抜けた腕の重みを心地よく思いつつ、ロボも瞼で蒼い目を覆い隠した。

始祖の兄だとは全く気づかないのが有馬です。

今回ちょっと短めかな?


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