5 魔法と杖の精霊
昼食を食べるために部屋に戻ってきたフォルテは、僅かな違和感に気づいた。
目の前で座っている有馬は、一見していつもと変わりない。
しかし――
「……有馬、何かあったか?」
「え? いや、何も」
もぐもぐと、野菜を突っ込んだピラを齧る。
昨日と何ら変わりないように見えるが、纏う雰囲気がどこか違った。
「ふむ……まあ、いい。午後から魔法を教えるが」
「おおーっ」
有馬は能天気にも、歓声を上げた。
――フォルテが感じた違和感は、有馬の魔力が変化したことだ。
今までは無意識に放出されていた魔力が、不要な消費をしないように少し抑えられている。
この世界の者ならば普通は後者の状態になっているが、突然変化した事が違和感を招いていた。
暫くして食事を食べ終えると、クレイアが静かに食器を下げて部屋を出る。
代わりにシヴァが入ってきた。
「お食事は済みましたか」
「ああ」
「では、魔法の事を少しずつ説明いたしましょう」
実を言うと説明しなくとも、ロボが知識共有を行えばそれで済むが。
有馬は姿勢を正し、真剣に話を聞き始めた。一言たりとも聞き逃さないように。
その様子に和みつつシヴァは説明を始める。
「まず魔法の根底にある、魔力というものの説明から始めましょうか」
――魔力というのは、この世界の殆どの生き物が持つ力である。
生きる事に必要ではない力であり、生命力とは違う。しかし、命の危機に瀕すると生命力を補う事もある。
魔力の量や質は人それぞれだが、王族は決まって大きな魔力を持っている。
基本的に不可視だが、人によっては強い威圧感や冷気、暖気を感じさせる事もある。
体からあまり離れる事はないが、触れる事で魔力を与えたりするのは可能。ただし魔力を自在に操るにはやはり修練が必要だ。
「なるほど」
有馬はあっさりと納得した。確かに自分の世界には無いエネルギーだが、魔力やマナといったものは物語等で馴染みがある。
「魔力を感知する事は出来ますか?」
「感知って言われても。……うーん……あ、分かったかも。今のが魔力?」
シヴァが手を近づけ、魔力を放出する。ぼんやりとした冷たさがあった。
「ええ。それでよろしいです」
また空気の中にも、世界そのものの魔力――自然魔力が含まれている。
そういった自然魔力と生き物の持つ体内魔力は、質や濃度は異なるが、基本的には同じ物質である。
具体的に言うと自然魔力の方が数段濃い。
つまり、ダイヤモンドと黒鉛ような同素体の関係だ。
体内魔力は“魔力”、自然魔力は“マナ”と呼ばれ区別される。
「ねえ、誰のでもない魔力があるんだけど、これは? なんとなく濃くて、ふわふわした」
「……はい?」
「マナじゃな。ブランカには感じ取れるか」
「うん……? うん」
魔力は誰にでも分かるが、マナを感じ取れる者は少ない。
無論マナを普通の魔法に転用できるし、自然魔法という類のものも使えるため、強い。
その存在は希少であり、ここ数百年は生まれていない。
「有馬、本当に感じ取れるのか?」
「いや、そう言われると自信が無いけど。マナって何?」
「自然魔力、つまり世界そのものが持つ魔力の事です。マナを感じ取れる者は少ないんですよ」
「へえー……」
ちなみにロボにもマナを感じ取る事は出来るし、使える。
始祖も同様に使えたらしい。
「さて、次は魔法についてご説明いたしましょう」
――この世界の魔法は、大きく分けて二種類。
まず、原始魔法。魔力をそのまま現象にする、というストレートな魔法だ。
仕組みではなく殆ど感覚で使うためか、学ぶ事も難しく、今は殆ど使用者が居ない。
そして、現代魔法。数千年前に完成したと言われる、比較的扱いやすい魔法だ。
種類としては、言語魔法と論理魔法、特殊魔法がある。
言語魔法は文章、論理魔法は式の組み合わせにより構築される。
特殊魔法はそもそもの仕組みが違い、種族の持つ特有の魔法等がこれにあたる。
また、道具や陣を用いるものは魔術、生物を召喚したり力を借りるものを魔導と呼び表す。
「言語魔法は、口に出す、あるいは文章を頭の中で組み立てる事で構築されます。
口に出さない場合は詠唱破棄と言いまして、これは中々高度な技術ですね。
雛形である呪文は本などに沢山記されていますが、必ずしもそれに従うという訳ではありません。
ある程度自由度があるのがこの魔法の利点です」
「ふむふむ……」
「論理魔法は、“魔法式”というものを使用します。
魔法式とは古代文字と数字を組み合わせたもので、発音は不可能です。
私達に備わった“魔法式構築領域”という場所に保存しておき、自由に引き出して発動できます。
利点は、発動の早さと手軽さ、正確さですね。咄嗟に威力を変えたり、構成を変えたりすることは難しいですが」
つまり文系と理系の違いとも言えるか。
纏めると、言語魔法は自由度が高いが発動速度は遅く、論理魔法は応用が難しいが発動速度は速い。
「魔法式構築領域、ってどこにあるの?」
「分かりません」
「え……」
「目に見える訳ではありませんし、どうやら物質としてある訳ではないようですし。
魔法に関する機能は心臓の上にあると言われていますが、ただの言い伝えですし」
いいのかそれで、と言いたげな目でシヴァを見る有馬。
しかしシヴァは涼しげな顔で微笑むだけであった。
「それで、有馬様はどちらを先に習いますか?」
「んー……どっちの方が簡単?」
「簡単かと言われれば、言語魔法ですね。ただし、後になると難しくなるのですが。
……論理魔法は、逆に最初は難しく後からは楽です」
「じゃあ、言語」
「かしこまりました。では、この杖をどうぞ」
シヴァが恭しく差し出したのは、茶色の杖。
先日の白い杖と似た形で、30cm程の長さである。
シンプルではあるが、上品な造りだ。
「杖いるの?」
「そうですね、無くても可能ではありますが。魔力を効率的に放出するためには有用ですね」
「ふぅーん。魔力の収束、みたいな?」
「そういう事です」
有馬は受け取った杖を、指揮するようにくるくると振る。
先端からきらきらと光が舞い、2人が僅かに反応する。
「……何をした?」
「え、何? まずかった?」
「いや……魔力は空気と同じで見えませんし、魔法を使う際の反応で輝いたりはしますが……何もしていないのに光るというのは変ですね」
「うーん?」
そう言われても、有馬はただ振ってみただけでしかない。
3人は顔を見合わせるが、答えは出ない。
「ロボ、なんかわかる?」
「うむ……手にした時点で杖は媒体となる。魔力に満ちた杖が、大気に満ちるマナを掻き回しただけじゃろうて」
「掻き回した……? マナは空気のようなものだろう? 動くのか」
「マナは流動する。そもそも空気も魔力も、目に見えぬだけで動いておる」
「目に見えないのですから、動いても分かりませんしね。
――興味深い。後で研究部に回しましょうか」
「いや、やめておけ。有馬の存在が――」
有馬はどうやら関係無さそうな話なのでスルーし、杖を弄っている。
杖の後ろの方には細かな彫刻が施され、緑色の宝石が嵌め込まれている。
(あの映画じゃユニコーンの鬣とか入れてたけど、そういうのかな?)
あの映画とはあの映画である。世界的に有名な某魔法学校だ。
じいっと見つめると宝石の中が揺らぎ、何かが見える。
更に見つめると、なんとなく言葉が聞こえた。
『――っ――よ』
「お?」
『ちょっと、じろじろ見ないでよー、恥ずかしいから』
どことなくほわほわした、声変わり前の少年の声である。
「シヴァさん、フォルテ」
「はい、何でしょう?」
「杖が喋った」
シヴァが笑顔のまま一瞬停止した。
彼はまじまじと有馬を見て、そして杖に目を留める。
そして思い出したように言った。
「……杖の、精霊でしょうかね? 御伽噺でしかありませんが」
「精霊?」
「長く使われた杖は、魔力が宿り、やがて意識を持つ精霊になるという話ですが……」
『おー、君、可愛くは無いけどステキな魔力だねぇ』
「へし折っていいかな……」
「……杖、替えてきましょうか?」
有馬はぎちぎちと杖に力をかけながら笑顔で首を横に振った。
『痛い、痛いよー、やーめーてー』
「いや、いいよ」
『折れるぅーっ』
「ますます不思議ですね」
「異世界人とはそういうものなのかもしれん」
「ですが、今までの方々にそういった事例は……いえ、そもそも魔法すら使えませんでしたし。」
「そうだな……有馬、それ以上は折れる」
「ああ、うん」
有馬はあっさりと杖から片手を離す。そもそも致命的に運動神経に欠ける有馬は、当然力も弱い。力を入れても折れはしないだろう。
「では気を取り直して。言語魔法の基本から始めましょう」
シヴァが白い杖と小さな石を2つ取り出す。
「私の真似をして唱えてください。《石よ、浮かべ》」
「《石よ、浮かべ》」
白い杖に指された石は浮かび上がるが、茶色の杖に指されたものは浮かない。
「……出来ない」
不満げに口を尖らせる。杖の精霊がからかうように笑うと、更に眉根を寄せた。
『おかしいや。君、使ってる言葉が違うんじゃないかなぁ』
「?」
「では、もう一度やっていただけますか?
声に魔力を込める感じですが、わかるでしょうか」
「うーん……《石よ、浮かべ》」
やはり浮かない。
(腹が立つけど、この杖の言う通りかね? そもそもどうして言葉が通じてるのやら)
「シヴァさん、言葉が違うんじゃないかな」
「言葉が? ……ああ! そうでした。あなたには翻訳魔法がかかっているんでしたね。ですが、よくお気づきに」
「この杖が、言葉が違うって」
「ふむ……すいません、少し貸していただけますか」
「うん」
有馬が杖を手渡す。暫くシヴァは宝石のあたりをじっと見つめたりしていたが、はあ、と溜息を吐く。
何も見えないし、何も感じられなかった。
『シヴァ坊や、さっきぶり』
「私には何も聞こえません。殿下はどうですか?」
「俺が使っていた時には何も無かったがな」
「……あれ、お下がりなの?」
「ああ。昔練習用に使っていた物だ」
(じゃあこの腹立たしいのはフォルテの魔力……いや……うん)
微妙な顔をして杖とフォルテを見比べる。
確かに最初の反応は失礼だったが、それからのフォルテはおおよそ紳士的である。
真面目で少し固い性格も、好ましいといえば好ましい。
(いや、杖は杖、うん……)
「では、やはりこの世界の言語を学ぶ必要がありますね」
「……それなら、我が教えておく」
「ええ? そうですか……まあ、守護者殿が言うのでしたら」
どうやるのか、と一瞬疑問を浮かべたもののあっさり了承する。
「では、論理魔法の方にしましょうか」
「うい」
正直なところ、どちらから始めようと構わなかった。
ただ、比較的最初が楽だと言うから言語魔法にしたのだが。
「まず、魔法式構成領域を知覚する事から始めなければいけません」
「うん……?」
魔法式構成領域。
難しい言葉を並べられると引いてしまうのが日本人である。
「そう難しく捉えなくてもいいですよ。……とはいえ、私達に説明するのは難しいのですが。生まれつき知っている感覚なので」
「うーん……呼吸の仕方を教えろって言ってるようなもの?」
「そういう事です。的確ですね」
「……どういう風に見えるの? 魔法式構成領域って」
「見える訳ではないんですが……難しいですね。頭の中にある感じです」
「うーん」
「文字が見えるんですよ。頭の中に勝手に浮かんでくるような」
有馬は目を閉じて、体から力を抜く。左手で片目のあたりを覆い、じっと集中した。
(――文字、文字が浮かぶ感じ)
なんとなく文字を思い浮かべる。古代文字と言うのだから、ヒエログリフや甲骨文字のようなものだろうか、とぼんやりとしたイメージを浮かべて。
『や、難儀だね。僕が手伝ってあげようか』
精霊が暢気にもそう言う。有馬は口に出さず、『ちょっと黙ってて』と心で思った。
すると精霊はそれが聞こえているかのように、『はいはい』と言う。
「……ん?」
「どうしました?」
「いや、なんでも」
心を読まれているのか、言葉が通じたのか。ひとまず深く考えない事にして、有馬はじっと集中した。
そのうちに気づく。何か、得体の知れない魔力が己に流れ込んできていた。
魔力は蜘蛛の巣のように広がり、何やら自分の魔力らしきものを時折つつく。
有馬の目の奥がじわりと熱くなり、一瞬の後に――
「うわっ!?」
膨大な文字列が脳内に浮かんでは消えてを繰り返し始めた。
目の前がちかちかと輝き、頭がじん、と痛くなる。
「大丈夫ですか?」
「う、いや、何か文字が――」
見えている、のではない。感じているとしか言いようが無かった。
脳裏に浮かんでは消える文字列が、やがて数を減らしていく。
『おっと、ごめんね――ちょっとばかしお手伝いしてあげたんだけどー』
ありがた迷惑だ、とばかりに杖を睨む。
くすくすと笑う気配がして、恨み言を言う気も失せる。
「そうですか。恐らくそれが領域ですよ」
「ふーん……あ、消えた」
頭の中の文字が抜けきり、安堵の溜息を吐く。文字に押しつぶされて気絶するかと思ったのだ。
勿論そんな事はありえないのだが。
「では、簡単な魔法式からお教えいたしましょう」
そう言ってシヴァは一冊の本を取り出す。表紙の文字は読めない。
「基本となる、《対象指定》の魔法式です。まずはこれを覚えねばいけません」
数ページめくったところに載っていた古代文字の羅列を、長い指先がなぞった。
有馬は溜息を吐く。数学の公式や化学式を覚えるのは得意ではない。
かといってそこまで苦手でもない。英単語は覚えられるのだし、他のものが記憶できない訳では無い。
ただ、やる気の問題という訳である。
「……覚えればいいの?」
「先ほどの領域に、その式が現れればいいです。そうすればもう忘れる事はないですから」
一体どういう仕組みなのか気になるが、頭の中にパソコンのようなものがあるらしい、と解釈する。
有馬は本を手に取って、指先で文字をなぞりながらじっと見る。
最初はつまらなかったが、途中で(これはつまり魔法書って事なのか!)と気づくなりやる気が出た。
未知の文字列も、そう考えれば面白く見えてくる。じっと形を見つめていると、意味が頭に流れ込んで来た。
「んー……?」
有馬は、はた、と気づいた。魔法式を見るのは初めてだが、無駄が多すぎるのだ。
約分されていない分数を見たような、あるいは整理されていない式を見たような気分。
釈然としないが、領域に魔法式が浮かび上がる。
「出来たけど」
「はい。では、次はその下の式です。というかそのページは全て覚えてくださいね。
上から順に、《範囲指定》、《発動》、《起動》、《停止》です」
有馬はそれらを見ながら、釈然としない気持ちを覚えた。
面倒だ。とても面倒くさい。面白いのだが、手順が多すぎる。
発動する際は組み合わせて一度にするのだろうけれど、全て一緒くたにしてしまえばいいのに、と思った。
しかし基礎は大切である。基本の式を覚えずして、応用は身につかない。
そう言い聞かせながらそれらを覚え、後で改造しよう、と心に誓ったのであった。
魔法勉強の時間が終わると、有馬は腕をうーんと上に伸ばした。
「なんか、疲れた」
なんとなく身体がだるく、疲れがある。
魔力は体力や生命力に直結してはいないが、消費すると疲労感がある。
有馬が疲れたのは、領域を維持し続けて多少魔力を消費したからだろう。
「そういえば魔力って、どうやったら回復するの?」
やっぱりエーテルとかエリクサーとかかな、と思いつつ聞く。
「魔力は、そのままでも少しずつ回復する。食事や睡眠を取れば一気に多く回復する。他人の魔力を流し込むと一番効率が良いが」
「ふぅん……流し込むってどうやって?」
「魔力を水に込めたり、難しいがそのまま固めたり。あるいは、直接――その……あー」
「粘膜同士を触れ合わせる事で尤も効率良く魔力が交換されます」
「歯に衣着せないね」
つまりキスやらあれやこれやで魔力が交換されるのである。
熟年夫婦の魔力が似通っている事が多いのはこのためだ。
同じ魔力を長期間に渡って摂取していると、魔力が交じり合うのだ。
「魔力そのものが、魔力を回復する機能を持っています。魔力がゼロになると、他人に魔力を注いでもらうか、暫く回復を待たなければいけません。注意してくださいね」
「ふむふむ。魔力を使い果たしたら、ちゅーっと」
「そういう事ですね」
「お前らな……」
呆れたように溜息を吐く。
笑う有馬の周りでちらちらとマナが輝き、杖の精霊も笑っている。
尤も、2人には聞こえないが。
『ねぇ、契約してよ』
「……なんか、杖が契約しろって言ってるんだけど」
「契約? ああ、媒体契約ですね。しておくといいですが、やり方は?」
「わかんないけど。媒体契約って何?」
「自分と媒体――杖との契約ですね。契約とはいえ、意思を持たない杖ですから正式な契約とは違いますが。
魔力を通し、杖を心臓の少し上につけるだけです」
有馬は言われた通り、体内を巡る魔力を杖に送り込む。
そしてその先端を、心臓の上あたりに付けた。
ぼんやりとだが魔力が通りやすくなったような気がするが、精霊は不満げに言う。
『違うよぉ、名前と血をちょうだい。僕は今血が無いから、魔力をあげるね。飲めばいいよ』
「名前と血を寄越せって言ってる。代わりに魔力をやるから飲めって」
「……古の契約ですか? 契約内容をきちんと確認してくださいね。死後に魂をとか言ってませんか?」
保険会社の人みたい、と有馬が忍び笑いを漏らす。
杖の精霊は話を聞いていたのか、のんびりとした声で言う。
『望むことは特にないよ。あぁ、有馬には精霊魔法を教えてあげる。魔導ってやつね~』
「要求は無し、見返りは精霊魔法の教授」
「おや、それはよかったですね」
「精霊魔法か。という事はやはり、その杖の精霊なのか」
『ぼくはー、元妖精族の魔導士なんだけど。獣人の王族を暗殺してこいって、悪い人間に命令されてね。
やだって言ったら、精霊化魔法をかけられて、石になっちゃったんだ』
「……」
はたして言ってもいい事だろうか、と迷う。
『それが、15年くらい前かなぁ? 石のままアニマラーナに運ばれて、杖に加工されて、フォルテ坊やの杖になったんだよ。
この人、原始魔法は使えるみたいなのに、現代魔法はいまいちでね~。お手伝いしてあげたのさ』
「精霊化魔法をかけられた、妖精族の魔導士だって」
色々と突っ込みたいところはあるが、ひとまず有馬はそれだけ言った。
シヴァが怪訝そうに眉を潜める。
「精霊化魔法も禁止魔法ですが……」
「人間に暗殺を命令されて、断ったらされたって」
「……ふむ」
フォルテの目が僅かに冷たい光を帯びる。
王族であれば暗殺の危険は常に付き纏うが、獣人族はやや特殊な種族である。
多種族、しかもそれぞれが群れのように集まるこの国は、王家を頂点に置くからこそ纏まっていられる。
しかし王家が消えてしまえば――横の繋がりは絶たれ、国は分離する。
新たな王家が立てられるより前に、種族ごとにばらばらになって国の体裁が取れなくなるであろう。
「ねえ、フォルテって原始魔法を使えるの?」
「……それもその杖が?」
「うん」
はぁ、と溜息をついてから喋る。
「始祖の直系の子孫には原始魔法が備わっている」
「へぇー」
「俺は生まれつき魔力量が多く、現代魔法よりは原始魔法に向いていた。だから下手だった」
「細かい作業に向いてない訳ね。原始魔法ってどういうの?」
「呪文や魔法式を介さず、意識によって直接魔力を現象に変換する」
「……うん。よくわからん」
「……現代魔法は、魔力を燃料として現象を起こす。原始魔法は、魔力そのものが現象になる」
「まあ、なんとなく分かったような」
つまりガソリンで車を動かすか、ガソリンを燃やすかの違いだ。
前者の方が安定して便利な上に低燃費だが、後者は応用力と威力に勝る。ただし魔力量が多くなければ使い物にならないが。
『ねえー、はやく契約しようよぉ』
「杖、元は妖精族でしょ? 名前はないの?」
『んんー、シェンカ・ルゥだよ。でも、名前はちょうだいね』
「杖の精霊の名前、シェンカ・ルゥだって。何か知ってる?」
ふむ、とシヴァが口元に指を当てる。
なにやら思い出しているようだ。
「妖精族に魔導士は多いですが、その中でも“ルゥ”の称号は最高位です」
「最高位……ふぅん……」
『けーいーやーくー』
「後で。……この気の抜けたようなのが最高位ってねぇ」
自分の性格は棚の上に放り投げ、有馬はつんつんと杖についた石をつつく。
「とりあえず、今日はこれで終わりにしよう。そろそろ夕食だからな」
「あ、そうだね」
有馬は時計を見る。壁かけ時計は無いが、暖炉の上に時計が置いてあった。
時刻は6時を回った頃で、そう思うと急に空腹を思い出す。
「……う、なんか、すっごいお腹すいた」
「初めて魔力を使ったからですよ。すぐクレイアが食事を運んできますから、それまでの我慢です」
腹を押さえて机に突っ伏す有馬を、微笑ましげにシヴァが見た。
ファンタジーらしくなってきました?