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獣の国でお嫁さん  作者: つんどら
変わっていくもの
26/28

26 責任アレルギー












有馬は怒りなのか羞恥なのか分からぬままに暴走しきり、ぜえぜえと息切れしたまま甲斐甲斐しくクレイアに食事を口に運ばれた。

今日の食事は普段とは違い、病人向けのようなメニューで構成されている。

フォルテは既に退出して仕事に戻っていった。名残惜しさを感じたような気がして、何故か気恥ずかしくなった。

「お兄様がお作りになったのですよ」

「……さすが」

数馬は料理上手である。家事スキル全般は有馬よりも上だ。伊達に飲食店を経営している訳では無い。そもそも数馬が有馬に劣る点というのは本当に数少ないのである。

上位互換のような人間が側にいてよくグレなかったものだ、と2人は常々思っていた。

「そういえば」

ふと思いつき、差し出された食事を咀嚼して嚥下してからクレイアに問う。

「いつもの食事は誰が作ってるの?」

「料理人と私が作っていますわ」

「……クレイアさんも?」

絶妙なタイミングでミルクの入ったコップが差し出される。受け取ってこくりと喉に流し込む。冷たさと薄い甘みが心地よい。

「元々量は大目に作っているのですが、それでは足りないと思い数品は私の方で作って追加しております」

「へえー」

「いきなり増やさせては勘付かれるとも限りませんものね」

最早有馬に疑問を抱かせる間もなく給餌(給仕ではなく)を終える。相変わらず瀟洒かつ洗礼された動作で食器を下げ、クレイアは部屋を出て行った。

入れ替わりに入ってきたのはロボを始め、守護者達である。

「体調はどうじゃ?」

「熱は下がったみたい」

ロボの後にはベルとメアが続いている。有馬はルネが居ない事に首を傾げたが、フリーダムかつ実力まで十分なルネの事なのでさして心配はしない。

「……なんか、ベルとメアが並ぶと、こう……すっごいね」

「そう?」

「……」

タイプの違う美少年が並ぶ様は壮観である。背徳的な色気を纏うメア、逆に神秘的な魅力を振り撒くベル。まさに悪魔と精霊だ。

(アイドルユニット……いや、この世界そんなんばっかだった)

行動した範囲は割と狭いのに、やたらと美形遭遇率が高い。思い返して溜息を吐いた。

「ど、どうした!」

溜息ひとつで心配げに尾を下げる様子が愛らしい。やっぱり犬(ではないが)は和む、と有馬は口元を緩ませた。





翌日になると、体力はある程度戻ってそこそこ元気になっていた。

それでも久しぶりに歩くためふらふらしているが、なんとか自室を出て居間に辿りつく。

「おはよー」

「おはよう」

隣に座り、挨拶を交わす。何でもない日常の1コマが平和を感じさせ、何となくほっとする。

用意されていたティーポットからカップに紅茶を注ぎ、有馬は一周回って慣れたのかフォルテに寄りかかって一息ついた。

「平和だー……」

「……和んでいる所悪いが、また何か起こったらしいぞ」

「え」

よしよしと頭を撫でながら、苦い表情でロボ達に言われた事を伝える。

「魔王城の辺りに不穏な雰囲気がある。この世のものではないらしい」

「……異世界の何か?」

「だろう、な」

「侵略とかだったらやだなあ」

まさにその言葉は的中しているのだが、今は知るよしもない。

やがてクレイアが朝食を運んできて、2人は和やかに談笑しつつゆっくりと過ごした。

数分後、食事を終えた頃にシヴァが訪ねて来た。以前から儚げな養子であったが、何故かやつれてますます影がある。それでも美形に見えるのが凄い、と有馬は思った。

「お久しぶりです、アリマ様。と言っても寝ておられる時に一度見舞いに来たのですが」

「……大丈夫? あ、クマできてる」

「仕事が忙しく、徹夜が続いておりまして」

本業も副業も忙しい。フォルテが平然としているのは、裏の方が格段に忙しいためだ。

幽鬼のような姿でふらふらと去っていくのを哀れみの目で見送る。

「……フォルテが疲れてないって事は、あっちの?」

「ああ。最近きな臭くてな……頭が痛い」

「何か手伝える事あったら言ってね。優秀な契約者(パシリ)が居るから」

今のは幻聴だ。

フォルテは軽く咳払いをして紅茶を一口飲み、「優秀な、何だ」と聞き返した。

「……守護者」

あからさまに口が滑ったという態度である。

有馬は今だ、部下を持つ事に肯定的でない。

元々リーダーシップは無いし、責任というものを嫌っている有馬はあまり部下を持ちたくない。故に、王妃という大役を受けた事も未だに自分でも信じられない快挙である。

「それにしても、ほんの1週間で随分仲間を増やしたな」

「半分はここに居た時からだけどね」

フォルテは一通りロボ達から話を聞いた。ロボを初めとして、幾人もと契約を結んだと。そして素直に感嘆した。

突然消えて、命の危険すらある状況で生き残り、尚且つ魔領にコネを作って来たのだ。これが優秀でなければ何だと言うのだろう。

――1番重要な事実については2人とも知らないのだが。

「凄いな。……そもそも、あの契約方法は一生を縛るから滅多にない。自ら一生を縛られる事を望むとは」

「……本当、びっくりだよね。まあ、皆寿命長いし、残り7、80年くらい良いと思ってるんじゃないかな」

神獣に精霊に魔王、そして魔族。どれも長命どころか前の2つは寿命があるかどうかすら怪しい。

「なるほど……そういう考えもあるか」

「こんな年で寿命とか考えたくないけどね」

死にかけたり苦痛を味わったりして、最近めっきり死を近く感じてしまう。

しかしこれでも15歳だ。まだそこまで考えたくない。

「……俺もだな」

苦笑し、フォルテはカップを置いて立ち上がった。

「仕事?」

「ああ」

「いってらっしゃい」

そう言って手を振る。フォルテは柔らかく微笑んで、いってくる、と言って部屋を出て行った。


有馬は自室に戻り、とりあえずソファに沈む。疲れは取れたが、今一頭の整理が付かない。フォルテのこと、気絶する前のこと、魔領の異変のこと、考えるべき事が多すぎる。

1番気になるのはやはり気絶する前、ルネにされた事だ。

(……何だったのあれは)

思い出せる限り最後の記憶は、喉に焼けた串でも突っ込まれたような痛みだ。目の前が真っ赤というか目の奥すら痛かった。

やはりその前の流れからして何か意味があったのだろうが、全く予想もつかない。

(というか宝石も何……?)

貰った時の事はあまり記憶にない。それほどあっさり手渡されて、気にも留めていなかったのだ。出所すら覚えていない。

うーんと1人悶々としていると、がちゃりと寝室側の扉が開く。

「お、有馬嬢」

「……」

下手人の登場である。ルネはぴょんとソファに飛び乗り、媚びるように体を擦り付ける。

悔しいことにとても可愛らしい。

「ぐっ……」

「ふふふ。そうピリピリするものじゃあないよ」

ご機嫌取りとばかりに尻尾を手に絡めてきたりするのがまたあざとい。

有馬は艶やかな毛並みをさらさらと撫でながら、恨みがましい目を向けた。

「何だったの? あれ」

猫だというのにはっきり分かる笑み。尻尾が頬を擽り、そしてルネは爆弾を投下した。

「魔王就任おめでとう!」

「はい?」

くっくっくと楽しげに笑うと、ルネはぺらぺらと魔王の決まりやら何やらを説明し始めた。

「まず証は意識すれば体外に出す事が出来る。あれを持つ限り言葉は魔族に対し絶対の強制力を持つからね」

「……は、はぁ」

「普通の契約よりずっと強制力は強い。悪用しないようにね」

「……はあ……って!」

ようやく言葉の意味が掴めたのか、有馬はルネの体をがしりと掴んで持ち上げた。

「魔王!?」

「魔王」

「誰が!?」

「君が」

「ひ、ひどい!」

「うふふ」

召喚された時よりもショックである。

まさかあれほど拒んだものに無理矢理ならされるとは思ってもいなかった。

「人でなし! サド! 鬼畜! やだって言ったのに!」

「私は聞いていないよ」

「そういう問題かああぁっ!!」

罵倒の語彙が多いように見えて少ない。更に言うとサドは伝わっていない。

かといって愛らしい猫を殴れる性格ではないので、結局脱力して溜息を吐いた。

「こんっの……」

ぶつぶつと繰り返しながらも、膝に乗せたルネを撫でる。触り心地が良いため少し落ち着いてきた。……諸悪の根源に落ち着かされるとはなんとも奇妙だが。

「それでだね。説明を再開するよ」

「……はあ」

「君は魔王だ。魔王は証を媒体に魔族を従わせる事が出来て、また儀式をすれば神――魔神と顔を会わせる事が出来る。知られていないけど、勇者も同じように天神と会う事が出来るのさ」

「神!?」

有馬は知識にある2柱を思い出す。元の世界では迷信じみた存在ではあるが、この世界では立派に存在する生物(?)だ。精霊の上位版だと思えば違和感もないし、何せ本気で神と一戦かました狼が身近に居るし、数馬も会ったらしい。

アニマラーナでの信仰は始祖に注がれているが、それでも神の影響は深い。借りた本に描かれた2柱の絵は、天神が白金の髪に水色の目をした神々しい美女、魔神は禍々しい鎧とマントを付けた大男。

現実とはかなり差があるのだが(何せ天神はロリで魔神は変態美形だ)、会ってみたいような気もする。

「儀式といっても滅茶苦茶簡単だからね。やり方には差も無いし、そのうち兄上殿と一緒に習うかい」

「うん」

「ふふ。機嫌は直ったかな」

「直るかっ!」

せめて擽ってやろうと手を伸ばすが、ルネはひょいと逃げ出してテーブルに移った。

「……で、次」

「君はまあ特に仕事は無いよ。あそこは分割してしっかり統治されてるし、魔王の仕事といえば――寿命の分割とか」

「寿命?」

「魔族の寿命は魔力の量で決まる。寿命の離れた相手と結婚する場合に、魔力の量を同じにしてやる事が出来るんだ。片方に揃えるんじゃなく平均化だけどね」

「へえー……」

今一イメージが沸かない。魔族の寿命については既に知っているが。

「結構難しいよ。あとは魔族化の依頼を受けたりとか、陳情を聞いたり」

「魔族化?」

「魔族になる事だよ。具体的に言うと体を作り変える改造手術」

「仮面●イダーみたい……そういや魔族の体って人間とどう違うの?」

「んー……魔法機能に特化してるだけだよ。人間は食事で得るエネルギーや栄養で生きるけど、魔族は魔力でそれを賄えるようになっているのさ」

そもそも人間のルーツが魔族なのだ。

かつては世界中に魔族が居たが、1万年ほど前に疫病等で数を減らし、今の魔領に集まった。そして1人の強者――魔帝によって纏められる。当時は種も纏まりがなかったが、魔帝国は栄華を誇った。

五千年経った頃に、魔帝国は末期を迎える。荒れた国土を見て、魔帝は己の魔力を1つの石に封じ、次代に託す事にした。魔力を失った魔帝は程無く崩御し、瓦解した魔帝国を再び纏めたのがネインクルスことルネである。

人間はその頃に時折生まれていた突然変異で、弱いかわりに魔力に頼らず生きる事が出来た。強制力が働かないため利用されやすく、仕方なく大陸から送り出され、魔族の庇護を受けながら数を増やし、やがて魔族の手を離れて逆に反抗するようになった。

「複雑な……」

「大変だったよ」

魔族は人間を虐げた事などない。むしろ、最初は不幸な同族として哀れみ慈しんでいた。

要するに、同情を向けられてグレたようなものだ。――そして反乱を起こされれば討伐せざるを得ない。それが魔族からの理不尽な襲撃だと曲解され、結局は魔族側が手を引いて魔領に引き篭もった。それからは無関心を貫いている。

けれど人間は間違った認識のまま突っ走り、今だ恨みを抱いて突っ掛かる。魔王という分かり易い対象がいる事もそれを手伝った。

長い話を聞き終え、有馬は溜息を吐き、立ち上がった。

「逆恨みというか……」

「ふふふ。面白いだろう」

「……。で、今度は自分たちから出た獣人を迫害するの? ループしてない?」

「まあね。しかしつくづく仲が悪いとは思ってたけど、まさか妖精族が向こうに付くとは予想もしなかったよ」

今だ大戦争には発展した事が無いが、人間派の四種族はその他の種族を嫌っている。

海で隔たれているからまだ平穏だが、やろうと思えば大地を作るくらいやってのけるのが魔族と妖精族だ。飛びぬけて魔力が多く、魔法に長けている。海そのものを凍らせる、または海底を隆起させる、またはモーセのように海を割り開く事すら可能だ。

故に、冷戦状態は終わらない。

「更に今回の不穏な出来事。まさかのまさかで、これは大戦争に発展するかもねえ」

「え、縁起でもない……」

頭では理解できても、心では理解できない。人種差別、種族の対立。元の世界では遠く、この世界では近く感じられるもの。

人種入り乱れ、外国人にも接する機会は多かった現代日本。更に戦争の時代には生まれておらず、禍根は無い。だから種に囚われ感情を決めてしまう事自体、全く理解し難い。

「そうなったらどうするのかね? 君たち異世界人は」

「どうって言われても……」

有馬はどの種族も嫌えず、好きとも言えず、結局は何とも言えない。

戦争になれば当然アニマラーナに付く。だが、あの傭兵たちが敵国として参加したら?

「……それを防げるのが魔王と勇者という立場なのだよ」

そう言われて、有馬は黙り込む。戸棚からお菓子を取り出してソファに戻り、無言で口に運ぶ。得た役割と責任の重さ、そして、自分に出来ること。

じっと考える有馬を、ルネはただ楽しげに見つめていた。




――誰かが怒られている。

自分ではない。あれは中学1年生の頃の所属していた、図書委員会の委員長だ。

『すいません、すいませんっ』

『謝っても仕方ないのよ』

必死に、洒落っ気のない頭を何度も下げて謝っている。

――それは10月の事で、図書室でボヤ騒ぎがあった。誰かが図書室で煙草を吸い、それが引火したらしい。

『あなたは黙認していたんだから。こんな時期に……』

吸った生徒は見つからなかった。と言うか煙草を吸う生徒が多く、特定できなかった。

委員長は気が弱い男子生徒で、黙認していたのも脅されたからだ。けれど、この時ばかりは話さなければ自分に圧し掛かる。受験のこともあり、彼は洗い浚い吐いた。

煙草の件は生徒に厳重注意がされた。内申にも影響があっただろう。

委員長には特に何も無かった。むしろ、その脅していた生徒達に悩まされた。

『委員長、だいじょぶすか』

有馬は心配した。敬語もまともに使えない、子供も同然の12歳の言葉は案外染み入ったらしい。煤けた背中の委員長は、涙目だった。

『無理。胃が千切れる……』

彼は煙草を吸っていた生徒たちの恨みを買っていた。無言の悪意、言葉の悪意、暴力に嫌がらせ。彼は穏和で知的だが、気弱かつひ弱だった。耐えられる筈も無い。

『せいぜい和んでください』

『もうちょっと和める見た目になってから言っ……い、いや、城崎さんが可愛くない訳では無くて……ほら、好みとかがね』

『チッ』

『ひいっ』

本当に針の筵だったらしい。たとえ向こうが悪くとも悪意は伝播する。元々数少なかった友人も失い、図書室に来るとカウンター裏に体育座りして啜り泣いていた。

『ちくしょう溺死しろ……轢死……圧死……窒息死』

有馬はこの弱すぎる先輩に対し、友人に対するものとは少し違う気持ちでいた。恋かもしれないと思ったがよく分からない。

『……委員長!』

『うひいっ』

よく分からないなりに、有馬はせめて逃げ場でいてあげる事にした。


数ヵ月後。受験勉強も図書室でしている委員長は相変わらず涙目で胃を押さえていたりしたが、なんとか自殺も転校もしていない。

有馬の心も何ら変わりない。やっぱり恋か、と思っていた。

『……ああ、そうだ。この前来た転校生なんだけどね』

『転校生っすかー』

カウンター裏にみかん箱を置いてかりかりとシャープペンシルを走らせる様子をちらちらと見ながら、カウンターに座った有馬はぼんやりと言葉を返す。

転校生。1月の新学期にやって来た転校生。こんな時期に珍しい、と有馬は思った。

『なんだか味方になってくれそうなんだ』

嬉しげな様子に、ざわりと心が揺れた。確か、転校生は女子である。

有馬は委員長から見えない方向を向きいて眉根を寄せた。

『本当ですか』

つい刺々しい口調になる。なんとなく、可愛がったペットが他に懐いているような気分だ。

『わ、わからないけど』

その言葉に少し溜飲を下げたが、傷つけてしまっただろうかと少し気にした。

それからも関係は変わる事はなかった。既に引退しているのだが、委員長はよく図書室に来た。少なくとも有馬が当番の時には毎回居た。

そして、暫く経った日の事だ。

図書室にやって来た有馬は、本棚に寄りかかるように蹲る委員長を見て驚いた。落ちて来た本が回りに散らばり、明らかにひと悶着あったように見える。

『委員長! な、何が』

『ひいっ』

その反応が何時も通りな事に安心した。そして顔を上げた彼を見て再び驚く。

『血! 血、出てる』

『ええっ』

『な、殴られ……て』

口元から血が出ている。委員長は青ざめた顔で口を噤む。肯定に等しかった。

『馬鹿だ……』

『ほ、本当にね……くっそ……あああ、やっちまった』

珍しく荒い言葉に、悔しそうな顔。それは殴られたから、だけではないように見えた。

嫌な予感がする。

『何したんですか』

『……殴っちゃった。あれは……鼻、折れたかも』

『馬鹿だああああ!』

有馬はもう泣きたい気分だった。委員長は成績も素行も良く、既にそこそこいいランクの高校に推薦合格していた。――それなのに暴力騒ぎでは、取り消しだろう。

『味方とかいう人は!?』

『ごめん』

『はあ?』

『いやね、煙草事件の……多分ボヤ起こした馬鹿なんだけど、そいつとデキちゃって』

僅かに安心すると共に怒りが湧き上がる。有馬は落ちた本を拾って本棚に押し込みながら、再び俯いた委員長の頭に手を置く。

『委員長も馬鹿だ』

『……うん』

『超哀れ。マジかわいそう』

『……うん』

『死ぬ気で頑張ってください』

『うん……』

ぼすぼすと頭を撫でる。委員長は切なげに一瞬見上げたが、すぐに俯いて泣いた。

有馬はその時、不意に気づいた。この気持ちが恋心ではなく、ただの庇護欲であると。


――その時から、少し避けるようになった。


あれからどこか変な目を向けてくるのも知っていた。けれど頼られていることは嬉しかった。

しかし、自分が弱者に施しを与え優越感を抱いていた事に気づいて気持ち悪くなった。

どこか自分1人気まずいまま、卒業式の日に告白された。無論場所は人気の無い図書室。

『そ、その……す、好きなんだ……』

差し出されたのは卒業式で配られていた赤いチューリップである。有馬は相変わらずのへたれさに苦笑しながら、頭を下げた。

『付き合おうと思えば付き合えますけど。でも、多分なんか違います。すいません』

全く知らない仲だったら断らなかっただろう。けれど、仲の良かった相手に不誠実な思いでいたくない。

子犬のような目で肩を落とした委員長は、ぽつりと言った。

『……城崎さんが優しいから勘違いしたんだっ。うう……』

『すいませんね。なんか子犬みたいで放っておけなかったから』

『うう……せ、責任とってよ……』

『女々しいっす。明日の受験頑張ってください、あ、これ卒業祝い!』

委員長は号泣していた。色んな意味で泣いていた。卒業式自体はむしろこの学校から離れられる事が嬉しいのか全く泣いていなかったが、この瞬間は泣いていた。

『城崎さぁぁぁぁん……』

『委員長なら立派なヒモになれます。頑張って寄生先見つけてパラサイトしてください』

『そ、そんな無責任な……』

そうしてその日、笑って別れた。

そして――



いつの間に寝ていたのか、と有馬は身を起こす。何故か横にフォルテが居た。

そして先程まで見ていた夢を思い出し、う、と眉を顰めた。

(責任アレルギーはあのせいか)

高校に進学して数ヶ月。委員長であったその人は、結局その先で居場所を見つけられずに中退したらしい。有馬には何も書かれていないメールが届いただけだった。

委員長の責任。密告の責任。優しくする事にすら責任が付き纏う。

「おはよう」

どこか後味の悪いあの一連の出来事は、思っていたよりも後を引いていたらしい。

「……おはよう」

けれどその夢を見た事で、どこか吹っ切れた。重い責任も、支えてくれる人が居れば乗り切れる。あの委員長だって一時は自分に救われたかもしれない。

そう思うと、なんとか魔王も務められるような気がしてくるのであった。








戦歴は片思いのみ。片思いされたこともある。という話

ついでに言うと人に嫌われたくないのも、この煤けた背中を見ていた所為かもしれない。もしくは生まれつき。


という訳で、魔王ルート突入。


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