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獣の国でお嫁さん  作者: つんどら
ちょっとそこまで冒険
25/28

25 おうちにかえろ










ヴラディークとオーガスは後始末に残る事に決め、すぐに有馬たちは出発した。

ちなみに名前の方は、ブランとリーフになった。二文字ルールはあっさり捨てたようだ。


今度は一応魔王の脅威も無いので、全員思い思いにしつつ空の旅だ。

精神的に疲れた有馬と昼寝中毒のメアは熟睡中である。

数馬も眠りはしないものの座ったまま軽く目を閉じ、フィーもうつらうつらとしている。

ちなみに飛行中の保護をしてくれる魔道具を貰ってきたので、風はあまり感じないで済んでいる。

眼下の景色は既に移り変わり、南側の街並みが見える。ここはフィーの管轄だ。

白い石造りの家が並び、街全体がきりりとした雰囲気に見える

「……そういや、こっちの事はどうするんだ」

「元々、殆ど代理人任せですから問題ないです。私たちは基本的に城で暮らしていたので、特に業務は変わりませんし……魔王様が居なければ、成り立たないので」

「探すのか?」

「そうですね……アリマ様になっていただければ、と思っていたのですが」

そう言うと、少し気まずい表情になる。無理に迫ってしまった事を思い出したのだろう。

よく考えてみれば、攫わないでもう少し方法を考えていれば誰も傷付かなかったかもしれない。

結局は誰も死なずに済んだのだから、円満に解決したとも言えるのだが。

数馬は何か思いついたようににやりと笑う。

「俺が兼任してやろうか」

「面白そうですね。無理ですが」

スーアルカルドの人間が憤死しそうなアイディアだ。

分かってるさ、と悪戯っぽく笑う。

「本当ならネインクルス様に戻っていただくのが1番なのですが……既にアリマ様と契約しているのであれば、難しいですね」

「何でだ?」

「王たるものが一個人の下にある、というのは問題だからです。それに、魔王は心までは強制できません。見ていないところでアリマ様を狙われたらコトですから」

「……ああ、だったら本人が魔王の方がマシだな」

「……いいのですか? もし、アリマ様が魔王になったら」

「別に良いがな」

役割に引っ張られて敵対する程、数馬は簡単な性格をしていない。

そもそもスーアルカルドを逃げ出た今、勇者として認められているかも怪しいのだ。

いっそ有馬を魔王にしてその騎士にでもなってみれば面白いかもしれない、と人間側にとって悪夢のような想像が浮かんだ。

「有馬が了承するなら――ああ、あと嫁入りするのに支障が無いんならな」

「嫁入り、ですか……? 魔王となるのなら、婿を迎える事になるでしょうけれど」

「生憎、こっちの方が先約だからな。こいつは――」

言おうとした口を、不意に閉じる。

フィーが怪訝そうに横を見た、その時――

「……! っカズマさ、」

「伏せろっ!」

強い風と共に、神速の影が横切った。



アニマラーナの建国物語は、魔領でもそこそこ有名だ。

銀の王と、白き狼。

まだ荒れていた頃の大陸を駆け、調和を説き知識を与えた銀の狼王。

狼族においての始祖である彼は、やがて人々にも王として慕われる。

そして出来たのが、アニマラーナという国だ。

白き狼は神獣とも伝わり、その力で銀の王を助けたという。

――その狼と錯覚するような、神々しい白い毛並みの狼。

フィーはその体から発せられる威圧感に気絶しそうになりながら、気づけば震えていた指先をぎゅっと握りこんだ。

「……。敵か?」

数馬は何故か半信半疑な様子で呟いた。

確かに、敵と言うには殺気が含まれていないような気がする。

白い狼――ロボが、1度有馬を気絶させてから有馬の前で殺気を発さないように気をつけている、という事は彼には知る由が無いが。

とはいえ居るだけで圧倒的な存在感と、気圧されるような感覚。

強いものだ、と戦わずとも分かった。

「とりあえず、だ。有馬を離せ」

「……断る」

今だ熟睡中の有馬が、ロボの足元にふわりと降ろされる。

お休みのキスでもするかのように優しく鼻先を寄せ、顔を上げると再び凶悪に牙を剥いて威嚇する。

「去れ、蛮勇の者」

「……いや、空の上で無茶言うなよ」

威風堂々たる様子と甘やかしのギャップに若干笑いを堪える。先程からこちらを睨みながらもちらちらと心配げに有馬に視線を送っている様子が、なんとも可愛い。

「ブランカの前で人を殺しはせぬ故、迅速に飛び降りろ。それとも竜ごと沈めるか」

「――それもまあいいけど、とりあえず話し合いからだよ、君」

今度は背後から声。見れば空の上を、平然と歩んでくる青銀の猫が居た。

その声を聞くなり、フィーが口をぱくぱくとさせて目を見開く。

「っ……ネインクルス様っ!?」

「やあやあ、フィー、久しいね。元気かな?」

空中をしなやかな体が歩み、ふい、と揺らいだ姿は次の瞬間には有馬の横に居る。

にゃあ、と猫の声で鳴いて頬を舐めた。

「おはようさん。今日もよく寝るねえ」

「ん……? んん」

薄っすらと目が開く。

そして「る……」と呟くなり再び力が抜け、瞼が落ちる。

「こらこら」

もう一度舐める。うーあーと唸っていたものの、ようやく緩慢に手を動かして体を起こした。

「……っち」

いきなりガラが悪い。

有馬はだるそうに伸びをした後、眉根を寄せてそこにいるルネとロボを見て、ようやく気づいたように目を軽く見開いた。

「ロボ?」

「うむ」

「あれ、私は無視かな?」

「すごいね、どうやって来たの? あれ? まだラルの背中だよね」

「飛ぶくらいなら造作ないからな」

「へえー、いいね……? うん」

飛ぶのは“くらい”なのだろうか。突っ込みすら出てこないあたりまだ半分寝ている。

「……ベルは?」

「留守番だ。あれも随分力を蓄えたから、守護の役目くらいなら果たせる」

割と適当である。

やはり長く生きた上に神獣なので、大抵の事を有耶無耶にできる程に強いのだ。

ただし彼やルネは、魔力的に停滞していてもう伸び代が無い。

その点精霊としても生物としても若かったベルは、まだまだ成長の兆しがあった。

魔力を吸えば強大な存在になれるし、少しずつだが大人の姿に変わっていくだろう。

「それより早くゆくぞ。我にとっては脅威ではないが、禍々しいものが溢れている」

「……えぇ? どこに?」

「魔王城だね。あーあ」

事も無げに言うが、リアルに世界の危機である。勇者ではないので何もする気はないが。

黙って聞いていた数馬が、言われてみれば何かあるな、と顔を向けて難しい顔をした。

「そうだねえ、きみはまだ弱いから逃げるのが得策だよ。こんないい足もあるし」

「ラルをアッシー君扱いしないでよ」

「はは、アッシー君か」

気に入ったらしく、ルネは笑っている。有馬が不満げに耳を引っ張るが、特に気分を害した様子は見せない。

「それより君――あは、ははは、いいものを持っているね。結局そうなるのか」

楽しげに笑ったルネがひょいと有馬の脚に乗り、ポケットに尻尾を突っ込む。

「何?」

取り出したのは、小さな球形の宝石のようなものだ。奇妙な事に、色がよく分からない。

そういえば数馬に貰ったもので、宝石が好きな訳でもないため忘れていたものだ。

首を傾げる有馬の手に、それが触れて――途端に宝石は、尻尾を振り払うようにつるりと飛び出して浮かんだ。

「え?」

眼前に迫るそれを払いのけようと思わず手を上げる。ふい、と簡単に避けられてそれは有馬の喉元に吸い込まれた。

「っあ、ぐ」

「ブランカっ!?」

途端に、熱した空気を吸い込んだように喉が灼ける。

突然呼吸が出来なくなって有馬はパニックになり、涙目で体をくの字に曲げる。

「おい貴様っ、何をした!」

「私は何もしていないよ。あれの正式な選定を受けたから、ちょっと苦しいだろうね」

「ちょっとではないだろうっ!」

死ぬほど苦しそうである。

ランラクルの背中の鱗に縋るように這い蹲り、片手で喉を押さえて必死に息をしようとしている。

「どうしたっ!? おい、有馬っ!」

「いや? 何でもないさ、勇者殿」

「殺すぞ化け猫野郎」

「ね、ネインクルス様……」

おろおろするフィー、殺気立つロボと数馬、飄々としているルネ、今だ熟睡中のメア。

その様子をどこか遠く感じながら、有馬は己の奇運っぷりを呪った。自分が不憫とは思いたくないが、どうしてこうも変な事態にばかり陥るのだろう。

しかも今度ばかりは死にそうだ。サウナを極限まできつくしたような熱が喉にあり、息を吸う事が出来ず、ただ掠れたような音を立てて息が抜けていく。

この厄病猫、と声にならない悪態をついて有馬はまたも気絶した。

「け、痙攣していますよっ、ど、ど、どうしましょう」

「くっそ……とりあえず気道の確保か」

「魔法で空気を送る。鼻から抜けぬように摘んでおれ」

割と緊急事態だが、数馬は平静を保ったまま有馬を抱き上げて裏返す。一応元の世界でしっかり救命の講習も受けている。もう必要ないが、AEDもしっかり操作できる。

鼻を摘んで喉を少し上げさせ、ぴくぴくと痙攣する指先を見て心配になる。

しかし自分が平静を失ってしまっては困る。ここにいる面々は戦闘能力は高そうだが、人命救助の心得がありそうには見えなかった。





目を開くと、なんだか随分と懐かしい天井が目に入った。

青を基調にした柔らかな布団は羽毛布団で、最初はこの世界にも羽毛布団があるのかと感心したものだ。昔の人はシーツだけ掛けているイメージがある。

薄ぼんやりとした明るさは、天蓋から下がるカーテンのせいだ。このおかげで毎朝眩しくないのは助かる。突然明るくされるのは苦手だった。

「おはようございます」

聞きなれた女性の声に、ううん、と唸って目を擦る。

「起き上がれますか?」

小さく頷く。のろのろと体を起こすと、グラスを渡された。

「ありがと」

とてつもなく喉が渇いて声も掠れている。柑橘風味の冷たい水を飲み干すと、生き返ったような気分になる。

そこで有馬ははっと目を覚ましたように顔を上げた。

「いつの間にここに」

「一昨日お帰りになられました。1度目を覚ましたのですが、覚えておられませんか」

「ああまたこのパターン……全然覚えてない」

「高熱が出ていました。峠を越えるまでは危険でしたし、記憶が飛んでも仕方ないですわ」

「ひー……」

知らぬ間に生死の狭間を彷徨っていたらしい。

有馬はばくばくとする心臓を押さえ、そういえば何か夢を見た気がするな、と思い出す。

とても辛いような夢だった気がするが、きっと死ぬような目に合っていたからだろう。

空腹に耐えつつ顔を洗い、体を軽く拭いて着替える。過保護なクレイアは何時も通り過保護だが、必要以上に喜んだり説教したりはしない。

体がだるいので、それは有難かった。優秀なメイドなのでしっかり弁えているのだろう。

「では、お食事をお持ちいたしますので」

「ういー……」

淡い桜色のワンピースと白いカーディガンを着た自分を見下ろす。

気のせいかもしれないが、少し痩せた。

「最近気絶するか泣き叫んでるかだしなぁ」

自分で言って切なくなるが、転移して気絶し、攫われて気絶し、戦ってはガタガタ震え、ついでに泣き、そんな感じの7日間だった。

そう、たったの7日間。

転移してからシャンヤンまで3日、更に3日後に攫われて、その夜から戦い通して決着をつけたのが7日目になったあたりだ。

色々ありすぎて頭が痛いが、戦いを経て少しは成長した気もする。

もう死地に身を置くのは遠慮したいが。

そう思っていると勢い良くドアが開き、これまた久しい顔が飛び込んでくる。

「有馬っ!」

まさか寝室に来るとは思っていなかったため、唖然とする。ぼーっとしている間に駆け寄られ、勢い良く抱きつかれて思考が停止した。

フォルテの両腕に抱き締められ、そのまま勢いでベッドに倒れる。

「ふぎゃっ」

ランラクルの抱擁よりは穏やかで苦しくもない、が。

別の意味で苦しい上に恥ずかしい。

さらりと銀髪が頬にかかる。頬と頬がくっついて、体温がはっきりと分かる。

「あ、あ、あーっと、えっと」

しどろもどろに言葉を捜すが、何も出てこない。

フォルテはやや斜めに覆いかぶさって、両腕が頭と腰に回されている。

丁度心臓と心臓のあたりが重なって、鼓動がどちらのものなのかすら分からなくなる。

(少女漫画かあああ!)

内心で叫びながら、所在無く彷徨っていた両腕をとりあえず、フォルテの背中に回す。

なんとなく安堵感があり、口を閉じようと思った、が。

「……フォルテ」

「何だ?」

「つぶれる」

割と切実な問題なので、服を引っ張って抗議する。

緩慢に体を浮かせたフォルテの目が有馬の顔を見ると、少し焦ったような表情に変わった。

「有馬っ、顔が赤い。まだ熱があるんじゃないか」

何時もより切羽詰った調子で言うフォルテに、思わず横を見て「くっ」と息を漏らす。

(ベタだ……ベタだ! 天然だ!)

「大丈夫か? まだ寝ていた方が……」

「平気だって、何ともないから」

にやにやと笑い、ベッドに腰を下ろしたフォルテを見上げる。

「フォルテは元気だった? シヴァさんとクレイアさんも」

「ああ。こちらは変わりない」

「よかった」

家に帰ってきた、という感じがする。

昔とは違う。家に帰り、親がおかえりと言う事にすら苛立っていた頃とは。

「……ただいま」

「おかえり」

柔らかな微笑みが降って来て、日常に帰った事を再確認する。

同時に、顔が熱くなった。最近やたらと美形ばかり見ているが、フォルテはなんとなく別格に見える。言うなれば、美術館の芸術品と憧れの先輩の差か。

「有馬」

名前を呼ばれても、今の状態だと恥ずかしさが増すだけだ。動悸も加速して、そういえばベッドに居たという事を思い出してますます沸騰しそうになる。

寝転がった体をごろんと転がして、布団に顔を埋める。カバーはひんやりと冷たい。

「……有馬?」

もう一度呼ばれる。今度こそどう反応していいのか分からなくなり、手に汗が滲む。

何も変な意図が無いとは分かっているのだが、今声を出したら確実に上ずる。

と思っていると、右肩をがしりと掴まれて布団から引き剥がされた。

「ひぎゃあっ! な、何……」

「無視するな」

「あ、ご、ごめん、その……あー、えーっと」

真っ赤な顔でわたわたしているのを見て、フォルテが心配そうな顔になる。

「やっぱり熱が……」

「無いってば」

段々と涙すら滲んでくる。1度感じた気恥ずかしさというのは中々収まらないもので、フォルテの一挙一動に温度が上昇していく。

「本当にどうしたんだ。お、おい」

「……ふ、フォルテのせい」

「な、何かしたか?」

普段は鋭いのに、何故かこういう所だけが鈍感だ。有馬もだが。

こういう点は有馬と数馬は似ておらず、数馬は人からの好意に聡い。というか妖怪レベルで人の感情を読む。

「な、なんか、押し倒すし」

「押し倒っ……!? いやっ、その」

「しかもここっ! ベッドですけど!」

「いや……その……すまない」

「謝られてもむなしいの! 喜べ!」

既に自分でも何を言っているのか分からない。

赤面して涙目だが、勢いに任せて叫ぶとフォルテも気圧された。

「……あ、ああ」

「感想はっ!」

「……や、柔らかい」

「変態!」

羞恥心が限界を超えると、人間色々超えられるのである。

有馬の暴走はその後10分程続いた。



外で朝食のトレイを片手に待機していたクレイアが呟いた。

「……あと一息でしょうか」

「先は長いと見た。いやあ、初心だねえ」

「変にちょっかいをお掛けにならないでくださいね」

「分かってるさ。やー、いいものを見た」

にやにや笑いの元魔王に、クレイアが微笑みかける。

「シヴァ様もご覧になりたかったでしょうに……」

「君たちって不敬にも程があるよねえ」

「うふふ。愛です」

やはり再会にテンションが上がっているクレイアであった。

……元からこうだと言えなくもないが。








実は意を決して言おうとしていたものの

有馬に押されて有耶無耶に終わった という話


次回は会議のターンと思われます

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