23 勇者VS魔王
戦闘はぬるいですが残酷描写があります。
苦手な方はご注意ください。
ついでに言うといつにも増してクサいです。
魔王は、容姿だけは可憐な少女を模っていた。
ふわふわとした腰までのキャラメル色の髪、愛らしい薔薇色の頬、円らな瞳は潤んだチェリーピンク。
有馬が全力で拒むような白いロリータ系のワンピースを見事に着こなし、肌は雪のように白く滑らかに見える。
――しかし。
「っう、ぇ」
こんなに醜悪で禍々しいものを、有馬は初めて見た。
ふわふわとした茶髪が、蛇のように蠢く。
白い肌の内側に、蟲のような化物が詰まっている。
そんな錯覚が生まれる程、魔王の雰囲気は醜悪だった。
(なん、なの、あれ……気持ちわる……)
この前戦った鼠の魔物を何億匹も集めて煮詰めたような邪悪さ。
吐き気を催す邪悪とはまさにこの事だ、と有馬は思った。
けれど手を止める事は無い。じっとりと汗ばむ両手を振らないと、集中する事すら出来なくなりそうだった。
(兄ちゃん……っ)
夕日を反射して橙色に光る、銀色の剣。
有馬はそれを見て、唇を噛み締めた。
◆
セオリー通りとは言えない邂逅だ。
本来城に居て然るべき魔王は空の上、勇者は竜の背に仁王立ち。
けれど魔王は、あくまでセオリー通りに口上を述べた。
「我が名は――」
声質こそ見た目に合う少女の声だが、聞くと何故か寒気がするような邪悪さがある。
「ネメペレゲ」
「……」
全国のネメペレゲ氏に申し訳ないが、なんとも気の抜ける響きだ、と数馬は思った。
(●ーマとかミ●ドラースとか、せめてケ●カとかオ●ィオとか……ラスボスってのは威厳ある名前じゃなきゃ駄目だろ……)
内心でぼやきつつ気を取り直すが、後ろで「はいいぃ!?」などと騒ぐ妹に若干気を取られる。
(あいつ本っ当に緊張感ねえな)
本物の魔王を相手にゲームの魔王を思い出している彼も緊張感は無いのだが、何分突っ込みは不在である。
「――憎き人類を滅ぼすため、異界より参った」
更に威厳ある口調で言うネメペレゲに、数馬は辛辣な突っ込みを入れた。
「自分の世界の人類滅ぼせよ」
全くもってその通りだが、勇者としても人間としても若干よろしくない発言である。
しかしネメペレゲは邪悪な雰囲気はそのままに、もじもじしながら小声で言う。
「もう滅ぼしちゃったし……」
数馬は腹の底がぐつぐつと煮えるような怒りを懐いた。
(ラスボス失格だろこいつ……!!)
物凄く斜め上の理由で。
ネメペレゲは取り繕うように咳払いしてから重々しく声を出す。
「……手始めに勇者を殺す。さすれば世界は絶望に包まれるであろう」
「今更取り繕ってもなあ……ッ!」
白いレースに包まれたデコルテのあたりに手を突っ込んだかと思うと、ネメペレゲは何かを投げつけてくる。
数馬は反射的にそれを切り払う。大きな爆発音がしたが、特にダメージは受けなかった。
しかし、爆風で少しよろめく。
広い背の上とはいえ、うっかりすれば落ちる。爆風で吹き飛ばされたりしたらたまらない。
「有馬ッ!! しっかり支えろっ!」
緊張感を取り戻すためにも、思い切り叫んだ。
有馬は情けない声だがしっかり返事をし、爆風をしっかり飛ばして数馬を支えた。
甘やかしすぎたのか判断力に欠ける有馬だが、その分命令には忠実で、少し時間をかければ最善の方向に持っていける。
「魔王が飛び道具ってのもな。姑息と言うか小物というか」
次々に何かの球体が飛んできたが、いくつかは逸れて空中に飛んでいく。
後ろから有馬の小さな悲鳴や呻きが聞こえるあたり、必死に逸らしているのだろう。
「何とでも言うがよい」
ふわふわとした髪が纏まり触手のようになって眼前を掠った。数馬は思わず横に飛んだ体を立て直すように右足を鱗に擦り、無意識にマナを爆ぜさせる。
直感に従い跳躍すると足元を影が通過した。キャラメル色の刃は空気を裂いても音ひとつしないような薄さらしい。
ガキンと音がした。ネメペレゲの眼前に着地した数馬は、剣を顔の横に立てている。
先程の刃の先端が剣の腹にぶつかった音であった。
「……ふ」
ネメペレゲが笑う。数馬は剣を振り下ろして跳ね除け、そのまま横に一閃した。首が離れる。
――その断面から蠢く奇妙なもの。赤黒い触手のようなものは互いを引き寄せ合い、再び首と首を繋げた。
「キモッ」
飛びのきながら言う数馬を、無数の髪が追った。
数馬の剣にマナが集まる。そして青白い炎が纏わり付いた。これは便利とばかりに振り回すと髪の毛は燃え落ちていく。
後ろで「だから何それっ!」と悲鳴が聞こえたが応える暇は無い。
「――ふん。良いご身分だ」
「ああ?」
「この世界の2柱は貴様の味方らしいな」
2柱。天神と魔神の事だ。皮肉げに唇を歪めた美少女魔王は焼け焦げすら残さず髪を元に戻し、今度は黒い瘴気のようなものを服の袖から噴出す。
「そりゃ勇者だからな」
ネメペレゲに負けず劣らずのシニカルな笑みを浮かべる。皮肉屋では無いのだが、こういう笑みは偶に役立つ。
瘴気は空気の流れに反して広がり、数馬を包み込む。数馬も驚いたが後ろの有馬の方がよっぽど慌てているため、むしろ落ち着いてしまう。
(こういう時は全く助かる)
そう思いながら質量を持ち閉じ込めようとしてくる瘴気に剣を差し込んで抉り、桃を内から割るように振り下ろし、振り上げ、左右に割り開いて飛び出す。
予測していたのか、やはりネメペレゲは蠱惑的に笑って瘴気を放った。
「魔法とか使わねえのかよっ!」
「貴様こそ己の魔力は全く使わぬか」
――どこか、ゆったりとした戦いである。
勇者と魔王の戦いという割には、お粗末で。
(手加減……? いや)
奇妙な違和感に気付いた時、横から不可視の攻撃が襲った。
「っぐ!?」
吹き飛ばされかけ、反対側から空気が支える。右から来たものもまた空気で、押しつぶされる感覚に一瞬目を瞑る。
「やれやれ、やっと来たか役立たずが。――後は若い2人で、な」
魔王は薄笑いを浮かべて空中に逃れ、スカートから伸びる細い足を組み、傍観の体制に入る。
数馬はなんとか体制を戻して右を見た。其処には、あまりに酷い格好の――
「……あ、ああぁあ、あ、うあああぁぁああ!!」
絶叫しながら向かってくる、紫髪の女性が居た。
「……っな……」
有馬は愕然とした表情で、ぼろぼろのフィーリシアを見た。
紫の髪を振り乱し、美しい顔の半分は焼け爛れ、右腕がぷらりと垂れ、本来なら美しいであろう黒の翼も血に塗れ。
金色の瞳が、片方無くなっている。ぽっかりと開いた眼窩から血が流れている。
黒いドレスも殆ど千切れて太腿も胸すらも露になり、しかし少しも色気を感じ得ない程に抉られ、裂かれ、肉や骨すら覗いている。
「あ、あああ、ぁああああああっ!」
その口から零れ出るのは最早あの冷静で知的な声ではなく、悲鳴と、絶叫と、慟哭。
完全に味方という訳でもなかったが、顔見知りの変わり果てた姿は有馬にショックを与えるには十分だった。
「ひ、っ……」
叫ぼうとしたのか、何か言おうとしたのか、自分でも分からない。ただ喉が詰まり、体の奥から温度が失われるような感覚。
「アリマ様」
すらりとした長身が視界を遮った。蝙蝠の羽を広げ、メアは慰めるように片手だけ後ろに回して頭を撫でた。
「今は、カズマを。気にしなくていい」
「あ、あ、ああ、うん、わ、わかっ、わかって、るよ」
分かっているのか怪しい声で返事をする。振るう指先がぶるぶると震えている。
歯の根が合わず、視界すら歪む。泣いている事にすら気付いていない。
「あぁああああああっ!」
フィーリシアは片目から涙を流し、ぼろぼろの体ごと必死にぶつかっていく。
見ていて痛々しいような戦い方。
有馬は数馬を支えながらも、必死に風を起こしてフィーリシアを押し戻そうとした。
「やめ、て、……よ、……も、もう、やだ、」
逸らしそうになる目を、必死に目の前の現実に縫い付ける。
メアの背からちらちらと覗くその姿の悲愴さに、喉の奥がひくついて吐きそうになる。
数馬も傷だらけで体当たりしてくる女性には困惑しているのか、攻撃せずに避け続けている。
「お前、もしかして」
「うあああああぁああっ、あああぁああああ」
「フィーリシアさんとやらか」
「――っあ」
数度目の空振りをしながら、フィーリシアは驚いたように表情を変えた。――しかし、攻撃を止めることは無い。止めることが出来ない。
「秘書っぽいクール美女。なるほど確かに、美人だな」
フィーリシアの声が、止んだ。
嗄れた嗚咽を漏らしながら髪を振り乱し、左腕を突き出す。
数馬は頬にその拳を受ける。本人の意思に関係なく力の篭った攻撃に、口の中が切れて血の味がした。
しかし、避ける事はやめたらしい。
数馬は忌々しげな目でネメペレゲを睨み付けた。
「クズ野郎」
吐き捨てるように言いながらも、肩に、胸に、腹に、血塗れの拳を受ける。
「言いたければ言うが良い。これでそこの娘も無力化できたであろう」
「あぁ? 俺の妹がそんなヘタレだと思うか? しっかり役割は果たしてる」
ちらりと一瞥すると、有馬はがたがたと震えながらも手を動かし、風で数馬の背を支えている。最早死にそうな顔だが。
「しかし攻撃に移れるほどの度胸は無いようだな」
「あいつは守られるのが仕事だよ」
「ふん。……この竜を攻撃に転じさせれば良いものを」
「こいつが暴れたら妹が落ちるだろ」
「それもそうだな。はははははは、お優しい」
話しながらも、殴られ続ける。
数馬のコートは、有馬と似たようなものだが更に実用性が高い。
それこそ神の加護でもついていそうなほどで、全力で殴られたとしても全く痛みを感じる事はなく、衝撃が吸収される。
微動だにしない数馬を、ひたすら痙攣する左腕で殴打し続ける。
「妹がショックと罪悪感で死にそうな顔してんだよな。何したんだアイツ」
「その魔族と契約しなかったのだよ」
「しなかった? ……流石に意味がわからんが、まあ」
ぱしりと手首を取る。軽く引くと、ふらふらの体はあっさりと数馬の胸に収まった。けれど今だ殴ろうとしているのか左手に力が入っている。
魔王は僅かに面食らったような顔でその様子をただ眺めている。
「代わりに俺が責任取るって事で……ま、妹推薦なら遠慮する事ねーしな。
――とりあえず誓いのキスと洒落込むか、フィー」
数馬はぼろぼろの背中を支え、抱き寄せる。そして、
出合ったばかりの、ぼろぼろに傷ついた、1人の女に。
躊躇い無く、口付けた。
有馬が目を見開く。くたりと力の抜けたフィーリシア――フィーは、確かに魔王から開放されている。
「……は、……い」
か細い声が誓う。薄っすらと微笑みすら浮かべたような、そんな表情で。
呼び掛けた愛称、フィーの口に付いた血と、数馬の傷付いた口内の血。
――契約は為った。
崩れ落ちる体を抱き上げて素早くメアに預け、魔王に向き直る。
「――俺の理想のラスボス像を教えてやる。誇り高く威厳に溢れ、絶対的な力を持ち、部下には心酔され、1人で世界征服も出来るような奴がいい。ちゃちな真似なんざしないで、世界ごと焼き払うような、そんなラスボスが良い。キーアイテム未使用だと数ターンで全回復しやがるような、そんな魔王となら、戦いたかったさ。まあ戦わずにすんで良かったとも言うが」
言い切って、剣を構える。何の変哲も無い鋼の剣は、夕闇に染まり始めた空で煌く。
「お前はただの魔物だよ」
何を考えているのか読み取れない、諭すような一言を落とした。
有馬は目を疑った。
《精霊眼》は発動していない、――ならばあれは、あの眩い色は何だ?
「……え」
ほんの数秒眩く輝いたかと思うと、剣は姿を変えていた。
灼熱のような色。角度によって赤とも黄とも見えるそれは、複雑怪奇に絡み合いながらも先端に収束して鋭利な光を放つ。
――槍、だった。
「どういう……」
治療をなんとかしようと四苦八苦しつつも、思わずそう呟いてしまう。
数馬はすい、と槍を水平に持って前方に振った。
ダーツでもするかのように。
「……何、あれ?」
メアですら呆気に取られるような現象が起きた。
ネメペレゲは確かに避けた。浮いたまま、横に避けた筈だ。それで終わる筈だった。
数馬以外、全員が呆気に取られている。
「痛いか」
ぽつりと零す。心臓ではなく、胸のど真ん中に、突き刺さった槍。
「熱血っぽく言うなら、これはフィーの分だな。ヴラディークともう1人の分も加算しておいてやる」
数馬は悠然と歩み寄り、ランラクルの背にゆらりと降り立つネメペレゲに向かう。
「次は有馬の精神的苦痛の分、更に俺の機嫌を害した分」
愛らしい顔も台無しの、これ以上無い苦渋の表情。
数馬は槍を掴んで引き抜いた。風穴が開いて、覗いた赤黒い蠢きはもう意味を為さない。
「なん、なんだ、それは」
形が、崩れる。
ネメペレゲの体が、胸に空いた孔から広がるように、醜悪な怪物へ変貌していく。
ごぽごぽと音がして、零れ落ちていく血肉のようなもの。
寄り集まって肉塊のようなものになり、容赦なく触手が迫る。
「人間風情が持って良いものではないっ」
ぐちゅりと肉塊の奥から粘ついた叫びが聞こえた。
数馬がぐるりと槍を回転させると、触手は粉々に千切れ飛び夜空に散っていく。
「そうだな」
槍を適当に振り回しながら、すいすいと近寄って行く。
「何でも使うのが人間ってもんだ」
「――くそがあああぁぁああっ! 馬鹿めっ!! 門は開かれたああっ!!」
それが醜悪なる魔王ネメペレゲの最期の言葉になった。
突き込まれた槍は解けていく。体内から溶かし、身を焼く痛みは一瞬で終わった。
そこにはもう何も無い。
――いや、小さな球形の宝石がひとつだけ、遺されている。
数馬はそれを拾い上げ、まあとりあえず妹にでもやるか、と適当に決めた。
それが魔王の証そのものであるとは露知らず。
◆
おまけ・ランラクルはその時
(い゛っ! ……痛っ! 何だ!?)
先程から断続的に何か丸いものが体に当たっては爆発している。
ランラクルは地味にチクチクとくる痛みに耐えつつ、数馬の言葉に従い安全飛行を心がけた。
「――あぁああああ――」
ランラクルはひたすら飛ぶ。背中が戦場になろうと飛び続ける。しかし突然聞こえた恐ろしい慟哭に思わず喉をひくつかせた。
(何だ!? 怖っ! ……アリマが脅えてるな……)
上の様子は全く分からないが、有馬の様子が気がかりである。
風の音に紛れて断片的に聞こえる恐ろしい悲鳴と、有馬の涙声に心臓がどくどくと鳴る。
(心配だ……心配すぎる……でもまあ、俺は安全に飛行するのが役目だしな。やっと役に立てるか……)
その大きさ故か上の惨状には頓着せずに済むランラクルは、もしかすると1番能天気かもしれない。
べちゃあと背中に生ぬるいものが触れ、太く長い尾が思わずしなった。
(うおああっ!? 気持ち悪っ! しみる! 何だっ!?)
「グオアオァアア――ッ!?」
思わず咆哮するような不快感、そして痛み。染み入った体液のようなものが鱗の内側をじゅう、と焼いた気すらした。
しかしランラクルは微動だにせずそのまま同じ方向に飛び続ける。
何故なら背の上に乗っているのは敵だけでなく、彼が認めた兄妹とその契約者なのだから。
(痛ぅううう!! ――でも、……今度こそ、期待に応えるっ……!!)
「グオオオオォォ――ッ!」
足蹴にされつつも頑張るランラクルは、間違いなく魔王戦の功労者に違いない。
いつにもまして戦闘シーンが難しい……もう少し人外じみた動きをさせるつもりだったのですが。アレレー。
魔王はあっさりです。バ●モスポジションと思ってください。
ちなみに●ーマとミ●ドラースはドラ●エ、ケ●カはファイ●ァン、オ●ィオはライ●アライブです。全部スーファミ。