表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣の国でお嫁さん  作者: つんどら
ちょっとそこまで冒険
20/28

20 閑話・城崎数馬の顛末

今回は数馬兄ちゃんの話です。










「大丈夫です。絶対に無事ですよ」

泣きじゃくっている母の背中を擦りながら、心にも無い気遣いの言葉を並べる。

数馬は柔らかく笑みを浮かべ、母を宥め続けた。

「有馬は僕の妹なんですから。そう簡単に死んだりしません」

それは母よりも、自分に言い聞かせたような言葉であった。


城崎有馬が失踪したのは5日前の事である。

普段通りに帰宅途中、道の真ん中で、蜃気楼のように消え去った。

歩いた形跡は其処で途切れ、匂いも消え、持ち物は何一つ残らず、近くに車が止まったような形跡も無い。

友人達は、神隠しか、と言った。――その時は乾いた笑いすら出なかったが、確かにその通りかもしれない。

もしこれが人為的な物だったら、是非ともその技術を聞きたいものである。

「ヘリでさ。ほら、上から」

「そんなもん来てたらとっくに目撃されてるだろ」

だよなあ、と赤茶けた色の頭を掻く青年。彼は数馬の友人、赤倉(あかくら)古牧(こまき)である。

良く城崎家や数馬の喫茶店兼自宅に押しかけてくるため、有馬とも知り合いだ。

「でもなぁ。じゃああれだよ、UFOとか」

「……キャトルミューティレーションってか?」

「そうそう。そのうち足か手でも無くして帰っ、」

古牧の軽薄そうな顔面に、思い切りテレビのリモコンが直撃した。

「縁起でもない事を言うな」

不機嫌を隠さず、盛大に舌打ちをして冷蔵庫に向かって行く。

此処は数馬の喫茶店の二階部分で、居住スペースになっている。

数馬の部屋、書斎、リビング、そして有馬の部屋がある。

有馬はこの家に暮らす訳ではないが、週の半分程はこの部屋に寝泊りする。――いや、していた。

「いったいなー。じゃあ他に何があるのさ」

ミネラルウォーターのボトルを持って帰ってきた数馬は、蓋を取りながら言う。

「そうだな。……やっぱり神隠しか?」

「でしょ? サワくんの言葉は正しい!」

電波(あいつ)の言葉に信憑性は無い」

サワくん、とは2人の友人、石和(いさわ)三船(みふね)の事である。

色々と性格に難はあるが、見た目(だけ)は王子様系だ。

「あ、そろそろ帰ってくるんじゃない?」

「そうだな」

「ダウジングの成果が出るといいけど」

「思ったんだが、そもそもあれは地下の水脈やらを見つけるモンじゃないのか。意味が、」

と言いかけた時、階下からドア、閉まる音がした。

三船が帰ってきたのである。

「来たね」

「あぁ」

数馬は覚悟を決めたような声で返事し、重々しくボトルを置いた。

「今度は何を持ち帰って来るかな?」

「せめて俺達の目に見えるといいな」

亡霊やら何やらを連れ帰ってくるのはやめて欲しい。

無論2人が信じている訳では無いが、本人は真剣な顔で「見えないのか」と言ってくるのである。

そして扉が開き、問題の人物が部屋に入ってきた。

「ただいま」

人工的でない柔らかな色味の茶髪に、茶色の瞳。

表情を忘れてきたように無表情だが、人形のように整った顔立ち。

彼こそが石和三船である。

「おかえり」

「成果はどう?」

「……これ」

三船は包帯でぐるぐる巻きになった右手を差し出す。

「何だ?」

そして、ぱ、と開いた。





Imprinting(すりこみ)

殻を割って生まれた鳥の雛は、初めて見た動くものを親と学ぶ。

――数馬は初めて見た有馬を、唯1人の家族と思った。



走馬灯か、と思いながら数馬はぱちりと目を開けた。

――白い。

兎に角白い。天地の見分けも付かず、広さが分からない程広い。

見えるのは自分の体だけだが、その体もどこか奇妙な気がする。

「……影が無いな」

そう、あって然るべき影が、1つも見当たらない。

その所為でどこか体は平坦に見えるし、気味が悪いことこの上ない。

(死後の世界、異世界、天界……どれだか知らんが、今までいた世界とは別物だろうな)

あっさりとそう判断する。冷静な顔を崩さずに立ち上がり、平衡感覚が無くなりそうな景色に眉を顰めた。

とりあえずこういう時は、と所持品を確認しようとした時――

「起きたか、×××・×××××」

「――は?」

後ろから声が聞こえた。

――起きたか、までは日本語として聞こえた。

あとは、声とすら認識できず、雑音のように響き――ズキン、と頭が痛む。

「×××? ……ん? ああ、失われた名か。城崎数馬……こちらだと数馬・城崎だな」

「……何だ? ……ああ、異世界の、神とかそういうのか」

白い背景に同化しそうな白金の長髪と色白な肌、水色の瞳。

その顔立ちは神々しいまでに美しく、体も均整が取れていて非の打ち所が無い。

「察しが良いな。俺はスイル・ルイス、この世界の天神だ。――そして、魔神アヴロ・ロヴアと対を成すものでもある」

色づいた唇が、つぅ、と弧を描く。無垢な美少女はそれだけの動作で、妖艶な色気を孕んだ。

「お前を異世界から召喚したのは、俺だよ」

悪びれない言葉に数馬は怒るでもなく、ただ「そうか」と言っただけだった。

「……ああ、おっと、彼らを忘れていた」

スイルは思い出したように、空中に手を――突っ込んだ。

そしてずるりと人間らしきものを引きずり出し、そのまま下に落とす。

「っだ!」「……?」

赤茶と薄茶の頭が、揃って地面(?)に激突する。

数馬は軽く眼を見開いた。

「こいつらも?」

「それはこれから説明しよう」

ぶつけた額を押さえながら古牧が起き上がり、周りの景色と自分の姿に目をぱちくりとさせる。

「白っ! ……うわ、気持ち悪!」

「……?」

三船はきょろきょろと周りを見回し、ぼーっとしている。

「もう少しマシな場所は無いのか? せめて光源くらいはっきりしてないと気持ち悪い」

「……仮にも神の空間に気持ち悪い気持ち悪いと……くそ、仕方ねえ」

ぱちんと指を鳴らす。

――白いキャンバスに描くように、世界が塗り変わる。

ただ真っ白だった頭上が、空色と白に染まっていく。

白い足元が“地面”と言える物に変化し、数馬達付近は石畳すら現れる。

木々が生え、鳥が飛び、楽園のような空間が出来上がった。

「エデン」

ぽつりと三船が呟くと、数馬も「確かにな」と頷いた。

「さて、話をしようか」

石畳の上に、白いテーブルが1つと椅子が4脚。

テーブルの上には紅茶とクッキーまで用意してあった。

「座れ」

「え、何、誰!?」

慌てる古牧を他所に、優雅に椅子に腰掛けたスイルは説明を始めた。



――迷魂(めいこん)というものがある。

生まれた世界を離れ、他の世界に転生してしまった魂の事だ。つまり前世をこの世界で過ごした者だ。

迷魂を持つ者は個性的である事が多く、何かの切欠で前世の能力を取り戻す者も居る。

しかし最大の特徴は、肉親の情を抱けない事だ。

元々違う世界の魂だからなのか、どうも合わないらしい。

――数馬はその迷魂だという。古牧と三船もだ。

「なるほど、な」

生まれてこの方家族を嫌いだった事に、やっと今更理由がついた。

「力の強い迷魂ほど、無関心を通り越して嫌うようになる。心当たりはあるだろ?」

「ある。……ああ、何か物凄くすっきりした」

という事はつまり有馬もそうなのだ、と気付く。

今まで不可解だった事が何もかも分かっていくようで、なんとも小気味良い。

数馬は久しぶりに知識欲が湧き上がるのを感じた。

「有馬も迷魂だな?」

「……ああ」

「待って待って、もしかして超能力とか目覚めちゃうの!? いよっしゃー!」

「さあ。まあ人それぞれ――」

「サワくんはどう? お化けとかやっぱ本当に見えてたの!?」

「当然」

ぽつり、と呟く。淡々とした三船を他所に、古牧ははしゃぎだした。

数馬はそれを一瞥し、思い切り舌打ちする。

「煩い。騒ぐなら向こうでやれ」

「えー!?」

「スイル。聞きたい事は山ほどあるが、何時まで此処に居られる?」

「あと1時間も無いな。それくらいで人間の方の準備が終わる――ああ、そうだ。お前たち2人は手違いだから、すぐに元の世界に戻す。

ま、お前らは迷魂だからたまには里帰りさせてやるし、今生の別れじゃねーから安心しな」

だから黙ってろや、と裏音声で聞こえた気がした。

一転して意気消沈した古牧は大人しく紅茶を啜り、クッキーを摘み始めた。

「1つ目だ。お前達神は、自由に迷魂を戻す事は出来るのか」

「迷魂といえど体は向こうの世界のものだ。自由に、とは行かない」

「どういう条件がある?」

「本人が願う、あるいはこちらの人間に必要が生じた場合だな。神だけの都合で人間を動かす事は許されない。まあ可能だが」

「……っじゃあ俺こっちに居たい!」

「僕も」

「却下。あのな、うっかりお前らも巻き込んだけど、一応違法だから。俺が木っ端神だったらもうとっくに消されてるよ」

言い方が悪どい政治家のようである。

ようするにこの世界の最高神という立場を利用して誤魔化しているらしい。

ちなみにこの天神スイル・ルイスと魔神アヴロ・ロヴアがこの世界で最も力ある神だ。

「とりあえず1度戻すが、暫く召喚なんか出来ん。他の神に目を付けてもらうように頑張れ」

「何それ!? すっごい無理難題じゃない?」

「具体的に言うと、この魔法陣の上に手を置いて出来るだけ感情を込めて『帰りたい……故郷に!』とか言えば引っかかるんじゃね?」

「それでいいのっ!?」

「お、時間。はいこれ、じゃあまたそのうちな」

スイルはにっこり笑い、2人に魔法陣の書かれた印籠のようなものを手渡す。

――音も無く、一瞬で2人の姿が掻き消える。

流石に眼を見張った数馬だが、すぐに立ち直った。

「今渡したのは?」

「この世界の神に1度だけ願えるアイテムだよ」

案外悪どい天神だ、と数馬は含みのある笑みを零した。

「……じゃあ、次だ。俺を召喚したのがお前なら、有馬は?」

「有馬、は……その、だな。本来は普通の神に召喚されるように決まっていたんだが……」

言い辛そうに言葉を濁すスイルを、数馬が睨む。

「答えろ」

「……魔神アヴロ・ロヴアに横取りされてな。今は本来の役目として現世に居るが」

糾弾する気にもなれない程疲れた顔をしていた。

最初の威厳というか神秘性も何のその。今は上司のセクハラに耐えるOLのような顔に見える。

「召喚の魔法っつーのはどういう物だ?」

「魔法っつーより魔術だな。限定的に使える魔法陣を与えて、こっち……天界に召喚した迷魂を、降ろすんだ」

「なるほど。じゃあ――」


――時間にして40分、しっかり質問責めにした数馬がすっきりした顔をしていると――影が差した。

「ん?」

「っ……アヴロっ!!」

振り向くとある意味インパクトのある男が立っていて驚いたが、正体はすぐに知れた。

「魔神?」

「そうだな」

男は、真っ黒の和服を身に纏っていた。

足元はごついブーツで、頭からフード付きの上着を腕を通さず被っている。

フードから覗く髪は、黒。そしてその切れ長の美しい目は、赤だ。

「そやつがスイル・ルイスだと言うのなら、私はやはりアヴロ・ロヴアなのであろう」

「これまた、面白そうなのが出てきたな」

「お前はまたっ……」

神々しいというよりは、毒々しいような美しさだ。点でも円でもなく、線で構成されたような鋭利な美貌を持っている。

魔神らしい容姿の彼は、やはり神らしい口調で語りかけた。

「汝の妹、」

数馬はぴくりと一瞬眉を寄せる。

「――を、私にください」

「死ね」

神相手にも容赦ない一言が口をついて出た。

一瞬後、ほんのり後悔する。

「……」

「……」

「……」

暫く沈黙が流れた。

その尋常ならざる空気に脅えてか、飛んでいた小鳥はじっと動かなくなり、虫の羽音すら聞こえない完璧な静寂が訪れる。

それを破ったのは、スイルの愛らしい声。

「お前って奴は本当に……もう本当に……ッ俺をどこまで苦悩させるんだ……」

「美少女に言われると照れるであろう」

「顔が照れてねえんだよっ!!」

眩く光る太い光柱がアヴロを襲った。

しかし彼は涼しい顔で黒い球を体の周りに作り出し、防ぐ。

「目の前でそんな神話級のバトルは止めろ、頼むから」

若干どこかで聞いた台詞だが、やはり兄妹である。

「う……わ、悪ぃ」

「そうだ。この者の申す通りであろう……全く迷惑な神も居たものだ。精進せよ」

「お前が言うかあああああっ!!」

愛らしい声を張り上げて叫ぶが、意に介さずアヴロは数馬に顔を向ける。

「私はこれでも一途だ。甲斐性も経済性も容姿も、人間が求める以上にあるぞ」

「騙されるなよ。こいつ、ただの人間を愛でるために数世紀も拘束(生か)して発狂させた前科があるからな」

「最悪だな――ッ!?」

ズキン、と頭が痛む。

スイルが弾かれたように立ち上がった。

「アヴロッ!? 何を」

「何もしておらぬ。……そなたは気付いておらぬか?」

狂気と狂喜とが入り混じった笑み。

数馬は頭を押さえて悶えながら、ぞわりと背筋がざわめくのを感じた。

「先程自分で言ったではないか。有馬は――」

痛みが増す。脂汗を掻きながら数馬は必死に言葉を聞き取るべく、耳をすませる。

「――×××の」

しかしそこで、意識はぷつりと途切れた。





頭痛が治まる。

気付けばただ呆然と、光の中に、立っていた。

数馬は僅かに驚いた顔をし、「ここは……?」と呟く。

(まあ全部知ってるんだけどな)

スーアルカルド王国。どうやら妹にかけられた物と違い古代語やら精霊語やら種類を無視して翻訳してくれる便利な魔法によると、スゥアル・ルカル・ド、聖なる古き護りという意味の名前。

スイル・ルイスを主神としアヴロ・ロヴアを悪神とする、スイル教の総本山だ。

呆然とした(振りをする)数馬の前に、1人の少女が歩み寄ってくる。

「ようこそいらっしゃいました、勇者様」

「勇者……? あなたは」

「わたくしは天神スイル・ルイスに仕える巫女、ディアナ・スゥ・バルティアと申します」

ディアナ。

巫女の名前としてディ()が入っているのはどうなんだ、と数馬は思った。

彼女は聖女と形容できそうな美少女で、年は16、17か。

プラチナブロンドに水色の目で、何処かスイルに似ている。尤も数馬はスイルの容姿も声も全く思い出せないが。

(見覚えがあるっつーか、劣化コピーだな)

激辛評価を下されている事など露知らず、ディアナは儚げな微笑みを浮かべて恭しく言葉を述べている。

「……つまり……この国を、救えとおっしゃるのですか」

「はい。勝手な事を申し上げているとは思いますが――どうか。どうか、お願いします」

しおらしく目を伏せるディアナ。確かに、普通の男なら守ってやりたくもなるだろう。

「……分かりました」

ぱっと顔を上げたディアナに、数馬はにこりと微笑んで見せる。

「出来ることなら、やりましょう。この国を救ってみせます――」

偽りの覚悟を述べる。喜びに涙すら流すディアナを見ても、罪悪感は無かった。

(出来る事なら、片手間にやってやるさ)

彼が城から逃げる前日の話である。






濃い面々が出ましたが多分登場は大分先、もしくは出ません。

伏線乱れ打ちしましたが回収できる自信が無いです。


有馬には超掻い摘んで話しましたが実は神様にも会ってました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ