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獣の国でお嫁さん  作者: つんどら
ちょっとそこまで冒険
16/28

16 傭兵団エインヘルヤル






一先ずは兄の世話になる事にしたが、有馬にはそれをフォルテ達に伝える術が無い。

いや、有馬が本当に呼びかけようと思ったのなら必ず守護者たちに声は届くのだが、忘れているらしい。

「……よし」

有馬はきょろきょろとテントの中を見回す。

数馬は先ほど外を見てくる、と言って出て行ったため居ない。

「……」

そして、有馬の目当てのものも居なかった。

有馬はそっと入り口の布を上げ、外を見る。――居た。

「《風の》」

名前を呼ぶと、緑の髪を腰まで伸ばした小さな精霊が、嬉しそうに振り向いた。


『そう、伝えればいいのね?』

《風の精霊》は、外ならば大抵の場所に居る。街中にも、森にも、海の上にも風は吹く。

ただ場所によっては淀んでいたり冷たかったりはするが。

「うん、よろしく。お礼は何がいい?」

有馬は精霊語でそう言いつつ、テント内のマナをゆらゆらと動かす。

精霊は《精霊眼》をデフォルトで持っているため、魔力やマナの動きを見るのが好きなのである。

つまりはご機嫌取りだ。

『あなたの魔力が欲しいわ! ちょっぴりでいいの』

「いいよ」

『ありがとう!』

緑の髪を揺らし、愛らしい少女の姿をした精霊が有馬の頬に軽く口付ける。

軽く魔力を抜かれる感覚がしたが、不快感はさほど無い。

精霊の身体が光り輝き、少し大きさが増した。

『すごいわ、すごい! やっぱりあなたの魔力、とっても美味しいわ!』

「味するの?」

『ううん、本当に味って訳では無いわ。でも他に表現のしようが無いから、みんな味に例えるのよ。

それにしても、これならもっと早く着けるわね』

そういえばルネにも言われたな、と有馬は思い出す。

有馬の魔力はどうやら人よりも濃いらしかった。

「……もっとあげたらもっと早くなる?」

『ええ!』

わくわくした顔で見てくる《風の》の可愛さに、有馬はぐっと手を握る。

(やっぱり見る分には綺麗どころの方が良い!)

「じゃ、どうぞ」

『いただきますっ』

今度は有馬の手を取ると、その指先を口に含む。

その舌は濡れた感じはせず、走る電車や車の窓から手を出したような――空気に当たる感じがした。

2、3秒ほどそうしていると《風の》の輝きが増し、そして身体がみるみる大きくなって有馬と同じくらいの背丈になる。

流石に有馬は驚いたように目を軽く見開いた。

「でっかくなったね」

『霊格が増したのよ』

「霊格?」

『精霊の強さよ。マナをどれだけ多く取り込めるかってこと』

心なしか、少女から女といえる体つきに変わった《風の》が微笑む。

精霊はマナで出来ているが、器のようなものである――というのは前に説明した。

つまりその器の大きさを霊格と呼び表すのである。

その大きさによってランク付けがされたりもするが、一般人には精霊が見えないためあまり意味は無い。

一部の強大な精霊は言い伝えに残ったり、各地に昔話や信仰として存在したりもするが。

「なるほど。どれくらいになったの?」

『人間の精霊魔導士が上位とか上級とか言うくらいにはなったわね』

「……ほんと? いや、全然魔力減った気がしないんだよね」

『そうみたいね! あなたって質も量もすばらしいのね』

《風の》はにこにこと笑って有馬の腕に絡みつく。動く度に髪が重力に反して舞い、煌く。

有馬はぱちぱちと眩しそうに瞬きをし、その髪を指で漉いた。

「ま、とにかくよろしくね」

『そうだったわ! 今すぐ伝えに行くわね』

さらりと有馬の頬を撫でる、風のような手。ぶわりと入り口の布が風に吹かれ、次の瞬間にはその姿が消えていた。

有馬はふぅ、と息を吐いて姿勢を正す。《風の》が動く度に風が巻き上がるため、髪が少し乱れていた。

黒い靴下を履いた足を見つめ、溜息。

「どうすんの、靴も無しに」

そう、目下の問題はそれであった。



ひとまず食事に混ぜてもらう事にし、有馬は布の上に座って、久しぶりに食べた本物の肉を味わっている。

「嬢ちゃんはアニマラーナに居たのか。いいとこだろ?」

「城から出たことないし……」

「ええ!? 箱入りだなぁ」

右隣には数馬が居るが、左隣から話しかけてくるのは若い獣人の男だ。

茶髪からぴょんと出た長めの耳。形は兎にも似ているが、それにしては少し短いように見える。

「俺の住んでた地区はなー、荒れに荒れてたが、それでも広い原っぱが側にあったからな」

「へー。……っていうかにーさんは何の獣人?」

「何だと思う?」

「うさぎ?」

「はっはっは。カンガルーだよ」

なんとなく黒目がちな瞳に、人懐っこそうな顔。

言われてみれば確かに、カンガルーのような雰囲気がある。

「カンガルーか! そっかー。ところで名前なんだっけ?」

「おお、教えてなかったな。カラカ・レングルだぜ、よろしくな!」

「うぃ、よろしく」

有馬は初めて見た獣人らしい獣人に興味深々である。

ぴくぴくと動く耳は快活そうな顔に反して愛らしく、物凄く、触りたくなる。

その欲求に耐えつつ、有馬は肉にかぶりついた。

「そうだ、嬢ちゃん。あっちの情勢とか、知ってるだけ聞かせてくれねーか」

「ん、いいよ。あんま知らないけど……えーとね、去年に国王の……ダグラス陛下? が死んだ」

「陛下が!? ……って事は息子が次の王か」

「うん。まだ即位はしてない」

「そうか……何つったっけ、あの王子。俺より1つ下だったか」

「ふぉるてりあ……えーと、何だっけ。そんな感じ」

普段フォルテとしか呼ばないので本名をあまり覚えていない。

「フォルテリア。そう、フォルテリア殿下だな、そうだそうだ」

思い出した、と手を叩くカラカ。有馬はじーっとそれを見つめ、袋はあるのかな、と真剣に思案していた。

……ちなみにカンガルーの雄の腹に袋は無い。が、そこまで考えが及ばないらしい。

「しっかし、アニマラーナに人間が住むたぁ珍しいな。獣人は人間好きだが、逆は違うだろ?」

「らしいね。っていうか、何でそんなに人間が好きなの?」

「さあなぁ。本能みたいなもんだ」

「……相手に嫌われるのに好きでいれるの?」

「いんや、んな事ないぜ。個人を嫌う事は多々ある――が、人間って種族全体を嫌いになれないんだなー」

最早、本能なのかもしれない。

獣人って不思議だ、と思いつつ食べ終わった肉の串を弄ぶ。

だらだらとカラカと会話しつつぼーっとしていると、新たな人物が現れた。

「なーに独占してんだよー、カラカぁー」

「すまん。どうにかしてくれないか、これ」

明らかにでろんでろんに酔った様子の、金茶の髪に尖った耳、翠の目の少年。

疲れた顔でその肩を支える、黒髪に紫の目の青年。よく見れば瞳孔が少し縦長だ。

「アリマちゃーん、俺、サンドルって言うんだけどー、うへっ、へ」

「うへへじゃないだろ!」

いかにも苦労人な彼に同情しつつ、有馬は転がっていた木のコップに自然魔術で水を注ぐ。

「え、えーえー、なにー? お酌? してくれんのー?」

「……うん? うん」

サンドルは潤んだ目でへらへら笑い、コップを受け取った。

「すまんな。俺はランラクル・ファセル、竜人だ」

「うぃ。ランラクル、ね」

「呼びづらいならラルで良い。アリマ、だったか?」

「うん。よろしくー、ラル」

竜人には初めて会う。まあ今まで獣人と人しか見ていないので、当たり前と言えば当たり前だが。

有馬は興味深そうにその鋭い瞳孔を見ていたが、隣のサンドルの方も気になってくる。

「……あぁ、あとこいつはサンドル・クルツ、見ての通りのエルフだ」

「よろしくねー、えへ、へへ」

「出来ればまともな状態で挨拶して欲しいんだけどね」

「まったくだよなー。ほら、しゃきっとしろ」

亜人3人組はこの傭兵団でも一番の若手である。ちなみに亜人とは人型を取る人間以外の種族の総称だ。

サンドルが笑いながらふらふらとよろめく。ランラクルが腕を離すと、どさ、と地面に倒れた。

「放っておくか」

「そうだな。つーか何であの量で酔えるんだ? あいつ」

「エルフだからじゃないか?」

「ああ、酒にも毒にも弱いしな、そういや」

「そうなの?」

「おう。竜人は酒豪で毒も効かない、ただし薬も効きづらい。獣人は酒に強いが毒には弱い、エルフは両方弱い」

けらけらと笑い、カラカはうつ伏せに倒れたサンドルを転がして仰向けにする。

サンドルは草まみれにした顔を幸せそうに緩めたまま、すうすうと寝息を立て始める。

それを見て、ランクラルと有馬も笑った。そしてこう思う。

(……大丈夫かこの傭兵)

全くである。





向かっている都は、このホァンクン半島の根元あたりにある。

アエンシア大陸の西端付近はササラサル共和国の領土だ。この半島もササラサルに含まれる訳だが、次の都、つまりシャンヤンは王都ササルに次いで繁栄している。

ササラサルの文化は、数馬曰く「アジアを丸ごとミキサーに掛けた」という感じの雰囲気を持っているらしい。

余談だが、数馬が召喚された国は海の向こうのスーアルカルド王国だ。

スーアルカルドとは古代語のスゥアル(聖なる)ルカル(護り)(古き)――スゥアルルカルドが訛った国名である。並べ替えて、聖なる古き護り、という意だ。

仰々しい名前に相応な宗教国家で、天神スイル・ルイスを崇め、勇者はスイルに力を借り、数年かけて召喚するらしい。

その手間たるや気が遠くなる程で、更に物凄い費用もかかる。数馬を逃がした元凶――つまり迫っていた女達は、今頃針の筵かもしれない。

「しっかり掴まってろよ!」

そんな訳で、傭兵団に部外者2人を加えた面々はシャンヤンの都を目指して再出発した。

傭兵団、エインヘルヤル。ラグナレクに備えてヴァルハラに住むという北欧神話の戦士達の事であり、数馬がそれに因んで命名した。ちなみに一昨日。

有馬は2メートルを軽く越す身長の巨人族、ラグマ・ナガーヤの肩の上で揺られていた。

肩の上とは言っても肩車ではなく、左肩にちょんと乗って頭にしがみ付いている。

彼らは個人の荷物の他は、2台の荷車で荷物を運んでいる。メンバーは18人だけなので、これでも困らないらしい。

馬車があれば乗れるのだが、生憎今はない。荷車は流石に不安定だし荷物が崩れたら手間なので、結果として移動手段は人間になった。

「ゆっ、揺れっ、揺れる」

「おう? 舌噛むなよ」

「ぅあっぐ!」

「遅かったか!」

がっはっはと笑うラグマは、巨人族らしく豪快だ。ちなみに巨人族にはクロプスとギガースの2種類が居るが、彼は後者の方である。

クロプスとは巨人の里から出ない、巨人の神ユイルに仕える神官達の事を言う。有事には神兵として戦う。

ギガースは巨人の里だけでなく世界中に散らばる戦い好きの巨人で、他種族が知る巨人族とは大抵こちらの事だ。

「しっ、ずかにっ、あるいてよっ」

舌を噛んだ有馬は涙目でラグマの頭をぐいぐいと揺らそうとする。

微動だにしない。

種族差だとは分かっているものの、有馬はあまりの非力っぷりに切なくなった。

「普通に歩いてんだけどなぁ」

その巨大さ故に、普通に歩くだけでも肩に居る有馬にはかなりの揺れが来る。

正直言って頭の悪い解決法だった、と今更ながらに後悔した。

「降りる! もう降りるーっ!」

そう叫ぶ有馬を、遥か下の方から陽気な傭兵団エインヘルヤルのメンバーが見上げて笑っていた。


数馬が打ち解けているためか、有馬はするりとその輪に入り込めた。

対人スキルが乏しい有馬だが、俺も俺もと話しかけてくる彼らに圧迫感は感じない。

ごつい見た目だが、フレンドリーで陽気な集団である。

有馬としては、腹に一物抱えた美人よりも分かりやすく、安心するような人々だ。

兄が、馬鹿ばかりだ、と言いながらも馴染んでしまう気持ちがよく分かる。

「初めからこうすれば良かった」

「……まあ、なぁ」

今度はランラクルの背に負ぶさった有馬。お互い疲弊した顔である。

ちなみに有馬はあれから数十分がくんがくんと揺らされたためで、ランラクルは有馬を背負え、と数馬に言われた時に散々カラカとサンドルにからかわれたからだ。

「早めに移動方法を考えよう……」

「街に着くまでの辛抱だろう。嫌かもしれんが、我慢しろ」

「別におんぶはいいよ。……靴があってもね。この早さで歩いたら、5分くらいで休憩したくなるから」

「……すまん」

自分のペースなら兎も角、自分より足も長く体力のある彼らに合わせていては、本当に5分も持たない。

有馬は自分の体力を熟知していた。そしてそのあまりの乏しさに虚しくなった。

何が悲しくて今日1日で自分の体の脆弱さを思い知らねばならないのか、と腹立たしくもある。

しかしながら、ないものは仕方ない。幼い頃元気に飛び回っていた記憶はあるので、純然たる努力の不足が原因だろう。

つまりは、自分が悪いのだ。

「やっぱ、鍛えた方が良いかなー。体を強化して走りこみでもしたらどうにかなるかな」

「あんまり意味ないんじゃねえか? それ」

「いや、意味はあるよ。エルフの修行にそういうのあったー、ような。無いようなー?」

「へぇー」

サンドルは素面でもあまり変わらなかった。カラカと合わせて元気系ダブルボケ、ランラクルと合わせて異種格闘技、とは数馬の弁である。

「大人がやってんのは見た事あるんだよねー、多分。足に強化だか加護魔法かけて走り回ってたのをゲラゲラ笑いながら友達と眺めてたよーな?」

「うっわー」

「うわぁ」

「お前なぁ」

「ちょっ、ちょ、待って! 待ってよー! 何その目!」

有馬はランラクルの背で軽く揺られながら、にやにやとサンドルを見ていた。

ランラクルは黒髪で、しかも背は数馬と同じくらい――180センチメートルと少し。

なんとなく背格好が兄に似ていて、安心する。年頃も同じくらいに見えた。

それに竜人族は体力があるし、力も強い。遠慮する必要が無いので、有馬はゆったり身を任せている。

「そうだ。アリマ、俺たちはいくつに見える?」

「……? んー……カラカは17、18くらい。サンドルは16……15? ラルはカラカよりちょっと上?」

「惜しいっ!」

「ラル以外は惜しいな」

「ああ。……いや、俺は難しすぎるだろ」

首を傾げる有馬を見て、サンドルが大笑いする。

ぽん、と肩に手を乗せてカラカがねたばらしをした。

「俺は20だ。サンドルは16だから、まぁ正解だな。ランラクルは――」

ぼそ、と伝えられた数字。

有馬は一瞬理解できずに停止し、そして次の瞬間目を見開いた。

「……同い年ぃっ!?」

「え、アリマって15なんだ。12くらいかと思ってたよ」

ランラクル・ファセル、15歳。サンドルの失礼な発言にも気付かないほど驚いた。

数馬やフォルテ達と同年代にしか見えない彼は、ギリギリ高校生の有馬と同い年だったらしい。

呆然としたまま有馬はランラクルの首をつつき、がっしりと筋肉質のそれに愕然とする。

「……あたしと同じ年月生きて、どうしてこんなんなんの?」

ランラクルは笑って、言った。

「努力の差だな」

なんとなく、ガンッと頭を打ち付ける。後頭部は固く、有馬はじんじんとする額に種族差とはまた違う格差を感じた。

「った」

「バカ! 竜人に頭突きする奴がいるかっ」

慌てたような気遣いの言葉。

有馬は額を押さえつつ、やっぱり兄貴肌だなぁ、と思うのであった。







古代語とか国名とか名前とか、元ネタはあったりなかったりですがだいたい直感です。今思うとアニマラーナはちょっとズバリ言いすぎです。

あとエインヘルヤルはエインヘリャルとかエインヘリヤルとか色々表記がありますが、ヘルヤルで採用。なんとなく。


スキンシップに抵抗無さ過ぎるのはちょっとアレですかね。

ただし だいたい 兄の せい

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