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獣の国でお嫁さん  作者: つんどら
ちょっとそこまで冒険
15/28

15 お久しぶりです






有馬は隣のフォルテに寄り掛かりながら、すーはーと深呼吸を繰り返していた。

「っし……頑張る」

「頑張れ。大丈夫だ」

「う、うん」

今日は1月11日。なんとなくぞろ目の日にしてみたのは、召喚の儀に倣ってのことか。

有馬はぎゅっと目を瞑り、手に持った携帯電話を握り締める。

今日の服装は、落ち着いた青のワンピースだ。下に履いた黒い靴下のせいで、なんとなく大人っぽく見える。

「……よし」

勇気を与えてくれるのは、足元のロボと、テーブルに鎮座するルネと、杖の中のベルの存在。

それから、何といっても隣のぬくもりが一番有馬を落ち着かせてくれる。

電源ボタンを長押しすると、暫くして電源が付いた。

久しぶりに見る待ち受け画面。やはりまたメールが届いている。

「……」

途端に身体を強張らせる有馬を、フォルテの手が宥める。

背中をやわやわと撫でられると、有馬は息を吐いてメールボックスを開いた。

この前ほど、多くは無い。しかし前回と違うのは、前回見た時には無かった名前。

「よしっ」

他のメールは殆ど流すように読み、最後に残った兄のメールを開く。

『連絡くらいしろ』

その簡潔さが兄らしい、と有馬は思った。

「電話するから、静かにしててね」

一応釘を刺し、アドレス帳を開こうとしたその時。

「っ!?」

電話が、鳴った。

着信メロディが流れ、フォルテも驚いた顔をする。

有馬は思わず携帯を取り落とす。柔らかな絨毯の上に落ちたその画面に、掛けてきた相手の名前が表示されていた。

――城崎数馬。

「え、あ」

「おいっ!」

ルネが叫ぶ。携帯電話が一瞬妖しく光り、沈黙した。

「……え?」

通話中、と文字が表示される。

無意識に伸ばした腕。その指先から妖しい光が広がり、全身を包み込み、そして。

「あ、」

フォルテの腕が身体をすり抜けた。そして一際眩く光ったかと思うと――

「有馬っ!!」

有馬の姿が、その場から掻き消えた。







荒々しい傭兵の男達に混じり、1人だけ颯爽とした雰囲気を醸し出す青年が足を組んで何かを見つめている。

「カズマ、また彼女の写真か?」

「妹だっつってんだろ」

手にした文明の機器――携帯電話。薄暗い中でぼんやりと光る画面は、相手の電話が切れた事を示している。

城崎数馬は電源を切ったそれを丁寧にバッグに入れると、焚き火の脇から魚の刺さった串を一本取った。

「ったく」

電源が入っていない、というメッセージは流れなかった。だから繋がったと思ったのに、1秒ほどで切れた。

恨めしげに、妹のくせに、と呟いたその時である。

「うおっ!?」

「何だぁ! 敵かっ!」

「いや……女の子だ! 女が降って来たぞ!」

数馬はその慌しさに、何だ、と顔を上げる。

そして目を見開いた。

「おい、こりゃ参ったな! 天の恵みか!」

「仕立てのいい服だな。どっかの貴族の娘か?」

「靴も履いてねえしなあ。魔物に攫われて落っこちたか」

「でもあんまり顔は可愛くねーな」

驚愕の表情を浮かべる数馬には気付かずに、男達はしげしげと少女を眺める。

「……おい」

そして、数馬が地を這うような声を上げると、ぎこちなく振り返る。

「フョルド、その汗臭い腕を離せ」

「な、何だ? 自分だけ楽しむつもりかよ」

「あ゛?」

ドスの聞いた声を上げる。フョルドと呼ばれた屈強な男は、う、と呻いて大人しく少女を受け渡す。

「……こいつは」

言おうとした言葉を遮る声。

「何か見たことあるな。……あ、カズマの彼女だ!」

まだ若い、枯草色の髪の男が陽気な声を上げる。

傭兵達は「ああ!」と声を上げ、途端に和やかな空気になった。

「そうか、なら仕方ねえ。楽しんでこいや」

「おう。流石に人の恋路は邪魔できねえさ」

「いやー、しかしおっでれーた。相手が貴族だったとはよ」

「まあカズマならなあ」

「すげえ偶然もあったもんだな」

口々に言う声に、数馬のこめかみがぴくぴくと動く。

「しっかしそんなちっせえ娘で大丈夫なのか? お前、下もでけえだろ」

そしてその言葉を聞いた瞬間、拳が飛んだ。

「がっ」

即頭部に叩き付けられた強烈な一撃に、2メートル半はあろうかという屈強な巨人族の男が倒れ伏す。

哀れにも近くで下ネタを吐いてしまった彼の倒れる音が、妙に大きく聞こえた。

あたりが再び静まり返り、恐る恐る、少女を抱いたまま立っている数馬に視線を送る。

「……妹だっつってんだろ?」

「すいませんっしたあああ!!」

全員が見事に地面に額を擦り付けて土下座する。

数馬はそれを見て満足げにしつつ、腕の中で眠りこける――有馬を、しっかりと横に抱きなおすのであった。


有馬はぱちりと目を開き、誰かの膝の上に居る事に一瞬呆然とした。

「起きたか」

「あー……兄ちゃん?」

目を擦りながらそう言うと、何故か周りから「本当に妹だったぁあああ!!」と声が上がる。

「カズマ! 妹さんを! 俺にっ!!」

「何抜け駆けしてんだあ!」

「妹だっつーんだから良いだろうがぁ! 早いもん勝ちだ!」

間近に聞いた事の無い、荒々しい男達の声にびくりと肩が震える。

有馬は何がなんだか分からないまま、無意識に数馬の服を掴んだ。

「ビビってんだろうがっ!」

数馬の怒声と同時に、ごんっと重い音が響く。

「いてぇっ!」

どうやら数馬が誰かを殴りつけたらしい。有馬は混乱した頭でそれだけ理解した。

ざわめきが静まると、溜息を吐いて数馬が口を開く。

「悪いな。馬鹿だらけで」

「え、あ……うん?」

「さて。その服装からすると、どっか金持ちんとこにでも居たのか」

「あ、まあ……」

生返事を返しながら、黒い靴下を履いた爪先を引っ込める。

どうやら場所はどこかの森の中。電話を掛けた時は昼頃だった筈だが、あたりは薄暗い。

「……ここどこ?」

「アエンシア大陸、ホァンクン半島、エルダ山麓」

「ほ、ほあんくん……えーと……」

アエンシア大陸。人間族の人口が多く、大きさとしてはアニマラーナ大陸の1.5倍。

アニマラーナ大陸から見て西にあり、そう遠くは無いが――ホァンクン半島は最西端。

つまり、大陸の中でも一番アニマラーナから遠い場所なのである。

「……か、帰んなきゃ」

「何処に?」

「……城?」

疑問系で言う有馬に、あたりが再びざわつく。

「城? ……侍女か何か、にしちゃあ服装がおかしいな」

「王族だったらもっと派手だろ?」

「使用人にしちゃ服が上等だしな」

数馬はざわめいた男達に、手をしっしっと振って他の場所に追いやる。

そして有馬の頭に顎を乗せる。昔からよくした姿勢なので、有馬も文句なく受け入れる。

「で、どういう事情だ? 召喚されたか?」

「あ、うん」

「そうか。勇者パターンか? 嫁? 生贄? あ、魔王とか」

「あー、……嫁かな」

「そうか。お互い大変だな……ああ、テントで話すか」

こくりと頷く。後ろにあるテントに入ると、外の音と殆ど聞こえなかった。

どうやら防音の魔術がかかっているらしい。数馬は外に「入るなよ」と声を掛けてから、テントの入り口に布を下ろした。

今度は床に布が敷いてあるので遠慮なく胡坐をかいて向かい合う。

「さて、久しぶりだな。つっても10……11日ぶりか?」

「うん。いつ来たの? こっちに」

「向こうは5月25日だったな」

「って事は……こっちだと1月6日かな。……ああ、寝すぎて動けなかった日だ」

「何だそりゃ」

言いはしないが、フォルテに抱き締めてもらった翌日でもある。

有馬はあの時の事を思い出して若干恥ずかしくなった。

「まさか」

「ん?」

「………………ヤった?」

「やってないっ!!」

真剣な顔で問われ、渾身の叫びを返す。

一瞬想像してしまい、顔がじわじわと熱くなるのを感じた。

「その反応からして、せいぜいハグ程度だな」

「そ、その通りでございます……」

相変わらずの洞察力と言うか、有馬を理解し尽した物言い。

有馬はほんのりと熱を持った頬を押さえ、呻いた。

「……寒い」

そこでやっと、刺すような寒さに気がつく。

「そりゃそうだろ。1月だぞ」

ほら、と手招きする数馬に近寄る。

膝の間に収まって背中を預け、上着の中に入れてもらう。とても暖かい。

「じゃ、説明」

「うぃ」

体育座りで、今まであったことを話していく。

1月1日。元の世界で5月20日――召喚された、あの日のことから。

「――で、まあそういう訳で、異世界から嫁取りしなきゃいけないんだって」

「面倒だな。つーか、そんなもんか? 血って」

「魔法的な何かだと思う」

「もう全部それで解決だな」

よく分からない事は全て「魔法的な」で済ませる。

掻い摘んで簡単に説明を終えると、ごつん、と頭の天辺に数馬の顎が乗った。

「こっちは苦労してんのにのうのうと」

「……いや、知らないし。兄ちゃんは召喚されて来たの?」

「おう。我らをお救いください勇者様ー、だってよ。知るかつーの」

「え、この世界ってそんな危険に瀕してんの」

「城に篭ってちゃ分からんだろうが、人間は魔物の相手すんのに必死だぞ」

「え、そこまで……?」

目をぱちくりとさせる有馬。確かに魔物は脅威だと聞いたが、そこまでだったとは知らない。

「そこまでなんだよ。で、魔王を倒せと言われた訳だ」

「ふーん。じゃあ何で騎士とかと居ないの?」

「付けられる前に逃げた」

「……だろうね」

人の為に働くのが嫌だ、という理由で喫茶店や小説家をやっていたりした彼である。

完全に道楽だというのに父母よりずっと金持ちだった数馬には、有馬もしょっちゅう金銭面で世話になっている。

「可愛い巫女さんとかは?」

「いたけどなー。あからさまなんだよ」

「……魔王を倒した後にあわよくば妻に! みたいな」

「そういう事だ。後は国王の娘2人と、騎士の女と、侍女と、以下略」

「相変わらずだね」

数馬は、女性に全く不自由しない男だ。

顔はそれなりに整っているが、絶世の美男子とまでは行かない。フォルテやシヴァと比べれば普通だ。

しかし雰囲気イケメンというのか、かなりモテていた。

猫を被っていれば落ち着いた風の男で、時々見せる男らしさに惚れてしまうらしい。

「騎士は思わず食っちまったんだが」

「わあひどい」

「へいへい。そしたら責任云々言われて面倒で面倒で」

「……あーあ、かわいそ」

有馬は数馬の女性関係を殆ど知っている。知りたい訳では無いが、嫌でも目に入るからだ。

何故か人にはあまり知られないが、物凄くとっかえひっかえだった。

1度として本気で付き合った事が無いというのも殆ど知られない事実である。

そんな風に、数馬は人に物事を隠す事が得意であった。

「で、だ。逃げて、持ち去った金品を売り払い、特に金色のやたら眩しい剣が高く売れた」

「清々しいくらい最悪だね」

「ありがとう」

「ベタな事言うな!」

有馬の肘がごすんと腹に突き刺さるが、全く気にしない。

というかぶつけた肘の方が痛かった。

「その金で実用的な装備を買った後、冒険者の女に世話になって」

「……うん」

さり気無くまた女性が絡んだが、最早突っ込みもしない。

「色々教えて貰って、ギルド登録の時も紹介して貰ったから少し安くなったな」

「へー。っていうか、いいなー、ギルドとか」

有馬も、この世界にギルドが存在する事は知っている。

この世界において、ただの“ギルド”といえば世界冒険者組合を指し、その名の通り世界共通で運営される巨大組織である。

有馬達の持つイメージとほぼ似たような組織で、依頼の仲介、仕事の斡旋等を主たる役目としている。

また、ギルドの建物内には銀行と荷物預かり所が必ずある。大きな所では宿や酒場もあるらしい。

「登録したいなら連れていくが、あんまりお上品な所じゃねーからな」

「うん。兄ちゃんの仲間もあんまりお上品じゃないけど」

「ああ、あいつらは傭兵ギルドの連中だ。隣の都に仕事見つけに行く途中」

「傭兵……どうりで」

「俺も行きたい方向が同じだったからな。あと猫被らなくていいし」

「珍しい……」

「あまりに馬鹿だらけで猫被るのも面倒になった」

数馬が、猫を被らない相手。有馬はそれをほんの数人しか知らない。

有馬と、昔からの付き合いのある友人たちくらいだ。

言い訳してはいるが、つまりは彼らを認めているのだろう。それなりに。

「で、どうする?」

「あたしは城に戻りたいんだけど。でも冒険者とかそういうのも楽しそうだよね」

「まあな。そういや、魔法は使えるか?」

「うん。自然魔法も使えるよ」

「そりゃ良かった。即戦力だな」

「うん……?」

不穏な空気を感じて逃げ出しかけた有馬の腹を、がしりと掴む腕。

「靴も履かずにどこ行く気だ? なあ?」

「不当な労働を強いられそうな気配が」

「不当? そうだなー」

たらりと冷や汗を流す有馬に、背後から宣告。

「明日から働いてもらうぜ、人間電子レンジ」

「……異世界に来たんだから、心機一転して優しい兄ちゃんにならない?」

「優しいだろ?」

とてもいい笑顔で言い切った兄に、何故かそこはかとなく安心する有馬であった。






お兄ちゃん登場。基本的に仲良しのよくいる兄妹です。嘘です。

兄が居ると若干落ち着く、ぬるい信頼関係です。隣に攻略本が置いてある心境。


あとやっぱりおっさん分は必要ですよね(真顔)

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