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獣の国でお嫁さん  作者: つんどら
恋を知っていますか
13/28

13 猫、襲来





異世界生活も1週間。7日目の朝は爽やかで、有馬はベッドを這い出て伸びをした。

二重の意味で身の丈に合わないベッドにも、着ている気がしない程軽くて滑らかな寝巻にも、もう慣れた。

人間は郷に入っては郷に従い、朱に交われば赤くなる生物である。

「おはようございます、アリマ様」

絶妙なタイミングでクレイアが入ってきて、カーテンを開けて部屋に光を入れ、手早く朝の準備をこなしていく。

窓の外は快晴。有馬の過ごす空間では、ここからしか外を見る事が出来ない。

有馬は窓の外をぼーっと見て、ふと窓枠の向こうの塀のような所に目を落とし、そして小さく口を開けた。

「ねこ……」

「? ……あら、猫ちゃん」

素で猫ちゃんと言うクレイアに感動しつつ、有馬はその猫をじっと見る。

コラットという種類の猫によく似ている。銀青の毛並みだが、毛先だけ銀色にきらきらと輝く。

朝日を浴びる体はしなやかで、その瞳は両目で色が違う。

右に琥珀を、左に翠玉を嵌めこんだような煌く瞳に、釘付けになった。

「やっべ……」

「どうなさいますか? ……ああ、もしかしたら猫の獣人かもしれません。魔法で確かめるまでは入れてはいけませんよ」

「え、……た、確かめようよ」

猫の獣人、という言葉にぴくりとした有馬だが、目先の猫が逃げてしまわないか戦々恐々している。

クレイアは仕方ないですね、という風に溜息を吐いて「少々お待ちください」と部屋を出て行く。

有馬は窓に寄って、じっと猫と目を合わせた。

「美人な猫だなぁ……美猫か……」

猫はのんびりと丸まったままこちらを見ている。

見れば見る程美しい猫だし、野良猫とは思えないほど毛並みに艶がある。

暫くするとクレイアが戻ってくる。手には小さな円筒のようなものを持っていた。

「少々お下がりくださいまし」

「うぃ」

有馬は大人しく下がる。クレイアは窓を細く開いて腕を伸ばし、円筒の先端を押し付けた。

そのまま数秒。猫は円筒を見つつも、嫌がってはいないらしくぼーっとしている。

「……どうやらただの猫でございますわ。中に入れましょうか」

「うん! ……その道具は何?」

「獣人に押し付けると反対側が光る道具です。このように」

クレイアは猫を抱き上げて有馬の腕に降ろした後、自分の腕にそれを押し付ける。

反対側がぼんやりと紫色に光った。

「なるほど。……っかわいい、猫かわいい」

有馬が動物好きなのは今更説明するまでもない。

「飼うのであれば殿下に了承を取ってくださいませ」

「うん、もちろん」

「では、お着替えを。猫ちゃんは暫く離していてください」

「……うん」

名残惜しげに猫を離す。ベッドの上に丸まった猫を一撫でして、有馬は着替えるために床に足を付けた。



「猫、か」

「飼っていい?」

「別に良いが……普通の猫か?」

「さぁ。別に喋ろうが魔法使おうが、見た目がこれなら何でも許せる」

フォルテが呆れたように溜息を吐いた。

有馬の手は膝に乗る猫を撫でていて、暫く離しそうにない。

「もし人語を解するようだったら、注意はしておけ。守護者殿が居るから滅多な事は起きないとは思うが……」

「うぃ。何かあったら言うよ」

「ああ」

あっさりと猫を飼う事が決まる。

有馬は上機嫌で食事を取り、猫も用意された餌を床で行儀良く食べていた。

「……もしかすると、密偵という可能性もある。獣の言葉を介する者も稀に居るし、意思を読み取るならもっと居るからな」

「あー……そっか。でも、ここに置いた方が良いよ。もう見られたんだし、戻って報告させない方が先決だって」

「まあ、そうだな。ひとまず外には出さないでおけ」

「あいあいさー」

にゃうん、と合わせるように猫が鳴いた。


フォルテは今日も忙しいらしく、すぐに執務に取りかかった。

有馬は何時も通り魔法の練習でもしようと考えつつ部屋に戻る。

――そこに居たロボが、勢い良く顔を上げた。

「……!」

「え、何?」

ぎろりと蒼い目が有馬の方を――正しくはその腕の中の猫を睨んでいる。

「……何の真似じゃ……ブランカから離れよ」

いきなり剣呑なロボに困惑する有馬の腕から、ひょいと猫が飛び降りる。

テーブルに降り立って優美に尻尾をしならせた猫は、宝石のような両目を細める。

「え、マジで密偵ルート」

思わず呟く。ロボは猫を睨み、猫はゆらゆらと尻尾を揺らしている。

ざわり、と背筋に悪寒が走った。

「!」

思わず杖を取って壁際に寄ると、ますますロボは毛を逆立てて威嚇する。

「好い加減にせぬか――ディアヴァルシア!」

有馬は2匹が旧知である事を理解しつつも、杖を握り締めて扉に背中を押し付ける事しか出来ない。

目の前の猫の底知れない何かに、本能的な脅えが発生する。

……ついでに、怒るロボがかなり怖い。そういえば最初はロボに脅えたな、と有馬は思い出した。

(にしても、迂闊だった、かな。ロボの手に負えなかったら……)

じわりと汗を滲ませて見守る。猫はぴくぴくと耳を震わせて、その口を開いた。

漸く聞こえたその声は、思いのほか涼やかなアルトだった。

「暇になってしまったから来たんだ。そしたら素敵なのが居たから、つい」

「ついじゃないじゃろう! 国はどうした、国はっ!」

心底呆れ返った、そして怒った声を上げるロボ。

新鮮だなーと場違いな事を考えつつ杖の底を叩いてベルに呼びかける。

……返答が無い。有馬は心中で舌打ちした。

「だ、か、ら。暇になったと言っただろう? 察してくれ。あと国じゃない」

「……え、王様なの?」

「そうさ。生まれついての王様だった(・・・)のさ」

「ブランカ、危ないから近寄るでないぞ。そやつは」

「ああ、まだ言わないでくれ、驚かせるのが楽しみなんだよ」

「――王は王でも、魔王じゃ!」

「全然聞かないなぁ、相変わらず」

有馬は唖然とした後、妙に冷静な気分で納得した。

なるほど魔王なら脅えても仕方ないな、と。

「ま、いいか。ネインクルス・アヴロニータ・ディアヴァルシア。()魔王だよ、よろしく頼む」

「はぁ……」

恐ろしい拾い物をしてしまった、と有馬は溜息を吐いた。

猫はそんな有馬の心情を知ってか知らずか、ひょい、と肩に飛び乗ってくる。

「う、わ」

「うん、濃厚芳醇、まさしく甘露の如く――素晴らしい魔力だ」

べろりとざらついた舌が首を這う。先ほどとは違う悪寒に、有馬は杖を取り落としかけた。

――ぷっつん。

今度こそ何かが切れたような音がした、ような気がした。

ざわり、とロボの毛が逆立ち、蒼い目が怒りに爛々と光る。

「――ひっ」

結論から言うと、ロボの発した強烈な威圧感に有馬は耐え切れなかった。

「あ」

「!?」

小さく喉を引き攣らせて倒れた有馬を、誰が責められようか。

何せこの場の2匹は世界トップクラスの危険生物であり、その片方が本気で向けた殺気を浴びてしまったのだから。



「……ふぁ」

1時間後目を覚ました有馬は、微妙に信じられない物を目にする。

「え、何してんの」

不自然な姿勢で床に頭を摩り付けたロボと、隣で押さえつけられている猫、もとい魔王。

小さな頭を床に押し付けられ、2匹とも――そう、土下座しているように見えた。

「……怒りに我を忘れ、よりにもよってブランカを気絶させ……不甲斐ない」

「本当だよなあ、ははは」

「貴様の所為だ。すまぬ、ブランカ、本当にすまぬ」

「え、いや……あれ? 何が、あったんだっけ……」

有馬は気絶する前の記憶がすっぱり抜けているようだった。

猫が魔王だった所までは覚えているが、そこから全く思い出せない。

「ロボだっけ。彼がちょっぴり怒ってね、殺気にびっくりして気絶したんだよ」

ちょっぴりどころではなく龍の逆鱗に触れたようなレベルだったが、嘘も方便である。

「あらまー。ごめんね」

「……! ブランカが謝る必要など無い! 我の手落ちじゃ」

本気で打ちひしがれるロボを撫でようとした有馬だが、体が動かない。

痛みもだるさも無いのに、ぴくりともしないのである。

「……動けない」

金縛り状態。

ますますロボが額を床に打ち付けんばかりの勢いで謝った。

「……すまぬ。すまぬ」

「いや、いいって」

「殺気で体が強張ってるんだろうよ」

ひょいと猫がソファに乗り、有馬の頬を一舐めする。

それだけで体の強張りが取れて動くようになり、有馬は目をぱちくりとさせた。

「あ、ありがと」

「礼には及ばないさ」

ゆっくりと体を起こす。魔王は平然と有馬の足の上に乗り、腹まで見せた。

「っう」

殆ど衝動的に手を伸ばし、猫の顎の下あたりを擽り、腹を撫でる。

魔王だろうが触り心地は最高で、ごろごろと喉を鳴らす姿は恐ろしく可愛い。

「このっ……魔王め! 可愛い! ちくしょう!」

「ふっふっふ。好きなだけ撫でてくれてかまわんのだよ」

有馬は葛藤しながらも撫でるのをやめない。

その様子を見てロボが再び怒りを浮かべる。

「貴様……」

「おやおや、焼きもちかな?」

にゃーんと声を上げて尻尾を有馬の腕に絡める。

「くやしいっ……うう……でも撫でちゃう」

色んな意味で危ない台詞を吐きながら煩悩に任せて撫でまくる。

柔らかな毛並みはそれはもう撫で心地が良く、掌で整えるとまるで絹のように滑る。

「……。それで……()魔王とはどういう事じゃ」

「諦めが早いなあ。言葉通りの意味だよ」

「譲ったのか、奪われたのか。それを聞いておる」

猫らしからぬ仕草でクスクスと笑い、猫は言う。

「――奪われたよ」

悲壮感の無い言葉だが、ロボは渋面を作り、有馬も事情を察する。

「反乱ってやつ?」

「いや、そういう訳でも無いんだけどね。まさか寝込みを襲われて魔王の証を取られるとはなぁ」

「阿呆じゃの」

「何とでも言ってくれ。まあ、可愛らしいお嬢さんだったから許したんだけど。向こうはそう思ってくれないようでね」

――どうやら蹴落とされて亡命(?)してきたらしい。

有馬は能天気さに呆れながらも手を止めず、緩急をつけて撫で続ける。

「魔王ってもっとこう、絶対的な力を持ってて、誰も逆らえないもんだと思ってた」

「その通りだね。ま、それも魔族相手だけのことだからねえ」

そう言いながらも心地良さそうに撫でられて喉を鳴らす。

「……よく分かんないんだけど、魔王ってどういうもの? 魔族以外にとっては」

「人間派の種族にとっては畏怖と恐怖、忌避の対象じゃのう」

「獣人とは友好的さ。ながーい付き合いでね」

「ふぅん……魔族に対して強制力はあるの?」

「魔王の証を持っていれば、自分の魔力がそのまま強制力になるよ。そういう道具だからね」

「……ふーん?」

「とはいえ適性も必要だし、魔力が相当無いと生かせないんだけど」

有馬はその手を止めずに撫でつつ、質問を浴びせる。

「反乱した人の種族は?」

「魔物さ」

魔物とは、いわゆるモンスターの類である。

理性と教養を持つ魔族とは違い、破壊衝動が強く荒々しい。

ただし高位の魔物ならば高い知性を持つし、個性が強く自分本位。

滅多なことでは他の者に忠誠を誓う事も無いという。

「……どうして此処に?」

「亡命、という事になるか。飼ってくれるんだよね?」

「別にいいけど……」

「それはよかった」

猫がひょい、と体を起こして有馬の膝から肩へ飛び上がる。

有馬も「まぁいいか」と許容して、ロボに手招きした。

「よしよし」

その頭を撫でる。途端に表情が和らいだのを見て、肩の上の猫が笑った。

「面白い。神獣を手懐けるとは、異世界人はやはり違うな」

「あれ、……知ってるの?」

「伊達に長生きしてないさ」

ロボを撫でながら、首筋を撫でる尻尾にくすぐったそうに目を細める。

謎のサイクルが出来ていた。

「――さて、私も手懐けてくれるのかね?」

「はい?」

「よければ名前を貰いたい。まさかネインクルスと呼ばせる訳にはいかないだろう」

有馬は「そっか」と、何の疑いも持たずに名前を考え始める。

「ルーン、を捻って……ルネ」

ちなみに他の候補は“バロン”、“ジジ”で、流石にイメージと違うと思ったらしい。

(オッドアイでこの毛色だし、ぴったりじゃん。我ながらいいネーミングだ)

ちなみに縮めたのは、ロボやベルが2文字だからである。

猫は満足げに目を細めた後、かぷ、と有馬の耳に噛み付いた。

「!?」

「こら、暴れるな」

次いで尻尾が口に突っ込まれ、じわりと鉄の味が広がる。

ざらりと舌が耳朶を舐め、ぞわりと背中に悪寒が走る。

「んなっ――」

飛びのこうとした有馬が、ぴたりと動きを止める。

色の違う両眼に眺められ、体が動かない。倒れこむ事すら出来ない。

「では死ぬまでよろしく頼む、ブランカ(我が君)

「魔王のプライドとかそういうのは無いのかっ!」

「え?」

「えっ」

空中停止している有馬。その肩から、ひょい、と飛び降りる。

――今の今までルネが居た場所を、強烈な風が吹き抜けた。

「どうも貴様は我に殺されたいらしいのう」

「神獣対魔王とはなかなか強烈な試合になるね」

「そんな神話レベルのバトルは他の世界でお願いします!」

有馬は動けないまま必死に叫んだ。

こうして有馬に、猫(前魔王)という一際濃い守護者が増えるのであった。






こうして無計画にも増えていくお仲間。

ロボはシートン動物記、ベルはピーター○ンの妖精、そして今回のルネ(ルーン)の元ネタはジ○リです。

まあ名前だけです。

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