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獣の国でお嫁さん  作者: つんどら
ある意味同棲生活
10/28

10 閑話・魔領置き去り事件

今回は先王、つまりフォルテの父親の若い頃のお話です。








心まで沈むような曇天の中、銀髪を後ろで結った若い男が必死の形相で走っていた。

「うおおぉぉあおあ!!」

蒼い目には焦燥が浮かび、汗と煤で顔をドロドロにしながら駆け抜ける。

その速度たるや人間の限界を超えているように見えるが、息切れはしていない。

――何故なら、彼は強靭な体とスタミナを誇る獣人族だからだ。

「待てえぇぇえええ!」

「待つか――!!」

獣人の国アニマラーナ、第一王子――ダグラス・エルトニア・シェパーダ・ウォルフ・アニマラーナである。

その名から窺える通り、フォルテの父親――の、若い頃だ。

普段は明るく気さくで魅力的な青年だが、今はただ、必死である。

後ろからは魔物の大群が押し寄せて来ており、いくら魔力の多い王族といえど流石に分が悪い。

「――兄様ーっ!!」

そんな時、頭上から声。

声変わり前の少年のようだが、軽やかな声は少女のようにも聞こえた。

「アル!? な、何だってこんな所にっ」

「兄様が危ないと聞いていてもたってもいられなくて――守護者殿に頼んで連れてきてもらいました!」

「……お前、これどうにか出来る?」

「無理です!」

ばちこーんとウィンクをして、アル――アルマータ・レラン・レトリーヴァ・ウォルフ・アニマラーナは逃げる体制に入った。

声も少女のようだが、見た目は更に少女じみている。

腰まで伸びた銀髪は先端が緩くウェーブし、兄と同じ蒼い瞳は円らで、長い睫に彩られている。

背丈も160センチに5センチほど足りないし、体つきも華奢。

どう見ても絶世の美少女だが、かろうじて服装のおかげで男だと分かった。

兄と同じ、金糸や宝石で彩られた紺色の詰襟。腰には杖と剣がある。

……まぁそれでも、男装した美少女、と言った方が信憑性があるが。

「とりあえず、この場所で戦うのは不利でしょう。洞窟か何かあれば良いのですが」

「見渡す限りの荒野だな」

「はい!」

「先立つ不幸をお許しください……」

「兄様、気が早いです! これからミカ兄様もいらっしゃいますから!」

「ミカが……? そうか、ならいけるかもな!」

アルマータは銀糸を風に靡かせながら、兄に負けない速度で走る。

にこにこと笑って腰の杖を抜き、時折魔法を放ちながら。

「……アル! 何で走りながら集中できるんだっ」

「魔法に名前を付けて簡易詠唱すればいいんですよ――《竜の雷》」

蛇のような東洋のドラゴンの形をした雷が、地面を舐めるように飛んでいって魔物の一部を蹴散らす。

――彼は論理魔法を得意とする。行動中の集中力の低下は、魔法式に名前を付けて簡易詠唱する事で完璧に補っていた。

後に“魔法式名詠唱法”と呼ばれるこの手法は彼が考案したものとして幅広く使われるようになる。

「本当か!? あー、えーっと――《火の玉》!」

ダグラスは剣を抜き、後方に向けて魔法を発動する。

ぼひゅん、と音を立てて火の玉が消え去る。

「……ちくしょう!」

諦めたように走りを早める。彼は現代魔法が苦手であった。

相変わらず背後の魔物たちは砂埃を上げて駆けてくるし、どうしようもない。

仕方ないし迎え撃つか、と思い始めた頃――前方にストンと着地する影があった。

「遅れて相済みませぬ、兄上、アル」

「ミカ!」

肩口に届かない銀髪に、2人とは違う紫の瞳。

服装は似ているが、色は黒。口元は幅広の黒い布で覆われ、まるで――忍者のような印象を受ける。

――ミカエル・フィート・シェパーダ・ウォルフ・アニマラーナ。

彼は遥か昔の召喚者の祖国、“ニホン”の文化を愛している。

何分昔の話だから色々とずれているが、彼が目指すのは忍だった。

「アル、陣を」

「はい、ミカ兄様!」

アルマータは杖を振り上げ、美少女然とした顔に笑みを浮かべ、簡易詠唱する。

彼の頭の中で、保存されていた魔法式が一気に引き出され、文字の嵐と化す。

「《地形変質》――《隆起》」

間を空けず発動された、一般人なら1つ使うのも精一杯の魔法。

3人の周りの地面が、半径100mほど一気に隆起する。

巨大な壁が出来上がり、魔物たちは一瞬だけ躊躇うような動きを見せた。

しかし本能が勝ったか、目を血走らせて再び突進してくる。

壁際に追い詰めたという優越感もあり、勝ち誇ったような顔をしていた。

「相変わらずだな。すごいぞ」

「いえいえ。序の口ですよ」

「……うむ。行きますか、兄上」

「おう!」

ミカエルは両腰から、鍔の無い短めの刀を抜く。

白銀の片刃は魔力を帯びて、ぎらりと凶暴に輝いた。

「では行ってらっしゃいませ、兄様方」

「いざ参るっ!」

「行くぜっ!」

――背後は、高い壁。半円形に切り抜かれたたった3メートル程の本陣に、アルマータが立つ。

その両脇に進み出るダグラスとミカエルは、まるで姫君を護る騎士のようだった。




1時間もすると、魔物の大群は3分の1程までになっていた。

元々この3兄弟は、個々でも能力が高い上に3人揃うと更に強い。

アルマータの補助魔法を受けながら残りの2人が敵を切り払う。

戦法も何も無い力押しだが、そう簡単に出来るものではないのだ。

無茶な戦いを可能にするのはアルマータの豊富な魔力と魔法。

かといってダグラスとミカエルのどちらかが抜ければこうは行かない。

防御の厚い戦士型のダグラスに、速度を誇る一撃必殺の盗賊型、ミカエル。

戦士、盗賊、魔法使い。個々の力量が高いならば、理想的なパーティである。

「――《狼王の咆哮》」

そしてアルマータが、今までと違ったタイプの魔法を放つ。

頭上に現れた霧が巨大な狼の顔を形作り、口を大きく開いたかと思うと――千里の向こうまで鳴り響くような、咆哮を上げた。

「魔力の枯渇が近いです。撤収いたしましょう」

魔物が一斉に脅えて硬直する中、涼しい顔でアルマータが言う。

しかしその言葉は本当のようで、頬にじわりと汗が浮いていた。

「承知したっ」「分かった!」

2人は一斉に、踵を返してアルマータの方へ駆ける。

好機とばかりに、脅えから回復した残りの魔物達が追ってきた。しかし――

「《隆起》」

3人が近く寄った瞬間、アルマータは再び魔法を発動させた。

足元が勢い良く隆起し、高く高く上がって行く。

群がる魔物達を眼下に、どんどん地面は隆起していた。

「よく考えたら、討伐してやる義理も無い訳だな」

「適当な所で逃げればよかったですね」

「全くでござる」

「はぁ……」

そして壁の頂点にたどり着き、最早山の頂上のようになったそこに3人、転がる。

「で、……」

「……」

「……」

「どうやって、帰る?」

久しぶりの戦闘に血が湧き立っていた3人は、がっくりと落胆した。

数十年前、魔領のとある荒野での出来事である。







「で、3人で魔王の城まで行って、頭下げて転移してもらった」

「あの時は笑われましたねぇ、魔王様に」

「お前らは勇者一行か! とおっしゃっていたな」

物真似が似ていたのか、2人はくっと横を向いて笑いを堪える。

王城の庭で白いテーブルを囲み、錚々たる面々が談笑していた。

国王ダグラス。

騎士団長ミカエル。

宰相アルマータ。

ダグラスの膝の上にはフォルテ、ミカエルの膝にシヴァが座って機嫌よく話を聞いている。

「お前らもそのうち魔領に投げ込まれて大人になるのかー……」

「いえ、守護者殿は何故か殿下とシヴァに甘いですからねえ」

「そうでござるな。我らはこの年頃には森に3日放置されたりしていたというのに」

不満げに漏らすアルマータ。どうやら幼い頃から過酷な修行を課されていたらしい。

そんな苦労も知らず、幼い子供たちは無邪気にはしゃいで父親にねだる。

「ちちうえ! おれも魔領にいってみたい!」

「まだ早いなぁ」

「父上、ぼく、魔王様にお会いしてみたいです」

「うーん。それもまだ早いですね」

あれから10年。

18歳だったダグラスは28歳になり、ミカエルは26歳、アルマータも24歳。

同じ年に生まれたダグラスとアルマータの息子も、5歳になった。

「国王なっちまったし、息子も出来たし。もうあんな無理はできねーなぁ」

「してもらっては困り申す。戦は拙者に任せて頂きとうござる」

「そうですね。あの時は高揚してたから平気だったんでしょうけど、2人とも相当傷だらけでしたよ」

「え、そうか?」

「すぐにその場で寝始めたので、寝てる間に治療したんです。

陛下なんて、背中が一文字に切れてましたし。団長殿も、正直死ぬほど血が流れてました」

「……若さ故の過ちというものでござる。今はもうそのような無茶は致さぬ」

相変わらず黒い布を巻いたミカエルは、まだ結婚はしていない。

しかし恋人が出来たらしく、兄と弟は暖かい目で見守っていた。

「ま、若いってのは楽しいもんだ」

はっはっは、と笑う国王。

漸く安定し始めた国内が完全に安定するのは、これから更に10年後。

――ダグラスが死ぬまでは、14年。

しかしそんな事は露知らず、王家の面々は和やかに談笑するのであった。






戦闘シーンは難しいですね。戦闘らしい戦闘してませんが、精進精進。

そういう訳でフォルテとシヴァの父親と、その間の兄弟のお話です。

次世代組より個性のきついキャラなので書きやすいです。


あ、みてみんにいくつか絵を上げてみました。

名前は同じですので、よければどうぞ。

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