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第3話:労災が出ないって本当か?

 

「あー、やってらんねー」


 ディアが、埃まみれの顔で巨大な木箱を床に叩きつけた。

 乾いた音が倉庫の奥まで響いて、少し遅れて天井から粉みたいな埃が落ちてくる。


「何が『戦場には夢がある』だ。あるのは埃と筋肉痛だけじゃねーか」


「……戦場で夢を見たのはリーダーだけだろ。俺たちが手に入れたのは、この終わりの見えない倉庫整理と、大破した俺の私物への請求書だけだ」


 先日戦場の最前線で起きた爆発。


 爆風で転がった俺の荷物は、見るも無残な姿に変わっていた。

 留め具は歪み、革は裂け、底の方は焦げて黒く固まっている。


 戦場で生き残るために用意していたあれこれの道具が全部おしゃかになった。

 中身を確認するたび、壊れていない物を探す作業になるのが地味につらい。


「こんな作業やりたくねー」


「仕方がないだろ。勝手に抜け出したのは俺たちなんだから」


「お前らだけ暴れて、なんであたしまで罰の荷物整理をやらされているんだよ。迎えに行っただけなのに」


 いや、暴れたのはあの暴走列車だけだぞ。

 俺は完全に巻き込まれた側だ。おかげで二回も爆発に巻きまれることになった。


 そもそもお前も迎えに来たんじゃなくて、暴れに来てただろ。

 結果的に敵がいなくて、暴れられなかっただけで。


「まぁその辺はリーダーに言ってくれ」


 魔王軍との戦闘の最前線に出て、爆発に巻き込まれた俺たちは、あの後こっそり戻った。

 案の定さぼって外に出たことがばれていて、罰として現在進行形で倉庫整理をここ数日間やらされている。

 だから行きたくなかったんだよ。


 倉庫の中は、詰まれた物資で通路まで塞がっていた。

 重たい箱を抱えて、また入口まで戻る。


 正直、腕が痛くて上がらない。

 給料をもらうころには、腕だけムキムキになっていそうだ。


 俺は荷物持ちとして磨いた魔術、というかは技術か?

 中の魔力の流れと重心をざっと整えてから持ち上げることで、負担を軽減している。

 糸状の魔力をまとわせて表面が少し浮いたような感覚になって、重さが分散する。


 対してディアは完全に力だけで持ち上げている。

 細腕で普通に持ち上げて、普通に運んでいた。


 その細腕でなんでそんな筋力が出せるんだよ。


 地味魔術が役に立っているのはありがたいが、同時にディアとのフィジカルスペックの差を見せつけられている気分にもなる。


「あたしのドラゴンストライクを実戦で使ってみたかったのになー」


 名前、結局それにしたのか。

 どうせリーダーに押し切られたんだろうな。


 なんだかんだで、ディアはリーダーには甘いところがある。


「そうだ、お前もあたしとここから出ないか?

 戦場に戻って、パーッとやろうぜ」


「却下」


「なんだよ、けちー。はぁ、あたしも広範囲魔術が使えればなー」


 お前が広範囲魔術なんて見につけたら絶対今以上に場を荒らすだろ。


「広範囲に使えればなー、あの二人みたいに、最前線配属になれたのになー」


 あの二人とは、パーティメンバーの語らぬ用心棒メイと、魔獣使いのレヴィのことだ。


 休憩中、倉庫裏の柵越しに遠くを見ると、ちょうど二人が戦っているのが見えたから眺めていたが。


 ……ひどかった。


 メイが刀で切りつけた兵士が、倒れたと思ったら、すぐに身体を引きずるように起き上がり、錯乱したまま近くの兵士を斬りつける。


 斬られた兵士も、ほとんど間を置かずに同じ状態に陥っていく。


 そうやって、ある程度の人数が「感染」したところで、わざと敵陣の方へ戻していた。


 陣形の中に戻った直後、あちこちで悲鳴と混乱が起きる。


 組織としての動きが、目に見えて崩れてく。


 レヴィはレヴィで、檻のような魔法陣を開いて、次々と魔獣を解放していた。


 大きさも種類もばらばらで、人の形が、あっという間に地面に転がっていくのだけが分かる。


 正直、どこからどこまでが戦いで、どこからが捕食なのか、俺には判別がつかない。


 ……少しだけ、魔王軍側に感情移入しそうになった。


 あれ、本当に身内かよ。

 戦い方が、味方のするそれじゃないだろ。


 半面、俺は戦闘力はほぼない。

 ディアは単体や、数人規模なら十分強いが、戦場レベルの広範囲となると決定力に欠ける。


 先日のさぼりの件もあって、余計に雑用に回されたという経緯だ。


 ちなみにリーダーはというと、あの騒ぎの中でちゃっかり敵兵の認識票をいくつか回収していて、討伐報酬として罰を一人だけ免除されていた。


 納得いかねぇ。


 あの魔術師のおかげで魔王軍は後退を始め、リーダーとディアは残念がっていたが、この辺りに魔王軍はいなくなり、敵を求めることもなくなっていった。


 一応俺たちが戦場の最前線に顔を出していたなんてことがバレないように、痕跡はきっちり消していたけど。

 どっちかというとメイとレヴィの後始末の方が大変だった。

 あいつら適当に行くもんだから後に通るやつとかのことを考えていない、やりっぱなしだ。


 魔術糸を使ってガレキの除去とか、何なら味方のやぐらを壊していたから、俺たちのせいってことがバレないように『きれいに』整地しておいた。


 痕跡を消して回ったおかげかさぼり以外の言及はされることがなくこうして倉庫整理をするだけで済んでいる。

 その代わりに増えたのが、壊れた物と、戻ってきた荷物だ。


 倉庫の入口には、仮設テントから引き揚げてきた木箱が雑に積まれていく。

 戦場から戻ってきた物資が、一気に押し込まれたらしい。


 箱の側面には、焦げ跡と刃物の跡が混ざって残っている。

 どれが魔王軍の仕業で、どれが味方の仕業なのかは、もう分からない。


 中身もひどかった。


 包帯は泥まみれ、保存食は箱の角が潰れて粉々。

 魔道具の一部は、魔力が抜けきったまま反応しない。


 使えないものを仕分けて、使えるものだけを別に積み直す。

 ただそれだけの作業なのに、やたらと時間がかかった。


「……これも廃棄っと」


 割れた瓶を箱に戻そうとして、指に残った粉を払う。

 たぶん、回復薬だったやつだ。


 俺の荷物も、同じ棚に並んでいた。


 戦場で生き残るために詰め込んでいた道具が、一目で分かるくらい、使い物にならなくなっている。


 泣きたい。


「なあモブ、この荷物もひっどいありさまだな」


「……それ、俺の」


「え、マジか。かわいそ」


 泣いた。


 ◇


 それから数日後。


 ようやく倉庫整理が一段落したタイミングで、俺は例の“元・鞄”を抱えて、前線キャンプの事務所に向かった。


 受付の机は低く、椅子は軋んでいて、机の脚には補修用の板が打ち付けられている。

 戦場のど真ん中にある事務所にしては、妙に現実的な光景だった。


「……あの」


 受付の男は、顔を上げない。


 俺は、革の破片と化したそれを机の上に置く。


「俺の荷物なんですけど……」


 少し間があって、


「これ、経費で落ちませんか?」


 たぶん無理だと思うけど、ダメで元々ってやつだ。


 男はちらっと一瞬だけ見て、書類をめくった。


「個人所有物ですね」


「はい」


「補償対象外です」


 即答だった。

 間も、ためらいもない。


「あと、あなた方」


 紙を指で弾きながら、事務的に続ける。


「許可なく危険区域に侵入。補給班の持ち場を離脱。規定違反です」


 ……あ、そこもちゃんと処理されるんだ。


「今回の報酬は――」


 一瞬、男の言葉が止まる。

 俺は少しだけ期待してしまった。


「……本来なら全額没収ですが」


 やっぱりか。


「今回は、倉庫整理で相殺、という形にしておきます」


「それ、もうやってます」


「なら以上です」


 冷たくない?


「……労災とかは」


 口が勝手に動いた。


 男はようやく顔を上げて、少しだけ不思議そうに俺を見た。


「冒険者に?」


 その一言で終わった。


 事務所を出て、キャンプの喧騒を背に受ける。

 手の中には、数枚の薄汚れた銅貨と、使い物にならなくなった「元・鞄」の残骸。

 戦場という非日常を生き延びた結果がこれだった。


 これ、鞄の修理費をリーダーに請求しても罰あたらないよな。


 いや、あの万年金欠女に請求しても無駄か。


 思わず上を見上げて、俺は言った。


「あー、早く帰りてぇなー」


 ◇


 数週間後、いろんなトラブルを乗り越えて、俺たちはようやく元のギルドへと帰り着いた。

 扉を開ければ、そこには戦いに行く前と何一つ変わらない、安酒と埃が混ざったような淀んだ空気が漂っている。


「ただいまー! 戦場帰りの勇者様ご一行のお通りよー!」


 リーダーがいつもの調子で叫ぶが、振り返る者は誰もいない。

 だからお前の勇者は自称だろうが。


 戦場で勇者パーティの火力を見ていなかったのか。

 あれに追いつくなんて、人生が三回くらいあっても絶対に無理だ。


 俺たちはいつもの隅のテーブルに座り、石のように固いパンを注文した。


「……はぁ。結局前と同じ、いやマイナスか」


「わ、わたしたちの上げた功績も連帯責任でほとんど没収されてしまいました……」


 レヴィは、ヨレヨレに型崩れした帽子を深く被り直し、机に突っ伏した。


「…………頑張った……のに……」


 誰も、すぐには何も言わなかった。


 俺はテーブルに取り分の銅貨を並べた。

 戦場に行く前にリーダーが豪語していた祝い金も、日給も、すべては軍紀違反の罰金と相殺されて消えていた。

 残ったのは、新しい鞄を買うための新たな借金。


「何言ってるのよ、モブ。私たちは生き延びた! これこそが最大の功績じゃない!」


「そうだぜモブ、命あっての物種だ」


 ディアはガハハと笑って、石のように固いパンを割り、口に放り込んだ。


 ……なんかお前らに言われるのは納得いかないな。


「その生き延びた功績で、俺の鞄は直らないんだよ」


 リーダーの能天気な言葉を流しながら、俺は味のしないパンを齧った。


 戦場への遠征で学んだことは、三つある。


 勇者パーティは、化け物並みに強いという事実と。

 怪しい求人には、手を出してはいけないということと。

 そして。


 目の前のバカを、制御することは不可能だ、ということだけだ。


「戦場帰りってことを宣伝して、アピールしていくわよー!」


 リーダーのやたら元気な声が、ギルドのロビーに響く。


 見ていると、落ち込むのも馬鹿らしくなる。


「宣伝するのはいいけど」


 固いパンを齧るのをやめて息を吐いた。


「今回みたいな変な案件は、もう勘弁してくれよ。リーダー」


 どうせ、また振り回されるんだろうな。


 とりあえず今は、さっさと俺たちのホームに帰って休みたい気分だ。


 戦場の負債が、俺たちの拠点そのものを巻き込む話になるなんてこのときは思いもしなかった。

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