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第1話:え、俺も前線にいくんすか?


 鼻を突いたのは、嗅ぎ慣れない焦げた土と木の匂いだった。

 視界が砂埃でよく見えない。


「……あ、これ無理なやつだ」


 地面に転がったまま、俺は確信した。

 さっきまで立っていたはずの森が、もうどこだか分からない。

 地面は焼けて抉れて、元が何だったのか思い出せない形になっている。


 町ひとつ分くらい、吹き飛んでないか?


 魔王軍との戦いが佳境だとか、起死回生の一手として勇者パーティが来るとか、そういう景気のいい話は、噂で確かに聞いていた。

 だけどそれに巻き込まれるとは聞いてない。


 かなり遠くに、米粒みたいな影が見える。

 さっき意味不明な範囲の爆発魔法をぶちかました張本人だ。しかもあれで勇者本人じゃない。


 魔術で敵ごと味方を巻き込むことに一切の躊躇がない。

 もはや兵器かよ。


 あれが噂の勇者パーティに所属している魔術師だっていうんだから、世も末だ。

 勇者はこれ以上とか、どんな化け物だよ。

 よっぽど魔王だろ。


 お伽話の勇者なんて都合のいい存在、いるはずもなく。

 現実は敵も味方も関係なく消し飛ばす範囲兵器だ。


 米粒サイズの影を見つめながら、死にかけの俺にできる精一杯は、心の中で皮肉を言うことしかない。

 不公平すぎて、ちょっと笑えてきた。


「あー……帰りてぇ……」


『今回は何かあっても労災が下りるらしいから安心して戦いに行けるわよ!』


 どこかのバカリーダーが、ここに来る前に鼻息荒く言っていた言葉だ。


「……死んだら、労災もクソもないんだけどな……」


 極貧パーティの、ただの荷物持ちである俺が、

 なんで今、敵陣のど真ん中に転がっているのか。


 なぜだ。


 きっかけは、たしか――


 ◇


「敵を倒しに行くわよ!」


 前線の仮設テントで、リーダーがいきなりそう言った。

 同じ前線でも直接戦うのは正規軍で、俺たち補給組は比較的安全な場所で待機。


 リーダーが持ってきた求人の依頼書は中々怪しかったが、適度にさぼって補給作業をするだけのぼろい依頼のはずだった。


「……え?」


 あまりに予想外の提案に、脳の処理が追いつかない。


「ちょ、ちょっと待て。俺ら待機って指示だっただろ、なんで敵を倒すなんて言ってんだよ」


「大丈夫大丈夫!」


「おい、っちょ」


 何が大丈夫なんだよ。

 俺は非戦闘員だぞ、戦うにしても魔力量が少ないから何とか使える魔術糸くらいしかできないし。

 戦闘に関しては火球ですら出すことができない。


 返事をする間もなくリーダーに腕を掴まれ、テントの外へと引きずり出される。


 抗議したところでただの荷物持ちの俺に、この暴走機関車を止める権限なんて最初からない。

 諦めるしかなかった。


 仮設テントから離れていくリーダーにしぶしぶついて行く。


「で、結局なんで今、敵を倒しに行くんだよ」


「私思ったの。せっかく戦場に来て功績上げてお金を稼ぐつもりだったのに、テント待機なんて据え膳じゃない!」


「……なおさら俺を連れて行くのは人選ミスだろ」


 強度のない魔術糸でどうやって敵と戦えと言うのか。


 このパーティ、俺以外は全員前線で暴れ狂う連中だ。

 俺だけ明らかに場違いだろ。他のやつ連れてけよ。


 リーダーがとびきりの笑顔で俺を見た。


「だってこういう時はモブがいれば何とかなるじゃない!」


 ならないよ? 俺ただの荷物持ちだよ?


 ますます分からない。

 何を根拠に言っているんだ。


「荷物持ちじゃ何ともならないから聞いたんだが」


「大丈夫、期待してるわ!

 それに今回は何かあっても労災が下りるらしいから安心よ!」


 何が安心だ、死んだら死に損だろうが。

 その無責任すぎる言葉が耳に残った。


「ところで、どこへ向かってるんだ?」


「任せなさい! 勇者である私に抜かりはないわ。

 この森を通って敵軍を迂回して進めば、ちょうど敵将の後ろに出るはずよ!」


「……敵将の位置はどうして分かったんだよ」


「勘よ! ボスってだいたい奥にいるもの!」


「今すぐ帰りたい……」


 魔王軍の指揮官もそんなに単純じゃないだろ、とか。

 お前の勘が当たった試しがない、とか。


 言いたいことは山ほどあったが、機嫌を損ねて守ってもらえなくなったら、それこそ終わる。


 荷物持ちは、生きることに貪欲なんだ。

 ちなみにこいつの言う勇者も自称である。


 そうこうしているうちに、リーダーはずんずん森に入っていく。


「はぁ、一人で行くなって」


 ため息をついてリーダーの後を追った。


 ◇


 森を進むにつれて、嫌な音がボリュームを上げていく。

 金属がぶつかる音。

 誰かの怒鳴り声。

 地面を揺らす衝撃。


 ……あれ?

 これ、迂回にしては雰囲気と違くないか?


「なぁリーダー、この音の量、迂回した先にしては多すぎないか?」


「そう? こんな感じじゃないかしら?」


 絶対違う。


 そして木々を抜けた先で、視界が一気に開けた。


 遮蔽物なし。

 人と人がぶつかり合い、剣と剣が火花を散らす。

 足元には、無造作に転がる死体。


 胃の奥が一瞬痙攣したが、なんとか飲み込む。


「ちょ、ここ最前線じゃねぇか!」


「迷ったわね!」


 なんで胸を張って迷子になったことを自信もって言えるんだ。


「ここ、ヤバいだろ」


 言い終わる前に、リーダーが叫ぶ。


「功績はちゃんと稼ぐから大丈夫!

 敵将打ち取ったりー!」


 そう言って、地獄のど真ん中に走り出した。


 俺ごと。


「ちょ、ちょっと待て――!」


 言葉の途中で、体ごと持っていかれる。


「さぁどこからでもかかって来なさい。この勇者様が直々に成敗してあげるわ!」


 戦場のど真ん中で剣を上をかざして宣言する。

 バカそんなこと魔王軍のいるここで言ったら。


 俺の頭すれすれを銀閃が走る。

 冷や汗の流れる前髪が、風圧だけで揺れた。


「うわっ!?」


 あぶねぇ。

 言わんこっちゃない。リーダーの宣言で周りにいた魔王軍の兵士どもが集まってきやがった。


「勇者って聞ごえた」「てぎか?」「勇者喰ったら強くなれんのかぁ~」


 しかも話しとか出来なさそうなタイプじゃねぇか。


「主に導かれし天明の白よ、我を守り照らし給え。エーテルリング!」


 リーダーが詠唱をして光の輪を敵兵に飛ばす。

 俺たちを囲むようにいた敵兵が、何が起きたか分からないといった顔で倒れる。


「まだまだ行くわよ」


「…………」


 感謝すべきかツッコミをするべきか迷う。

 なぜなら今の完全に詠唱はいらないからだ。


 魔力を練って形成して出せばいいだけなのに、それをしない。

 曰く『そっちの方がかっこいいし強そうでしょ』らしいが。


「神に導かれして――ちょっと危ないわね! 詠唱中でしょうが!」


 右手に持った剣で敵を切り倒す。

 その詠唱が役に立ったためしがない。しかもリーダーオリジナルのてきとう詠唱だから内容毎回ちょっと違うし。


 早い話が中二病である。


「神々に捧げ、あーもう面倒くさい!」


 リーダーが横薙ぎに剣を払い、その奥にいた敵兵に向かって光弾を飛ばした。


 詠唱が意味ないんだからもちろん唱えなくても普通に出せる。

 というかついに面倒くさいって言い始めたぞ。


「雑魚ばかりできりがないわね。よしモブ! プランBよ!」


「なにそれ知らない」


「プランBは……囮作戦よ。みんなー! ここに」


 おい、まさか。


 リーダーが俺を指さしながら大声を上げた。


「ここに勇者がいますよー、魔族は一族郎党根絶やしにするって息巻いているわー!」


 こいつやりやがった!

 すぐに敵兵が向かってくる。


「動かない!」


 耳のすぐ横をリーダーの剣が通り過ぎる。


「近い近い近い!」


「当たってないから平気よ!」


 当たったら俺の人生、即終了なんだよ!

 心臓が冷たくなる錯覚がしたぞ。


「ほら次きてる、しゃがんで!」


 再度剣が振られるのに合わせて、リーダーの金色の髪が遠心力で振り回されて。

 俺の顔面を直撃した。


「っ痛い!」


「何よ、だらしないわね」


 こ、こいつ、覚えとけよ。

 お前のゴミ箱と化しているバッグの整理とかもうしないからな。


 剣が振るわれるたび、俺の周囲の空気が死の予感で忙しい。


「ほら、次!」


 次って何だ。

 これじゃ俺、完全に釣り餌か何かだろ。


 リーダーに襟首を掴まれて、乱戦側に向かって半歩前に引きずり出される。


 足元を、何かが硬い音を立てて転がってくる。


「うわっ!?」


 誰かの捨てた盾だった。誰かの首とかじゃなくてよかった。


「リーダー、足元もちゃんと見ろよ!」


「大丈夫よ!」


 そう言って背中を押される。

 いや、敵に向かって突き飛ばされた。


 直後、俺の首の高さに剣が通る。


 もはや声が出せず、ただ息を呑む。


「危ないわねー」


 お前だよ。

 全部お前のせいだよ。

 お前の剣が俺にとって一番危ないよ。


「というかここ。俺たちがいる場所おかしくないか?」


 気づけば、完全に乱戦の渦中だった。


「後ろに下がる方が危ないから、前にいた方が安全よ!」


 聞いたことのない理屈だ。

 どんな生存本能だよ。


 背負っていた荷袋に衝撃がある。


「あっ、悪い」


 謝ってみたが、誰も聞いていない。誰かの攻撃を偶然荷物で弾いたようだ。


 まぁここまで来たら、じたばたしても仕方ない。

 自称勇者でもこいつが前にいる間は、まだ死なない気がした。


「なんだ、あれ?」


 少し離れた場所で、空気が歪んでいるのが見える。

 熱でも霧でもない。

 そこだけ、空間の密度がおかしい。


 ……待て。

 この魔力は爆発の、それも超大規模魔法が発動に入る直前の兆候だ。


 なんで俺たち、その射程圏内にいるんだ?

 味方もまだまだ残ってるだろ!


「リーダーッ!」


 咄嗟に腕を掴んで、近くの窪みに飛び込む。


 瞬間、白の閃光。

 音が物理的な圧力になって殴ってきた。


 光が目に焼き付き視界が潰れ。

 空気に叩き潰され、身体が浮き、次の瞬間、地面に叩きつけられる。


 息が一気に抜け、そこで意識が途切れた。


 ◇


 そうだ。

 こうなったきっかけはどう考えても俺と一緒に地面に転がっているこいつが原因じゃないか。


 クリアになってきた頭で先ほどまでのことを整理した。

 口に入った土を吐き出す。


「……おい……リーダー、生きてるか?」


 少し間をおいて、力のない返事が返ってくる。


「あー……えぇ、なんとかね」


 間延びした声だ。


「さすがに、ちょっと危険を感じたわ」


「……俺は、死を感じたけどな……」


 返事はない。

 都合の悪いことは聞いていない。その都合のいい耳が羨ましいよ、本当に。


 周囲を見ると、さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かになっていた。


 噂の勇者様御一行ってのは、敵も味方も関係なく殲滅するんだな。

 これこそ労災案件だろ。


 俺は空を見上げて、溜息を吐き出す。


 どれくらい気絶していたのか、山の淵に太陽が沈むのが見えて空には既に星々が見えた。

 すると、遠くから声が聞こえてくる。


「おーい! リーダー、モブー! 生きてるかー!」


 赤い服装で身を包んだパーティメンバーの一人が、のんきな声を出しながら駆け寄ってくる。

 脳みそまで筋肉のバーサーカーだと思っていたが、仲間を探しに来る程度の情けはあったらしい。


「お前らだけ楽しそうに抜け出したって聞いてさ。ずるいぞ、あたしも混ぜろよ」


 前言撤回。

 ただ暴れたいだけじゃねぇか。


「どうして俺たちがここにいるって分かったんだ?」


「前線の近くで、でっけー爆発が見えたからな。お前らなら中心にいるだろって、当たりだったな」


 嫌な信頼だ。

 九割リーダーのせいなんだけどな。


 なんでただの荷物持ちが戦場の最前線でこんな危険な思いをしなければならないのか。


 ……ああ。


 本当は、もっとどうでもいい昼から始まっていたはず。

 いきなり戦場の話から始まったわけじゃなかったんだ。


 俺がこの戦場に来る前。

 冒険者パーティとして集まっていたギルドの、あの懐かしささえ覚える狭いテーブル。


 金の話しかしないリーダーと、それに付き合っていた、いつもの昼と干し肉の味。


 ……そうだ。


 全部の始まりは、あそこだった。


 回想に入ろうとした瞬間、また遠くで空間が歪むのが見えて背中に冷たい汗が伝う。

 おかわりもあんのかよ。


 戦場での災難は始まったばかりなのかもしれない。

書き溜めで1章分ありますので取り合えずストック無くなるまで頑張ります。

評価・感想いただければやる気に直結するので嬉しいです。

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