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ヒューマンドラマ

意思あるところに道は拓ける

作者: 黒井 新
掲載日:2026/08/02

 夏の高校野球県大会二回戦。


 第一シード九州学芸館高校対県立海明(かいめい)高校。

 試合は7対0で九州学芸館高校がリードしたまま終盤を迎えていた。


 七回表、海明高校の攻撃。


 この回で一点も奪えなければ、コールドゲームが成立してしまう。


 レギュラーで唯一の二年生、加藤清春(きよはる)は、ネクストバッターズサークルから先輩の打席を見つめていた。


「ストライク! バッターアウト!」


 プロ注目の右腕を前に、海明打線は手も足も出ない。


 ツーアウト、ランナーなし。


 ついに清春へ打席が回ってきた。


(くそっ……。絶対につないでやる! 俺で先輩たちの夏を終わらせるわけにはいかない……。このチームで……もっと野球がしたいんだ!)


 意気込む清春だったが、相手投手はここまでノーヒットピッチング。二回と六回に四球での出塁を許しただけだ。


 清春はバットを握り直し、打席へ向かった。


 ズドンッ!


「ストライク!」


 豪速球が一直線にキャッチャーミットへ突き刺さる。


(だ、駄目だ……。まるで打てる気がしない……)


 心が折れかけた、その瞬間──

 脳裏に幼馴染みの美咲の笑顔が浮かんだ。


『意思あるところに道は拓ける』


 それは二週間前のことだった。



「よっ!」


 県大会の組み合わせ抽選が終わり、第一シード九州学芸館高校との対戦が決まった日。


 帰宅した清春を、自宅の前で待っていたのは幼馴染みの美咲だった。


「なんだ、なんだ、その暗い顔。それでも高校球児かぁ?」


 美咲が茶化すように笑う。


「高校球児だって落ち込むときくらいあるさ。それより美咲、今日学校は?」


 珍しく、その日は学校を休んでいた。


「ふふ……ちょっとね」


 どこか意味ありげに微笑む。


「ズル休みか?」


「まあまあ。それより、落ち込んでる清春くんに、成績優秀な美咲さんがいい言葉を教えてあげましょう」


「いい言葉?」


「『意思あるところに道は拓ける』」


「意思あるところに……?」


「どんな困難でも、やり遂げるっていう強い意思があれば道は拓ける、って意味」


「やり遂げる意思……」


「そう。日本って、大きな災害や戦争を経験しても、そのたびに立ち上がってきたでしょ? 私は、そういう『諦めない強い心』が日本人にはあると思うの」


「諦めない心……」


「だから清春にもある。第一シードだからって、試合をする前から負けるなんて思っちゃ駄目。諦めたら、その瞬間に道は閉ざされちゃう。でも意思があれば、きっと道は拓ける」


「いや……相手も日本人だけど」


「……あ、バレた?」


 美咲は吹き出すように笑った。

 その笑顔が、少しだけ寂しそうに見えた。


「私ね……入院することになったの」


「入院……?」


 その一言で、清春の胸がざわつく。

 美咲は笑顔を消し、静かに言った。


「白血病なんだって」


「……え?」


「今日、検査結果が出たの。すぐ入院して治療を始めるって」


 清春は言葉を失う。


「抗がん剤を使うから……髪が抜けることもあるみたい」


 美咲は、肩まで伸びた艶やかな髪をそっと撫でた。


「だから、無理を言って会いに来たの」


「俺に?」


「……好きな人には、一番綺麗な姿を覚えていてほしいじゃない?」


「好きな人って……」


「あっ……」


 美咲は口を押さえた。


「しまった……言っちゃった、言っちゃったかぁ~」


「美咲……」


「へ、返事はまだいいから! 本当に!」


 耳まで真っ赤にしながら、慌てて両手を振る。


「でも……言っちゃったなぁ」


 恥ずかしそうに笑ったあと、美咲は小さく息を吸った。


「よし! 私、絶対に治す」


 その瞳には、さっきまでとは違う強い光が宿っていた。


「告白して死ぬなんて、死亡フラグみたいだし。それに、私が死んだら清春が呪縛にとらわれるでしょ。だから死ねない……私、頑張る! 清春も絶対に諦めないで」


 美咲は力強く笑った。


「──意思あるところに道は拓ける、だから」



 ズドンッ!


「ストライク!」


 二球目の豪速球にも、清春のバットは動かない。あっという間にツーストライク。


 相手投手が三球目のモーションに入る。


(『意思あるところに道は拓ける』……か)


 右腕から放たれた白球に、タイミングを合わせる。


(美咲……)


 バットを振り出す。


(それって、日本人の言葉じゃねぇじゃん!!)


 ボールが手元まで来た、その瞬間、鋭く曲がった。


(しまった! スライダー!?)


 キンッ!


 かろうじてバットの先に当てる。


「ファール!」


(危ねぇ……。今ので終わってたら、あいつに合わせる顔がねぇ)


 深く息を吐き、バットを握り直す。


(『意思あるところに道は拓ける』──俺の意思って何だ?)


 四球目。


 キンッ!


 またしてもファール。


(ここでヒットを打つこと……? いや違う! 好きな人が命がけで病気と闘ってるんだ……。だったら、俺の意思は──)


 相手投手が渾身の力で腕を振る。


(九州学芸館に勝つことだ!)


 甘く高めに入ったストレートを、清春は迷いなく振り抜いた。


 カァーンッ!!


 乾いた快音が球場に響き渡る。白球はぐんぐん伸び、真夏の青空に高く舞い上がった。観客席から歓声が上がる。


 ドォン!


 清春の打球はレフトスタンドへ突き刺さった。



 この年の夏、全国では数々の強豪校が、地方大会で姿を消した。


 その中でも、九州学芸館高校対海明高校の一戦は、高校野球史に残る大逆転劇として語り継がれることになるだろう。


 だが、激闘で燃え尽きた海明高校は、勢いそのままに勝ち進むことはできず、三回戦で涙をのんだ。



 一年後。


「みんな、まずは初戦だ。落ち着いていこう」


 春のセンバツに出場し、県大会で第一シードとなった海明高校。ベンチ前で円陣を組み、キャプテンとなった清春が仲間たちを見渡す。


(『意思あるところに道は拓ける』──一年前、俺の意思は『九州学芸館に勝つこと』だった……。でも、今年は違う)


「俺たちの目標は甲子園優勝だ!」


 力強い声が響く。


「だけど、そのためには一戦一戦、一球一球を積み重ねるしかない。目の前のプレーに集中しよう!」


「おう!」


 力強い返事が重なった。


 その様子を、野球部のマネージャーとなった美咲が、ベンチから穏やかな笑顔で見守っていた。


「意思あるところに道は拓ける」


 小さくつぶやく。

 その言葉は、一年前に自分へ、そして清春へ贈った言葉。


 今、その言葉は海明高校野球部全員の道標になっていた。


 ──彼らの、新たな夏が始まる。

「意思あるところに道は拓ける」

元々は「Where there's a will, there's a way.」という西洋の古い諺です。


最後までお読みいただきありがとうございます。

誤字・脱字、誤用などあれば、誤字報告いただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
熱い夏にぴったりのお話ですね メッセージ性のあるお話はもちろんのこと。「相手も日本人じゃん」とか「外国のことわざじゃん」みたいなワードチョイスも秀逸でした。
熊本県の高校野球を思わせる学校名に、加藤清正公を思わせる主人公の名前に、清坂様からのメッセージを感じました。 この素晴らしいメッセージが、多くの人々の心に届きますよう、願っております。
「意思あるところに道は拓ける」 良い言葉ですね〜。 (*´ω`*) 彼らが甲子園でどこまでいけるのか! ヾ(・ω・*)ノ 今年の甲子園も楽しみです。 (・∀・)
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