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騎士の少女は愛というものが分からない。

作者: 石動なつめ
掲載日:2026/02/02


 昔からユーリは人の心というものがよく分からなかった。

 だから自分の感情もあまりはっきり動かない。無表情で、何を言われても淡々とした様子から「鉄仮面」と評されたこともあるくらい、他人から見ても感情の起伏が薄い少女だった。

 その中でも特に「愛情」というものが、一番理解出来ずにいる。

 何故ならユーリは誰かから、愛された記憶がなかったからだ。


「ユーリ。君の好きな花を教えてくれない?」


 満月が夜空を煌々と照らす王都の路地のど真ん中で、ユーリは婚約者のラザから眉間に銃口を突きつけられつつ、そんな質問をされた。

 まったくもって甘ったるい状況ではないのに、ラザは柔らかな蜂蜜色の髪を揺らして、爛々と光る赤い瞳でユーリを見つめている。


 ラザがユーリを見つめる瞳は、いつももっと静かで、感情を抑えたような色をしていた。その瞳にはユーリへの親しみの色はあったけれど、どれも一定で、そこに熱のようなものは感じられなかった。

 しかし今は違う。異様さすら感じられるラザの瞳には、その熱があった。


 何だろう、この状況。ユーリはそう思いながら腰に下げた剣の柄を握る。

 騎士に与えられた白銀の剣を、まさか婚約者相手に抜く日が来るとは思わなかったとユーリは呑気に思いながら、握った手をわずかに動かす。


「動いたら撃つよ」


 するとラザからお決まりのような台詞が飛んできた。

 まぁ、それはその通りである。撃たれても困るので、ユーリは剣の柄を握ったまま、ひとまず動きを止めておいた。


「好きな花、ですか。このような状況でする質問なのですか?」


 そのまま一番の疑問点を投げかける。

 質問に質問を返すのは、あまり褒められたことではない。

 けれど悲しいことにユーリは、ラザの質問に対するはっきりとした答えを持ち合わせていなかったのだ。

 好きな花は何かと問われても、全部好きですよ、と返すくらいには、ユーリは花に――否、自分のことに強いこだわりがない。

 だから誤魔化すようにそう返したのだが、どういうわけかラザの口の端が少し上がった。


「うん、今のは逃げだね、ユーリ。いいね、君はいつも真正面から向かってくるから、そうやって逃げようとする姿はすごく新鮮だよ」


 機嫌良く笑いながら、意味の分からないことを言うラザに、ユーリでも少々困惑した。

 まるで世間話の延長線のように、彼が話しているからだ。

 相変わらずラザの握った銃の口は、ユーリの眉間にぴたりと添えられているし、非日常であるのは確かなのだが、どうにもお互いの感じている空気が違うようである。


(それに、この銃……)


 ラザの持つ銃は、アンティーク風にも見える銀色のフォルムに、隻眼の狼の紋章が彫られた綺麗な銃だ。

 この紋章はとある犯罪集団のシンボルだ。悪徳貴族を狙って金を奪う、世間では義賊と人気が高い「銀狼」という組織の紋章である。

 国が裁けない・裁かない悪を懲らしめる。その姿は確かに輝かしくも見えるけれど、それでも彼らがしているのは犯罪行為だ。だから騎士団も銀狼を追ってはいるのだが――まさかこんなに身近に潜んでいたなんて、ユーリは露ほども思わなかった。


「念のため確認しますが、ラザは銀狼の人間で間違いないですか? 返答次第で、私はあなたを拘束しなければなりません」

「ユーリは真面目だなぁ」


 ラザは楽しそうに笑って「そうだよ」と頷いた。


「でもね、ユーリ。君は自分の身の安全を先に考えた方が良い。今の状況、理解出来ているかい?」

「それはもちろん。引き金を引いたら私は死にますね」

「そういうことだ。……そういうことなんだけど、ちょっと落ち着き過ぎなんだよなぁ」


 ラザは苦笑こそしているものの、銃を持った手を下すつもりはないようで、相変わらず銃口はユーリの眉間にぴたりと当たっている。

 しかしユーリは涼しい顔だ。もちろん、眼前に迫る死に対して多少の恐怖心はある。しかし、もともと感情の起伏が薄いこともあり、ユーリの体は大げさな反応が出ないのだ。

 それにユーリには何となく、ラザが今すぐに自分を殺すつもりがないように思えた。そもそも殺すつもりなら、もうすでにされているはずだ。わざわざ世間話をして、時間を長引かせる必要がない。 


(さて、どうしましょうか。見回りは交代したばかりですし)


 ユーリは今夜、騎士団の任務で王都の見回りを担当していた。

 見回りは六人体制で二時間交代。予定時刻が過ぎても戻らなければ、何かしらのトラブルがあったとして同僚が動いてくれるはずだが、交代してまだ三十分ほどしか時間は経っていない。これではユーリの身に異常があったと判明しても、事が済んだ後だろう。

 可能性があるとすれば、この辺りを担当しているもう一人が通りかかるくらいだが――。


「ユーリ。僕と話をしているのに、他の男のことを考えないで」

「そう言われましても……」


 口を尖らせるラザに、誰のせいだとユーリは文句を言いたくなった。

 騎士団には女性騎士も在籍しているが、割合としては男性騎士の方が多い。

 これには体格や、力の強さが関係している。騎士は力や体力が必要となる任務が多く、女性の体ではなかなか追いつけない部分がある。

 ただ逆に女性騎士でなければ駄目という場面もあるため、一概にどうとは言えないのが複雑なところである。

 今晩の見回りも、ユーリを含めて女性騎士が二人、男性騎士が四人だ。人数的に交ざってしまっているのだから「考えないで」と言われてもどうしようもない。

 というよりもそれこそ今の状況で、婚約者の交友関係に鼻を利かせてどうするのだろうか。


「ユーリ。この状況で、僕以外のことを見ている余裕があるの?」


 ラザは赤い瞳を不満げに歪め、僅かに首を傾ける。彼の蜂蜜色の前髪がさらりと肌を滑り、背負った満月の光でチカチカと煌めいた。

 もともと美しい人だとは思っていたが、こうして見ると妖艶さも持ち合わせているのだなと、ユーリは妙な気付きを得た。

 何だか新鮮で面白いなとユーリが思っていると、ラザが目を丸くした。


「……僕は怒っているのに、どうして笑っているの?」

「え?」指摘され、ユーリは目を丸くする。「笑っていました?」

「そ。見たことのないタイプの笑顔。何それ、ずるい。他の奴に見せたりしていない?」

「恐らく……?」


 笑っている自覚もなかったので、ユーリは曖昧にそう返す。

 鉄仮面と揶揄されるほどに表情の変わらないユーリは、普段からあまり笑わない方だ。無表情か真顔の時の方が多い。

 それでも婚約者の前では、なるべく笑顔を作るようにしていた。その方が上手くいくからと、養父母や同僚にアドバイスされたからだ。


 皆、ユーリの婚約話を聞いて心配してくれた。

 しかも相手は下位とは言え貴族の血筋で、周囲からの印象も良いラザだ。

 こんな良い相手を逃してはなるまいと、周囲はユーリにせっせと世話を焼いてくれて、そのおかげでどうにかこうにか上手く行っていた――とつい先ほどまで思っていた。

 しかし、これである。

 眉間に銃口を突きつけられた状況で、良い感じに物事が進んでいたと思えるほどの呑気さは、ユーリにだってなかった。

 ラザがどんな目的でユーリと婚約したかは知らないが、彼が自分の紛い物の笑顔に気を遣ってくれていたのは分かる。

 そう考えたらユーリは何となく自分にがっかりして、同時に情けなくて「……申し訳ありません」と口から言葉が零れ落ちてしまった。ユーリ自身も驚くくらい、元気のない声だ。


「えっ!? ど、どうしてユーリが落ち込んでるの!?」


 すると何故かラザがぎょっと目を剥いて、あたふたと焦り始めた。

 彼は自由な左手をぱたぱたと忙しなく動かしながら、ユーリの顔を覗き込んでくる。


「え、ええー……僕、君のその顔には弱いんだ。ねぇ、ユーリ。ごめんね、言い過ぎたよ。僕が悪かったから……」

「いえ、その……。ラザにはいつも気遣ってもらっていますので、それも申し訳なくて……」

「いや、僕は別に、君のためなら……」


 銃口を突きつけつつ、困ったように謝るラザ。

 銃口を突きつけられつつ、しょんぼりするユーリ。

 お互いの様子こそ変化しているが態勢は変わらぬまま、急に謝罪合戦が始まってしまった。

 傍から見ればまったく意味が分からない。


 それは二人の様子を隠れて見守っていた人物からもそうだったらしい。


「だー! お前ら、本当に何っ!? 何やってんの!?」


 頭上から第三者の声が降ってきて、ユーリは目だけをそちらへ向けた。

 すると屋根の上から黒いコートの男が、ユーリたちのすぐ近くに飛び降りてきたではないか。風を受けてひらりと翻るコートの背には、ラザの持つ銃と同じ隻眼の狼の紋章がついている。

 仲間だろうかとユーリが横目で男を確認していると「ちょっと!」とラザが怒りの声を上げた。


「ユーリと僕の間に入ってこないでよ、リーダー」

「話がまったく進まねぇから仕方ないだろ。そろそろ他の奴が来るぞ。とっととお嬢さんを連れて来い」

「……分かった」


 ラザは不満たっぷりに頷くと、ユーリの目を真っ直ぐに見つめながら、何の躊躇いもなく銃の引き金を引いた。

 あ、とユーリが思った時、銃から「ぽんっ」とやけに軽い音が響く。

 するとその直後に、ユーリの体をふわふわした白い綿(わた)――のようなものが巻き付いた。ご丁寧に目の辺りにもだ。そのせいで周りが見えなくなる。

 そのふわふわは、多少の締め付け感はあるものの、痛みはなかった。

 しかも柔らかくて心地良いので、冬の夜にはありがたさまであるくらいだ。


(何でしょうね、これ)


 形状的に拘束具ではあるだろう。しかし、ユーリにはこれに似たものを見たことがなった。

 とりあえず引き千切ってみようかと力を込めたが、ふわふわは見た目に反して頑丈で伸びすらしなかった。

 そうしているとユーリはラザに「よいしょ」とお姫様抱っこされてしまう。


「ごめんね、不自由だよね。ちょっとだけ我慢してね、ユーリ」

「いえ、困りますが……仕事中なので連絡だけでも」

「そんなのしたらお邪魔虫が大勢来るでしょう」

「虫ではなく私の同僚ですね」


 そんなやり取りをしながら、ユーリはラザに攫われた。



    ◇ ◇ ◇



 目隠だけ外されたのは、攫われて一時間ほど経った頃だった。

 途中、車で移動した音と振動が聞こえてきたので、王都からだいぶ離れてしまっているのは推測できる。

 相変わらず体はふわふわで拘束されラザに抱えられたままだが、見られても困らない場所に到着したということだろうかと、ユーリは周囲をぐるりと見回した。


 そこはどこかの家のようだった。白い木造の建物で、広さはそれなりだ。

 照明が点けられておらず、ユーリもそこまで夜目が利く方ではないためはっきりとは見えないが、空気の埃っぽさから察するに、あまり手入れされていない場所だろう。


「ここがどこか気になる?」

「はい。教えてください」

「ヤダー」

「…………」


 からかうようなラザの言葉にユーリは半眼になった。

 こういう意地悪を言う人だっただろうかと、ラザをユーリは少し睨む。

 しかしラザは赤い瞳をとろりと歪め、楽しそうに笑うだけだった。


「お前ねぇ、あんまりそういうことをしてると嫌われるよ」


 そうしているとリーダーと呼ばれた男が注意してくれた。

 顔だけ振り返って呆れたように自分を見る男に、ラザは鼻で笑う。


「ふふん、僕がユーリに嫌われるなんてあり得ないな」

「お前のその自信はどこから来るんだ。……だ、そうだが、どうだいお嬢さん?」

「審議中ではあります」

「えっ」


 ユーリがあっさり答えると、ラザが目を見開いた。

 何を驚くことがあるのだろうかとユーリは首を傾げる。

 だってどう考えても、この短期間で好ましいと思うことと真逆のことをされているし、相手が銀狼ならば捕縛対象なのだ。婚約がどうのと言っていられる状況ではない。

 だからここまで驚くようなことではないはずだが、ラザは信じられないと言わんばかりの表情で、ユーリを抱きかかえる腕に力をこめた。


「ゆ、ユーリ、ユーリ……! 僕のこと嫌いになった……!?」

「嫌いになったかどうかはともかく、職務上の問題が生じました」

「じゃあ嫌いになったわけじゃないんだね、良かった良かった」

「ポジティブ過ぎるだろ。今の会話の流れでどうしてそういう結論に至るんだ。どう考えても嫌いかどうかの判定を保留されてんじゃねーか」

「ユーリが僕のことを嫌いになるなんてあり得ないからね!」

「最初に戻っちまった……。分からねぇ、オッサンには若い子の考え方が分からねぇ……」

「安心してください、私にも分かりません」


 男は頭を抱えてしまったが、ユーリとしては彼の方の意見に賛成である。

 ユーリも十八歳なので「若い子」に分類されるはずだが、ラザの思考はまったく理解出来ない。

 そんな不毛なやり取りをしながら三人は部屋の隅にある本棚の前までやって来た。

 脚立を使わなければ上の方まで届かないくらい、天井近くまで高さのあるその本棚。そこに収められた本の背表紙を、男が三冊分、順番に押した。

 すると本棚が真ん中から割れて、ズズ、と音を立てて左右に動いた。隠し扉だ。その先に、地下へ向かう石の階段が続いている。

 ユーリも騎士団の任務で犯罪者の拠点を捜索したことはあるが、こういうタイプの隠し扉は初めてだ。出来ればじっくり見たくなって、ラザの歩みに合わせて頭を後ろへ向けていたが、全員が通り終えたタイミングで本棚は再び動き出し、元に戻ってしまった。

 閉ざされてしまった扉を見つめ、ユーリが残念だなと思っていると「本当にユーリってさ……」とラザに苦笑されてしまった。仕方のない子だな、みたいな目を向けられている気もする。


「何でしょうか?」

「今、隠し扉の仕組みをじっくり観察したいって思ったでしょ」

「あ、はい……声に出ていましたか?」

「顔に書いてあるよ。もー、本当にそういうところなんだからさ。かわいいなぁ……」


 ラザはふにゃりと微笑んだ。


「そんなことはありませんよ。かわいげがないのが私の特徴です。よく言われます」

「自分で言うことじゃないでしょ。っていうか誰が言ったの、それ。ちょっと後でその人にお話があるから、名前教えて?」

「教えませんよ?」


 何を言い出すのだとユーリは目を丸くした。

 そもそも教える教えないがどうのという話ではない。銀狼の一員であると正体をバラした人間が、今後も何食わぬ顔でユーリの知人に接触するなど、どう考えてもおかしい。

 もちろんユーリが無事帰れたらという前提ではあるのだが。

 自分の婚約者は本当に何を考えているのかと、ユーリが怪訝な顔をしているうちに、彼らは階段を降り切った。

 終点は、こちらも扉だった。隻眼の狼の紋章がつけられた木製の扉がある。

 リーダーの男は音階を変えてノックを三度した。するとカチリと鍵の回る音が聞こえ、扉が開かれる。


「おかえりなさいませ、リーダー」

「うわ、マジでラザの嫁ちゃん連れて帰ってきてる」

「まだ嫁じゃないでしょ。婚約者でしょ。これから振られるかもね、ご愁傷様!」

「おい今の誰だ、ぶっ飛ばすぞ」


 扉が開いたとたんに、中から賑やかな声が飛び出してきた。

 中にいたのは三人の男女だ。リーダーの男と同年代の女が一人、ラザと同年代の男が一人、そして執事服を来た初老の男性が一人だ。

 リーダーの男とラザを含めると、騎士団が集めた情報にあった銀狼の人数と同じである。

 こうも揃っていると、今すぐ騎士団に連絡して踏み込んでほしさはあるが――まぁ、それが出来る状況ではないのはユーリも理解していた。

 

 それにしても、まさか全員の素顔を拝めるとは意外だった。

 しかしすぐにユーリは、自分が死ぬからかと納得する。

 ユーリは人の顔を一度見たら覚えられる人間だ。ここから無事に脱出出来れば、ユーリの報告で彼らの似顔絵が作られ、各地にばらまかれるだろう。

 ラザはそんなユーリの特技を知っている。だからこそ、普通に解放されることはないだろうな、とユーリは考えた。


(もしかしたら私たちの婚約も、銀狼の計画の一環だったかもしれませんね……)


 実のところユーリたちの婚約は、ラザから持ち掛けられたものだった。

 ユーリは貴族の血を引く娘ではあるが、家自体には悪評がべったりと貼られている。

 その理由はユーリの両親が犯罪者だったからだ。


 ユーリの両親は銀狼のような義賊とは程遠い、プライドもへったくれもないただの悪党だった。

 貴族のくせにノブレスオブリージュの志なんて欠片も持ち合わせず、金に目が眩んで悪事に加担して、しかもあっさりバレて騎士団に捕まって、今は遠くの地で贖罪のために必死で働いているらしい。

 最近では橋を作っていると聞いた。頑張って働いているならまぁいいか、と近況報告が綴られた手紙をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱に投げ入れたのは、今朝のことだった。

 ユーリは両親のことに特に興味がない。

 両親もユーリに興味がないし、届いた手紙だって結局差し入れがほしいという要求のために書かれたものだ。

 愛されたことはない。だからユーリも愛したことはない。生れた時には持っていと思われる家族への情は、いつの間にやらユーリの中からさらさらと砂のように崩れて消えてしまった。


 そもそも両親の悪事がバレたのは、幼いユーリが騎士団へ通報したからだ。

 悪事を働く両親のことはどうでも良かったが、両親のせいで悲しむ人がいるのは見過ごせなかった。

 もしかしたらその行動は、自分を愛してくれない両親への反抗心のようなものだったのかもしれない。

 昔の自分がその時何を感じていたのか――あれから何年も経ってしまいユーリにははっきりとは思い出せないが、正義感という綺麗な言葉だけではなかったのは確かだと思っている。


 そしてその時、ユーリは自分の人生もこれで終わると思っていた。

 だって両親は悪だった。そしてその悪を暴いて両親を捨てた自分は、きっと綺麗な場所へは行けない。

 自分にも何かしらの罰が下るはずだと、ユーリは幼心に思っていた。

 しかし、待てど暮らせど、ユーリへの罰は一向にやって来ない。それどころか、何故か周囲から同情されて、あれよあれよという間に今の養父母の家へ引き取られることになっていた。

 まるで意味が分からなかった。

 ただ、周りが優しい人ばかりだったのだけは理解出来て、その時になって初めてユーリはちょっと泣いた。


 養父母の家に引き取られてから、ユーリはなるべく迷惑をかけないようにと生きてきた。

 その最たる例はお金だ。子供一人を育てるということは、とんでもなくお金がかかる。

 だからユーリは早めに自活出来るようになろうと考えて、騎士団へ入隊しようと決めたのだ。

 騎士団へ入れば、騎士として叙勲されれば、お金も稼げるし困っている人の役にも立てる。罰を与えられなかったユーリからすると、これ以上の場所などなかった。


 そうして必死に勉強をして騎士団への入団資格を手に入れたユーリが、騎士叙勲式に出席したところでラザに出会ったのだ。

 貴族の血を引く彼は、彼の両親に代わって新たな騎士たちの誕生を見届けるために式典に出席していたらしい。

 式典後のパーティーで話かけられ、ダンスを踊った数日後に婚約の打診の話が届いた。

 後で分かったがラザはだいぶ評判の良い人物だったらしい。ラザからの婚約打診に養父母は困惑しつつも喜んでくれて、同僚たちからは「絶対に逃すな!」と背中を押され、ユーリは彼と婚約したのだが――何というか、やっぱり最初からおかしかったのだなとユーリは妙な納得感を覚えていた。

 自分のような悪評持ちでかわいげのない鉄仮面に、住む世界の違うようなラザからの婚約打診なんて、あり得なかったのだ。


 彼が愛してくれるのなら、自分も愛というものを理解出来て、愛せるかもしれない。

 ほんの少しでも――ほんの少しでもそんな期待をしてしまった自分が恥ずかしい。

 ユーリはそっとため息を吐いて、ラザを見上げた。


「花は、白が良いです」

「ん?」

「先ほどの質問の答えです」


 ユーリがそう言えばラザはパァッと嬉しそうな顔になった。


「そっか! それじゃあ今度色々な白い花を――」

「もしもお墓を作っていただけるなら、手向け花はそれでお願いします」

「は――」


 さらりと死後の話をしたユーリに、ラザの表情が固まった。

 それはラザだけでけではない。他の四人もだ。部屋中に沈黙が広がる。

 何かおかしなことを口走っただろうかとユーリは思いながら、それぞれの顔を眺めていると、リーダーの男が一番早く我に返った。


「待て。待て、待て。……結婚して一緒にお墓に入ろうねって話だよな?」

「いえ、ご冗談を。あなた方に殺害された後の話です」

「何で!?」

「何でと言われましても、そういう状況では?」

「いや、違——まぁ確かにそれっぽいんだけど、あの……何だ……なぁ……」


 リーダーの男はラザを見る。ラザはまだ固まったままだ。

 するとだんだんと他の者たちも復活し始めた。

 そして彼らは思い思いの視線をラザに向けている。同情心が半分、呆れが半分だ。


「ラザ……あなた……ごめん、揶揄って悪かったわ……」

「信頼関係を築いたから連れて来たんじゃないの?」

「状況的にはこうなって当然でしょう。ですからやめておいた方が良いとお止めしましたのに……」


 何だかかわいそうなものを見る目がラザに集まっている。

 ユーリは少々混乱した。辞世の句なんて高尚なものではないが、死んだ後の希望だけ出してみたのに、何やら思っていたのと反応が違う。断られるか、慈悲をくれるかどちらかだろうと予想していたのに、実際にお出しされたのは微妙な空気だ。

 解せぬ、とユーリが思っていると、自分を抱えるラザの腕が先ほど以上に強くなった。


「……そんなことしない」


 ラザはつぶやく。腕に、ぐっ、と力がさらにこめられる。

 少々息苦しさを感じるくらいきつく抱きしめられて、ユーリもさすがに顔をしかめた。


「あの、ラザ……殺すなら一思いにしていただけると。苦しいのはお断りしたく」

「そんなことしないっ! 何で僕がユーリを殺す話になってるの? しないよ!? 怖い思いさせたのはごめん! そこは本当にごめんね、でも、ああしないとユーリ、普通に逃げるでしょう。僕、ユーリが本気で走ったら追いつけない自信があるよ!」

「情けねぇことを堂々と言ってる……」

「ああ、こんなことならチョコレートたくさん食べて気持ちを高揚させるんじゃなかった!」

「馬鹿かよ。どうりで変なテンションしてると思ったわ。何だよ、第一声が好きな花を教えてくれって」

「リーダーは黙っていて! こっちは生きるか死ぬかの瀬戸際なんだから!」

「やはり死が差し迫っているではありませんか」

「お嬢さんも真顔で交ざるからさぁ……」


 リーダーの男は両手で顔を覆ってうずくまった。忙しないことだとユーリは思いながら、何とかラザの拘束を緩めようと体を動かす。

 しかし、動けば動くほどにラザは腕に力をこめてきた。何だか呼吸が苦しくなってきた。

 こういう(トラップ)をユーリは見たことがあるが、自分がかかるのは初めてである。


「ユーリ、ユーリ。脅してごめん、でも信じて。僕は君を殺したいなんて思っていないよ」

「今まさに死へのカウントダウンが……」

「おーい! ラザ、待て! 腕の力を弱めろ! お嬢さんの顔色がっ!」


 リーダーの男が慌てて止めると、ラザがようやく我に返った。

 同時に腕の力が緩んで、ユーリは「ぷは」と大きく息を吸った。小動物がかわいいと、力加減を忘れて抱きしめる人はこんな感じなのだろうと、妙なことを考えながら、ユーリはラザを見上げる。

 彼は眉尻をこれでもかというくらい下げて、泣きそうな顔でユーリを見下ろしていた。


「ご、ごめんユーリ……」

「いえ、お気になさらず。ですがラザは小動物に近づかない方が良いです」

「しょ、小動物?」

「はい。それはともかく、確認させていただきたいのですが……私は殺されるのではないのですね?」

「それはもちろん!」


 ラザはこくこくと頷いた。やや遅れて他の四人も同様に首を縦に振っている。

 今の今まで自分の死を確信していたユーリだったが、ここまで動揺されればそうじゃないことは分かる。


「それでは、私はどうして誘拐されたのですか?」


 殺される予定が消えたなら、とりあえず理由だけは訊いてみよう。

 そう思ってユーリが質問すると、ラザは気まずそうな顔で、


「実は僕たち、自首しようと思っているんだ」


 と言った。



     ◇ ◇ ◇



 ラザたちの話によると、銀狼はそろそろ解散しよう、という話になっていたらしい。


「悪事を働く貴族たちは大体騎士団が捕まえたし、そこからの情報で残っている悪党も捕まえる手はずになっているんだろう?」

「それは確かにそうですが、妙に情報が筒抜けですね」

「ハハハ……まぁ、仕事柄……な?」


 リーダーの男が軽く右手を振りながら、ウィンクをして笑って誤魔化す。

 そのひと言でユーリは何となく、騎士団側に協力者がいるのだな、ということを察した。そしてその協力者は、恐らく騎士団でも上の役職の人間。

 清濁併せ吞まなければ治安など守れない、ということだろうか。正義と悪が表裏一体とはよく言ったものだ。

 何とも言えない気持ちと共にユーリがため息を吐くと、ラザがびくりと体を震わせてこちらを見た。


 ユーリの体は、すでにふわふわの拘束を解かれている。

 自由の身になったユーリは、長椅子に座って彼らの話を聞いているのだが――先ほどからラザがぴったりと横にくっついて離れないのだ。

 ユーリの眉間に銃口を突きつけて来た時の異様な雰囲気はどこへやら、今ではすっかり縮こまってしまっている。先ほどのあれは、チョコレートがどうのと口走っていたが、そのせいだろうか。

 びくびくしながらこちらの顔を覗き込むラザは、不謹慎ながらちょっとかわいいなとユーリは思ってしまった。


「まぁ、そこで誰に捕まえてもらうかって話だったんだが……ラザの婚約者が騎士だったからちょうど良いかなぁってな」

「ちょうど良いんですか?」

「そうそう。お嬢さん、騎士団内の派閥にはまったく属していないだろ。興味もなさそうだし」

「そうですね。不毛なので」


 貴族社会に派閥があるように、騎士団内部にも派閥は存在する。

 騎士は、騎士団への入団試験に合格したら身分問わずなれるものの、やはり貴族が多いのだ。

 その理由は教育の質である。お金があればあるほど、質の良い教育を受けることが出来る。

 入団試験は難関と言われ、そのため合格者も限られているが、どうしても教育の差が大きく出てしまう。

 その結果、貴族出身の騎士が多いのだが――そうなると貴族社会にある派閥争いもまた影響を及ぼしてくる。

 大まかに分けると騎士団長の派閥と上級貴族の派閥だ。騎士団長の派閥は身分問わず実力で判断し国民のために働こうという考えが強く、上級貴族の派閥は身分で相手を判断し、その上で能力別に区別して扱うという考えが強い。

 もしもどちらかに入れと命令されたら、ユーリは騎士団長の派閥に入るだろう。困っている人のために動きたいユーリにとっては、そちらの方が働き甲斐がありそうだからだ。


「つまりお嬢さんは中立。そういう立ち位置の人間の方が、勘繰られにくいってことだ。俺たちを捕まえるきっかけも、ラザがうっかり口を滑らせたで済むからな。何なら口を滑らせた理由も、婚約者を愛するがゆえに良心の呵責に耐えかねてってストーリーでも良い」

「ずいぶんと大衆受けな物語を」

「そりゃあ、俺たち一般市民に大人気だからな?」

「自分で言いますか」

「言うさ。だって好かれたい方が嬉しいからな」


 リーダーの男はニッと白い歯を見せながら笑った。

 その気持ちはユーリも分からないでもない。何せ自分も悪評を背負って生きてきたのだ。悪口を言われても気にならなくはなったが、どうせ告げられるならば好意的な言葉の方が心が楽だ。


(そう言えばラザと婚約してからは、そういう言葉をよくもらっていましたっけ)


 好きだとか愛しているとか、そういう言葉を伝えられたことはなかったけれど、ユーリを見てかわいいとか綺麗だとかそういう誉め言葉を、彼は度々口にしていた。

 ユーリは自分自身がかわいげがない鉄仮面だと理解している。だから最初は、心にもないお世辞まで言わなくてはならないなんて、婚約者というものは大変だなぁと思っていたのだ。

 けれども何度も言われるうちに、もしかしたらラザの目には自分がそう映っているのではないか、と思うようにもなった。

 そうしたら不思議なものだ。彼と会う時は、少しくらいお洒落をして行った方が良いのではないかと考えて、そうするようになっていた。

 養父母に相談したり、同僚からアドバイスをもらったり――自分自身に興味のないユーリにとしては頑張った方だ。

 そんなことも、今では遠い昔のことのようである。


「……ラザとは」

「うん?」

「ラザとは、これで婚約解消になりますか」

「————っ!」


 何気なくユーリが誰にともなく訊ねれば、ラザがガタッと立ち上がった。

 反射的に見上げると、彼は青ざめた絶望した顔でぶるぶると震えている。

 彼はバッとユーリの前に移動すると、その場に跪いた。


「ラザ?」

「す……捨てないで……」


 聞いたことのないくらい、弱弱しい声がラザの口から放たれた。

 えっ、とユーリは目を丸くする。

 ラザは赤い瞳を不安げに歪め、ユーリの手を両手で握って懇願する。


「僕を捨てないで、ユーリ……婚約解消なんてしたくない……」

「ええっと……」


 縋るようなラザにユーリは困ってしまい、助けを求めるようにリーダーの男へ顔を向ける。


「私とラザの婚約は、そちらの計画の一環でしょう? では、もう用済みでは……」

「いや、ないない。マジでそれはない。本当に。俺が言っても説得力がないだろうけど、ラザとお嬢さんの婚約はこちらにはまったく関係ない」


 男はとんでもないと言わんばかりに、首をぶんぶん横に振っていた。

 それから彼は罰が悪そうに指で頬をかきながら、


「むしろ婚約したって聞いた時は、余計な心配事が増えたって困ったくらいだよ」


 と続けた。

 それは確かにそうだ。銀狼としては、仲間の一人が騎士団関係者と懇意になるなんて、それこそ情報が洩れるかもしれないと焦るだろう。

 しかし、ならば何故ラザはユーリと婚約したのだろうか。メリットがなければ自分のような人間に声をかけたりしないだろう。

 ユーリは頭に疑問符を浮かべながら、もう一度ラザを見た。

 彼は絶望を通り越してこの世の終わりみたいな顔をしていた。


「……あの、ラザ」

「う、うん」

「ラザはどうして私に婚約を打診してくれたのですか?」


 そんなラザに、ユーリはストレートにそう訊ねた。

 ラザはショックを受けた様子になり、その場にいた他の者たちの視線が同情一色に代わる。

 何とも言えない空気に、ユーリは自分が何か悪いことをしたような気分になってきた。

 しかし一度口から出た言葉は取り消すことは出来ないし、あのまま黙っていたところで疑問は解消されない。

 ユーリがじっとラザの答えを待っていると、


「……一目惚れだったから」


 と、独白のように彼は言った。


「……一目惚れ?」

「そう。騎士叙勲式で見たユーリがすごく綺麗で、一目惚れしたんだ。それで話しかけたら、君は僕のこと全然知らなくて……それがすごく嬉しかったんだ。そのまま勢いでダンスに誘ったんだけど……下手だったなぁ」


 当時のことを思い出したのか、ラザは苦笑していた。

 言われてみれば確かに、ラザとダンスを踊ったものの、ユーリはとても下手くそだった。騎士叙勲式後のパーティーでダンスが必要になると、式典の三日前に知ったからである。

 それで何とか叩き込んではみたが、付け焼刃にもならなかった。足を踏みそうになったり、転びそうになったり――それでもダンスとしての体裁を保てたのはラザのリードのおかげだった。


「ラザがダンス上手で助かりました」

「これでも貴族側の情報収集も担当していたからね。そういう場所にはよく出入りしていたんだ」


 小さく笑うラザ。それはそれでだいぶ困ったことを話してくれているが――その辺りの詳しい話は、自首した後でもいいだろう。そう考えてユーリは口を挟まなかった。


「叙勲式が終わって、家へ帰ってもずっと君のことが頭から離れなかった。あんなに綺麗でかわいい子が婚約もせずにいたら、あっという間に搔っ攫われてしまうって思ったら居ても立っても居られなくて、親に頼み込んですぐに婚約の打診をしたんだ」

「なるほど? あれは驚きました。私みたいな人間と婚約しようだなんて、ずいぶん変わった方なのだなと」

「君は自分の評価が低すぎるよ。僕がしなければ、絶対に話が殺到していたね」

「それはさすがに言い過ぎです」


 ユーリは確かに自己評価はあまり高くないが、自分という人間の価値くらいは分かる。

 様々な事情を総合して考えると、見事なまでに不良物件なのだ。婚約話が殺到するどころか、閑古鳥が鳴いていたことだろう。

 ユーリがそう言えばラザは首を横に振り「絶対にそう」と言い切った。


「……君が好きなんだ。好きだから婚約を打診したんだ。僕が悪いのは理解してる。だけど婚約解消はしたくない。お願いだよ、僕を捨てないでユーリ……」

「……ラザは私のことが好きだったんですか?」

「好きだよ。大好き」

「初めて言われました」

「えっ」


 ラザはぴしりと固まった。とたんに他の面々からラザに向けられる視線の温度が、ぐっと下がった。


「お前、それはさすがに……」

「ラザさん……?」

「ないだろ。それはないだろ、マジで」

「言ってないの? 一度も? ちゃんと!?」

「いや、それは……あれ? 言ってなかった……?」

「はい」


 ユーリがこくりと頷くと、ラザの顔色が青を通り越して白くなった。

 

「い、いや、でも婚約を申し込んだってことはそういうことだって分かって……」

「貴族同士の婚約は何かしらの利益があるからするのでは」

「…………」

 

 ラザががくりと項垂れた。何だか想像以上にショックを受けられている。

 銀狼の面々はそれぞれラザに何か言っているが、彼の耳には届いていないようだった。

 困ったな、とユーリは思いながら――先ほどのラザの「好き」という言葉を考えていた。

 好きとはもしかしなくても、愛情という意味の好きなのだろうか。


「……私は」

「……?」

「私は愛というものが分かりません」


 ぽつりと、ユーリの口から言葉が零れた。

 ラザが顔を上げる。情けない顔で、少しだけ首を傾げていた。


「誰かから愛されたことも、誰かを愛したこともありません」

「…………」

「だからラザ、ごめんなさい」


 ユーリは頭を下げた。


「あなたからの好意に、まったく気が付いていませんでした」

「……一瞬、振られたかと思った」

「私が振られる側です、ラザ。……自分が酷いことを言っているのは分かるので」


 ユーリは人の心がよく分からない。愛情なんて、その最たる例だ。

 けれどもラザのことは好ましい人物だと思っているし、婚約解消についての話をした時に、ちょっと胸が痛んだ――気がした。


(そう言えば、私はどうしてさっき、笑っていたんでしょう)


 ラザに銃口を突きつけられていた時、笑っていたと彼から言われた。

 まるで自覚していなかったが――あの時自分は何を考えていたのだろうか。


(ラザの、いつもと違う様子が新鮮で、それが面白くて……)


 それで無自覚に笑っていた、らしい。

 どうしてそう思ったのだろう。そう感じたのだろう。

 考えても、ユーリにはやっぱりよく分からない。分からないが――そういうものをラザ以外の人に感じたことはなかった。


「……私、もしかしたらラザのことが好きなのかもしれませんね」

「……えっ!? ユーリ、今何て……」

「え? ……もしかして声に出ていましたか?」


 ユーリは目をぱちりと瞬いて、手で口を押える。心の中のつぶやきが、ふと外に出ていたようだ。

 恐らく、色々なことで頭の中がいっぱいだったからだろう。心の中にしまい切れなかった思考が、口から零れ落ちてしまったらしい。

 失敗したとユーリが言い訳を考えていると、


「ユーリが僕を好きかもしれない……」


 ラザが感極まった様子でそうつぶやいていた。


「……何かよく分からないけど、面倒くさいなお前さんたち」


 そしてリーダーの男は、もうどうでもいいや、と肩をすくめていた。



     ◇ ◇ ◇



 その後、銀狼の頼み通りユーリは彼らを騎士団本部へ連行した。

 とりあえず騎士団長へ報告をしたら、副団長が出て来て上手く動いてくれたあたり、恐らく内通者は彼なのだろうとユーリは思っている。

 そしてラザを含めた銀狼の五人は捕まり裁判にかけられたが――これまでのある意味での功績と国民たちからの嘆願もあって、騎士団長の指示のもと社会奉仕活動を行い罪を償うこととなった。

 これはだいぶ異例の判決だ。きっと思惑やら何やらが複雑に絡み合っているのだろうが、その辺りはユーリのあずかり知らぬところなので、彼女は気にするのをやめた。

 ちなみに騎士団長からは、


「君には辛い役目をさせて申し訳なかったね」


 とのお言葉をもらったが、特に辛いと思っていなかったので、逆に申し訳なくなったが。 

 さて、その「辛い役目」に関係することだが――ラザとの婚約は、結局まだ続いている。

 ひと言で説明すると、リーダーの男が話した『大衆受けの良いストーリー』が採用されたのである。

 おかげでユーリとラザは悲劇を乗り越えた恋人たち、という目で見られている。

 ついでにユーリの特徴でもある鉄仮面も、恋人を想うが故にこうなったという妙な解釈がついていた。謎である。


(皆、そういうのお好きですよね)


 そんなことを考えながら、ユーリはバケットサンドの入ったバスケットを手に、孤児院を目指して歩いていた。

 今日はそこでラザたちが社会奉仕活動の一環として働いているのだ。

 ちょうどユーリは休みだし、せっかくなので差し入れでもと作ってみたのである。


 今回のことがあるまでユーリは、ラザに対してはっきり言って受け身だった。

 人の心が分からない、愛情が分からない。口ではそう言っていたが、自分から知ろうともしていなかった。それでは分かるものも分からないままなのは当然である。

 先日ユーリは、自分がラザのことを好きかもしれないと思った。だからその「好き」について、もっと積極的に知ろうと考えたのである。

 そうしたらいつか、愛情というものも理解出来るようになるかもしれない。


「……あっ、ユーリ!」


 ラザのことを考えながら孤児院の門をくぐると、すぐに彼の声が聞こえてきた。

 彼は庭の草むしりをしていたようだ。首にかけたタオルで汗を拭いて、彼はユーリのところへ駆け寄って来る。


「どうしたの? 今日はお休みじゃなかったの?」

「お休みですよ。なので差し入れに。お好きでしたよね、ローストチキンのバケットサンド」

「うん、好き。もしかしてユーリの手作り?」

「ええ。お口に合うといいんですが」

「合う合う! 合うに決まってるよ! うわぁ、嬉しいなぁ」


 バスケットを軽く持ち上げてみせると、ラザはふにゃりと微笑んだ。

 最近彼は、よくこの笑い方をする。銀狼の仲間たちによると、気負わなくて良くなったから肩の力が抜けたんだろう、ということだ。この笑い方が本来のラザらしい。

 それを知った時にユーリは、月夜の下の妖艶なラザを見た時と同じく、無意識に笑顔になっていたらしい。


(そうか、私……知らないラザを知ることが嬉しいんですね)


 また一つ、新たな気付きだ。

 するとそんなユーリを見て、ラザが目をぱちぱちと瞬いた。


「ユーリ、あの夜みたいに笑ってる」

「そうでしたか?」

「うん、そう。かわいい。何か良いことあった?」

「ええ、とても」


 ユーリはそこで一度言葉を区切り。


「ラザのことを考えると、私はこうなるみたいです」



  了

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