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忘却術師は透明になる 〜記憶を消して人を救う代わりに、俺は誰からも忘れられる〜  作者: 黄昏
第4章:世界の真実

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第65話:二つのリボン


「一人で……ずっと……」


リアの目が、遠くを見ていた。暗い何かを、見つめていた。


「ある日……」


リアの声が、震えた。


「温もりも……消えたの……」


俺は、息を呑んだ。胸に残っていたはずの温もり。最後の砦。それすらも。


「ここに……あったはずなのに……」


リアが、胸に手を当てた。


「気がついたら……何もなかった……」


  *


「暗かった……」


リアが、呟いた。


「どこにも……何もなくて……」

「上も……下も……分からなくて……」


リアの肩が、小さく震え始めた。


「自分が……誰なのかも……」

「どこにいるのかも……」

「分からなくなった……」


俺は、黙って聞いていた。喉が、締め付けられる。


「痛いのは……我慢できた……」


リアが、小さく笑った。笑おうとして、失敗したような顔だった。


「身体が……バラバラになるみたいで……」

「でも……痛みには……終わりがあるから……」

「死ぬのも……怖くなかった……」


リアの声が、掠れた。


「一番怖かったのは——」


沈黙が、落ちた。


リアの目から、光が溢れた。


「約束を……忘れていくこと……」


心臓が、跳ねた。


「『忘れないで』って……私……言ったのに……」


リアの声が、震えた。


「私の方が……忘れていった……」

「約束した人の……名前も……」

「声も……」

「指の温もりも……」


リアの手が、自分の小指を握った。


「指切りげんまん……したのに……」


涙が、頬を伝っている。


「全部……消えていった……」

「暗い中で……一人で……」

「それが……一番……怖かった……」


  *


「でも……」


リアが、顔を上げた。


「声が……聞こえた気がしたの……」


俺は、リアを見た。


「ずっと……暗い中にいて……」

「もう……何も残ってないと思った時に……」


リアの目が、光った。


「小さな声……」

「遠くて……聞き取れなくて……」

「でも……温かかった……」


リアが、胸に手を当てた。


「ここが……震えたの……」

「何も覚えてないのに……」

「ここだけが……反応した……」


リアの目から、涙が溢れた。


「誰かが……呼んでる気がした……」

「『忘れないで』って……」

「『ずっと一緒にいる』って……」


リアが、微笑んだ。泣きながら。


「誰の声か……分からなかった……」

「でも……」

「その声を頼りに……待ってたの……」

「いつか……会えるって……」

「信じて……」


  *


俺は、手を伸ばした。


リアに向かって。


届きそうだった。あと少し。指先が、リアの頬に触れる。そう思った。


すり抜けた。


「……っ」


指先が、リアの輪郭を通り過ぎた。何も触れない。何も掴めない。こんなに近くにいるのに。


「リア……」


声が、震えた。


リアも、手を伸ばした。俺の手に。


すり抜けた。


リアの指が、俺の手のひらを通り抜けていく。光の粒子が、わずかに散った。


「……触れたいのに……」


リアの声が、掠れた。


「こんなに……近いのに……」


リアが、もう一度手を伸ばした。俺の頬に。ゆっくり。丁寧に。祈るように。


すり抜けた。


リアの手が、空を掴んだ。


「……」


リアの肩が、震えた。唇を噛んでいる。泣くのを堪えるように。


「あなたの顔を……触りたかった……」


リアの声が、途切れた。


「温かいって……感じたかった……」


俺は、拳を握った。爪が、掌に食い込む。こんなに近くにいるのに。声は聞こえるのに。顔が見えるのに。手が、届かない。


ここが、限界なのか。俺たちは、もう、触れ合うことすらできないのか。


その時。


左手首が、熱くなった。


「……?」


青いリボンが、光っていた。淡い光ではない。今までとは違う。強く、はっきりと。脈打つように。俺の心臓の鼓動に合わせるように。


「……リア」


リアの髪が、揺れた。赤いリボンが、光っていた。同じように。強く。はっきりと。リアの鼓動に合わせるように。


青と赤。二つの光が、暗い空間の中で呼応している。


「リボンが……」


リアが、呟いた。


光が、動き始めた。


青いリボンから、細い光の糸が伸びた。俺の手首から、リアに向かって。


赤いリボンからも、光の糸が伸びた。リアの髪から、俺に向かって。


二つの糸が、空間の真ん中で触れた。


瞬間——光が、弾けた。


  *


無数の光の粒子が、二人を包み込んだ。


温かい。


手が触れたわけではない。でも、胸の奥が温かい。リアの温もりが、リボンを通して流れ込んでくる。


「あ……」


リアが、目を見開いた。


「感じる……」

「あなたの……温もり……」


俺も、感じた。リアの温もり。小さくて。柔らかくて。確かに、ここにある。


光の中に、何かが見え始めた。映像。記憶。二人の記憶。雨。小さな傘。肩を寄せ合う二人の影。


「これ……」


リアの声が、震えた。


「雨の日……」


映像が変わる。庭。走り回る二人。笑い声。転んで、泣いて、手当てをして、また笑って。


「覚えてる……」


リアが、胸を押さえた。


「身体が……覚えてる……」


映像が変わる。木漏れ日。白い花。秘密の場所。小指を絡めた。


「指の感触……」


リアの目から、光の粒が溢れた。


「約束の……温もり……」


映像が変わる。曇り空。別れの日。青いリボンを手首に巻く小さな手。涙。『忘れないで』。


「……っ」


リアが、声を詰まらせた。光が、二人を包んでいる。青と赤が混ざり合い、淡い紫になっている。温かい。優しい。懐かしい。


「ずっと……」


リアが、呟いた。


「繋がってたんだ……」


リアが、俺を見た。涙を流しながら。でも、微笑んでいた。


「離れてても……」

「暗闇の中にいても……」

「このリボンが……」


リアが、自分の赤いリボンに触れた。


「ずっと……あなたを感じてた……」


俺は、青いリボンを見た。


「俺も……」


声が、掠れた。


「名前を忘れても……顔を忘れても……」

「このリボンだけは……外さなかった……」

「理由も分からないまま……ずっと……」


光の糸が、二人の間を繋いでいる。触れられない手の代わりに。


温かい。


俺は、その温もりの中で、リアを見た。言わなければならないことがあった。


「リア……」

「……うん?」

「このリボンをくれたのは……レオに、だ」


リアが、黙って俺を見た。


「俺は……レオの記憶を持ってる」

「でも……レオそのものじゃない」


胸が、痛い。


「カイ大佐は言った。俺は記憶パターンから生まれた存在だと」


青いリボンの光が、揺れた。


「だから……俺には……」

「お前のリボンを受け取る資格が……」

「——違う」


リアの声が、遮った。静かな声だった。でも、強かった。


俺は、顔を上げた。リアが、俺を見ていた。涙を流しながら。でも、その目は真っ直ぐだった。


「違うよ……」


リアが、俺の左手首を見た。


「このリボンを……受け取ったのは……レオ……」


リアが、一歩、近づいた。


「でも……」

「守り続けたのは……レオン……」


俺は、息を呑んだ。


「記憶を消されても……外さなかった……」


リアの声が、震えた。


「名前を忘れても……守り続けた……」


リアの目から、涙が溢れた。


「それは……レオの記憶じゃない……」


リアが、自分の胸に手を当てた。


「レオンの——心だよ……」


光の糸が、強く脈打った。青と赤が、呼応する。


「あなたは……」


リアが、俺を見た。


「レオでもあり……レオンでもある……」

「どちらも……」


リアの声が、震えた。涙が、止まらない。


「私の……大切な人……」


光が、溢れた。二人を包む光が、強くなった。


「だから……」


リアが、微笑んだ。泣きながら。でも、その微笑みは、確かなものだった。


「私は……あなたを……」

「レオンと……呼ぶね……」

「レオの想いを受け継いだ……」

「私の大切な……レオン……」


  *


涙が、溢れた。止まらなかった。声が、出ない。言葉が、見つからない。


胸が温かい。苦しいほどに。リアの言葉が、胸の中に沈んでいく。


レオの記憶じゃない。レオンの、心。


俺は。俺で、良かったのか。


「……ありがとう」


それしか、出てこなかった。


「ありがとう……リア……」


声が、震えた。涙が、頬を伝っていく。リアも、泣いていた。


「こっちこそ……」


リアが、微笑んだ。


「ありがとう……レオン……」

「あなたが……覚えていてくれて……」


リアの声が、途切れた。


「それだけで……」


涙が、溢れた。


「幸せだった……」


  *


光の糸が、ゆっくりと細くなっていく。リボンの光も、少しずつ落ち着いていく。


でも、消えない。完全には、消えない。


淡い光が、二つのリボンに残っている。


あの日。雨の日に出会った。

あの日。傘の下で約束した。

あの日。リボンを交換した。

あの日。離れ離れになった。

あの日。暗闇の中で、声を聞いた。


そして、今。二つのリボンが、また繋がった。


手は届かない。触れられない。


でも——リボンの光が、二人を繋いでいる。


消えない光。消せない絆。


たとえ記憶が消されても。たとえ名前を忘れても。


心が覚えている。


このリボンが、その証だった。


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