第61話:リアの正体
朝の光が、部屋を満たしていた。俺は、ミラを見た。
「行こう」
「はい」
ミラが、頷いた。
ガロウたちは、まだ昨日の話を整理している最中だろう。自分が生成された存在だという事実。それを受け止めるには、時間がいる。
でも、俺にはカイ大佐に個人的に聞きたいことがあった。リアのこと。青いリボンの意味。俺とリアの、本当の関係。
これは、俺自身の問題だ。
*
システムコア。
メモリアルタワーの最下層。青白い光が満ちる空間。カイ大佐が、システムコアを見上げていた。
「早いな。他の者はどうした」
「大佐。皆が揃う前に聞きたいことがあります」
俺は、一歩前に出た。
「リアのことを教えてください」
カイ大佐は、俺を見た。
「昨日、俺は自分が何者か知りました。レオという人間の記憶から作られた存在だと」
「俺は俺だと、自分を認めることができました。ミラが教えてくれた」
俺は、左手首を見た。青いリボン。
「でも、まだ分からないことがある」
「……」
「リアとの関係。このリボンの本当の意味。俺にとって、リアが何者なのか」
カイ大佐は、しばらく俺を見ていた。
「……いいだろう」
カイ大佐は、光の柱に背を向けた。
「リアについても、話そう」
*
「リアは、私の娘だ」
カイ大佐は、淡々と言った。
「それは、前に聞きました」
「ああ。だが、まだ話していないことがある」
カイ大佐は、遠くを見るような目をした。
「リアは……」
一瞬、間があった。
「7年前に、死にかけた」
俺は、息を呑んだ。
「戦争が激化していた頃だ。中心市街地が攻撃を受けた」
カイ大佐の声は、平坦だった。でも、どこか硬かった。
「リアは、その時18歳だった。瓦礫の下敷きになった。救出された時には、もう手遅れだった」
「……」
「医師から……」
カイ大佐の声が、わずかにかすれた。
「余命数日と、告げられた」
*
沈黙が、落ちた。
俺は、カイ大佐を見ていた。その横顔には、何の感情も浮かんでいないように見えた。でも、拳が、わずかに握られていた。
「私は、諦められなかった」
カイ大佐は、続けた。
「当時、OBLIVIONはまだ実験段階だった。意識をデータ化し、仮想空間に保存する技術。理論上は可能だが、実用化には程遠かった」
「……」
「私は、それを使った」
カイ大佐は、光の柱を見上げた。
「娘の意識を、このシステムにアップロードしようとした」
俺は、何も言えなかった。カイ大佐は、目を閉じた。
「結果は、失敗だった」
*
「失敗……?」
「リアの意識は、アップロードされた。だが、完全な形では保存できなかった」
カイ大佐の声が、低くなった。
「意識が、断片化した」
「断片化……」
「リアの記憶、人格、感情。それらがバラバラになり、システム全体に散らばった」
俺は、その言葉の意味を理解しようとした。
「リアの意識の欠片が、システムのあちこちに漏れ出した」
カイ大佐は、俺を見た。
「それが、この世界で起きるエラーの原因だ」
*
「リアを、元に戻すことはできないんですか」
俺は、聞いた。
「できない」
カイ大佐は、首を横に振った。
「リアの意識は、すでにシステムの根幹に絡みついている。無理に引き剥がせば、OBLIVION全体が崩壊する」
「……」
「だから、私はこのタワーを作った」
カイ大佐は、周囲を見回した。
「メモリアルタワー。忘れられた者の記憶を保管する塔。表向きはそういうことになっている」
「表向きは……?」
「本当の目的は、リアの保存だ」
カイ大佐の声は、静かだった。
「散らばったリアの意識を、少しでも集めて保管する。完全には戻せなくても、消えてしまわないように」
俺は、このタワーでの出来事を思い出した。以前、リアに会った場所。光の粒子が集まって、少女の姿を形作った場所。
「リアは、このタワーの中にいるんですか」
「一部は」
カイ大佐は、頷いた。
「感情共鳴ログとして保存されている。完全な人格ではないが、リアの想いは確かに残っている」
*
俺は、左手首を見た。
青いリボン。
「このリボンは……」
「それは、リアがレオに渡したものだ」
カイ大佐は、俺の手首を見た。
「なぜ、俺がこれを持っているんですか」
「お前は、レオの記憶パターンから作られた。リボンへの想いも、一緒に継承された」
俺は、カイ大佐を見た。
「そのリボンには、リアの強い想いが込められている」
カイ大佐は、続けた。
「お前がそれを持っている限り、リアの意識はお前に引き寄せられる」
「引き寄せられる……」
「以前、お前がタワーの深部でリアに会えたのは、そのリボンのおかげだろう」
俺は、リボンに触れた。色褪せた布。ほつれた端。でも、確かに温かい気がした。
「リボンが、リアを繋ぎ止めているんですか」
「そうだ」
カイ大佐は、頷いた。
「断片化したリアの意識を、一時的に集める鍵になる」
*
俺は、青いリボンを見つめていた。
リアは、ずっとここにいたんだ。
断片になりながら、消えずに。
あの時、光の粒子の中で微笑んだ少女。『忘れないで』と言った、あの声。
胸が、締め付けられた。
「大佐」
俺は、顔を上げた。
「リアに、会いに行きます」
カイ大佐は、俺を見た。
「……行ってこい。皆が揃うまで、少し時間がある」
カイ大佐は、一度目を閉じた。
「皆が揃ったら、話さなければならないことがある。だが、それは後だ」
「……」
「お前には、その権利がある」
*
俺は、立ち上がり、歩き出した。ミラが、隣に並んだ。
カイ大佐の声が、背中に届いた。
「レオン」
振り返ると、カイ大佐が俺を見ていた。普段の冷静さの奥に、何かが滲んでいた。
「リアを……頼む」
その声には、今まで聞いたことのない響きがあった。父親の声だった。
俺は、頷いた。
そして、タワーの深部へ向かって歩き始めた。青いリボンが、微かに温かい気がした。
リアが、待っている。




