第58話:生成された存在
光の柱が、静かに脈動している。
俺は、浮かび上がった文字を見つめていた。
『ENTITY』
『CONSCIOUSNESS』
『GENERATED』
意味は、分からない。でも——嫌な予感がする。
「……レオン伍長」
ミラが、俺の隣に立っていた。その手が、そっと俺の腕に触れる。
俺は、頷いた。
*
しばらくの間、誰も口を開かなかった。光の柱だけが、静かに脈動している。青白い光が、空間を満たしている。
ガロウは壁に背を預け、腕を組んでいる。ミラは俺の隣で、静かに立っている。
カイ大佐は、光の柱の前で、何かを待っているようだった。
どれくらい経っただろう。
足音が、響いた。
*
振り返ると、アリアとニナが階段を降りてくるところだった。
アリアは、周囲を見回しながら降りてきた。光の柱を見て、眉を上げる。
「なにこれ……」
ニナは、アリアの後ろに立っていた。不安そうに、俺たちを見ている。
「来たか」
カイ大佐の声。
「大佐、急に呼び出して、何事?」
アリアが、肩をすくめた。
「レオン……」
ニナが、俺を見た。その目に、静かな心配が浮かんでいる。
「何が、起きているんですか……?」
カイ大佐は、全員を見回した。
「今から話す」
「全員、聞け」
*
沈黙が、落ちた。
カイ大佐は、光の柱を背にして立っていた。
「単刀直入に言う」
カイ大佐は、俺たちを見た。
「お前たちは——システムが生成した存在だ」
静寂。
「……は?」
アリアが、呆れたような声を出した。
「大佐、何言ってるの」
「この世界——OBLIVIONは、仮想世界だ」
カイ大佐は、続けた。
「そして、お前たちは——その世界の中で生成された意識体だ」
「意識体?」
アリアは、肩をすくめた。
「私たちが作り物って?」
軽い口調。でも、目は笑っていない。
「ちょっと、信じられないんだけど」
アリアは、カイ大佐を見た。
「大佐、頭大丈夫? 急にどうしたの」
ニナは、何も言わなかった。ただ、呆然とカイ大佐を見つめている。
カイ大佐は、黙って空中に手を翳した。
すると、光の柱が揺らぎ——空間の一部が、剥がれた。
「……っ」
アリアの目が、見開かれた。
剥がれた空間の下に、無数の光の線が流れている。データの奔流。文字と数字が、絶え間なく流れていく。
「これが……」
ニナの声が、小さく響いた。
「これが、この世界の正体だ」
カイ大佐は言った。
「そして——お前たちも、このデータから生成された」
*
沈黙が、落ちた。
アリアは、剥がれた空間を見つめていた。
「……マジで?」
呆れたような声。でも、震えている。
「……ちょっと待って」
アリアは、壁に手をついた。
「整理させて……」
軽口は、もう出てこなかった。
ニナは、黙っていた。目に、涙が滲んでいる。でも、崩れ落ちはしない。
「……私たちは……作られた……」
静かな声。
*
「……そうか」
ガロウの声。振り返ると、ガロウが壁から背を離していた。
「俺たちは、作り物か」
その声は、静かだった。
アリアとニナが、ガロウを見た。
「なら——死んでいった仲間たちも、作り物だったってことか」
ガロウは、天井を見上げた。その声に、わずかな震えがあった。
「ザック。モーガン。ハンナ……」
名前を、呟いている。
「あいつらも……最初から、作られた存在だったのか」
沈黙が、流れた。
「……でも」
ガロウは、言った。
「あいつらがいたことは、事実だ」
ガロウは、拳を握った。
「俺があいつらと戦ったことは、事実だ。あいつらが俺を助けてくれたことも、事実だ」
「作り物だろうが何だろうが——それは変わらねえ」
ガロウの声は、低かった。でも、どこか穏やかだった。
「俺は——受け入れる」
「あいつらがいたことを、否定しない」
*
「……私の気持ちも」
ニナの声。静かだった。
「最初から……決められていたの……?」
ニナは、自分の胸に手を当てた。
「嬉しいと思ったことも……」
「悲しいと思ったことも……」
「みんなと一緒にいて……楽しいと思ったことも……」
涙が、一筋流れた。
「全部……プログラムだったの……?」
*
俺は、胸が締めつけられた。
ニナは、俺のことを覚えていてくれた。『心が覚えている』と言ってくれた。その言葉が、今も胸に残っている。
「……ニナ」
俺は、一歩前に出た。
ニナが、顔を上げた。涙で濡れた目が、俺を見ている。
「お前は、前に言ってくれたよな」
俺は、言った。
「『心が覚えている』って」
ニナの目が、わずかに見開かれた。
「記憶は消えても、心は覚えているって」
俺は、ニナを見た。
「それは——プログラムじゃない」
「……」
「プログラムなら、記憶を消したら終わりだ」
俺は、言った。
「でも、お前の心は覚えていた。記憶がなくても、俺のことを覚えていた」
「それは——お前自身の感情だ」
ニナは、黙って聞いていた。涙が、静かに頬を伝っていく。
「作られた存在でも、感情は本物だ」
俺は、言った。
「お前が嬉しいと思った気持ち。悲しいと思った気持ち。みんなと一緒にいて楽しいと思った気持ち」
「それは——お前のものだ」
「誰かに決められたものじゃない。俺はそう思う」
ニナは、静かに涙を拭った。
「……そう、ですね」
小さな声。でも、落ち着いている。
「心が……覚えている」
ニナは、胸に手を当てた。
「私の気持ちは……私のもの……」
完全には納得していない。でも——少しだけ、光が見えたような表情だった。ニナは、小さく頷いた。
「……ありがとう。レオン」
*
「……」
アリアは、ずっと黙っていた。壁に手をついたまま、剥がれた空間を見つめている。
「……アリア」
俺は、声をかけた。アリアは、ゆっくりと顔を上げた。
「……ごめん、ちょっと無理」
アリアは、軽く笑おうとした。でも、笑えていなかった。
「頭では分かるんだけど……気持ちが追いつかない」
「……ああ」
「私さ、ほどほどにしてきたじゃん」
アリアは、壁にもたれた。
「危ないことは避けて、存在率も気にして」
「でも……そもそも私が作り物だったら、何を守ってたんだろうね」
軽い口調。でも——目は、笑っていなかった。
「……少し、時間ちょうだい」
アリアは、それだけ言った。
*
沈黙が、流れた。
俺は、仲間たちを見回した。
ガロウ。静かに受け入れている。
ニナ。涙の跡が残っているが、穏やかな表情に戻りつつある。
アリア。まだ混乱しているが、なんとか立っている。
ミラ。俺の隣で、静かに立っている。
みんな——それぞれの形で、受け入れようとしている。
*
「大佐」
俺は、言った。
「俺たちが意識体だということは分かった」
カイ大佐が、俺を見た。
「でも——さっき、大佐は言った」
俺は、カイ大佐を見据えた。
「『お前は特別だ』と」
カイ大佐は、黙っていた。
「俺は——他の意識体とは違うのか」
沈黙が、落ちた。
全員の視線が、カイ大佐に集まる。カイ大佐は、しばらく黙っていたが——口を開いた。
「ああ」
「レオン。お前は——他の意識体とは、成り立ちが違う」
俺は、息を呑んだ。
「どう……違う」
「それを、今から話す」
カイ大佐は、俺を見た。
「お前が——何者なのかを」
光の柱が、揺らいだ。
新たな文字が、浮かび上がる。
『LEON』
『ORIGIN』
『REAL』
俺は——何者なんだ。




