第57話:本物の救い
沈黙が、落ちていた。
「本物……?」
俺は、床に手をついたまま、カイ大佐を見上げた。
「どういう……ことだ……」
カイ大佐は、光の柱を見上げた。
「この世界の名前は、OBLIVION」
「心の傷を癒やすために作られた世界だ」
俺は、顔を上げた。
「現実世界には、戦争で心を病んだ人々がいる。彼らは医療用のカプセルに横たわり、この世界に意識だけを送り込んでいる」
カイ大佐は、俺を見た。
「お前が救った人々。エリカ。トーマス。エマ。彼らは全員、現実世界に存在する本物の人間だ」
*
本物。俺がやってきたことは、無駄じゃなかった。胸の奥が、少しだけ軽くなった。でも。
「……俺は」
声が、出た。
「俺は、どうなんだ」
カイ大佐が、俺を見た。
「救った人々は本物の人間だった。じゃあ——俺は?」
俺は、自分の手を見た。
「この世界がデータなら……俺も、データなのか」
「俺は——最初から、作り物だったのか」
作り物。その言葉が、頭の中で響いている。
エリカを救いたいと思った。あの気持ちは——最初から、プログラムされていたのか。
トーマスの苦しみに触れて、胸が痛んだ。あの痛みは——データが生成したものだったのか。
エマの小さな手を握った時、守りたいと思った。あの想いは——俺のものじゃなかったのか。
マルコと笑い合った。
ガロウと肩を並べた。
ミラと手を繋いだ。
全部——最初から、作られていたのか。
「俺が感じてきた全ては」
声が、震えた。
「最初から——決められていたのか」
膝が、崩れる。
「俺は……何だったんだ」
*
「……レオン伍長」
ミラの声。顔を上げると、ミラが俺の前に立っていた。その目が、真っ直ぐ俺を見ている。
「ミラ……」
「私には——分かりません」
ミラの声が、震えていた。
「あなたが作り物かどうか。私には、分かりません」
俺は、黙っていた。
「でも」
ミラは、一歩近づいた。
「私にとって——あなたは本物です」
「……え」
「あなたに救われました」
ミラの目から、涙が溢れた。
「あなたに守られました」
「あなたがいてくれて——私は、嬉しかった」
ミラの声が、震えている。
「初めて会った時、あなたは私に優しくしてくれました」
「誰も信じてくれなかった時、あなたは私を信じてくれました」
「一人だった私の隣に——あなたは、いてくれました」
涙が、ミラの頬を伝っていく。
「それは——嘘じゃない」
ミラは、俺を見た。
「世界が作り物でも。あなたが作り物でも」
「私が感じたことは——本物です」
「あなたは——私にとって、意味のある人です」
意味のある人。ミラの言葉が、胸に染みていく。俺は、作り物かもしれない。俺が感じてきた全ては、プログラムかもしれない。
でも——ミラが感じたことは、本物だった。俺がここにいたことは、ミラにとって意味があった。
「……ミラ」
声が、震えた。喉の奥が、熱い。作り物でも——誰かにとっては、意味があった。作り物でも——誰かの役に立てた。俺は——無駄じゃなかった。
「ありがとう」
視界が、滲んでいく。
「ありがとう……ミラ」
涙が、流れた。止めようとは、思わなかった。
「良かったな」
振り返ると、ガロウが壁に背を預けていた。ガロウの声は低かったが、どこか温かかった。
「お前が何者でも——意味はあったってことだ」
俺は、頷いた。
「……ああ」
*
沈黙が、流れた。
俺は、涙を拭って、立ち上がった。
「カイ大佐」
俺は、言った。
「……世界のことは、分かった」
俺は、カイ大佐を見た。
「では、俺たちは何なんですか」
カイ大佐は、答えなかった。
「作り物だとして——何のために作られた」
ミラも。ガロウも。アリアも。マルコも。ニナも。
ニナ。あの子は、俺のことを覚えていた。記憶を消したのに——『心が覚えている』と言っていた。
「俺たちは——何なんだ」
*
長い沈黙。
カイ大佐は、光の柱を見上げた。
「それは、次に話す」
その声は、重かった。俺は、一歩前に出た。
「今すぐ教えてくれ」
カイ大佐が、俺を見た。
「待てない。ここまで来て、待てるわけがない」
カイ大佐は、俺を見ていた。しばらく、黙っていた。そして、小さく頷いた。
「……いいだろう」
カイ大佐が、空中に手を翳した。
「アリア。ニナ。メモリアルタワーの最下階……システムコアに来い。レオン達もいる」
空間に、声が響いた。
「次に話すことは——お前たちだけでなく、この世界に生きる全ての者に関わる」
光の柱が、揺らいだ。文字が、浮かび上がる。
『ENTITY』
『CONSCIOUSNESS』
『GENERATED』
俺は、その文字を見つめた。
俺たちの正体が——明かされようとしている。




