第56話:偽りの世界
沈黙が、落ちた。
光の柱が、脈動している。青白い光が、空間を満たしている。文字と数字が、渦巻いている。
『OBLIVION』
『SYSTEM』
『MEMORY』
俺は、カイ大佐を見た。ガロウも、ミラも、緊張している。カイ大佐は、光の柱を見上げていた。
長い沈黙。そして——
「始めよう」
カイ大佐は、俺たちを見た。
「この世界の——本当の姿を」
*
カイ大佐は、ゆっくりと口を開いた。
「お前たちが暮らしているこの世界——」
一拍、間を置く。
「この世界は——」
カイ大佐の目が、俺を見た。
「作られた世界だ」
*
「……何を、言っている」
俺は、呟いた。頭が、ついていかない。
「作られた……世界……?」
「そうだ」
カイ大佐は、頷いた。
「この世界は——本当の世界ではない」
「ふざけるな」
ガロウの声。低く、怒りを含んでいた。
「何を言ってる」
ガロウが、一歩前に出た。
「俺が生きてきた世界が——」
「作り物だと?」
カイ大佐は、答えなかった。ただ、静かに立っていた。
「嘘だ」
俺は、首を横に振った。
「そんなの——ありえない」
「この世界が偽物だなんて——」
「信じられないだろう」
カイ大佐は、静かに言った。
「だが——それが真実だ」
「……証拠を見せろ」
ガロウが、睨みつけた。
「証拠もなしに、信じられるか」
カイ大佐は、頷いた。
「……いいだろう」
カイ大佐が、空中に手を翳した。
「見せよう」
「この世界の——本当の姿を」
*
——瞬間。空間が、歪んだ。
「な……」
俺は、息を呑んだ。目の前の空気が——裂けた。その裂け目から、数字の羅列が溢れ出す。
『0x4F424C4956494F4E』『SYSTEM_CORE_ACCESS_GRANTED』『MEMORY_LAYER_3_ACTIVE』
「これは……」
ガロウの声が、震えた。
カイ大佐が、手を動かす。すると——壁が、消えた。いや、違う。壁の「表面」が——剥がれた。
その下には——無数の光の糸。青白い。金色。銀色。縦横に走り、交差し、絡み合っている。
「何だ……これ……」
俺は、呟いた。壁だと思っていたものが——光の糸で編まれている。床も。天井も。
カイ大佐が、さらに手を動かす。光の糸の一部が、浮き上がった。
カイ大佐がそれに触れる。瞬間——目の前に、映像が浮かんだ。
街の風景。人々が歩いている。でも——その人々の周りにも、文字が流れている。
断片的な数字。文字。——全てが、データだった。
「これは……街の……」
俺は、声を震わせた。
「全てが、データだ」
カイ大佐は、静かに言った。
「この世界の——全てが」
カイ大佐が、手を戻す。壁が、元に戻った。まるで——何もなかったかのように。
「嘘、だ……」
ガロウが、呟いた。
「こんなの……」
俺は、自分の手を見た。この手も——データなのか?壁を触った。冷たい。硬い。でも——その下には、光の糸が流れている。
「そんな……」
俺は、呟いた。頭が、混乱している。
「じゃあ……」
「俺が生きてきたことは……」
俺が見てきた景色。
俺が触れてきたもの。
俺が出会ってきた人々。
ミラの笑顔。
ガロウの背中。
マルコの言葉。
青いリボンを、俺に結んでくれた——
少女の顔。
リア。
そして——
エリカ。
トーマス。
エマ。
みんな——
「全部……嘘だったのか……」
声が、震えた。
「……レオン伍長」
ミラの声。振り返ると——ミラが、俺の肩を支えていた。その手も、少し震えている。でも——ミラは、何も言わなかった。
俺は、ミラを見た。
ミラは——どこか、申し訳なさそうな顔をしていた。
「……お前、知ってたのか」
ミラは、答えなかった。ただ——小さく、目を伏せた。——今は、それどころじゃない。俺は、カイ大佐に向き直った。
「俺が救った人々は……」
胸が、苦しい。呼吸が、できない。
「俺は……」
「何のために……」
膝が、崩れる。床に、手をつく。
「俺は……何のために……」
存在が薄くなるまで——忘却術を使い続けたんだ。
「意味は……あったのか……」
*
「ふざけるな!」
ガロウの叫び声。振り返ると——ガロウが、カイの胸倉を掴んでいた。
「俺の仲間が死んだのも——」
ガロウの目に、涙が浮かんでいた。
「あいつらが流した血も——」
「あいつらが守ろうとしたものも——」
「全部——」
「全部、偽物だったと言うのか!」
ガロウの声が、震えている。その手が、震えている。
カイ大佐は、ガロウの手を——静かに外した。
「……すまない」
カイ大佐の声が、低く響いた。
「お前たちを——」
カイ大佐は、目を閉じた。
「ずっと、騙していた」
その声は、重かった。
「許せとは、言わない」
カイ大佐の拳が、震えている。
沈黙が、落ちた。
俺は、床に手をついたまま、動けなかった。ミラは、俺の肩を支えてくれていた。ガロウは、拳を握りしめていた。カイ大佐は、目を閉じたまま、立っていた。
——全てが、嘘だった。
この世界が。
俺が生きてきた全てが。
偽物だった。
*
「だが——」
カイ大佐の声。
俺は、顔を上げた。カイ大佐が、俺を見ていた。その目には——何か、必死なものがあった。カイ大佐は、言った。
「お前が救った人々は——」
一拍、間を置く。
「本物の人間だ」
——沈黙。
「……本物?」
俺は、呟いた。
「どういう……ことだ……」
この世界が偽物なのに——救った人々は、本物?
「それは……」
ガロウも、混乱している。
「どういう意味だ」
ミラも、カイ大佐を見ている。カイ大佐は、光の柱を見上げた。
「それも話そう」
その声は、重く、低かった。
「この世界が——何のために作られたのかを」




