第55話:扉の前で
夜明け前。
空は、まだ暗い。東の空が、わずかに白み始めている。俺とミラは、メモリアルタワーの前に立っていた。青白い光を放つ巨大な塔。見上げると、首が痛くなるほど高い。
「待ってたぜ」
低い声。振り返ると、ガロウが立っていた。
「ああ」
「予定通りだな」
ガロウは、タワーを見上げた。
「警備の交代は、夜明け前後。そこが一番手薄になる」
「シャドウの時代に、何度かここを通った記憶がある。断片的だが……覚えてる」
「頼りにしてる」
「任せろ」
ガロウは、タワーの裏手を指した。
「裏口がある。そこから入る」
俺は、ミラを見た。ミラは、小さく頷いた。
「行こう」
三人で、歩き出した。
*
裏口は、ひっそりと存在していた。普通なら気づかない。壁と同化するような、目立たない扉。
ガロウが、扉に手をかけた。
「鍵は……」
「開いてる」
ガロウの声が、低くなった。
「おかしいな。本来なら、厳重に施錠されているはずだ」
「……罠か」
「分からない。だが」
ガロウは、俺を見た。
「引き返すか」
「……いや」
俺は、首を横に振った。
「ここまで来て、引き返せない」
ガロウは、頷いた。
「そうだな」
扉が、開いた。暗い通路が、奥へと続いている。三人で、中に入った。
*
通路は、長かった。薄暗い。非常灯だけが、ぼんやりと足元を照らしている。
「この先に、下へ続く階段がある」
ガロウが、前を歩きながら言った。
「最深部は、地下だ。相当深い」
「どれくらいだ」
「分からない。俺も、最深部には入ったことがない」
ガロウの声が、少し緊張している。
「シャドウの時代でも、ここは禁域だった」
「管理者権限を持つ者以外、誰も入れない」
階段が見えた。下へ、下へと続いている。闇の中へ。
「行くぞ」
三人で、階段を下り始めた。
*
階段を下り続けた。空気が冷たく、重くなる。
「……レオン伍長」
ミラの声が、震えている。
「見えますか。あれ」
「ああ」
俺は、頷いた。ノイズだ。
壁に。天井に。空気の中に。数字の羅列が、流れている。文字の断片が、明滅している。以前よりも、はるかに激しい。
「なんだ、これは……」
ガロウの声。驚いている。
「お前にも、見えるのか」
「ああ。見える」
ガロウは、周囲を見回した。
「何だ、この数字は。文字は……何が起きてる」
俺は、答えられなかった。
「最深部だからでしょう」
ミラが、静かに言った。
「ここでは……世界の境界が、曖昧になります」
「だから、誰にでも見えてしまうのかもしれません」
ガロウは、ミラを見た。何か言いかけて、口を閉じた。
「酷くなってる」
ミラが、呟いた。
「ノイズが。前よりも、ずっと」
俺は、頷いた。これほど激しいノイズは、初めてだ。
「進もう」
俺は、言った。
「答えは、この先にある」
*
階段を下り切った。
目の前に、巨大な扉があった。金属製。重厚。両開き。
そして、扉の上に、文字が浮かんでいた。
『OBLIVION』
あの文字だ。ノイズの中で見た、あの文字。
「OBLIVION……」
ガロウが、呟いた。
「何だ、これは。何を意味してる」
「分からない」
俺は、首を横に振った。
「でも、この先に、答えがある」
扉に、手をかけた。重い。でも……動く。ゆっくりと、扉が開いた。
*
目を、奪われた。
巨大な空間。天井が見えないほど高い。そして、光。無数の光が、空間を満たしている。
光の糸が、縦横に走っている。青白い。金色。銀色。様々な色の光が、交差し、絡み合い、流れている。
「これは……」
ガロウが、息を呑んだ。
「何だ、ここは……」
中央に、光の柱があった。天へと伸びている。いや、天井を突き抜けて、さらに上へ。その光の柱の周りを、文字と数字が渦巻いている。
『OBLIVION』
『SYSTEM』
『MEMORY』
『ERROR』
断片的な文字。意味は分からない。でも、ここが、タワーの中枢だということは分かった。
「ここに……」
俺は、呟いた。
「全ての答えが……」
*
「——待っていた」
声が、響いた。
振り返る。光の中から、影が現れた。逆光で、顔が見えない。だが、その声は、知っている。
「カイ大佐……」
影が一歩前に出る。黒い軍服。白髪交じりの髪。鋭い黒い瞳。カイ大佐だった。
「……」
俺は、身構えた。ガロウも、ミラも、緊張している。
「お前たちが来ることは、分かっていた」
カイ大佐は、静かに言った。
「裏口の鍵を開けておいたのも、私だ」
「……なぜ」
「反逆者として捕らえることもできた。だが……」
カイ大佐の目が、俺を見た。
「お前たちがここまで来たということは」
「もう、止められないということだ」
カイ大佐は、光の柱を見上げた。
「それに……時間も無くなった」
光の柱が、揺らぐ。
「システムが、限界に近い」
カイ大佐は、小さく息を吐いた。
「予定より早いが……全てを話す時が来た」
*
カイ大佐の声が、響いた。
「この世界の真実を」
光の柱が、揺らいだ。
「私の罪を」
ノイズが、激しくなる。
「そして」
カイ大佐は、俺たちを見た。レオン。ミラ。ガロウ。三人を、順番に。
「お前たちが何者なのかを」
*
沈黙が、落ちた。
「覚悟はあるか」
カイ大佐の声が、低くなった。
「知れば、もう戻れない」
「お前たちは、二度と……同じ目で世界を見られなくなる」
俺は、拳を握りしめた。
ここまで来た。反逆までして、ここまで来た。胸の奥で、何かが燃えている。知りたい。全てを。
「……覚悟は、できています」
俺は、答えた。
「俺は……知りたい。全てを」
ガロウが、頷いた。
「俺もだ。俺の記憶を消した理由。監視をつけた理由。全部、聞かせてもらう」
ミラが、俺の手を握った。その手は、冷たく——少しだけ、震えていた。
「私も……覚悟は、できています」
カイ大佐は、俺たちを見た。しばらく、黙っていた。
そして、小さく、息を吐いた。
「……そうか」
カイ大佐は、小さく肩を落とした。その声は、低く、重かった。
「では、始めよう」
カイ大佐は、光の柱を見上げた。その横顔は、どこか、寂しそうだった。
「この世界の……本当の姿を」
*
光の柱が、一瞬だけ——脈打った。
まるで、心臓のように。
第3章「真実への道」完
次章予告
全てが明かされる。
この世界が、何なのか。 住人たちが、何者なのか。 そして——レオンが、何者なのか。
「俺たちは……何なんだ……」
忘却を超えて、真実へ——
第4章「世界の真実」、開幕。




