第51話:アリアの警告
翌日の夕方。
昨夜見た夢が、まだ頭に残っている。シャドウ部隊での記憶。冷たい自分。そして——ニナを救った瞬間。
あれは、俺の過去だ。封じられていた、本当の過去。
「レオン伍長」
ミラが、紅茶を淹れてくれた。
「ありがとう」
受け取る。温かい。
ミラの表情が、少し硬い。何か言いたそうな顔。でも、言わない。
最近、ずっとそうだ。
*
ノックの音がした。
「レオン、いる?」
聞き覚えのある声。明るくて、軽くて。
「……アリアか」
「入るよー」
ドアが開いた。茶色のショートヘア。緑色の瞳。アリアが立っていた。
「久しぶり」
軽く手を挙げる。部屋に入ってきて、俺の顔を見る。
「……また薄くなってない?」
「……そうか」
「そうかって」
アリアが、呆れたように笑った。
「自覚ないわけ?」
アリアが、椅子に座った。ミラと目が合う。小さく頷き合っている。
「ミラちゃんに頼まれたの」
アリアが、言った。
「最近のレオン、様子がおかしいって」
ミラを見た。ミラは、少し俯いている。
「心配だったんです」
小さな声。
「だから私が来てあげたってわけ」
アリアが、肩をすくめた。
「この子、必死だったよ」
アリアが、ミラを見ながら言った。
「レオンが心配で。でも、自分じゃ止められなくて」
「だから私に連絡してきた」
ミラが、さらに俯く。
「……ちゃんと頼れるじゃん」
アリアが、ミラの肩を軽く叩いた。ミラが、驚いたように顔を上げる。
「偉いよ、ミラちゃん」
ミラの目が、少し潤んだ。
「……ありがとう、ございます」
*
「で」
アリアが、俺を見た。
「どのくらいまで落ちてるの。存在率」
「……」
俺は、答えられなかった。正確な数字は、分からない。ただ、下がっているのは感じていた。
「ミラちゃん」
「はい」
ミラが、少し躊躇いながら答えた。
「62%です」
62%。
あの時、存在の錨が発現した時、68%まで落ちた。それが71%まで回復した。
それが、また62%。あの時より、低い。
「やっぱり」
アリアが、腕を組んだ。
「無茶してるでしょ」
「……」
否定できなかった。
「何があったの。最近」
「……色々あった」
「色々って何よ」
「……」
俺は、少し考えた。アリアに話すべきか。
でも——話した方がいいのかもしれない。自分の中で、整理するためにも。
「シャドウ部隊って、知ってるか」
「シャドウ?」
アリアが、首を傾げた。
「聞いたことない」
「俺も、最近まで知らなかった」
俺は、話し始めた。ガロウのこと。ニナのこと。昨夜の夢のこと。
アリアは、黙って聞いていた。
*
「つまり」
話し終えると、アリアが言った。
「レオンは、シャドウ部隊にいた」
「ああ」
「で、記憶を消されてた」
「ああ」
「それが、最近になって戻ってきてる」
「断片的にだが……ああ」
アリアが、腕を組んだ。
「それ全部、カイ大佐に繋がってるじゃん」
*
その言葉に、俺は黙った。
「シャドウ部隊のことも、レオンの記憶を消したのも」
「全部、カイ大佐でしょ」
「……ああ」
「なんで聞きに行かないの」
アリアの目が、真っ直ぐ俺を見た。
「本人に」
俺は、答えられなかった。なぜ、カイ大佐に会いに行かないのか。
「……」
「怖いの?」
「いや」
違う。怖いわけじゃない。
「じゃあ、なんで」
「……」
俺は、言葉を探した。
「カイ大佐は……俺の記憶を消した人だ」
「うん」
「でも……俺を忘却術師にしてくれた人でもある」
「……」
「敵なのか、味方なのか……分からない」
アリアは、黙って聞いていた。
「その人の言葉を……信用していいのか、分からなかった」
「また嘘をつかれるかもしれない」
「都合のいいことだけ話されるかもしれない」
「俺には……それを判断する材料がなかった」
「だから……まず自分で情報を集めたかった」
「カイ大佐に会う前に」
「自分で、真実に近づきたかった」
「……なるほどね」
アリアが、頷いた。
「カイ大佐の言葉を鵜呑みにしたくなかった」
「……ああ」
「だから、ガロウさんとか、ニナって人から話を聞いた」
「ああ」
「で」
アリアが、俺を見た。
「揃ったの?」
その言葉に、俺は止まった。揃ったのか。情報は。
ガロウから聞いた話。シャドウ部隊。記憶操作。
ニナから聞いた話。俺が冷たい兵士だったこと。でも、変わったこと。
昨夜の夢。シャドウ部隊での記憶。ニナを救った瞬間。
タワーの少女。赤いリボン。青いリボンとの繋がり。
全部が——繋がり始めている。
「……」
俺は、考えた。
まだ分からないことはある。あの少女が誰なのか。俺と彼女の関係。青いリボンの本当の意味。
でも——それを知っているのは、カイ大佐だけだ。ガロウも、ニナも、断片しか知らない。全体を知っているのは——カイ大佐だけ。
「……揃った」
俺は、言った。
「少なくとも……カイ大佐に確認できるだけの材料は」
アリアが、少し笑った。
「じゃあ、行けばいいじゃん」
「……そうだな」
「全部教えてもらえるとは限らないけど」
「分かってる」
「カイ大佐が本当のことを言うとも限らないけど」
「分かってる」
「でも、確認はできる」
「ああ」
俺は、頷いた。
「自分が集めた情報が……正しいかどうか」
「カイ大佐の反応を見れば……分かることもある」
アリアが、立ち上がった。
「よし」
「じゃあ、私の役目は終わりね」
アリアが、ドアに向かった。
「アリア」
「ん?」
振り返る。
「……ありがとう」
「別に」
アリアが、肩をすくめた。
「ミラちゃんに頼まれただけだし」
「……」
「私はね」
アリアが、窓の外を見た。
「怖がりだから、ほどほどにしてるって話したでしょ?」
「危ないことは、なるべく避けてる」
「でも、レオンは違うでしょ」
アリアが、振り返った。
「大事なもののために、全力で削っていく」
「……」
「羨ましいよ、ちょっと」
軽い口調。でも——目は、笑っていなかった。
「……そんな大したもんじゃない」
「そう?」
アリアが、ドアを開けた。
「あ、そうだ」
振り返った。
「無茶しないでよ」
「……ああ」
「消えられると、寝覚めが悪いからね」
軽い口調。でも——その目は、真剣だった。
「……分かった」
アリアは、少しだけ笑った。
「じゃあね、レオン」
ドアが、閉まった。
*
部屋に、静けさが戻った。
「レオン伍長」
ミラの声が、静かに響いた。
「すみません……勝手にアリアさんに……」
「いや」
俺は、首を振った。
「お前のおかげで、整理できた」
「……」
「ずっと、一人で考えていた」
「カイ大佐に聞くべきなのか」
「何を聞くべきなのか」
「……」
「でも、アリアと話して……分かった」
窓の外を見た。夕暮れの空。茜色に染まっている。
「材料は、揃っている」
「あとは……確認するだけだ」
「明日」
俺は、言った。
「カイ大佐に、会いに行く」
ミラが、俺を見た。
「全部教えてもらうためじゃない」
「俺が集めた情報の……確認をするために」
「カイ大佐の言葉を信じるかどうかは……聞いてから決める」
ミラが、頷いた。
「私も、一緒に行きます」
「ああ」
「頼む」
窓の外、夕日が沈んでいく。明日。カイ大佐に、確認する。
カイ大佐が真実を話すかは、分からない。また嘘をつかれるかもしれない。
でも、ガロウから聞いた話。ニナから聞いた話。自分の記憶。それを照らし合わせれば、何が真実で、何が嘘か。見えてくるはずだ。
青いリボンに、触れた。温かい。
「待っていてくれ」
小さく、呟いた。




