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忘却術師は透明になる 〜記憶を消して人を救う代わりに、俺は誰からも忘れられる〜  作者: 黄昏
第3章:過去との再会

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第51話:アリアの警告


翌日の夕方。


昨夜見た夢が、まだ頭に残っている。シャドウ部隊での記憶。冷たい自分。そして——ニナを救った瞬間。


あれは、俺の過去だ。封じられていた、本当の過去。


「レオン伍長」


ミラが、紅茶を淹れてくれた。


「ありがとう」


受け取る。温かい。


ミラの表情が、少し硬い。何か言いたそうな顔。でも、言わない。


最近、ずっとそうだ。


  *


ノックの音がした。


「レオン、いる?」


聞き覚えのある声。明るくて、軽くて。


「……アリアか」

「入るよー」


ドアが開いた。茶色のショートヘア。緑色の瞳。アリアが立っていた。


「久しぶり」


軽く手を挙げる。部屋に入ってきて、俺の顔を見る。


「……また薄くなってない?」

「……そうか」

「そうかって」


アリアが、呆れたように笑った。


「自覚ないわけ?」


アリアが、椅子に座った。ミラと目が合う。小さく頷き合っている。


「ミラちゃんに頼まれたの」


アリアが、言った。


「最近のレオン、様子がおかしいって」


ミラを見た。ミラは、少し俯いている。


「心配だったんです」


小さな声。


「だから私が来てあげたってわけ」


アリアが、肩をすくめた。


「この子、必死だったよ」


アリアが、ミラを見ながら言った。


「レオンが心配で。でも、自分じゃ止められなくて」

「だから私に連絡してきた」


ミラが、さらに俯く。


「……ちゃんと頼れるじゃん」


アリアが、ミラの肩を軽く叩いた。ミラが、驚いたように顔を上げる。


「偉いよ、ミラちゃん」


ミラの目が、少し潤んだ。


「……ありがとう、ございます」


  *


「で」


アリアが、俺を見た。


「どのくらいまで落ちてるの。存在率」

「……」


俺は、答えられなかった。正確な数字は、分からない。ただ、下がっているのは感じていた。


「ミラちゃん」

「はい」


ミラが、少し躊躇いながら答えた。


「62%です」


62%。


あの時、存在の錨が発現した時、68%まで落ちた。それが71%まで回復した。


それが、また62%。あの時より、低い。


「やっぱり」


アリアが、腕を組んだ。


「無茶してるでしょ」

「……」


否定できなかった。


「何があったの。最近」

「……色々あった」

「色々って何よ」

「……」


俺は、少し考えた。アリアに話すべきか。


でも——話した方がいいのかもしれない。自分の中で、整理するためにも。


「シャドウ部隊って、知ってるか」

「シャドウ?」


アリアが、首を傾げた。


「聞いたことない」

「俺も、最近まで知らなかった」


俺は、話し始めた。ガロウのこと。ニナのこと。昨夜の夢のこと。


アリアは、黙って聞いていた。


  *


「つまり」


話し終えると、アリアが言った。


「レオンは、シャドウ部隊にいた」

「ああ」

「で、記憶を消されてた」

「ああ」

「それが、最近になって戻ってきてる」

「断片的にだが……ああ」


アリアが、腕を組んだ。


「それ全部、カイ大佐に繋がってるじゃん」


  *


その言葉に、俺は黙った。


「シャドウ部隊のことも、レオンの記憶を消したのも」

「全部、カイ大佐でしょ」

「……ああ」

「なんで聞きに行かないの」


アリアの目が、真っ直ぐ俺を見た。


「本人に」


俺は、答えられなかった。なぜ、カイ大佐に会いに行かないのか。


「……」

「怖いの?」

「いや」


違う。怖いわけじゃない。


「じゃあ、なんで」

「……」


俺は、言葉を探した。


「カイ大佐は……俺の記憶を消した人だ」

「うん」

「でも……俺を忘却術師にしてくれた人でもある」

「……」

「敵なのか、味方なのか……分からない」


アリアは、黙って聞いていた。


「その人の言葉を……信用していいのか、分からなかった」

「また嘘をつかれるかもしれない」

「都合のいいことだけ話されるかもしれない」

「俺には……それを判断する材料がなかった」

「だから……まず自分で情報を集めたかった」

「カイ大佐に会う前に」

「自分で、真実に近づきたかった」


「……なるほどね」


アリアが、頷いた。


「カイ大佐の言葉を鵜呑みにしたくなかった」

「……ああ」

「だから、ガロウさんとか、ニナって人から話を聞いた」

「ああ」

「で」


アリアが、俺を見た。


「揃ったの?」


その言葉に、俺は止まった。揃ったのか。情報は。


ガロウから聞いた話。シャドウ部隊。記憶操作。


ニナから聞いた話。俺が冷たい兵士だったこと。でも、変わったこと。


昨夜の夢。シャドウ部隊での記憶。ニナを救った瞬間。


タワーの少女。赤いリボン。青いリボンとの繋がり。


全部が——繋がり始めている。


「……」


俺は、考えた。


まだ分からないことはある。あの少女が誰なのか。俺と彼女の関係。青いリボンの本当の意味。


でも——それを知っているのは、カイ大佐だけだ。ガロウも、ニナも、断片しか知らない。全体を知っているのは——カイ大佐だけ。


「……揃った」


俺は、言った。


「少なくとも……カイ大佐に確認できるだけの材料は」


アリアが、少し笑った。


「じゃあ、行けばいいじゃん」

「……そうだな」

「全部教えてもらえるとは限らないけど」

「分かってる」

「カイ大佐が本当のことを言うとも限らないけど」

「分かってる」

「でも、確認はできる」

「ああ」


俺は、頷いた。


「自分が集めた情報が……正しいかどうか」

「カイ大佐の反応を見れば……分かることもある」


アリアが、立ち上がった。


「よし」

「じゃあ、私の役目は終わりね」


アリアが、ドアに向かった。


「アリア」

「ん?」


振り返る。


「……ありがとう」

「別に」


アリアが、肩をすくめた。


「ミラちゃんに頼まれただけだし」

「……」

「私はね」


アリアが、窓の外を見た。


「怖がりだから、ほどほどにしてるって話したでしょ?」

「危ないことは、なるべく避けてる」

「でも、レオンは違うでしょ」


アリアが、振り返った。


「大事なもののために、全力で削っていく」

「……」

「羨ましいよ、ちょっと」


軽い口調。でも——目は、笑っていなかった。


「……そんな大したもんじゃない」

「そう?」


アリアが、ドアを開けた。


「あ、そうだ」


振り返った。


「無茶しないでよ」

「……ああ」

「消えられると、寝覚めが悪いからね」


軽い口調。でも——その目は、真剣だった。


「……分かった」


アリアは、少しだけ笑った。


「じゃあね、レオン」


ドアが、閉まった。


  *


部屋に、静けさが戻った。


「レオン伍長」


ミラの声が、静かに響いた。


「すみません……勝手にアリアさんに……」

「いや」


俺は、首を振った。


「お前のおかげで、整理できた」

「……」

「ずっと、一人で考えていた」

「カイ大佐に聞くべきなのか」

「何を聞くべきなのか」

「……」

「でも、アリアと話して……分かった」


窓の外を見た。夕暮れの空。茜色に染まっている。


「材料は、揃っている」

「あとは……確認するだけだ」

「明日」


俺は、言った。


「カイ大佐に、会いに行く」


ミラが、俺を見た。


「全部教えてもらうためじゃない」

「俺が集めた情報の……確認をするために」

「カイ大佐の言葉を信じるかどうかは……聞いてから決める」


ミラが、頷いた。


「私も、一緒に行きます」

「ああ」

「頼む」


窓の外、夕日が沈んでいく。明日。カイ大佐に、確認する。


カイ大佐が真実を話すかは、分からない。また嘘をつかれるかもしれない。


でも、ガロウから聞いた話。ニナから聞いた話。自分の記憶。それを照らし合わせれば、何が真実で、何が嘘か。見えてくるはずだ。


青いリボンに、触れた。温かい。


「待っていてくれ」


小さく、呟いた。


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