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忘却術師は透明になる 〜記憶を消して人を救う代わりに、俺は誰からも忘れられる〜  作者: 黄昏
第3章:過去との再会

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第50話:シャドウの記憶


夜。


部屋に戻ってから、ずっと眠れずにいた。

ベッドに横たわっても、目を閉じても、胸の奥が騒がしい。ニナの言葉が、繰り返し響く。


「あなたは、冷たかった」

「感情がないみたいだった」

「あの日から、あなたは変わった」


俺は——いつから変わったんだ。


左手首の青いリボンに、触れた。熱い。いつもより、ずっと熱い。脈打つように、温かさが伝わってくる。まるで、何かを思い出させようとしているみたいに。


「……」


息が、苦しい。胸が、締め付けられる。何かが、蘇ろうとしている。


目を閉じた。


その瞬間——頭の中で、何かが弾けた。


  *


断片的な映像が、流れ始めた。


これは、俺の記憶。いや、違う。誰かの記憶だ。


冷たい。感情がない。ただ、命令に従う。機械のように。


これが——俺だったのか。


  *


暗い路地。


足音が、規則正しく響いている。隊列を組んで、進んでいる。俺は、その中にいた。


黒い服。重い装備。仲間たち。誰も、何も言わない。ただ、無言で歩く。


「排除対象、発見」


無線の声。冷たい、機械的な声。


「了解」


俺の声。それも、冷たい。感情がない。


  *


対象を追う。


路地の奥。行き止まり。若い男が、立っていた。怯えている。震えている。両手を上げている。


「待ってくれ……」


男の声が、掠れる。


「俺、何もしてない……!」


俺は、止まらなかった。感情がない。これは、任務だ。規律から外れた存在。排除すべき対象。それだけ。


「頼む……」


男が、後ずさる。壁に、背中がついた。もう、逃げ場はない。


「俺には、家族が……!」


俺は、何も感じなかった。家族。その言葉の意味は、知っている。でも、それが何だ。俺には、関係ない。手を伸ばす。


男が——倒れた。


  *


報告する。


「対象、排除完了」


淡々と。感情を込めずに。


「了解。次の座標へ移動せよ」

「了解」


俺は、その場を離れた。倒れた男を、見ることもなく。何も、感じなかった。


何も。


  *


また別の日。


排除任務。今度は、女だった。長い髪。泣いている。


「お願い……」


女が、叫んだ。


「子供がいるの……!」

「待ってる……!」


俺は、止まらなかった。命令だから。任務だから。女の声が、遠くなる。そして——静かになった。


  *


「任務、完了」

「了解」


仲間たちが、頷く。誰も、何も言わない。次の任務へ。また次の任務へ。それが、日常だった。


削除。報告。移動。削除。報告。移動。


繰り返し。繰り返し。


俺は——何人、排除したんだ。分からない。数えていない。数える必要もない。


ただの、任務だから。


  *


ある日。


いつもと同じ任務。対象を追っている。老人だった。杖をついている。逃げられない。


「……」


老人が、俺を見た。諦めたような目。でも——悲しそうな目。


「若いのに……」


老人が、呟いた。


「こんなこと、させられて……」


俺は、何も答えなかった。感情がない。老人の言葉の意味も、分からない。手を——


  *


また、報告する。


「任務、完了」

「了解」


いつもと同じ。


でも、その日から——何かが、変わり始めた。


任務の最中。ふとした瞬間。左手首が、熱くなる。青いリボン。なぜ、これを身につけているのか。分からない。


外そうとした。でも——外せなかった。何かが、俺を止める。


見つめる。青い、リボン。少し、古びている。でも、大切にされてきた痕跡がある。


これは——何だ。


誰が、くれたんだ。思い出せない。


でも——温かい。


  *


その日以降。


任務中、何度も左手首が熱くなる。青いリボンを、見つめる。その度に——頭の中に、何かが引っかかる。


何だ。


何を、忘れているんだ。


  *


ある夜。


眠れなかった。青いリボンが、ずっと熱い。


目を閉じると——断片的な映像が、見える。



......赤い、何か。


何だ、これは。


......リボン、かもしれない。

......優しい、笑顔。


誰だ。顔が——見えない。ぼやけている。霧がかかったように。


......温かい、声。


何か、言っている。でも——聞こえない。

音が、途切れる。


......『——わす——ないで』


何と言っている?


......『——っと、——緒——よ』

......誰だ。


お前は、誰だ。


......大切な、誰か。

......守りたかった、誰か。

......一緒にいた、誰か。


でも——名前が、出てこない。顔も、はっきりしない。ただ——温もりだけが、残っている。


懐かしい、温もり。失ってはいけなかった、温もり。でも——失った。


何だ、この記憶は。俺のものじゃない。でも——確かに、俺のものだ。


青いリボンが、さらに熱を持つ。


胸が、痛い。

苦しい。

でも——温かい。


何だ、この感覚は。


  *


翌日の任務。


いつもと同じ、排除任務。対象を追う。捕まえる。


でも——手が、止まった。


なぜだ。任務だ。排除しろ。でも......この人にも、誰かがいるんじゃないか。


何を考えているんだ、俺は。関係ない。任務だ。でも......家族が、待っているんじゃないか。......帰りを、待っているんじゃないか。


手が、震えた。


  *


その任務は——仲間が代わりに完了した。


「どうした」


仲間の声。


「……何でもない」


俺は、答えた。でも——何でもなくなかった。何かが、変わっていた。


  *


それから、任務中、何度も躊躇するようになった。


対象の前で——一瞬、手が止まる。


......この人を、本当に排除していいのか。

......これは、正しいのか。


分からない。命令だから、やる。でも——心が、痛む。


心?俺に、そんなものがあるのか。


  *


そして——あの日が来た。


排除任務。対象を追っている。仲間たちと共に。


しかし、路地の奥で——罠だった。待ち伏せされていた。


攻撃を受ける。散開しろ、という命令。対象を逃がすな、という命令。


仲間たちは、先を急ぐ。


  *


その時——


倒れている人影が、見えた。ニナだった。仲間だ。


いや——仲間という概念すら、俺には希薄だった。ただの、同じ部隊の構成員。負傷している。動けない。


「……」


他の隊員たちは、既に行ってしまった。対象を追って。


俺も、行くべきだ。それが、任務だ。優先順位は、明確だ。対象の排除が最優先。負傷した仲間は——後回し。


それが、規律だ。


  *


俺は、ニナを見下ろした。


苦しそうにしている。血が、流れている。このままでは——死ぬかもしれない。


でも、それが何だ。任務だ。行け。


対象を追え。


  *


......待て。


何だ、今の声は。


......この人を、見捨てるのか。


俺の中の、誰かが言った。任務だ。優先順位は——


......いや。

......違う。


青いリボンが、熱い。激しく、熱を持つ。


......守りたい。


何を言っているんだ。


......この人を。

......誰かを、守りたかった。

......いつも、そうだった。


そうだった?いつの話だ。


......ずっと、昔。

......俺が——


頭の中に、映像が流れ込んでくる。


  *


......誰かが、いた。


大切な、誰か。でも——顔が見えない。ぼやけている。霧がかかったように。


......赤い、何か。


リボン、かもしれない。


......優しい、笑顔。

......温かい、声。


何か、言っている。でも——聞こえない。


......『——わす——ないで』


何と言っている?音が、途切れる。


......『——っと、——緒——よ』

......誰だ。


お前は、誰だ。


......大切な、人。

......守りたかった、人。

......一緒にいた、人。


でも——名前が、出てこない。顔も、はっきりしない。


ただ——温もりだけが、残っている。懐かしい、温もり。失ってはいけなかった、温もり。


でも——失った。


......お前は——

......誰だったんだ。


  *


......守りたかった。

......でも、守れなかった。

......だから——

......今度は。


何を言っているんだ。任務だ。行け。


......いや。行くな。


任務を優先しろ。


......人を優先しろ。


それは規律違反だ。


......それが、人間だ。


人間?俺は——


......お前は、人間だ。

......機械じゃない。

......心がある。

......選べる。


任務を——


......守りたいものを、守れる。


でも——


......あの時、守れなかった。

......でも——

......今度は。

......今度こそ。


青いリボンが——熱い。燃えるように、熱い。頭の中で、二つの声が戦っている。


任務だ。


......人だ。


規律だ。


......心だ。


機械だ。


......人間だ。


俺は——


俺は——


  *


選んだ。


「……っ!」


俺は、ニナに駆け寄った。


「レオン……?」


ニナが、驚いた顔で俺を見る。いつもの俺なら——こんなことは、しない。任務を優先する。感情を見せない。でも——


「大丈夫か」


声が、震えた。なぜだ。なぜ、震える。


「お前を……」


言葉が、続かない。胸が、苦しい。でも——温かい。


「置いていけない」


ニナの目が、大きく見開かれた。


「でも……任務……」

「知らない」


俺は、答えた。


「そんなこと、知らない」


ニラを、抱え上げた。


「レオン……!」


その時——攻撃が来た。俺は、ニナを庇った。背中に、衝撃。熱い。痛い。でも——構わない。


「……っ」


走る。ニナを抱えたまま、走る。背中が、痛い。血が、流れている。でも——止まらない。止まれない。


この人を——守らなきゃいけない。


  *


安全な場所まで、辿り着いた。ニナを、下ろす。


「もう……」


俺は、言った。


「大丈夫だ」


ニナが、俺を見た。涙を、流していた。


「レオン……」

「なんで……」

「なんで、私を……」


俺は——答えられなかった。分からない。なぜ、こんなことをしたのか。


任務に背いた。規律を破った。でも——後悔は、しなかった。これで、良かった。そう、思えた。


「……」


ニナが、震える手を伸ばした。俺の手を、握った。


「ありがとう……」


小さな声。でも、確かな声。


「ありがとう……レオン……」


その瞬間——青いリボンの温もりが、全身を包んだ。


  *


俺は——その時、人間になった。機械じゃなく。駒じゃなく。心を持った。


選ぶことができる。守りたいものを、守れる。それが——俺だ。


  *


目が覚めた。


「……っ」


汗が、びっしょりだった。息が、荒い。心臓が、激しく打っている。シーツを、握りしめていた。


夢だった。でも——夢じゃない。記憶だ。俺の、過去の記憶。


「……」


左手首の青いリボンを見た。まだ、熱い。温もりが、残っている。誰かが——俺に、これをくれた。


大切な、誰か。守りたかった、誰か。でも——思い出せない。


名前が、出てこない。顔も、見えない。ただ——この温もりだけが、確かだ。


  *


部屋の中を見渡した。静かだ。朝の光が、窓から差し込んでいる。


時計を見た。朝の六時。手が、まだ震えている。でも——それは、恐怖の震えじゃなかった。何かを——取り戻した震え。


俺は、あの時、ニナを、救った。任務に背いて。命令に背いて。でも——それは、正しかった。


初めて、自分の意志で動いた。初めて、心で選んだ。それが——俺だ。


  *


ノックの音が、聞こえた。


「レオン伍長、入ってもいいですか」


ミラの声だった。


「……ああ」


声が、少し掠れた。


ドアが開いた。ミラが、入ってくる。そして——止まった。


「……」


ミラが、俺を見ている。心配そうな顔。でも——それだけじゃない。何か、感じているような顔。


「顔色が、とても悪いです」


ミラが、近づいてきた。


「汗も……」

「大丈夫ですか」

「……ああ」


俺は、頷いた。


「夢を見た」

「夢……」


ミラは、静かに座った。隣に。何も言わず、ただ聞いてくれる。


  *


「俺が……」


俺は、呟いた。


「選んだ夢を」


ミラが、少し首を傾げた。


「選んだ?」

「ああ」


俺は、窓の外を見た。


「命令じゃなく」

「心で」


沈黙。ミラは、何も言わなかった。ただ、待っていてくれた。俺が、続けるのを。


「俺は……兵士だった」


声が、震えた。


「命令に従う、ただの駒だった」

「感情がなかった」

「人を……排除していた」


ミラの表情が、少し曇った。でも——何も言わなかった。


「でも、ある日……」


俺は、左手首のリボンを見た。


「変わった」

「誰かを、救いたいと思った」

「任務よりも、その人を」

「……」

「それで——」


俺は、ミラを見た。


「俺は、選んだ」

「心で」


  *


ミラは——微笑んだ。優しい、温かい笑顔。


「それが」


ミラの声が、静かに響いた。


「あなたです」

「……」

「命令ではなく、心で選んだ」


ミラは、俺の手を取った。温かい。


「だから、私は」


ミラの目を、見た。青い瞳。透明な、優しい瞳。


「あなたを、信じられるんです」


胸が、温かくなった。


「でも……」


ミラの声が、少し震えた。


「あなたは、消えてしまうかもしれません」

「存在率が、下がっています」

「このまま真実を追い続けたら……」


ミラの手が、俺の手を強く握った。


「それでも……行くんですか」


俺は——頷いた。


「ああ」

「なぜ……」


ミラの目に、涙が滲んだ。


「なぜ、そこまで……」

「……分からない」


正直に、答えた。


「でも、行かなきゃいけない気がする」

「俺が何者なのか」

「何を選んできたのか」

「全部、知りたい」


ミラは——泣いた。でも、微笑んでいた。


「分かりました」

「では、私も一緒に」

「あなたが消えても……」


ミラの声が、震えた。


「私は、覚えていますから」


俺は——ミラの手を、握り返した。


「ありがとう」

「ミラ」


  *


窓の外を見た。曇り空。重い雲が、垂れ込めている。


でも——どこか。光が、差し込んでいる気がした。


「ニナは、言っていた」


俺は、呟いた。


「俺が『何かをして、消えた』と」


あの後——もう一度。俺は、選んだんだ。心で。


......小さな、存在。

......怯えていた。

......誰かを、逃がした。


まだ、思い出せない。誰を?何のために?でも、確かに。俺は——選んだ。


「……」


青いリボンを、握った。温かい。この温もりが、俺を導いてくれる。


誰が——くれたんだ。このリボンを。この温もりを。思い出せない。でも——


「必ず、思い出す」


小さく、呟いた。


「お前が誰なのか」

「俺が何者なのか」

「全部」


曇り空の向こうに——少しだけ、青空が見えた気がした。


ミラが、隣にいる。一人じゃない。


「行こう、ミラ」

「はい」


ミラは、涙を拭って、微笑んだ。


「どこまでも、一緒に」


俺は、立ち上がった。真実を、見つけに行く。過去を、思い出しに行く。そして——あの人に会いに行く。青いリボンをくれた、誰か。全てを、知るために。


青いリボンの温もりを、胸に。


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