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忘却術師は透明になる 〜記憶を消して人を救う代わりに、俺は誰からも忘れられる〜  作者: 黄昏
第3章:過去との再会

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第49話:過去の証人


正午。俺は、ミラに書き置きを残して、一人で部屋を出た。


旧リベルタ駅。南区の外れにある、使われなくなった駅舎だった。戦争で路線が廃止され、今は誰も来ない。崩れかけたホーム。錆びた線路。雑草が生い茂っている。


駅舎の入り口に、ニナが立っていた。黒を基調とした服装。長い黒髪が、風に揺れている。


「来てくれたのね」


ニナは、微笑んだ。


「……ああ」


  *


駅舎の中に入った。埃を被ったベンチ。割れた窓ガラス。光が、斜めに差し込んでいる。


俺とニナは、向かい合って座った。


「どこから話せばいいかしら」


ニナは、呟いた。


「……最初から」


俺は、答えた。


「俺が、何者だったのか。全部、教えてくれ」


ニナは、頷いた。


「あなたは——シャドウにいたの」

「特殊部隊よ。規律から外れた存在を排除する任務を持った」


ガロウも、同じことを言っていた。


「俺は……その部隊にいたのか」

「ええ」


ニナの声が、静かに響いた。


「あなたは、その中でも特別だった」

「誰よりも強くて、誰よりも正確で」

「そして——誰よりも、冷たかった」


  *


「冷たい……?」

「命令に忠実だったの」


ニナは、目を伏せた。


「感情がないみたいだった。任務以外のことには、興味を示さなかった」

「仲間が傷ついても、顔色一つ変えなかった」

「……」

「私は、怖かったわ。最初は」


ニナの声が、小さくなった。


「あなたの目を見るのが、怖かった」

「何も映っていないみたいだったから」


俺は、何も言えなかった。それが、俺だったのか。冷たい。感情がない。怖い。


「でも——」


ニナの目が、俺を見た。


「あの日、あなたは変わった」


  *


「あれは、排除任務中だった」


ニナは、語り始めた。


「私たちは、逃走中の対象を追っていた」

「追い詰めたと思った瞬間——罠だった」

「待ち伏せされていたの」


ニナの声が、震えた。


「私は、攻撃を受けた。動けなくなった」

「他の隊員たちは——」


ニナは、言葉を切った。


「任務を優先しろ、と言ったわ」

「私を置いていけ、と」

「対象を逃がすな、と」


俺は、拳を握った。


「誰も……助けなかったのか」

「ええ」


ニナは、頷いた。


「誰も。——あなた以外は」


  *


「あなたは、戻ってきてくれた」


ニナの目に、涙が滲んだ。


「私を、助けに来てくれた」

「攻撃を、身を挺して庇ってくれた」

「あなたは、傷だらけになった」

「それでも——私を抱えて、逃げてくれた」


——光。

——悲鳴。

——誰かを、抱えている。

——熱い。背中が、熱い。


俺は——


「……っ」


意識が、揺らいだ。


何だ、今のは。断片的な映像が、頭の中を走った。


ニナが、俺を見ていた。


「……大丈夫?」

「……ああ」


思い出しかけている。


でも——掴めない。


「あなたは、私を安全な場所まで運んでくれた」


ニナは、続けた。


「そして——こう言ったの」


ニナは、俺を見た。


「『もう、大丈夫だ』と」


「たった一言。でも、それだけで——私は、救われた」


  *


「あの日から、あなたは変わった」


ニナは、続けた。


「何かを思い出したみたいに」

「任務中に、時々遠くを見るようになった」

「左手首の——そのリボンを、見つめるようになった」


俺は、青いリボンに触れた。温かい。


「そして——任務中に、躊躇するようになった」

「……躊躇?」

「排除対象の前で、一瞬だけ——手が止まるようになった」


ニナの目が、俺を捉えた。


「私は、それを見ていた」

「あなたは、変わっていた」

「……」

「そして——ある時……」


ニナは、言葉を切った。


「……いえ、これは私が言うべきことじゃない」

「……何だ」

「あなた自身が、思い出すべきこと」


ニナは、首を横に振った。


「ただ——あなたは、何かをした」

「それが原因で——消えた」

「消えた……?」

「ある日、あなたはいなくなった」

「シャドウからも、どこからも」

「私は聞いて回った。でも、誰も知らなかった」

「というより——誰も、覚えていなかったの」


ニナの目が、俺を捉えた。


「あなたのことを。あなたの名前を。あなたの顔を」

「まるで、最初からいなかったみたいに」

「私だけが、覚えていた」


  *


「なぜだ」


俺は、聞いた。


「なぜ、あなただけが俺を覚えている」


ニナは、少し考えた。


「分からない」

「でも——思うことはある」

「何だ」

「あなたが私を救ってくれた時——」


ニナは、胸に手を当てた。


「私は、感じたの」

「あなたの想いを」

「命をかけてでも、私を救おうとした——その想いを」

「……」

「それは、記憶よりもっと深いところに刻まれた」

「消えない。消せない」

「だから——」


ニナは、静かに言った。


「私は、あなたを忘れられなかった」

「理由は、分からない」

「でも——心が、覚えている」


俺は、その言葉を聞いていた。記憶よりもっと深いところに。心が、覚えている。


それは——何だ。


分からない。でも、何かが引っかかる。


  *


「俺は……」


俺は、声を絞り出した。


「人を……殺していたのか」

「……ええ」


ニナは、静かに答えた。


「私たちの任務だった」


私たちの。ニナも——同じだったのか。


「私も……同じだった」


ニナの声が、小さくなった。


「だから——あなただけを責めることは、できない」

「何人……」

「分からない」


ニナは、首を横に振った。


「私たちは、数えなかった」

「任務だったから」


膝が、震えた。

壁に手をついた。

立っていられない。


俺が。


人を。


殺していた。


「彼らは……どんな存在だった」

「規律から外れた存在」


ニナは、答えた。


「この世界の秩序に従わなかった者たち」

「でも——」


ニナの声が、小さくなった。


「彼らも、生きていた」

「恐怖を感じていた」

「逃げようとしていた」


俺は、頭を抱えた。


分からない。


何が正しくて、何が間違っていたのか。


俺は——何だったのか。


  *


「レオン」


ニナの声が、聞こえた。


「私は、あなたを責めているわけじゃない」

「……」

「あなたは——変わったの」

「私を救ってくれた」

「任務中に、躊躇するようになった」

「そして——何かをして、消えた」


ニナは、立ち上がった。


「過去は、変えられない」

「でも、今のあなたは——あの頃のあなたじゃない」

「……」

「私は、今のあなたを知っている」

「だから——」


ニナは、俺の前で立ち止まった。


「ずっと……伝えたかったの」

「でも、あなたは——誰も近づけなかった」

「話しかけようとした時には……もう、いなくなっていた」


ニナは、深く頭を下げた。


「ありがとう……ございました」

「あの時、あなたに救われた命で」

「私は、今も生きています」


俺は、何も言えなかった。

ただ——頷いた。


ニナは、顔を上げた。穏やかな、温かい表情。


「また、会える?」

「……ああ」

「よかった」


ニナは、微笑んだ。


「また会えて、嬉しい。レオン」


  *


旧リベルタ駅を出た。


空を見上げた。曇り空。どこか、重い。


俺は、一人で歩いた。


シャドウ部隊。

排除任務。


俺は——人を殺していた。そして——何かをして、消えた。


ニナは、言わなかった。俺自身が、思い出すべきことだと。


左手首の青いリボンに、触れた。温かい。


この温かさは、何だ。俺は——誰だったんだ。


——光。

——悲鳴。

——誰かの手を、握っている。

——逃げろ。俺が——


「……っ」


頭が、痛い。何かが、蘇ろうとしている。俺は——思い出したいのか。それとも——このまま、忘れていたいのか。


答えは、まだ出ない。でも——過去は、待ってくれない。


忘れていた何かが、目を覚まそうとしている。


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