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忘却術師は透明になる 〜記憶を消して人を救う代わりに、俺は誰からも忘れられる〜  作者: 黄昏
第3章:過去との再会

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第47話:忘却堂の夜


夜の路地裏を歩いていた。


ガロウと別れてから、そのまま足が向かった場所。忘却堂。南区の路地裏。看板は色褪せ、存在感が薄い。普通の人には見つけられない店。


扉を開けると、コーヒーの香りがした。


「おや」


カウンターの向こうで、マルコが顔を上げた。白髪混じりの灰色の髪。くたびれたシャツ。


「来たか。昨夜の顔を見りゃ分かる。何かあったんだろう」


店の奥に、もう一人いた。白髪の老婆。メイだった。


「あら、レオンさん」


メイは、穏やかに微笑んだ。


「お茶を淹れたところよ。座ったら?」


俺は、カウンターの前に座った。メイが、湯気の立つカップを差し出してくれる。温かい。


「……すまない。話を聞いてほしい」

「どうせ暇だしな。聞いてやるよ」


マルコは、自分のカップを手に取った。


  *


俺は、話し始めた。ガロウのこと。今日、廃倉庫で会ったこと。シャドウという部隊のこと。


「シャドウ……」


マルコが、呟いた。


「……名前だけは、聞いたことがあるな。詳しいことは知らないが」

「俺は、そこにいたらしい」

「らしい?」

「記憶がない。消されている」


俺は、続けた。カイ大佐から聞いたこと。俺の記憶が操作されていること。ガロウ隊の記憶は、作り上げられたものだったこと。


「そうか……」


マルコは、目を細めた。


「なるほどな。お前の周りで、色々なことが動いているな」

「それだけじゃない」


俺は、左手首を見た。青いリボン。


「メモリアルタワーの深部で、少女に会った」

「少女?」

「光の粒子が集まって、人の形を取った」

「赤いリボンをつけた、少女だった」


マルコの眉が、動いた。


「それは——」

「この青いリボンが、反応した」


俺は、リボンに触れた。


「温かくなった。共鳴した、としか言いようがない」

「少女は——俺を知っているようだった」

「でも、名前を聞く前に、消えてしまった」


  *


沈黙が流れた。メイが、お茶を啜る音だけが聞こえる。


「……なるほど」


マルコが、口を開いた。


「カイ大佐か」

「カイ大佐のこと、何か知っているのか」

「直接は知らない。だが、昔の話なら」


マルコは、窓の外を見た。


「俺がまだ現役だった頃の話だ。当時のカイ大佐は、今とは別人だったらしい。熱心で、真面目で——人を救うことに本気だったと。今のあの冷たい目からは、想像もつかないがな」

「……」

「仕事も順調で、家のほうもうまくいってるって話だった」


マルコは、続けた。


「娘がいた、という話も」


俺の心臓が、跳ねた。


「娘……」

「ああ。軍の施設に遊びに来ることもあったらしい。ちょっとした有名人だったそうだ」

「その娘は……どうなった」


マルコは、首を横に振った。


「分からない。詳しくは聞いていない」

「ただ——」


マルコの声が、低くなった。


「戦争が激化した頃、何かがあったらしい」

「それ以来、カイ大佐は——人が変わったように冷たくなったと」


俺は、黙っていた。あの少女。メモリアルタワーの深部にいた、赤いリボンの少女。カイ大佐の、娘——?


「確証はない」


マルコが、言った。


「だが、可能性はある」

「お前が見た少女が——カイ大佐の娘だという可能性は」


  *


「大切なものを失った人は」


メイの声が、静かに響いた。


「時に、間違った選択をするものよ」


俺は、メイを見た。白髪の老婆。穏やかな灰色の瞳。


「でもね、それは弱さじゃない」


メイは、カップを両手で包んだ。


「愛があるからこそ、間違えるの」

「……」

「私もね、たくさん間違えてきたわ」


メイは、微笑んだ。穏やかな、でも少し寂しげな笑顔。


「戦争で、多くのものを失った」

「夫も。子供も。孫も」

「……」

「それでも、生きてきた」

「間違えながら、傷つきながら」


メイは、俺を見た。


「あなたも、何かを失ったんでしょう」

「……ああ」

「だったら、分かるはずよ」


メイの目が、優しかった。


「カイ大佐という人のことも」

「あの少女のことも」

「そして——あなた自身のことも」


俺は、黙っていた。愛があるからこそ、間違える。


カイ大佐も、そうだったのか。娘を失いかけて、間違った選択をした。俺にも、覚えがある気がする。何かを失って、間違えた記憶。でも、思い出せない。


しばらく、沈黙が流れた。お茶が、冷めかけていた。メイが、静かに淹れ直してくれる。


「……それと、一つ頼みがある」

「何だ」


マルコが、聞いた。


「ガロウとの連絡に、この店を使いたい」

「俺から提案した」

「ガロウ……さっき話していた、元隊長か」

「ああ」


マルコは、少し考えた。


「……この店、普通の奴には見つけにくいからな」

「連絡が来たら、俺が外で迎えに出るさ」

「すまない」

「気にするな」


マルコは、肩をすくめた。


「どうせ暇だしな」


  *


しばらく、静かな時間が流れた。メイがお茶を淹れ直してくれた。温かい。マルコは、窓の外を見ていた。考え込むような表情。


「……正直な話」


マルコが、口を開いた。


「嫌な予感がする」

「嫌な予感……?」

「俺が現役だった頃にも、似たような空気を感じたことがある」


マルコの目が、俺を捉えた。


「何かが動き出している。大きな何かが」

「……」

「お前の過去。カイ大佐のこと。あの少女のこと」

「シャドウ部隊。記憶操作。お前が誰かを逃がしたという話」

「全部が——繋がっている気がする」


マルコは、カップを置いた。


「レオン。一つ、聞いておきたい」

「何だ」

「真実を知る覚悟は、あるか」


俺は、マルコを見た。


「真実……」

「全てを知れば——もう、戻れないかもしれない」

「知らなかった頃には、戻れない」

「それでも、知りたいか」


俺は、しばらく黙っていた。


戻れない。知らなかった頃には、戻れない。でも——


「……ある」


俺は、答えた。


「覚悟は、ある」

「俺は、知りたい」

「俺が何者なのか」

「あの少女が誰なのか」

「カイ大佐が何を隠しているのか」


左手首の青いリボンに、触れた。


「このリボンの意味を」

「俺が忘れさせられているものを」

「全部——知りたい」


マルコは、しばらく俺を見つめていた。

やがて、口元が緩んだ。


「……そうか」

「なら、進め」


マルコは、立ち上がった。


「俺たちは、味方だ。何かあれば、ここに来い。情報があれば、伝える」

「……ありがとう」

「礼はいらねえ」


マルコは、肩をすくめた。


「お前は、俺の店の常連だ。常連を助けるのは、店主の仕事だろう」


  *


「お茶は、いつでも淹れてあげるわ」


メイが、微笑んだ。


「悩みごとがあっても、お茶は美味しいのよ」

「……ああ」


俺は、カップを手に取った。一口、飲んだ。温かい。


「美味いな」

「でしょう?」


メイは、嬉しそうに笑った。


窓の外は、暗かった。夜が深まっている。でも、この店の中は——温かかった。


マルコがいる。メイがいる。味方がいる。


「……そろそろ、帰る」


俺は、立ち上がった。


「無理はするなよ」


マルコが、言った。


「焦っても、いいことはない」

「……ああ」

「それと——」


マルコは、俺を見た。


「お前には、仲間がいる。忘れるな」


俺は、頷いた。扉を開ける。夜の冷たい空気が、頬を撫でた。振り返ると、マルコとメイが、手を振っていた。


「また来いよ」

「待ってるわ」


俺は、小さく頷いて、歩き出した。


夜の街を、歩く。一人じゃない。味方がいる。


それだけで——少し、心が軽くなった。


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