第43話:再生
「……レオン伍長」
小さな声。震える声。ミラの声。
「……」
返事が、できない。
「レオン伍長……」
もう一度。その声は、優しかった。でも、俺は何も答えられなかった。
頭の中が、真っ白だ。
ガロウ隊は、いなかった。
マークは、いなかった。
全部、嘘だった。
偽りの記憶で、生きてきた。
俺は、何なんだ。
俺は、誰なんだ。
「……」
その時。温かいものが、手に触れた。
「……」
何だ?
ゆっくりと、視線を下げる。
ミラの手だった。小さな手。白い手。その手が、俺の手を握っていた。
「レオン伍長……」
ミラは、泣いていた。銀色の髪が、涙に濡れている。
でも、笑っていた。
「私は」
小さな声だった。震える声だった。
「私は、ここにいます」
「……」
温かい。ミラの手が、温かい。
「あなたは」
ミラの目が、俺を見た。真っ直ぐな目。透明な、青い目。
「一人じゃありません」
「……」
その言葉が、胸に染みた。
「私が」
ミラは、両手で俺の手を包んだ。
「います」
「ずっと」
涙を流しながら。でも、笑いながら。
「一緒に、います」
「……ミラ」
やっと、声が出た。掠れた声。でも、確かに出た。
「……ありがとう」
ミラは、微笑んだ。涙で顔がぐしゃぐしゃだった。でも、その笑顔は、本物だった。温かかった。
「……」
少しずつ、呼吸が戻ってくる。浅かった呼吸が、少しずつ深くなる。世界が、少しずつ戻ってくる。ミラの手を、握り返した。
「……ミラ」
「はい」
「お前がいてくれて」
声が、まだ震えていた。でも。
「良かった」
ミラは、また泣いた。でも、笑っていた。
「私も」
小さく、呟いた。
「レオン伍長と、一緒で」
「良かった」
*
しばらく、時間が流れた。
どれくらい経っただろう。俺は、ゆっくりと顔を上げた。カイ大佐が、窓の外を見ていた。背中を向けたまま。その背中は、小さく見えた。
「……カイ大佐」
俺の声に、カイ大佐の肩が、ぴくりと動いた。でも、振り返らない。
「俺は」
声は、まだ震えていた。でも、言わなければならない。
「真実を、知りたい」
「……」
カイ大佐は、動かない。
「俺の過去を」
「俺が、何を忘れているのかを」
カイ大佐は、やっと振り返った。その目が、俺を見た。
「……それは」
低い声だった。
「お前のためにならない」
その背中が、小さく見えた。
「お前は」
カイ大佐の声が、震えた。
「知らない方が、幸せだ」
「それでも」
俺は、カイ大佐を見た。
「知りたいんです」
「偽りの記憶で生きるより」
「真実を知りたい」
「それが、どんなものでも」
カイ大佐は、目を閉じた。長い、沈黙。やがて。
「……お前は」
小さく、呟いた。
「本当に、強いな」
その声は、静かだった。
「……分かった」
カイ大佐は、窓の外を見た。
「メモリアルタワーに、行け」
「……タワーに?」
「そこに」
カイ大佐の目が、俺を捉えた。
「お前の過去がある」
「お前が失った記憶が」
「全て、そこにある」
「だが、慎重にな」
カイ大佐の声が、低くなった。
「タワーの深部には」
「お前が求めるもの以上のものがある」
「覚悟しておけ」
「……」
俺は、息を呑んだ。
「……許可を、いただけるんですか」
「ああ」
カイ大佐は、頷いた。
「行け」
*
執務室を出た。
廊下に出ると、左手首が熱かった。青いリボン。いつも身につけている、このリボン。
「……」
誰がくれたのか、分からない。いつから身につけているのかも、分からない。
記憶が、ない。でも、このリボンだけは、外せなかった。なぜか、外せなかった。
記憶が消されても。過去が奪われても。このリボンだけは、俺の手に残っている。
「……」
このリボンには、何か意味があるはずだ。必ず、見つける。
「レオン伍長」
ミラが、そばにいた。
「タワーに行かれるのですね」
「ああ」
「私も、ご一緒します」
「……ああ、頼む」
俺は、ミラを見た。
「でも、今日は」
「一人で、考えたい」
ミラは、一瞬驚いた表情を見せた。でも、すぐに微笑んだ。
「……分かりました」
「お部屋で、お待ちしています」
「すまない」
「いえ」
ミラは、首を横に振った。
「お気をつけて」
*
夜になった。
俺は、一人で街を歩いていた。夜風が、冷たい。星が、輝いている。
足を止めた。メモリアルタワーが、目の前にある。夜でも、光っている。静かに、光っている。
「……」
明日、ここに入る。全てを、知る。
月光が、青いリボンを照らしている。淡く、光っている。触れると、温かかった。
「……」
この温かさが、明日何が待っていても、俺を支えてくれる。誰がくれたのか、分からない。でも、この温かさだけは、本物だ。それだけは、確かだ。
「……マーク……ガロウ……」
小さく、呟いた。お前たちとの記憶は、嘘だった。でも。
「俺が感じた想いは」
「本物だ」
共に戦おうとした想い。仲間を守ろうとした想い。それは、消えない。
「……」
空を見上げた。月が、静かに輝いている。
「行こう」
小さく、呟いた。
「真実の、その先へ」
*
部屋に戻ると、ミラが待っていた。
「お帰りなさい、レオン伍長」
「……ああ」
ミラは、お茶を淹れてくれた。温かい。
「……怖く、ありませんか」
ミラが、口を開いた。俺は、カップを持ったまま、考えた。
「……怖い」
正直に、言った。
「でも」
俺は、ミラを見た。
「マークは、いなかった」
「ガロウ隊も、なかった」
「俺の記憶は、嘘だらけだった」
「それでも」
「俺が感じた想いは、本物だった」
「仲間を守りたいと思った」
「共に戦おうとした」
「その想いは、嘘じゃない」
「だから」
「真実を知っても」
「俺は、俺でいられる」
ミラは、目を見開いた。
「レオン伍長……」
そして、微笑んだ。
「……はい」
「きっと、大丈夫です」
*
窓の外を見た。メモリアルタワーが、静かに光っている。
「……」
明日。全てを、知る。
怖い。でも、行く。
ミラがいる。この青いリボンがある。一人じゃない。
月が、静かに輝いていた。




